現代 1
バロウ国の王都、城にほど近い高級住宅街の一角にその仕立屋はあった。
数年前に開店したばかりの上、女主人と住み込みの売り子兼召使二人だけというこぢんまりとした店構えだったが、最新の流行を取り入れながらも気品漂う優美なデザインは、流行に敏感な商会の奥方や貴族の令嬢はもちろん、気軽に当世風に手を出したくても出せない貴族夫人にまで知らぬ者はおらず、また女主人の若さと絶世の美貌はドレスに興味のない紳士にまでその存在を知られた今話題の店である。
だが、その美貌の女主人が以前――――百年と少し前にもその場所で仕立屋をしていたことと、古より闇に息づき、時に人々を惑わせ、気まぐれに救い上げ、人の世を混乱と悪徳に陥れてきた魔族であることは、彼女にごく近しいわずかなモノしか知りえない秘密であった。
ようやく朝日で空気の温み始めた午前中、店の奥に位置する日の光が燦々と差し込む専用の作業部屋で、リグリラは両の手で縫っているコートの他にも、下ろした金の髪からするすると伸びた無数の触手が別々の作業を一斉に進めていた。
いつもであれば整然とした動きを見せるのだが今日は少々様子が違い、傷んだドレスの裾直しや装飾につかうレースやコサージュを作っていてもどうにも動きに無駄が多く、そわそわと意味もなく動く触手さえいる。
リグリラ自身も気もそぞろで、ぼんやりと窓の外を眺めていたり、ちらちらと扉のほうを見てみたり。
とうとうコートを縫う手まで止めてしまったが、さすがに落ち着きのない自分に気付きはっと作業を再開しようとしたところで扉がノックされ、間髪入れずあけられた。
扉が開けられたとたんぱっと表情を輝かせて振り返ったリグリラだったが、それが少年の姿をとらせた己の使い魔だとわかると一気に興味を無くし、中断していたコートの縫製に戻った。
一方、少年使い魔は部屋を埋め尽くすように広がる金の奔流に驚きたたらを踏んだ。
「うわっ主、そんなに手を出して一体どうしたんですか!?」
「どうでもよろしくてよ。それよりもあなたに任せた使いはきちんと済んだのでしょうね」
「ちゃんと買ってきましたよ、魔術でずるもしないできちんと行列に並びました!」
栗色の巻き毛の少年は、戦利品である紙袋を掲げて主張しながら何とか金の奔流をよけつつ続けた。
「にしても主、いつにも増してとっ散らかっていますね。やっぱり、例のドレスで悩んでいるんですか」
「それは見通しが付きましたわ」
「そうなんですか。そういえば今やっているのは魔装衣の縫製ですね。紳士用のコートなんてめったに作らないのに。……ってことはこれってあの方の為ですか?」
呆れ混じりの口調でいう少年はうかつにも主の機嫌が急降下していくことに気付かなかった。
「本当に主はあの方がお好きですねえ。確かにあんなにおっかないモノなのにずいぶん気さくな方ですけど。そういえばさっき――――ひうわっ!!」
突然、無数の触手にからめとられて宙を舞った少年は逆さ吊りにされて主の剣呑な紫の瞳と出会い、ひいと息をつめる。
「それ以上おしゃべりが過ぎるようでしたら、その口を縫い付けますわよ。ベルリエーオミーオ」
「ひゃい」
足首から流し込まれた刺胞毒による軽いしびれの中でもがくがくとうなずく巻き髪の少年をリグリラが落とす前に、廊下から固いブーツで床板を踏みしめる音が聞こえた。
空いたままの扉から顔をのぞかせたのはもう一体の使い魔であり、今は売り子役を任せている薄桃色の髪を結いあげた少女だった。
少年と同年代の背格好をとる少女は、無表情ではあるが愛らしい顔立ちに楚々としたたたずまいは良家の子女と見まがうばかりだったが、従業員の証として店の見本であるハニーオレンジのドレスの上に装飾性の高い白いエプロンを付け、足にはこげ茶色のブーツを履いていた。
「エーオ、ずるい。主と遊ぶなら私も混ざる」
「ほれが遊んへ居るように見へんなら代っへくれよイル!!」
