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魔族様は愛がお嫌い  作者: 道草家守
本編

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12/25

現代 6 

 






 森に一歩踏み入れた途端、派手な戦闘音が耳に飛び込んできた。


 それを頼りに木々の間を縫うように奥へと進む仙次郎は、外以上に濃厚な甘ったるい匂いがしているのはわかるが、一切体の不調を感じないことに感嘆していた。

 その術式がなまなかな術者に使える代物ではないことぐらい、故郷で似たような術を施された経験のある仙次郎は身に染みてわかっていた。

 今も本気を出していないとはいえ、己の後方に全く遅れずに続いている金髪の美女をちらりとうかがう。

 一介の仕立屋があのような殺気を放つわけがないこともそうだったが、それよりもあの紫の瞳に覚えがある気がして、思考が飛びかける己を叱咤した。


(いかん、今はノクト殿を助けるのが先でござる!)


「ああもうめんどくさい!! 匂いが甘ったるくて気持ち悪いし、わらわら兵隊が出てきて本体に近づけないし、特にこの根が邪魔になるし!!」


 至って呑気なぼやきを狼耳で拾った仙次郎は不意に現れた獣型の魔獣を槍の一突きで無力化し、その巨大な木の根を幾本も振り回す奇怪な大樹の化け物と、その周りを守るおびただしい数の魔獣をたった一人で相手どる黒髪の青年の間に躍り込んだ。


「助勢しに参った!!」

「え、リグリラなんで仙さんがいるの!?」

「この馬鹿さんが望んだことでしてよ。お気になさらず! まずは本体の足を止めますわよっ」


 仙次郎の乱入に驚きをみせたものの、しょうがないというように苦笑を浮かべた黒髪の青年は、その間も片時も足を止めず、時折襲い掛かる木の根をよけつつ魔獣をほふり続けていた。

 炎の剣のひと薙ぎで切り飛ばされた木の根が一瞬で炭化したことに驚嘆しつつも、仙次郎も負けじと槍をふるいはじめた。


 鬼神の乱舞と称するべき二人の動きに感嘆しそこに加われないことを悔しく思いながら、リグリラは予想以上に濃厚な匂いをもう一度魔術を使うことで散らす。

そして彼らが打ち漏らした魔獣に鞭でとどめをさしつつ、人族の扱える魔術の範囲で有効な術式の詠唱を始めた。


 ラーワはリグリラの的確な支援と前衛が二人になったことで、格段に減った兵隊にこれならいけるかと考えた瞬間、生々しい幹をよじる糸繰り魔樹が仙次郎に狙いを定めたことに気付いて走り出した。


「仙さん切っちゃダメだ!!」


 新たな障害を排除しようと振りかぶられた、丸太ほどはあろうかという幾本もの木の根が己に突き刺さろうとするのに反応した仙次郎はやすやすと襲い掛かる木の根を切り飛ばしたが、その根に含まれる人体を焼く毒液まではわからなかった。

 瞬間身にラーワに突き飛ばされたことで難を逃れた仙次郎は、だが樹液をもろに浴びた青年の肌の変化に言葉を失った。


「なんだ、リグリラの支援魔術かかっているんなら大丈夫だったな。うわあ、コートに穴空いちゃったよ」


 出会った時から予感はあった。

 この青年と初めて会った時、獣人は例え別の地域の獣人だろうとその気配を見誤ったりしないのに、まるですべての種族を合わせたかのような不思議な気配に引き寄せられるように声をかけていた。

 故郷でも、引き入れられたギルドでも様々な人物と出会ったが、この青年はギルドに溶け込んでいるように見えて、いつでもどのような種族とも一線を期す超然とした空気があった。

