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魔族様は愛がお嫌い  作者: 道草家守
本編

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16/25

現代 8

 







「もう疲れた、引きこもりたい……」


 昼下がりの午後、店の奥にある居住スペースの居間で、だらりとソファに寝転がったラーワがそういうのが聞こえたリグリラは自ら紅茶を用意しながら苦笑した。



 あの旅から一月が経とうとしていた。



 リグリラが納品したドレスで国王の婚約者は承認式も舞踏会でのお披露目も無事に済み、その際に着たドレスは社交界の話題を浚ったらしいのは、直後から押しかけ始めた貴婦人たちの客入りで明らかだ。

 そのおかげでマダムリリィ店は絶賛大繁盛で仕立て屋組合は矛を収めざるを得なくなり、むしろ再加入の打診をしてくるほどだ。もちろん門前で追い返したが。



 今日は忙しくてすれ違ってばかりだったラーワに礼を言うために早めに店じまいをして待っていたのだが、いつもなら頓着せずに店からやってくるのに、珍しくすっぽりとマントを頭からかぶり私的な玄関から足早に入ってきた途端、どっと緊張がゆるんだようにこれである。


 糸繰り魔樹(マリオネットツリー)の討伐から派生したもろもろの事後処理が続いているのはとある筋からリグリラも知っていたが、その面倒な手続きの数々に人は好きでも人付き合いは苦手なかの竜はかなり疲弊しているようだった。

 その精神的な疲れからくる物憂げな表情が、怜悧な美貌に一層の華をそえているのは何とも皮肉なことだが、リグリラにとっては眼福だった。


「だからあのとき言いましたでしょう、それでよろしいんですの? と」

「甘かった。ココアにメープルシュガーとシナモンいれてマシュマロ浮かべたくらい甘かった。

いや、昇格はしかたがない。クワドラプルになると定期的に自分の活動地域の報告と緊急招集に強制参加の義務が発生するからで、できれば避けたいけどそれ位なら対処のしようもある。だけど」


 ラーワは盾の下に剣と杖それぞれ2本ずつ、計”4本”が交差した紋章の入ったドックタグを己の胸元からひどく嫌そうに摘み上げて嘆息した。


「一気にクインティプルって……! しかも魔剣士で登録されちゃったしっ。せっかく今まで初歩的な魔術しか使っていなかったのにいいいい!!」

「仕方ありませんわ、あの討伐の信ぴょう性を高めるためにその”焔ノ剣”を古代魔道具(アーティファクト)として紹介してしまいましたもの。それが使えるだけで魔剣士としては十分な資格ありと、多少腕に覚えがある者ならだれでも考えますわ」

「それでも一気に飛ぶことはないと声を大にして言いたいっ。私だって一応経歴としてはハンターになって1年もたたないんだよ。それなのにこんな短時間で上がったら周囲の反発は起きるし古参のハンターに示しがつかない!」

「と、主張した結果どうなりましたの」


 拳を握って力説したラーワだったが、リグリラの冷静な切り返しにがっくりとして言った。


「観客がいる中、ギルドの訓練場で仙さんとサシで勝負をすることになって、その結果二つ名がつきました……」

「”炎閃(えんせん)”でしたわね」


 リグリラが揶揄するように視線を送ると、ティーカップを受け取るために身を起こしていたラーワがさらにげっそりと肩を落とした。


「まあね、私よりも仙さんがクワドラプルに上がるのをよく思わない人のほうが多かったから、必要かなって思ってやったんだけど。

 初めは納得してもらえるぎりっぎりのラインで負けさせてもらおうと思ったんだ。けど仙さんに「手加減は無用に願う」って言われてそうもいかなくなってさ。そしたらつい勝っちゃって。さらに気が付いたら観客が完全フリーズしていたわけだよ。