減らず口を叩く少年にはしびれ毒を追加してだまらせると、無表情な中にも不満げにわずかに唇を尖らせる少女に向き直った。
少女には外の店番を任せていたはずだったからだ。
「イル、どうかなさいましたの?」
「主に、お客様」
「午前中に予約は入っていなかったと思いますけど」
今日の予定リストを脳裏でめくりつつリグリラが首をかしげていると。
「――――やあリグリラ、久しぶり。少し早かったかな」
その低く穏やかな声に、リグリラは伸ばしていたすべての触手をざっと引っ込めた。
その拍子に少年が地に落ちて「ぐえ」という悲鳴がしたが華麗に無視し、戻った金髪をいそいそと手製の髪紐で結い上げながら立ち上がる。
パステルカラーの少女の背後から旅の傭兵風の実用的な上下に埃よけと防寒防塵を兼ねたマントを羽織った黒髪の青年が顔を出し、金色の瞳でリグリラを見つけると穏やかに微笑んだ。
リグリラは駆け寄りたい衝動をなだめると、その場で優雅にドレスのスカートをつまんで一礼する。
「ごきげんよう、ラーワ。お待ちしておりましたわ。どうぞ応接室へ。あなたのお好きなマドレーヌもご用意していましてよ」
「ほんと? 最近こっちに来ていなかったから全然食べていなかったからうれしいよ!」
怜悧に整った顔立ちがとたんぱっと輝き、華やかな笑顔に変わったことにリグリラもつられたように表情が綻ぶのを、しびれから立ち直った少年使い魔はあんぐりと口を開けてながめた。
「主ってば、変わり身早すぎ――――ひでぶっ!!」
思わず漏らした失言を言い終える前に素早く伸びた触手がしなり、少年の意識を完全に刈り取る。
その際しっかりとマドレーヌの入った紙袋を触手で回収していたリグリラは、床に伸びている少年を羨ましげに眺める少女にその紙袋をわたして、お茶の用意を指示したのだった。
「んー、やっぱこの味だ。うんまいっ!!」
湯気とともにかぐわしい香りを立ち昇らせるティーカップと、こんがりときつね色に焼き上げられたマドレーヌが盛られた皿が並べられたテーブルにリグリラと差し向かいで座ったラーワは淹れられた茶に口をつけるのもそこそこ、狐色の焼き菓子をほうばった。
先ほどの怜悧な面差しとは打って変わった無邪気で幸せそうな表情に、知ってはいたもののあまりの落差にリグリラは呆れた。
「本当にこのお菓子がお気に入りですわね。せっかくの男ぶりが台無しになっていますわよ」
「おいしいものには遠慮はしないたちなんで! それにここにはリグリラと使い魔ちゃんたちしかいないんだし、外ではもうちょっと取り繕っているよ。これでも話のわかるとっつきやすいハンターさんってギルドで働く女の子たちには評判なんだよ? それよりも――――」
早くもひとつ目を味わい終えたラーワは少し心配そうにリグリラを覗き込んだ。
「リグリラ、最近忙しかったかい? いつもきれいだけど、今はちょっと疲れているように見えるよ。いくら体が丈夫だからってきちんと休んだほうがいい」
不意の振る舞いに、図らずとも胸が跳ねたリグリラは、きっとこんなところがギルドの娘たちに人気の出る理由の一つなのでしょうね、と内心ひとりごちた。
危険種専門の傭兵は荒くれ者と相場が決まっている。
そんな中、荒事なぞと縁のなさそうな長身ながらもすらりとした肢体に、襟足ほどの長さのこのあたりではめずらしい漆黒の髪と、太陽の輝きを溶かし込んだような金の双眸が美しい怜悧な容貌は、傭兵というよりは、役者にでもなったほうが大成しそうな雰囲気だ。良い意味でも悪い意味でもよく目立つことだろう。
更にいえば彼の素性からくる神秘的な、ゆえに超然とした雰囲気は相手に一見近づき難い印象を持たせるが、ひとたび話し出せば気さくに応じ、さらに物腰柔らかく腕もそれなりに立つ、とあれば娘たちがのぼせ上がるのも当然ともいえた。
リグリラは、その中の何人かは本気になったと睨んでいる。
