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魔族様は愛がお嫌い  作者: 道草家守
番外編

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23/25

【番外編】 使い魔たちの夕べ

女主人がシーサーペント狩りをしていたころ、王都の「リリィ婦人服店」の従業員たちは、暇を持て余していたのでした……

 


 夕暮れの日差しで橙に染まる店舗の床をせっせとモップ掛けしていたエプロン姿の少女イルは、窓ふきを放棄して客人用のアームチェアに座り込むエーオを見つけた。


「エーオ、手が止まってる」


 とがめるように声をかければ、召使のお仕着せ姿のエーオは未練たらたらといった風にため息をつく。


「やる気でねえよ。俺たちが留守番している今頃、主は港町に居るんだぜ?ついていきたかったなあ」


 エーオの言葉にイルも思わずうなずきかけたが、ふるふると首を振って雑念を振い、ことさら厳しく言いつのる。


「主だって、仕事で行った。遊んでいるわけじゃない。わたしたちだって大事な仕事任されてる」

「でもよイル、考えてもみろよ。最後に海で泳いだの何十年前だよ? せめて海風に当たりたいと思う俺は悪くない」


 こちらに残る必要があったとわかっていてもそれとこれとは別なのだ、とエーオが憤然と主張するのに、とうとうイルもモップをかける手を止めた。

 イルだって、主がいないお留守番は退屈なのだ。

 主の不在は短くてもあと数日はある。

 そのあいだ掃除をしたり、レースを編んだり、コサージュを作ったり、ハンカチに刺繍をしたり。

 やることには事欠かないが、そればっかりではつまらない。


「主に内緒で、お水張る?」

「バスタブだってたかが知れてるだろ、……まあそれもあとでやるけど」


 ぽそっと付け足したエーオははっと何かに気付いたように顔を上げた。

 ぴょんとアームチェアから腰を上げると、期待の表情でわくわくと窓枠にかじりついた。


「もっといい気晴らしが来たぜ」


 イルもそのわきにそっと顔を出すと、道の向こうから明らかに荒んだ風の男が数人やってくるのがよく見えた。

 手に持っているのはバケツと、刷毛のようである。

 バケツの中身はおそらく落ちにくい塗料の類だろう。

 なるほど、良い気晴らしである。


 イルが思わずうずうずとしたのがわかったのだろう、エーオがにやりと笑った。


「なあ、これも大事なお仕事だよな」

「うん。このお店に悪さをさせないこと」

「じゃあさ、ちょっとくらい遊んでもぜーんぜん問題ないよな!」


 期待するように丸い目を輝かせるエーオにイルはほんの少し悩むふりをしてから、言った。


「同じことを繰り返さないようにするんなら、いい」

「よしきまりっ! んじゃイルは後ろ担当な、俺は前行くから!」


 ぱっと表情を明るくしたエーオがとたん自身の獲物である何十本もの針を取り出し、嬉々として外に向かおうとする背中にイルは一応言っておく。


「エーオ、一応、殺しちゃだめ」

「ったく、どーせどっかのごろつきなんだから一人二人いなくなってもへーきだろ?」

「主がだめって言ってた。殺すよりも見せしめにしろって」


 止められたエーオは初め不満そうだったが、あくまで真面目に言うイルの言葉に得心したエーオはしょうがないという風に肩をすくめた。


「わかったよ、殺さねえけど――――丸一日悪夢にのたうつくらいは良いだろ」

「うん」


 主から幻術の手ほどきを受けたエーオにはそれくらい造作もないことを知っているイルはこくりとうなずく。

 ”殺さない”という区分を守っているならそれでいいのだ。

 今度こそエーオがスキップでもしそうな勢いで外へと出向くのを見送ったイルは、私的スペースにつながる玄関のほうへ向かった。


 扉を開けると今まさに扉を破ろうとしていたらしい男数人の、虚を突かれた顔と鉢合わせた。

 手に持つのはいくつかの工具や、塗料の入ったバケツなどだ。

 縄の束は、恐らくイルとエーオを縛るための物か。


「おやおやお嬢さん、ちょうどいい、俺たちゃあこの家に恨みはないが、頼まれたんでね。二度と店が開けねえくらい壊させて――――って、それは、なんだ?」


 我を取り戻した男の一人が、ニヤニヤと嫌な笑みで優越感たっぷりにしゃべっていたが、イルが突然虚空から取り出した物に、思わず問いかけた。

 イルはカシャンと一度二度と開閉させ、歯の動き具合を確かめながら、小首を傾げた。


「何って、はさみだよ?」


 身の丈ほどはある、柔らかな薄桃色をした巨大な鋏を軽々と取りまわす目の前の少女に、男たちは急にこの場から逃げるべきなのではという思いにとらわれた。

 だが、その前に薄桃色の少女の手がひるがえり、カシャンと鋏が開閉した。


「ばいばい」


 男たちの意識はそこで途切れた。



 男達がふらふらと街へ消えていくすがたを、イルは見るともなしに見送った。

 男達が次に意識を取り戻したとき、すでに自身のしようとしたことも受けた依頼のことも、覚えていない。

 イルがその記憶を”断ち切って”しまったから。


 魔術的な訓練を受けた者や、意志の強い者や精神的な鍛練をした者ならそう簡単にさせてはくれないが、流れるままに生きてきただろうこのごろつきたちはあっけないものだ。

 表からかすかに聞こえる悲鳴からして、そろそろエーオも遊び終えるころだろう。


 そうしたらお風呂にお水をはって、本性に戻って水遊びをするのだ。

 ぴかぴかに綺麗にしておけば、主も見てみぬふりをしてくれるだろう。

 そうだ、主が用意しているとびっきりの紅茶を入れて、主の友達の、怖いけど優しいドラゴンさんからもらったお菓子も食べてしまおうか。

 その思い付きはとっても素敵なことに思えた。

 けど、やっぱり――――


「主、早く帰ってこないかな」


 イルは大きな裁ちばさみを抱えながら、ぼんやりと橙と藍に染まる空を見上げ、同じ空の元にいるはずの主を想った。


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