 そのおかげで仙さんも一目置かれるようになったけど。”黒突”なんてつけられてたし。

 でもそれ以降、仙さん共々なんか脳筋系のお兄さんおじさんたちにはやったらからまれるし、いろんなパーティからすんごく勧誘されるし。ギルド行くたびにそれだとちょっとしんどいよ……」

「ご愁傷様ですわね」


紅茶のカップをテーブルに置くと身を起こしながら礼を言われた後、ラーワに気づかわしげに訊かれた。


「そういえばリグリラのほうは大丈夫だった? 結構高位の魔術使っていたけど」

「あら、ご存じなくて? 魔装衣仕立組合の加入条件は魔術師の資格を持つことですのよ。魔装衣仕立て組合の組合証をみせれば一発で了承していただけましたわ。権威というのはこういう時便利でしてよ」

「そうなのか……まあ、覚えておくよ」


 いつまでたっても大勢との人付き合いに慣れずお疲れ気味のドラゴンがソファで膝を抱えて紅茶をすするのを横目に見ながら、リグリラも対角線上に置いてある一人がけのソファに腰を下ろした。


「ところで、こちらを受け取って下さる?」


 リグリラがテーブルに滑らせた一通の封書を、ラーワは不思議そうに取り上げた。

 宛名は付いたばかりの”炎閃”ノクト殿となっており、優美な炎の精霊を印璽した赤い封蝋で封をされている。

 訝しく思いながらも添えられたペーパーナイフで封を開け、中を読み始めたラーワは見る見るうちに表情をこわばらせた。


「……リグリラ、これ私の読み間違いでなければ、この間王様の婚約者になった方からの夜会の招待状ミタイナンデスガ」

「そのとおりですわ。ミスコレットから、ドレスを作り上げるために奮闘してくれたハンターにお礼が言いたい、とわたくしに相談が来ましたの。

 ラーワも完成したドレスを間近で見てみたいとおっしゃっていましたのに、タイミングが合わず果たせませんでしたから、舞踏会に招待という形にしてみたのですけど」

「え、その子、あのドレスを着てきてくれるの?」


 華やかなところというより、目立つ場所を好まないラーワは渋い顔で文面に目を落としていたが、ドレスの下りで興味を惹かれたように顔を上げた。


「ええ、普通位が高くなるに比例して、見栄を張りたがって一度袖を通せば終わりのことも多いですけど、彼女は庶民的な思考の持ち主ですから。今回の一番の御礼は完成したドレスをみせることだとわたくしがお願いしましたら、快く承諾してくれましたわ。

 もちろん、少々手を加えてかしましく囀る毛羽だたしい貴婦人方に有無を言わせない仕上がりにしますの。今回の夜会も比較的気軽なものですから、おいしいものを食べて、マールコレットのドレスを鑑賞しにいらしてみませんこと?」

「うう、私の誘い方をよくわかっているじゃないか」

「何年の付き合いだと思っていますの」

「でも、こういう集まりってやっぱり正装が基本だよね。

 最近聞かされたクインティプルの細則にギルド指定の正装があるとかないとか書いてあったような……ノクトで指名されているんだからやっぱりそれを用意しなきゃいけないよね。これ一週間後だけど間に合うかな」


 いまだ表情は晴れないものの、前向きに検討をし始めたラーワにリグリラは内心にんまりと笑い、思念話で使い魔に指示を出す。


「抜かりはありませんの。こんなこともあろうかとあなたのサイズで夜会服を仕立ててありますわ。 

 そうと決まれば後一週間、どこに出しても恥ずかしくないようみっちりと立ち振る舞いを覚えますわよ。わたくしのエスコートをなさるんですからカドリールやワルツの一曲でも踊っていただかなくては困りますわ」

「え、えーと……一週間で覚えられるかな」


 リグリラのスパルタ指導を思い出してひきつった笑みを浮かべていたラーワだったが、入室してきた少年使い魔エーオに差し出された箱を見た途端、相好を崩した。

なんだかんだ言いつつ新しい服を着るのは楽しく、リグリラの衣装を喜ぶドラゴンの青年は、受け取るや否やいそいそと箱を開け、ほれぼれするような手仕事で仕立て上げられた肩章のついたテールコートやベスト、シャツなどを確認していき。