だが、彼の片耳には既婚者を表す耳飾が飾られているため、彼女たちの告白合戦から逃れられていると思われた。
「好きでやっていることですし、この程度でどうにかなるほど柔ではありませんわ。ところでその髪色を見る限り、例の試みが成功したようですわね」
居心地の悪い視線から逃れるためにティーカップに口をつけながら話をそらすと、気にした風もなくラーワは楽しげにうなずいた。
「うん、リグリラから教えてもらった魔力を物質として具現化させるってやつ。ネクターに協力してもらって術式を組み替えたら、炎の魔力だけ抜き取って剣にすることができたよ。髪色を変えられないのが常識だからね。これだけやれば、もうあの手配書と同一人物だとはわかんないよ。ついでに、魔力の一時制限装置も合わせたおかげで、無事にギルド登録もパスできた。ありがとね」
つい半年ほど前、ようやく百数十年前の変装が無駄だったことを知ったラーワは今度こそばれないようにと徹底しているようだ。王都がパニックになっていないことからその努力は今のところ報われているらしい。
「それはよろしゅうございました」
「リグリラが使う黒蛇鞭もかっこいいなあと思っていたんだけど、なんでかこの形じゃないと安定しなくてね。それだけはちょっと残念だったかな」
ラーワは、テーブルに立てかけていた黒鞘に納められた両手剣をポンポンと叩いた。
だが、そんな無造作に扱うべきシロモノではないことを、リグリラは抜身を見るまでもなく悟っていた。
剣から漂う焔の気配でそれが少なくとも古代魔道具級の武器で、少なくとも駆け出しが持つにはふさわしくない代物になってしまっていたが、そのあたりには触れずに切り出した。
「ところで、あなたのギルドランクはどの程度ですの?」
「魔力循環のいくつかが遠隔管理できるようになってから、すこし自由が利くようになったからね。こまめに依頼を受けてたら、いつの間にかトリプルに昇格していたよ」
そういってラーワは胸元に下げられていたドッグタグを取り出し、リグリラが見やすい様に掌にのせた。
そこには青年時の名前らしい”ノクト”の文字と、性別である男性、登録されたギルド支部の単語が並び、それと共に剣を二本交差させた上に盾の紋章が刻印されていた。
その刻印は数十年前に危険種討伐専門傭兵組合、通称ハンターギルドで制度化され、今ではどの国の傭兵組合でも採用されているランクマークだった。
見習い期間であるシングルの盾からはじまり、使える技術が剣か魔法かによってダブル、トリプル、クワドラプル、最高位のクインティプルと、依頼達成率やギルドへの貢献度によって昇格して行くたびに盾の裏を交差するように剣や杖の紋章が追加されていく。
また、得手とする依頼区分を任意で盾の空白部分に刻むことができ、依頼する側はドッグタグに記載される情報だけである程度そのハンターがどれほどの腕か、また何を得意としているか知ることができた。
紋章の盾の中に採集特化を意味する”薬草”が刻印されていることに気付いたリグリラは、あまりの似合わなさに吹き出すのをこらえていった。
「それは助かりますわ。シングルでは指名はできませんもの」
「と、いうことは思念話で言っていた頼みたいことと関係があるんだね」
「ええ、実は、私の護衛依頼を受けていただきたいんですの」
「どこまで?」
「ここから馬車で二日ほど南へ行った港町までですわ」
「もちろん構わないけど、ただ行くだけなら転移術であっという間だろう。どうしてだか事情を聞いてもいいかい?」
案の定問い返され、リグリラは今までのいきさつをすべて打ち明ける覚悟を決めた。
「少し長い話になりますわ、よろしくて?」
「もちろん、時間はたっぷりあるよ」
快活に承諾したラーワに、リグリラは事の起こりから話し始めた。
「マール・コレットはご存知?」
「当代人気ナンバーワンの若手女優だよね。芝居なんて縁のないハンターまで話題にしていたから名前くらいは知っているよ」