 それが、別の何かであるあかしだとしたら。


「それくらい、いくらでも繕って差し上げますっ、そこの二人、離れなさいまし!」


 怒鳴り声に我に返った二人が彼らに襲い掛かってきた魔獣の一体を共に切り飛ばし効果圏内から外れたことを確認するや否や、リグリラは術式を発動させた。


氷結牢(アイスプリズン)!』


 古代語によって定義された魔力が不気味な大樹の足下を地面ごと凍らせたことで一時的に根の動きが鈍った。

そして仙次郎はその事象を起こした美女が青年の状態に全く驚いた様子の無いことを見て取る。

 こちらを見定めるように見つめる紫の瞳から逃れるように視線を外すと、黒髪の青年は黒曜石のような光沢の美しい鱗が浮き上がった頬で、困ったように笑っていた。


「ノクト殿、その、肌は」

「えーとね、簡単に言えば私ヒトじゃないんだ」

「……マダムもそうでござろうか」

「あれ、なんでわかったんだい?」

「今のは少々鎌をかけた。この有害な匂いの中で平然としていたのでな。妙だとは思っていた」

「あちゃー引っかかったなあ。……まあ知られたからにはしょうがない。君の記憶は後で抜き取るから、下がっていて」

「断る」


 仙次郎に即答された黒髪の青年はいまだ健在の兵隊(マリオネット)を捌きながらも驚きを浮かべて、同じく黒髪の狼人をみた。


「貴殿らが、恩も義理もない見ず知らずの隊商の人々を救うために心を砕いているのは明白でござる。更にいえばそれがし、恩人を見捨てるような外道になった覚えはない」

「肌に鱗が浮かんじゃったりするけど?」


 それでも恩人だというのか、という言葉を言外ににおわせた青年の瞳は、どこまでも透き通った黄金色をしていた。

 その感情の読めぬ得体の知れなさに逆立つ尻尾を自覚しながらも、仙次郎はここだけは譲れないと己の信念に従った。


「それがしの耳と尻尾と何が違う」

「……ほんと、ネクターやカイルみたいにこういう人がいるから面白いんだよなあ」


 槍で魔獣をなぎ飛ばしながらの仙次郎に大真面目に言われた竜の化身は思わず笑みをこぼした。


「じゃあ、仙さん、ちょっと槍をこっち向けて」

「こうか」


 仙次郎が魔力を帯びて刃が伸びた槍の穂先を向けると、ラーワはその表面を指先ですっと撫でた。

 途端、焔の魔力を帯びて赤々と燃え立つ刃に変わったことに唖然とする仙次郎にいたずらが成功した子供のように笑った。


「ん、これでいくらでも根っこを切り飛ばせるよ」

「……かたじけない」


 そのやり取りを見つめていた金の美女は予感が正しかったことに小さくため息を吐いて、己の思考を今の状況に合わせて鋭敏化させる。


「二人とも、のんきにしゃべっている暇がありましたら一気に片づけますわよ!」

「「おうっ!」」


 叱咤に声を上げると、二人は今だ木の根を振り回す巨大な魔樹に向かって飛び出していった。













 **********












 支援魔術の持続時間きっかりで糸繰り魔樹(マリオネットツリー)を塵に返した3人は、魔物討伐時の唯一の戦利品である砕かれた核――魔石と、呆然忘失といった態のハンターたちを不承不承ながら拾うや否や、あの騒ぎにも動じずに草を食んでいた鳥型の馬を走らせ今日の目的地であった街へ向かった。


 案の定、厳戒態勢で第一級危険種の襲来に備えて固く閉ざされた門を開けさせるのに多少の時間がかかり、半ば恐慌状態の領主館やギルド支部で同じ説明を繰り返す羽目になる。

 だが討伐証明にもなる糸繰り魔樹(マリオネットツリー)の赤子の拳ほどはある魔石のかけらが数十個、机に転がるのをあんぐりと顎が外れんばかりに見つめる地位のある男達を見るのはなかなかに爽快だった。


 比較的立ち直りの早かったギルド支部長が調査隊の派遣要請の為に本部への連絡や、魔力を吸い尽くされず中毒になったままさまよう兵隊(マリオネット)の残党狩りを指示し、その算段にギルド支部は眠れない夜を過ごす事となる。

