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魔族様は愛がお嫌い  作者: 道草家守
本編

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19/25

現代 10 

 






 男達が押さえつけようとすれば投げ飛ばし、切りつけられても懐に入り、驚愕にゆがむ男の顔を殴りつける。

 不用意に近づくものは骨を折る勢いで足を薙ぎ払い、細いかかとで無防備になった腹に鋭い一撃を見舞った。


 だが、すべて意識を無くさないぎりぎりで加減した。

 暗殺者たちの技量はハンターランクで言えばトリプルに届くかという程度だ。

 ほんの少し真面目にやれば一瞬で片が付く。

 歯ごたえがないにもほどがあったが、リグリラが全力を出せるのはかの竜を代表にほんの一握りの相手だけだ。

 こういう他愛のない相手でもやり方次第では十分楽しめることをリグリラはすでに知っていたし、それにあの糸繰り魔樹討伐以来まともに身体を動かしていなかったこともあって、無性に拳をふるいたかった。


 目の前から襲い来る刃を交わし時には素手で受け、人族レベルにまで落としている両手が血まみれになろうと構わないことに、暗殺者たちが不気味に思い始めていること気付き、リグリラは悠然と顔を上げてにたりと笑ってやる。


「早くわたくしをどうにかしませんと、このままではマール・コレットの暗殺はできなくてよ。それとも徒党を組むことしかできないお猿さん方は、理解できませんかしら?」

「この女っ……!」

「手加減してやればつけあがりおって!!!」


 わかりやすい挑発に案の定いきりたった男たちは、この女を一刻も早く沈黙させるために数人がかりで足止めをする。

 決死の覚悟のそれに抑え込まれたリグリラは、一人が放った魔術の衝撃波をまともにくらった。


 一瞬男達の間で歓声が上がりかけたが、四級危険種なら軽々と吹き飛ばすそれにリグリラが少しよろめいただけですぐさま体勢を立て直し、近くにいた二人をひじ打ちと蹴りで吹き飛ばしたことに呆然とする。


 リグリラは衝撃波で弛んだ髪飾りをむしり取った。

 ざあっと解き放たれた金砂の髪はまるで生き物のように虚空に広がり、恐怖に駆られ背後から襲い掛かろうとしていた男を締め上げ、地に叩き付けた。

 

 そのありえない光景に、男達は戦闘中だということも忘れて動きを止めた。

同時に周辺の温度が一段下がったかのように思えるほどの濃密な魔力の噴出に、唯一混ざっていた魔術師が耐えきれずに白目を向いて気絶する。

何を相手にしていたのかわからなくなった男達は、足元から這ってくるような怖気に震えあがった。


「ば、化け物っ……!!」

「あら、心外ですわ。わたくし魔力の闇より生じた魔族ですの。そんな下等なものと一緒にしないでくださいまし」


 リグリラは怒号と悲鳴と吹き出す血の臭いに、頭が澄み渡っていくような心地を味わっていた。

 そうだ、この感覚を忘れていた。


 リグリラは魔族だ。

 気に入らねば、力でねじ伏せ、蹂躙し、何物にも屈せず、縛られることはない。


 誰が何を想うのかなど、はなから関係なかったのだ。

 そもそも己は己の思うまま、何をしようと何を想おうと自分であることに変わりはなかったのに。


 何を悩むことがあったのだろうと、リグリラは晴れ渡る心のまま、己の役目も忘れひたすら原初の恐怖に支配される暗殺者たちを前に愉悦の笑みを浮かべた。


「わ、わあああああああ!!」

「た、退却、退却だあ!!!」


 男たちが我先にと逃げようと駆け出した。

 まだまだ遊び足りないリグリラが追うかどうか迷っているうちに、馴染み深い魔力がすでに待ち構えていることに気付いた。


「はいはいみなさん、大人しく縛られてねー」


 暗殺者たちの前に闇からにじみ出るように現れた、艶やかなボルドーのテールコートに身を包んだ黒髪の青年は、死に物狂いで振りかぶられる剣にも目に入っていないかのようににっこりと笑いながら、いたって気軽に指を鳴らした。