「そのマール・コレットが近々として王宮に迎えられますの。王妃として」
二つ目の焼き菓子に手を伸ばそうとしていたラーワは、その動きを止めて目を瞬かせた。
「ええと、それはおめでとうって言っていいのかな。そもそも人気があるとはいえ女優さんと王様がよく知り合ったね」
「本人はまだ戸惑っているようですけど、憎からず想っているようでしたから、祝福の言葉でよろしいでしょう。馴れ初めとしては彼女の出世作の評判を聞きつけてお忍びで見に行った国王が舞台上の彼女に一目ぼれして猛アタックしたようですわ。幸か不幸か彼女は没落しているとはいえ貴族でしたから、そのまま召し上げという形になりましたの。正式な式は来年で、そろそろ世間に発表される頃ですけど、しばらくは知らないふりをしてくださいましね」
「それはわかった、けどリグリラはどうして知っているんだい?」
「その時の舞台衣装をわたくしが手掛けたからですわ。その時に彼女がわたくしのデザインを気に入ったらしく、以来私的なドレスを何着か店に注文してくださっていますの」
「へえ、いろんなことしているんだね。リグリラの作った衣装ならその舞台見てみたかったなあ。なんてタイトル?」
ごくごく自然な流れで尋ねられたそれにリグリラは若干緊張しつつ答えた。
「”火焔姫”ですわ」
「”可憐姫”?なんかとてもかわいいお姫様が出てきそうな題名だね」
「……ええ、内容も種族の差を越えて結ばれるまでを描いたありきたりな恋物語ですわ」
「そうなんだ。でもやっぱりリグリラがドレス以外の仕事を受けるなんて珍しいね。魔装衣制作だって、時々しか引き受けないのにさ」
素直に感心する様子からして本当に知らないようだ、とリグリラはラーワの勘違いをあえて正さなかった。
それが、黒火焔竜と万象の賢者、つまり、目の前に座って居るこの青年ともう一人の人物のエピソードを元に創作されたラブストーリーで、劇中で火焔姫は炎の精霊として描かれているものの、この国の人間ならば明らかにかの竜をモチーフにしていることがわかるほど、伝説に忠実な展開だった。
更にいえば、この舞台の噂を聞いた時に生半可な人族に己の親友を演じられるのは我慢ならないと稽古場に乗り込んだのだが、当時無名だったマール・コレットの演じる火焔姫があまりにそっくりでつい、衣装制作を格安で引き受けてしまったことも特に言わなくてもいいことだ、と不思議そうに首をひねるラーワにリグリラは曖昧に微笑むことでごまかした。
「ただの気まぐれですわ。舞台が大当たりしたおかげでわたくしの店に来てくださる方も増えましたし、店の知名度が上がったことも否定できません。それが良かったのか悪かったのかはわかりませんけど、その縁で今回、ミスコレットから王宮で行われる婚約式後、初めて公にお披露目される舞踏会用のドレスの注文がうちに入りましたの」
「今度こそおめでとうって言いたいけど、ちがうんだね」
「ええ。うちに来てくださるのは裕福な中産階級の奥さまや、上級貴族のご令嬢あたりですけど、実力はともかく普通はわたくしのような店を開いて数年の個人経営の店に、このような注文が来ることはまずありません。たいていは王室御用達という看板に縋る既存のデザインに手を加えるしか能のない親方衆の店に頼むのが習慣なのです。女優上りとはいえ未来の王妃なのですからそちらに依頼するのが筋なのですが、今回なぜか軒並み断られたそうですわ」
「おー不穏だね。理由はなに?」
「卑しい職業につくような女に作るドレスはない、だそうですけど、何の旨みもない下級貴族出の王妃が生まれることを良く思わない何人かの貴族が示し合わせて圧力をかけたようですわね」
「めんどくさいねえ」
「ええ、まったく」
呆れた様子を見せるラーワに、リグリラはティーカップを傾けて一息つく。