だが、最後にズボンを持ち上げたところでそれに気づいた。


「あれ、ズボンに穴?」


 早速特訓の算段をつけようと立ち上がって背を向けていたリグリラは嫌な予感がして振り返り、それに気づく。


「もしかしてこれ仙さん用かい」

「―――エーオ」


 主に地の底をはうような声音で呼ばれた少年使い魔は真っ青な顔で固まった。


「いや、だって主、部屋に置いてある男性用の正装を持ってこいとしか言わなかったじゃないですか! だから俺てっきり主の作業部屋につるされている奴のかと思って箱に詰めたんですよっ」

「その前に作業台の上に箱に詰めてあるものがありましたでしょう! さっさと正しいものを持ってきなさいまし!!」

「はいっただいま!!」


 ビシッと最敬礼をしたエーオが脱兎のごとく走っていくのを苦々しく見送ったリグリラが覚悟を決めて視線をもどすと、ラーワはにこにこと嬉しそうに出した服を元通りに戻していた。


「申し訳ありません、ラーワ。お見苦しいところをお見せしました。ただいま正しいのを持ってこさせますわ」

「いやいや全然気にしないで。にしてもそうか、仙さんのズボンに尻尾穴をあけていたのはリグリラだったんだね。ハンターたちってことはもしかしてこの夜会に仙さんも呼ばれていたりする? じゃあ私がリグリラをエスコートするのは遠慮しなきゃね」


 得心したようにうなずくラーワにリグリラは、慌てて弁明した。


「どうしてそのような話になりますの!? わたくしだって別に作りたくて作ったわけではないんですの。ただギルドで貸し出している礼装では勝手に尻尾を空けるわけにはいかないでしょうから仕方なくわたくしが」

「いやそれくらいギルドの職員に言えば対応してくれるだろうし、作るにしてもズボンだけですんだんじゃない?」

「……っ!」


 指摘されてはじめて気づいたリグリラは羞恥に頬が赤らむのが自分でもわかった。


「知っているよ、最近仙さんに口説かれているらしいね。

 さる伯爵様とか、商会の若旦那にいくら贈り物をされてもなびかず、徹底的に切り捨てていたマダムリリィがぽっと出のハンターに!? てギルド内でも結構噂になってたし。

 うん、でもよかった、リグリラが初めて私以外の人に紳士用のしかも仕事じゃない服を作ったんだもの。まんざらじゃあないんだね」

「何か勘違いなさっているのではなくて? そもそも魔族のわたくしが人などに恋情を抱くわけがありませんの」


 含みある表情にむっとしたリグリラだったが、ラーワの吸い込まれそうに深く凪いだ金の瞳にとまどった。


「ねえ、リグリラ。私たちは人ではないけれど、心があるよ。心があれば感情も生まれる。生き方も、在り方も違うけれど、そこだけは人と変わらないと私は思うんだ。

 私たちは、彼らとは違う時を生きているから変化も緩やかだ。

 だから自分の心の変化に気付くのにとても時間がかかるけど、何も感じないわけじゃないし、むしろ一度抱いた想いはなかなか変わらない。だからこそ、心に生まれた想いを大事にしたほうがいいと思うよ」