 呪文ひとつ唱えずにその動作だけであっさりと定義された魔力は、青年の意志を忠実にくみ取り、暗殺者たちの足下から次々と夜の暗がりよりも濃い闇が這い上がり、男達が声を上げる間もなく縛り上げた。


「リグリラ、結構派手にやってたねえ。こっそり結界はっといたから誰も気づいてないと思うけど」

「ラーワ……」


 のんびりとした声音に気が抜けかけたリグリラだったが、次いで走り寄ってきた紺の青年に意識が奪われた。


 ラーワは、何らかの闘争の気配を察知して現れたらしい仙次郎が、唯人にもわかるほどの濃密な魔力を身にまといながら、長い金髪を生き物のように虚空に揺らめかせるリグリラの姿に息をのんでいるのを見て取った。

 そういえばリグリラの人在らざる者の片鱗を見るのは初めてだったかとラーワは少々心配したが、仙次郎の雰囲気に大きな動揺はあっても、恐怖を感じているようには見えなかったから黙って見ていることにした。


「マダム、その姿は……」


 心あらずの態でドレスが破れ返り血を浴びた壮絶な姿のリグリラに、一歩二歩と近づこうとした仙次郎だったが、その前に一足のうちに間合いを詰められたことに面を食らう。


「……あなた、わたくしを口説きたいなどとのたまいましたわね」

「あ、ああ、確かにそうだが、手が血まみれにござる、怪我をなされたのでは」


 唐突に持ち出された話に戸惑う仙次郎をリグリラは燃え上がるような激情のままびしりと指を突き付けた。


「わたくしよりも弱いものに興味ありませんの。口説きたいというのなら、今からわたくしと決闘なさい!」

「は……?」

「拒否権は受け付けませんわ、もういい加減堪忍袋の緒がブチ切れておりますの! 

あなたがわたくしに勝てたら口説かれて差し上げます、ただしわたくしが勝ったらその首をよこしなさい!」

「く、首っ!?」


 リグリラの物騒な挑戦状に仙次郎は絶句した。

どうにか事情を聞こうと声を上げようとしたが、その前に、事情がよくわからないまでもそのどこか吹っ切れたようなさばさばとした啖呵に安堵したラーワが焚き付けるように言った。


「リグリラ、さすがにここじゃまずいよ。この近くにギルドが管理している野外訓練場がある。きっと今の時間なら誰も居ないよ」

「ノクト殿までなにを!?」


 それを聞くや否やリグリラは愕然とする仙次郎の襟首をひっつかみ飛び出していこうとしたが、一瞬迷うようにラーワを見やった。


「大丈夫だよ。私はこの人たちどうにかしてから適当に帰るから、思う存分行ってらっしゃい」

「……後で、全部話しますわ」

「ん、楽しみにしてる」

「ま、マダム何をお!?」


 途端、派手な突風を巻き起こしながら、リグリラが仙次郎ごと飛び去っていくのをひらひらと手を振って見送り、さて、と闇色の手に拘束され、すでに意識を(うしな)っている暗殺者たちに向き直る。


「んーまずはリグリラのあれを忘れてもらって、ん? というかなんでこの人達リグリラにケンカ売られてたんだろう。

――――ああ、王妃ちゃんを暗殺するつもりだったのね。すごくいい子だったし、悪いこともしていないのになんで殺そうとするかなあ」


 一部始終を見ていた風精に説明をされたラーワはうーんと考え込む。


「首突っ込むのもいやだけど、知らせないのも悪いか。にしても、―――首よこせって言ってたけど、本気で生首が欲しいわけじゃない、よね?」


 先ほどのリグリラの剣幕にほんの少しだけ心配になったのだった。




 





 