「王の愛という名の権力を求めて、年頃の娘がいる貴族は家を上げてしのぎを削っていた矢先にマール・コレットが登場したのです。ただでさえ日頃さげすんでいる職業婦人から選ばれたのですから特に頭にかびが生えているような古い貴族には耐えがたいのでしょうね。正式に婚約してしまえば王宮が表だって彼女を庇えるようになり、手を出しづらくなりますから、今のうちに潰しておこうという魂胆ではないかしら。
ご丁寧に仕立屋組合から回状が回って、貴族向けドレスを扱う仕立屋のほとんどは彼女の注文を受けず、わたくしのところまで回ってきたのでしてよ」
「その回状ってリグリラのところにも来たんじゃないの?」
二つ目の焼き菓子を口にしながら、ほんの少し心配そうにだが大いに愉快気に訊かれ、リグリラは鼻で笑った。
「そんなものさっさと焚き付けに使いましたわ。わたくしは気に入った仕事しか受けませんし、誰かに仕事を指図されるなんてまっぴらですもの。注文を受けたとわかった途端、組合から脱退を求められましたけど、元より馴れ合いには興味ありませんしこちらからやめてやりましたわ。
何度か邪魔な木偶の坊がやってきましたり、野暮な手紙が投げ込まれたりしましたけど、実害はありませんから先日仮縫いが済みましたの。けれど、最近ようやく実力行使に訴えてきまして、街の問屋から布地が仕入れられなくなりましたわ」
「うわあ、大変だね」
恫喝と脅迫は実害のうちに入らないと言い切るのがリグリラらしいと思いながら、ラーワは相槌を打ちつつも口元に笑みが浮かんだ。
彼女が全く困っておらず、むしろこの売られた喧嘩を楽しんでいることがよく分かったからだ。
リグリラはそのニヤニヤとした笑みの意味に気付かないふりをして、しかめつらしく言った。
「ええ、正直かなり困っていましてよ。流行遅れのプリント地でも最上級のサテン並の値をふっかけられますの。わたくしの使いたい布をまず売ってはいただけませんでしょう。――――この町では」
リグリラは紫の瞳をきらめかせて不敵に微笑した。
「この国で流通する高級絹布はほぼ国外からの輸入に頼っていますの。それが入ってくるのはここから一番近い港町ナヴァレですわ。海路で入ってくるそれが荷卸しされる町には国内外から商人が買い付けに参りますから迂闊に圧力などかけようものならば逆に総スカンを食らいますわ。さらに言えば内陸の輸送費がかからない分ずっと安価に多様な種類から選べて一石二鳥、なのですが」
そこでリグリラは舌打ちでもしそうな勢いで忌々しげに顔をしかめた。
「こちらから港町までの街道で第三級危険種であるトロルが目撃されたとかで、一般市民の交通が制限されていますの。トロルごとき障害にもなりませんけど、今人族として不審な行動をとって敵に付け入るスキを与えたくはありません。今のところ警戒段階ですのでダブル以上の護衛を雇えば交通の許可が下りますが、威勢がいいだけの未熟者を雇うのも業腹です。どうせならわたくしが唯一信頼できるあなたに頼みたいんですの」
恥ずかしげに睫毛を伏せて早口で語られた言葉に、ラーワは真摯にうなずいた。
「もちろん、任せて。リグリラの信頼にこたえられるよう頑張るよ。ああでもネクターは薬師の仕事が立て込んでいて忙しいんだ。警戒段階であれば私だけでも大丈夫だろうけど使い魔くんたちを連れていくならもう一人別に雇わなきゃいけないや」
申し訳なさそうに付け足された言葉に、リグリラは邪魔者がいない幸運に拳を握って喜びを表しかけるのをこらえて、取り澄まして答えた。
「構いませんわ。元々使い魔たちは留守番に置いて行くつもりでしたし、厳戒態勢でも敷かれない限り交通の許可は下りるでしょう。今日中にギルドに依頼を出しますから、手続きが済み次第出発でよろしくて?」
「了解。それにしてもリグリラと旅行か。仕事とはいえすごい楽しみだ」
「ええ、そうですわね」
内心考えていたことと同じ言葉を口にされ、リグリラも思わず微笑んで、素直に同意を返したのだった。