 押し付けるでもなく、淡々とした声音に滲むぬくもりに反論の言葉を無くしてしまったリグリラは、黙りこくった。


 もう、遅いのだ。

 いつの間にか心に住み着いた感情を自覚した時には、全部言い逃げられた後だった。

 ぽっかり空いたうろに耐えきれず代わりを求めてもむなしさが募るばかりで。

 数百年たってやっと忘れられたと思っていたのだ。もう、あんな思いはしたくない。

 だが、また揺らいでいるのも事実だった。


 ちらり、とドラゴンの青年を見る。

 彼なら、わかるだろうか。


「ラーワ……」

「なに?」

「人の魂が前世の記憶を覚えていることなんて、ありませんわよね?」


 答えに期待していたわけではなかった。むしろこのぐずぐずとした胸の凝りを断ち切るためにきっぱりと否定されることを願っていたのだが。



 唐突に投げかけられた問いに、ラーワは目を瞬かせたあと。



「あるよ、その魂が現世でも覚えていることを選んだのなら」


 あっさりと肯定されてリグリラは驚いた。


「まず前提が違ってね、魂って繰り返し生きた記憶を全部覚えているんだよ。

 肉体に入ってから全部思い出すと発狂するから忘れているだけでさ。

 初めから大量の知識や経験があるのもいいことばかりじゃないってことなんだろうと思う。

 で、忘れた状態でいろんな経験や感情を通して魂を磨いて、そして死んだときに魂は記憶を蓄積して根幹に帰り、磨くことで生み出された魔力が世界に還元される。

 いろんな体験をして磨かれた魂がたっぷりと魔力を蓄えているのはそういうわけで、そのあたりが魔族に栄養食と言われるゆえんだろうね」


 さらりと自分たちのしていることに言及されたリグリラは、わけもなく後ろめたさが芽生えた。


「わたくしたちが魂を食べていることに怒りませんの?」

「んー。私たちドラゴンが感知するのは魔力の循環だけだからねえ。怒る理由がないんだよ。

 そりゃあ、百単位でばかすか食われたら手を出さざるを得ないけど、一つ二つくらいから生み出される魔力なら流れに支障もないからね。

 それに君たちが食べているのは魂から生み出された魔力だけで、魂自体は君たちの体を素通りして根幹に戻っていくよ。

 魔力を食べられちゃった魂はその一生分を無に帰しちゃったようなものだから気の毒だけど、私からしてみたらこれを弾みにして次をがんばってねって思うくらいだ」


 魔力循環の司であるドラゴンの化身から語られる、自身も知らなかった事実にリグリラはあっけにとられた。


「そんな……知りませんでしたわ」

「だろうね。私だって興味を持ってドラゴンの知識をさらわなきゃ知らなかったと思うよ。――――話がそれたね。

 魂は世界の根幹にいる間に前世の生を元に来世での魂の磨き方をある程度決めてから生まれてくるんだ。そのときたいていの魂は来世の環境に順応するためにまっさらの状態で生まれてくる。

 だけど前世によっぽど未練があるとか、大きな悔いが残ったとかっていうのは、覚えていることを選ばなくても、断片的に記憶が残ることがあるんだ。

 これはおじいちゃんから聞いた話だけど、生前呪いを受けていたり、魔術的な契約とかしていたら特に残りやすいらしいよ」


 リグリラは在ってはならないことだったが、その話を理解するのが怖いような気がした。

 途方に暮れて顔を上げると、静かにこちらを見つめる黄金の瞳と出会った。


「君たちに昔何があったのかは知らないけど、その時に抱えた強い想いは魂に焼き付くよ。たとえ別人として生きていたとしても、その魂は変わらない。どうするかはリグリラ次第だ。

だけど、ね。一つアドバイスするとすれば」


ラーワは束の間、かつての記憶に想いをはせ、続けた。


「自分の心に、嘘をつかないであげて。その嘘で、一番つらい思いをするのは自分なんだから」

「考えて、おきますわ」


 辛うじてそう返したリグリラに、世界を支えるドラゴンの化身は穏やかに微笑して席を立つ。





「じゃあ、そういうことで、舞踏会楽しみにしてるよ」

「―――ラーワ、体よく逃げようったってそうは参りませんわよ。別にエスコート役は二人でもよろしいんですの。明日からワルツの特訓、始めましてよ」

「…………お手柔らかにお願いします」


 逃亡に失敗した青年は観念してうなだれたのだった。






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