 *********














 《なんか、庭のほうが変じゃない? 行ってみたほうがいい気がするなあ》


 舞踏会の警護についていた兵士の一人はふとそんな考えが頭に浮かび、巡回ルートから外れて夜の闇に包まれる庭の一角に足を踏み入れた。


 《そうそうもうちょっと行ったとこ、そのあたりだよ》


 そのままなんとなく(・・・・・)支給されている懐中光灯で照らしながら進んでいくと、物々しい装備を身にまとった男達が、芝生の上に累々と横たわる異様なさまに驚いた。

 ダメ押しの様に男達の傍らには抜身の剣が転がり、中には完全装備の魔術師まで混ざっていた。


「なんで……!?」


 《騒ぐのは不味いよ。舞踏会をつつがなく成功させるのが任務なんだから》


 叫び声を上げようとした兵士だったが己の役目を思い出して辛うじて口をつぐみ、転がる様に上司に報告に走った。


 その後、ひそやかにいくつかの家が蟄居、または当主交代になった理由は知られることはなかった。





 













  **********

















 空には大きな望月がかかっていたが、人の視界には何も映らぬ暗闇に支配されていた。

 リグリラは無言で地面が踏み固められた訓練場に降り立ち、魔術でいくつかの光球を生み出して明かりとすると、地面に転がした仙次郎の目の前に亜空間から取り出した一振りの長剣を突き立てた。


「取りなさい。これならあなたの馬鹿力でもそうそう折れることはありません。ハンデとして魔術は使わないで差し上げます。剣のみの真剣勝負ですわ」

「マダム、まずは話を……っ!?」


 突然の空中飛行にもかかわらず、何とか我に返った仙次郎の言葉にも構わず、リグリラは間合いを詰め、己の魔力で練り上げた長剣を肩口に振り下ろした。


 ガキンっと鈍い金属音が薄闇にひびく。


 反射的に剣とって斬撃を受け流した仙次郎は、距離をとろうと必死に避けて回るが、そのたびに鋭く切り込むリグリラにたちまち防戦においこまれた。


「臆病者っ逃げるんじゃありませんの!」

「そうはいってもマダムっ、それがし何が何やらわからぬうちに剣を合わせたくないっ」

「何が何やらわからない時点で度し難いですわ! 何にも覚えていないくせに、なんとなくわたくしだろうなんて不確かな理由で口説く愚か者が! 約束を果たしてやろうというのです大人しく倒されなさい!」

「あの話を聞いて……! やはり夢の女性はあなたでござったかっ」


 一撃一撃の重さに冷や汗をかきつつなんとかリグリラの剣を捌いていた仙次郎が、先ほどの話を聞かれていたことに驚きと喜びをあらわにするのに、リグリラは今まで苛立ちをすべてぶつけるように応じた。


「ええそうですとも、せっかくわたくしが鍛えてやりましたのにそれを放り出したあげく、勝手に死にやがりまして! 

 挙句にはいつかは会いに行くからまた口説かせろ!? そのくせ自分でした誓いすら覚えていないなんて、ふざけんじゃありませんのっ。

―――― 一番腹立たしいのはその口約束を数百年たった今でも忘れられないでいるわたくしですわ!」


 その、今にも泣きだしそうな表情に、仙次郎は強い既視感に襲われ剣先が鈍った。

 すかさず上段から攻めたリグリラの剣は、だが体勢を崩しながらも受け止められ、激しい鍔迫り合いになった。


「ハイドが死んでから、たかが人族ごとき、代わりなどいくらでもいると思おうとしましたわ。

 でもだめだった! ハイドでなくては意味がなかった。ただ傍にいればよかった、特別なことをしなくても他愛のない話をして笑う姿を見られれば良かった。

 ありえないとわかっていても、わずかな可能性にかけて人族に紛れて暮らすほど!

あまつさえ一目であなたの魂に気付いて、あなたが覚えていない怒りと絶望に浸りながらも、あなたの魂にまた出会えたことがどうしようもなく嬉しかったんですの! どれだけわたくしを愚かにすれば気が済むんですの!? これが愛だというのならっ、愛なんて大っ嫌いですわ!」


 拮抗していた力は、リグリラが仙次郎の腹部に足蹴りを入れたことで崩れた。

 強烈な蹴りに腹部を庇いながらも、追撃は身体をひねることで躱し、仙次郎は何とか距離をとる。


「しかもわたくしが別人として扱ってやろうとしていますのに、勝手にまとわりついてきてっ。

 いつか思い出してくれると期待してしまうじゃありませんの! あなたは違うはずなのに、わたくしの名すら忘れていますのにっ」

「マダムそれはっ」

「しかもあんな小娘程度にほいほい口説かれてんじゃありませんわよこの愚か者!!」

 

仙次郎がはっと息をのみ言葉を投げかけようとしたのを遮り、リグリラは鋭く剣をその喉元に突き付けて宣言する。


「だからもう、あなたがハイドの記憶を覚えていようといまいとかまわないことにしましてよ! 

