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過去 6 


「なぜだ、わしはどこで間違えたのだ……」


 一般的に言えば魔族のわたくしと契約したことでしょうね、と思ったが、それで利益を得ている手前リグリラは沈黙を守り、豪奢、ではあるがどこか虚ろな雰囲気を感じさせる寝室のベッドに力なく横たわる老いた男をながめていた。


 契約ではよくある話だ。

 魂と引き換えにこの男は全てを望んだ。リグリラはその通りにしてやった。

 

 男の敵を罠にかけ、追い落とし、冨を積み上げた。

 悪魔と契約している事に気付いた息子が暴こうとするのを嫌った男の指示で大事な跡取りも殺したものの、男は栄華を極めたはずだった。

 だが、豪奢な屋敷には男が高い給金で雇った使用人が数人。

 臨終の間際だというのに誰一人男の寝室に来ようとはせず、階下で部下という名の簒奪者が虎視眈々と男が死ぬのを待っていた。


「ああ、グレイシア、お前だけだよわしから離れんのは」


 もはや自力で置きあがれぬほど弱った男は、それでも茫洋とした瞳で傍らに立つリグリラを認め、手を伸ばそうとする。

 が、栗色のまっすぐな髪が見る見るうちにゆるく波打つ金砂色の髪に変わっていく光景に呆然と見入った。


おまえ(・・・)はだれだ?」


 わずかに正気を取り戻した男に、リグリラがそっと微笑んでやる。


「あなたの娘はあなたの暴力から逃げるためにとうの昔にこの屋敷を出ていますの。

 それよりもわが契約主殿。契約にのっとり対価をいただきますわ」

「……あっ――――!」


 恐怖と絶望に限界まで目を見開いた男は、自分の犯した過ちから逃げようと身をよじったが、もうそのような力あるはずもなく。

 男がこと切れた瞬間、リグリラはすかさず契約の鎖を引き、輪廻に戻ろうとする力にあらがい縛られた魂を手中に収める。


「では、ごきげんよう」


 もう誰も聞くことはない言葉を虚空に投げ、その部屋を後にした。








**********









 屋敷から離れたリグリラは手に入れたばかりの魂を口にした。

 あまりおいしくない、が、無くした分はほとんど回復できた。これでもうこの国には用がない。

 それにこのあたりでは国同士の駆け引きや、様々な思惑がまじりあい魔族にとっては絶好の狩場となっていたが、一度に多くの魔族が流入したため少々動きが目立ち過ぎ、勘づく人族も出てきている。

リグリラほどの魔族なら問題ないが、下級魔族の中には封印されてしまった者も居ると聞く。

 潮時だ。

 そう思うのだがどうにも離れがたい。


 理由は恐らく、契約はしたものの十数年間もなにも要求をしてこない青年に――――その魂に未練があるからだった。


 今日こそは何らかの要求をさせようと勢い込むのだが、どうにも忘れる。いや忘れたふりをしてしまう。

 リグリラはそんな自分の心の動きに困惑しながらもまた、あの部屋によるかどうか考えていると。







 名前が呼ばれた。はじめてのことだ。






 リグリラは高鳴る胸を押さえ、反射的にハイドの魔力を目印に転移をしてから、そこが城内部の一室だと気が付いた。


 広々とした室内は、高貴な人物のための寝室のようだった。


 ハイドは豪奢な室内の中央に置かれた寝台の脇で立ち尽くしていた。 

 現れたリグリラに気付くとこわばった顔にわずかな安堵を浮かべ声をかけようとしたが、上等な衣装に身を包んだ男達に視界をふさがれた。


「貴様、どこから入ってきた!?」


 立ちふさがった上等な騎士服に身を包んだ男は、突然現れたリグリラに驚愕しながらも敵意もあらわに剣を抜こうとし、だがリグリラの髪から伸びた触手に拘束された。

 同じように室内にいたハイド以外の男もすべてからめとったリグリラはそのまま毒を流そうとしたのだが、ハイドに止められた。


「彼女は大丈夫だ、俺が呼んだんだ。――――悪いけど、拘束を解いてやってくれるか」

「だが、これは悪魔だろう!? もしや、陛下の温情を踏みにじるような真似をっ!!」


 本当のことだが少々気に障ったリグリラは、素直にハイドの指示に従うのも業腹で、麻痺段階の刺胞毒を流してから無造作に転がしてやった。

 室内の中央に置かれたベッドに横たわるのは、この国の王となっていたハイドと同じ顔をした金髪の青年だったが、碧の瞳は瞼に閉ざされ、ピクリとも動かない。

 リグリラはその体からすでに生気が失われていることに気づいていた。

 その視線に気づいたらしくハイドは説明するように言葉を紡いだ。


「前から刺客が送られてくることはあったが、今回は刃物に毒が塗られていたらしくてな。

 手の施しようがなくて、つい一時間前に息を引き取った」


 淡々と語るハイドの横顔に浮かぶ表情をリグリラはうまく読み取ることが出来なかった。


「イグアルの姫との政略結婚以来、タシオスからの圧力が続いていたが、隣国のイグアルと同盟を組んだことが気に触ったらしい。もともとこの国を欲しがっていたが、穏便な方法を使うのをやめたんだろうな」