 それを横目にぐっすりと休息したリグリラ達は、翌朝には護衛依頼の継続中を免罪符に事情聴取をすべて王都にある本部で受けることを約束し、すがるように引き止める領主やギルド支部長をふりきって隊商とともに街を出た。


 その際、仙次郎はなぜか令嬢の馬車に同乗することになった。

 何でも馬車に取りついたホーンベアから助けられたことで態度が180度変わり、礼を言いたいと令嬢自身が申し出たのだという。

 最後に見た時は丁寧な扱われ方をしていたから問題はないだろう。

 だからたくさん荷物が積まれているはずの荷台が、寂しく思えるのは気のせいなのだ。






 隊商はかつてなく順調に進み、その日の夕方に王都の門の前まで来ると、支部の応援に行くらしいハンターギルドの紋章を掲げた箱馬車が何台か止まっており、準備のために忙しく立ち回るギルド職員の姿があった。

 それを横目に手綱をとるリグリラが手続きを終えて馬車を進めていると、荷台に剣を抱いて座っていたラーワがふいに御者台の脇から身を乗り出し、魔力の流れを見るとき特有の茫洋とした視線で辺りを見回した。

 その視線がギルドの紋章を掲げた馬車の傍らで立ち話をする集団で焦点を結んだとたん、ぱっと表情を輝かせた。


「ネクター、ただいま!」


 長く伸ばした亜麻色の髪をうなじから三つ編みにした細身の青年は、その声にはっと振り返り、馬車から降りて駆け寄ってくるラーワをみとめると、花のような笑みを見せた。


「ラーワ、お帰りなさい。リリィさんとのお仕事は無事終わったようですね」

「いろいろあったけどなんとかね。それにしてもどうしてこんなところに? 薬の納品ってわけじゃなさそうだけど」


 彼らの傍らに馬車を止めたリグリラにネクターは会釈をしたが、水入らずのところを邪魔されたリグリラはふんと顔を背けた。

 ネクターはいつものことなので気にした風もなくただ困ったように微笑むと、完璧に人並みに魔力を抑えた元人族現精霊の青年はラーワの疑問に答えた。


「納品は終わったのですが、先ほどギルドに立ち寄りましたら、第一級危険種の討伐後、調査準備の最中に居合わせてしまいまして。魔術師の手が足りないとかで私も応援に行くことになったのです。入れ違いになりますが、会って伝えることが出来て良かったです」

「うわあ、すっごいごめん」


 申し訳なさそうに首をすくめるラーワに、ネクターはギルドでその情報を聞いた時からしていた推測が正しいことを知る。


糸繰り魔樹(マリオネットツリー)の本体を討伐したのはラーワたちですね」

「その通りだよ。ちょうど糸繰り魔樹の”移動”にかち合っちゃって仕方なかったんだ」

「ですが、居合わせたハンターが8人、ですが実際に本体を相手取ったのが民間人1人を含む3人と聞いています。民間人というのがリリィさんとすると、もう一人のハンターはどなたでしょう? 第一級危険種の魔物です。その方にあなたたちの能力を知られてしまったのではないですか」


 ネクターが声を潜めて一番の懸念を問いかけると、ラーワはからからと笑った。


「ああ、それなら大丈夫。もう一人はナヴァレで知り合って仲良くなった人なんだ。東国から来た狼の人で、こっちでハンターを始めて間もないけどなかなか強いし、私がへまして変化が解けかけちゃったときも受け入れてくれたいい人だよ。あの人なら黙っていてくれるって約束してくれたから平気だ」