 わたくしは魔族ですわ。だから何物にも縛られず欲しいものは力づくでも手に入れると決めましたの!」


 言いきるや否や全力の一撃を叩き付けようと駆けだしたリグリラに、仙次郎は叫んだ。


「まってくれマダム、いや、”リグリィリグラ”!!」


 リグリラは確信に満ちた声に真名を呼ばれ、思わず足を止めた。

 

 ただの音の羅列ではない。

 その単語がリグリラの名であると、理解し認識していた。

 そうでなくてはリグリラの根幹に響くはずはないのだ。

 こんなに揺さぶられるはずも、ない。


 リグリラは愕然と、荒く息をつく狼の青年を見つめた。


「どうして……」

「曖昧な夢の中でも、これだけは鮮明に覚えていた名でござる。

 大事な、なんとしても忘れてはいけないと、前世のそれがしが深く刻んでいたのでござろう」


 仙次郎は自責の念に駆られているように顔をゆがめた。


「だがこれ以上のことはどう頭を振り絞っても思い出せぬ。あなたを裏切ったことも、あなたにしたという約定も、忘れてしまったことは申し訳ない。だが、これだけは知っていてくださるか」

「なにをっ」

「それがし、真の名を鏑木仙次郎俳土(ハイド)という」


 リグリラは己の耳を疑った。

 この男は、今何を言った?

 リグリラの動揺に、これも間違いではなかったか、と仙次郎は安堵の息をつく。


「それがしの故郷では、武士――こちらで言う貴族と軍人を合わせたような階級の男児に、忌み名という、呪術から身を守るためにつけられる名がある。

 格別な時にしか名乗らぬ名でござるゆえ、易者や陰陽師を呼び、もっとも強い守りになるよう慎重につけられるのだが、それがしの時は少々勝手が違ったようでな。

 忌み名が付けられる際、それがしは言葉もままならぬ年だったが、易者や父母の前で、その時だけは明確に「おれはハイドだ」といったそうだ。

 皆それは驚いたそうだが、これは前世の業を清算するために必要なのだろうという易者の鶴の一声で、字をあてられてそのまま決まった。

 その時のことですら覚えていないのをこれほど悔しく思ったこともないが、それがしは仙次郎にござるが、確かにハイドでもござる。覚えてはおらなくても別人ではござらぬ」


大きく息をついた仙次郎はさらに続ける。


「あの討伐時に森に先行したノクト殿を追いかけようとしたとき、マダムにハイド、と呼ばれて驚いた。

 ノクト殿にすら名乗ったことのないそれがしの忌み名を知る者はいない。

 ならばいつ知るか、それがしの前の世を知る人物しかいない。あの時、人在らざるものかと聞いたのは、そうであればいいという下心もあったのだ。

 マダムもそうであるとノクト殿が肯定した時、誤解を恐れず言えば運命を感じ申した。

 昔から、海の向こうにあるという大陸にあこがれ行かねばならぬと焦燥すら感じ、こうして飛び出してきた後もここではないという思いが胸から離れず、何度も自分がおかしいのではないかと自問したものだが、マダムに名を呼ばれ、金の髪と紫の瞳を前にして、すべてはあなたに出会うためだったかと今は確信している」