「で、わが契約者殿。わたくしをこのような場所に呼び出したからには、何か望みがおありなのでしょう?」


 リグリラは妖然と微笑んだ。

 言葉は聞こえている男たちの顔に動揺が走っていたが、すべて無視だ。

 必要なのはこの灰髪と灰の瞳の、今や立派な美丈夫となった男の答えだけなのだから。

ハイドは、ゆっくりと顔を上げると、その灰の瞳でリグリラをまっすぐ見つめた。


「ああ、その通りだ。我が召喚せし魔ノ者よ。

 俺はエドの遺志を継ぐ。そのために必要な力を貸してほしい」


 背後の男達も驚愕のあまり声を失っていたが、リグリラの受けた驚きも比較にならなかった。

 だが、喚く醜態を嫌ったリグリラは、内心の驚愕は押し殺してす、と目を細めた。


「本気、ですの」

「もちろん。正確に言えば俺がエドモンドに成り代われるように髪と目の色を変えること、俺がいた痕跡と記憶をすべて消すことだな」

「言うは易しですけど。それだけのことをするとなると、あなたの魔力だけでは足りませんわよ」

「かまわない」


 言外に魂を代価とした本契約をにおわせてやってもハイドの意志は揺るぎもせず、むしろ望むところだと言わんばかりに泰然としていた。


「エドが必死に守っていた国だ。勘違いしているお隣さんどもの横やりにこのままこの国を蹂躙されてたまるか。あんただって、契約者の俺が王になれば退屈しないだろう? 魔族にとって混沌は大好物じゃないのか?」

「それはそうですけど」


 ハイドの言葉にリグリラは言いよどむ。

 確かにそうなのだがどうにも承服できない苦い物が胸に凝っていた。


「……そこに転がる無能な家臣どもにでも何か吹き込まれまして。それならばわたくしこの馬鹿どもを処分することなど造作もなくてよ」

「まあ、ぎゃあぎゃあ喚かれたのは確かだが、全部俺の意志だよ。

 エドに自分に何かあったら後を頼むと言われていたしな。まさかこんなに早く出番が来るとは思っていなかったが、隠遁生活から打って変わって王様稼業ってのも悪くないだろう。イグアルの姫をだますのは悪いが、そいつは勘弁してもらおうか」


 どこか他人事のように算段を重ねるハイドに苛立ちが頂点に達したリグリラは激昂した。


「あなたがあの日わたくしを呼び出したのは、このようなことをするためではないでしょう!?」


 気付いていた。

 ハイドがずっとあの塔から飛び出して自由に暮らすことを夢見ていたのを。

 そのために、魔族を召喚をしてまで願っていたことを叶えるのに、今は絶好の機会のはずだ。

 リグリラに一言いえば良いだけなのに、魂を売り渡すならそちらのほうが何倍も有益なはずなのに、なぜ願わないのか理解に苦しんだ。

 そうだ、それに――――


「それにわたくしを……っ!」


 リグリラは己が口走ろうとした言葉に愕然とした。


「あんたを、なんだ?」


 ハイドの目の前の何かを待ち望むような静かな表情がひどく気に入らず、その胸ぐらをつかみ上げた。

 期待していた己が許せなかった。未遂とはいえ、懇願しかけた己が醜く思えた。


「っハイドヴァン! ”本当の望みを口になさいまし”!!」


 リグリラは魔力を込めて名を呼んだ。こうすれば人族程度の本音を引き出せるはずだった。

 だからこそ、ハイドが強制力に脂汗をしたたらせ、顔をしかめながらも抗いきり、無言を通したことに愕然とした。


「頼む、リグリィリグラ。俺の願いを叶えてくれ」


 こんな時だけ名前を呼ぶのか、とリグリラは形容しがたい感情のままに掴んだ衣服が引きちぎれる勢いで壁に叩き付け、ぐっと息をつめるハイドに冷然と言い放った。


「―――見損ないましてよ。結局あなたも冨と地位を求める愚鈍な輩と一緒でしたのね。

 良いですわ、存分にエドモンドとして生きなさいまし。ただし、力は使えようと、わたくしはもうあなたの前には現れません。そのおつもりで」

「ありがとう。ごめんな」


 リグリラは魂に穿つ契約の為に、無言で引きちぎったシャツの襟から覗く首筋に歯をたてる。

 あんなにも望んだ契約なのに、なぜかまったく嬉しくなかった。









 

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