 気楽に太鼓判を押したラーワだったが、ネクターは顔色を変えた。


「変化が解けかかるほどの怪我をされたのですか!?」

「いや、ちょっと腐食性の樹液をかぶっただけだよ。コートには穴空いちゃったけど、全然傷跡もないだろう?」


 慌てながらも元気なことをアピールするように腕を広げたラーワと距離を詰めたネクターは、頬に手を添えて愁いを帯びた空の瞳で今は目の前にある金の瞳を覗き込んだ。


「あなたが誰よりも強いのはわかっています。ですが、今は仮とはいえ人の身にやつしているのです。あなたが周りを助けたい気持ちはわかりますが、もう少し、ご自分の体を大事にしてください」

「ネクター……」

「今回は突発でしたから仕方がありませんが、私だって今はトリプルのハンターですし、昔取った杵柄は忘れていませんよ。次はあなたの背を守れるように私も一緒に行かせてくださいね」

「……ん、心配かけてごめん」


 今はほんの少しネクターよりも背の高いラーワがネクターの腰を引き寄せ、その額に唇を落とした。

 ごく自然に寄り添う二人をリグリラがあきれて眺めていると、そこから少し離れたところで同じように彼らを見て立ち尽くす仙次郎がいる事に気が付いた。

 仙次郎のほうもリグリラに気付いて、身の丈ほどの槍を持っているにもかかわらず素早い身のこなしで馬車に歩み寄ってきたかと思うと、動揺を隠せない様子で話しかけてきた。


「そ、その今ノクト殿と共に居る方はどなたであろうか」


手持無沙汰だったため、気乗りはしなかったが応じてやった。


「薬師のネクター・フィグーラですわ。ふだんはそちらが本業ですけど、魔術師としてギルドに登録していますわ。ラーワの相棒でしてよ」

「そうではなく! いやそうでもござるのだが。―――ずいぶん親密そうに見えるが、お二人はどういった関係なのだろうか」


 ああそういうことかと、リグリラは認めるのも業腹だったがここで粘られても面倒なので話してやった。


「彼はラーワが唯一と定めて誓約を交わした、いわば伴侶ですわね。私には彼のどこがいいのかいまだによくわからないのですけどあの方が選んだのですから、仕方ありませんわね」

「それがしはてっきりマダムとノクト殿が夫婦とばかり思っておった」

「あら、それは嬉しい勘違いですけど。残念なことにわたくしはあの方の眼中にはありませんでしたわ」


 驚きが冷めやらない様子で尻尾を膨らませたまま絶句していた仙次郎だったが、ふいにくつくつと笑い始めた。


「なんですの」


 リグリラが気味悪く御者台から黒髪と灰色の狼耳を見下ろすと、精悍な顔に安堵の笑みを浮かべた仙次郎と視線が絡んだ。


「いや、ノクト殿の大事な方なれば、諦めねばならぬと肝に銘じたばかりでな。それが杞憂とわかってほっとしていた」

「だから、なんですの」

「リリィ殿、口説いてもよろしいだろうか」


 途端ふくれあがった殺気とともに振るわれた鞭を、仙次郎は槍ではじいた。

 距離をとった仙次郎に、リグリラは冷然と言い放った。


「遊び相手が欲しいなら娼館にでも行きなさいまし。お門違いですわ」


 リグリラの軽蔑の視線に仙次郎が己の失言に気付き弁明しようとしたが、仙次郎の存在に気付いたラーワがのんびりと声をかけた。


「あ、仙さん! 依頼は完了したのかい?」


 連れ添う二人はリグリラと仙次郎の間に漂う、正確にはリグリラのピリピリとした緊張感に戸惑ったものの、ネクターは初対面の仙次郎の風体をゆっくり眺めた後、穏やかに微笑した。