 いつの間にか剣を下していることすら意識の外だった。


「あなたをそこまで想わせておいて残して逝ってしまったまえの己を殴れるものなら殴りたい。

だが、その縁があったお陰であなたと出会えたことだけは天の采配と感謝しよう。あなたを一目見た時の魂の震えは、前の世の残り香かもしれぬ。

 それでも! そうして受け継いでいたとしても、あなたを愛しいと想うそれは、確かにそれがし自身の感じたこと。偽りなしとこの魂に誓おう」

「だからなんだというのです!? わたくしはもう決めたのです、あなたの首を手に入れて終わりにすると!」


 勝手に震える心に惑乱したリグリラが荒々しく断じるのに、仙次郎はあくまで落ち着いた声音で訊いた。


「その首をよこせという要求でござるが、どういう意味か聞かせていただきたい。それがしが負けた場合、この首を掻っ切って差し出せばよろしいのだろうか」

「いりませんわよそんなの!」


 本気で嫌そうな金の美女に仙次郎はありがたくはあるのだが複雑な気分で苦言を呈した。


「そんなの、とは少々ひどい。それがし生きるか死ぬかの瀬戸際でござるのに」

「首集めはとうの昔に飽きましたの、胴にくっ付いてなければ意味なくてよ」

「はあ」


 気の抜けた返事をする仙次郎に、リグリラは大まじめに言い放った。


「わたくしのモノにした後はその首を、命を、許可なく明け渡さないように契約でしばりつけた上で、どこにいてもわかる様に首輪をつけますの。もう二度と手放したりしませんわ」


仙次郎は珍妙な顔をした。


「それはその、」

「何が言いたいんですのっ」


 言いよどむのがじれったくて、リグリラは苛々と催促すると、仙次郎はぽりぽりと頬を掻きながら言った。


「リグリィリグラ殿、それがし、どうしても愛の告白をされているようにしか思えぬのだが」

「っ……!!」


 唇をわなわなと震わせ、薄明りでもわかるほど顔を真っ赤に染めるリグリラの、明らかに動揺した態度に、仙次郎はそれが間違いではないこと悟り、じんわりと笑いながら、続けた。


「それにその条件ならば、どちらが勝とうと結果は変わらぬのではないか。それがし、できればあなたと朽ち果てるまで共に居たいと思っておるゆえ」

「さっきからうるさいですわ! ならばあなたは素直にわたくしに縛られますの!?」


 リグリラのいらだち紛れの言葉を仙次郎は大真面目に否定した。


「いや、それは困る。それがしも自由にあなたを口説きたいのでな。

 だが、理由が聞けたお陰でそれがしもがぜんやる気が出た。この勝負受けてたとう―――だが、一つ条件を追加してもよろしいか」

「……なんですの」

「それがしが勝ったあかつきには、あなたにそれがしの名を呼んでほしい」


 それ、に気付かれていたことに虚を突かれたリグリラは、大きく深呼吸をすることで心の震えを沈め、傲然と言い放った。


「いいでしょう! あなたが勝ったらとは言わず一太刀でも入れられたら、いくらでも呼んで差し上げますわ」

「それはありがたい」


 本気で言った仙次郎はふさりと尻尾を揺らして、長剣を持ち上げた。


 打ち合って分かった。この美しい魔族は尋常ではない腕前だ。

 先ほどはほとんど本気を出していないようだったのに、剣を受けるだけで手いっぱいだった程。

 この美女に勝てるかどうか、恐らくは無理だろう。

 でも負けるわけにはいかない。なんとしても勝たなければいけない。

 幸いなのは貸し与えられた長剣が驚くほど己にしっかりと馴染むことだろう。

 それにこうしている今も、打ち合うのも初めてではない気がしてならない。

 この苛烈に美しい金髪の彼女の目の前に立つことがひどく懐かしく思えた。



 未知の術を使い、構えた剣に魔力に似た強い力をまとわせる仙次郎に、あのころと同じように沸き立つ心を感じていたが、今はそこにもう一つ、甘い疼きが混ざることをリグリラは認めた。

 

 まだ、それを言葉にするのには抵抗があるし、これからも伝えるかどうかわからない。

 けれど、これからこの剣で存分に語るのだ。そんなまどろっこしいもの、必要ないともいえた。


 激しい闘争心の宿る灰の瞳を見つめ、構えた剣に魔力に似た強い力が輝くように通っていくのに、リグリラは期待に沸き立つ心のまま荒々しく(あで)やかに笑う。



 互いに向かって同時に地を蹴り、ほぼ中央で出会った二人の剣は、まるで睦言を交わすがごとく重なり、甲高い金属音が鳴り響いた。










次回で最終回です。

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