『初めまして東国の方。私はネクター・フィグーラと言います。ようこそバロウへ』


 ネクターの口から滑りだした東和国語に仙次郎は初めこそ面を食らった様子だったがとたん、嬉しそうに応じた。


『丁寧にどうも。俺は仙次郎でいいぜ。それにしても兄さんずいぶん言葉がうまいな。東和に来たことでもあるのかい』

『いえ東国独自の魔術を研究するために、昔少し習ったことがありました。ずいぶん使っておりませんのでお聞き苦しいところはご了承ください』

『いやいや、俺の言葉のほうがぞんざいなくらいだ。兄さんなら城勤めもできそうだよ』

『恐れ入ります』


 すっとネクターが頭を下げたことで一区切りついたことを察したラーワは目を輝かせてはなしかけた。


「すごいなネクター東和国語もしゃべれたんだ。今度おしえて!」

「かまいませんよ。仙次郎さんという良い教師もいらっしゃることですし、私もしばらく学ばせていただきたいものです」

「よっしゃ、いつか東和国でもふもふ三昧!!」

「私も昔は資料が足らず中途半端になっていた独自の刻印術を研究し直したいと思っていましたので是非とも行ってみたいです」


 ほのぼのとネクターと言葉を交わしていたラーワだったが、仙次郎の微妙な表情に気づいた。


「どうかしたかい」

「いや、そのノクト殿が”衆道”でござろうと恩人には変わらぬゆえ。これはそれがしの修行不足にござる」

「シュウドウ?」


 うまく言葉の意味がつかめなかったラーワは小首をかしげた。

 ネクターを見てもあいまいに微笑んでいるだけなのでリグリラを見ると、呆れともつかない苦笑で教えてくれた。


「殿方が殿方を愛することですわ。それよりもラーワ、そろそろ離れてもよろしいんじゃなくて」


 はじめはピンと来ていない様子のラーワだったが、やがてじわじわと理解するにつれてその白い肌が真っ赤に染まり、ネクターの腰を引き寄せたままだった腕を慌てて離した。


「違っ、いやこれだけ見ればそう見えるかもしれないけど、とりあえず誰でもいいってわけじゃないから!」

「それがしの国では古より武士のたしなみでもあったゆえ偏見などはござらぬ」

「それなら討伐の時よりも空いたその距離は何!? 違うから、私はネクターだけだから!」

「もちろんです。あなたがいろんな方に愛をささやかれようと私だけは特別だと知っていますから」

「……ノクト殿。それがしには測れない御仁でござったか」

「ちょネクターそれ語弊がある!? 仙さんも真に受けないでっ」

「そこの薬師、悪化させていますわ」

「そうですか?」


 本気で分かっていない様子のネクターに付き合ってられないとばかりにため息をついたリグリラは手綱を握りなおした。


「わたくしはこの後大事な仕事がありますのでこれで。ラーワ、このお礼は後ほどゆっくりいたしますわ」

「リグリラ置いて行かないで、荷物おろしまで手伝うからっ」


 涙目の美青年というのもなかなか良いものだと考えながら、リグリラは鷹揚にうなずく。

 ラーワはほっとした顔で御者台に上ろうとしたが、その前にもう一度ネクターを振り返った。


「ネクター悪いけど調査よろしくね。いってらっしゃい」

「行ってきます、ラーワ」

「仙さん、じゃあ私もしばらくこの町にいるつもりだから、またね」


 微笑み合いながらそっと唇が触れるだけのキスをかわして、別れを済ませたラーワが荷台に納まったのを確認するや否や、目の前で交わされた恋人の睦ごとに呆然とする仙次郎を置いて、リグリラは馬に指示を出した。


「リリィ殿、すまぬ、話を……!」


 衝撃からようやく仙次郎が慌てて言いつのろうとしていたがリグリラは構わず走らせた。


「ねえ、リグリラ仙さんが何か話があるみたいだったけど……て、怒ってる?」

「いいえ! 怒ってなどいませんの!」

「はあ」


いや、怒っているよねと思ったものの、憤然と手綱を握るリグリラにそれ以上二の句を告げなかったラーワであった。


「…………もう二度と、あんな思いはごめんですわ」


ほそりとつぶやかれた言葉は、誰に聞かれることもなく馬車の走る騒音に消えた。





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