第五話 砂漠に消えた国
怪獣ケマケマによって国は滅ぼされてしまいました。
やがて沈みゆく陽光にシャダル国が赤く染まったころ、廃墟に動くものはなかった。砂塵と死臭のたちこめるなかに、原初を知る生物だけが厳然とそびえ立っている。巨大な黒い瞳には一点の光さえさしこまず、深淵にしずかな暗黒をはらむばかりである。
ヴァタの大地より死の風がおさまったのち、獣はスラヴァーヤへともどされた。
異形の守護獣は国中からの歓声でむかえられ、人々は王国のさらなる栄華を思い高らかに歌いあげた。
居住地へ着くや獣は体を下ろしてまぶたを閉じる。
そして再びその瞳が開かれることはなかった。
初手にうけた攻撃が首の動脈にまで達していたらしく、手当もなくおかれた命はすでに尽きかけていたのだ。
獣の死後、宮廷ではこの大いなる骸の処分が検討される。
一方城下ではある病が流行りはじめていた。
高熱と衰弱が突如発症し、数日ののちには苦悶のうちに息を引き取る。そして原因不明のまま瞬く間にひろがっていく。
発生源が獣舎の周辺からと判明したときにはすでに遅く、スラヴァーヤの王もこの病床にふせっていた。死の間際、無念の王は、ある者の名をくりかえし叫んだが、臣下たちはついにその人物を見つけ出すことができなかった。
こうしてスラヴァーヤもまた、獣により攻めほろぼしたシャダルと同じく死の国へと化していったのである。
以来、ふたつの骸が骨となるまで、この地に近づく者はなかった。
死病を生じさせる腐肉が消えるまでにはじつに十年の時を要したのだ。
わずかな生存者のうち、かつてシャダルの王宮につかえていた者はおびえを含み伝えたという。巨獣が迫りきて逃げまどう人々のなか、ただひとり城の胸壁に立ち、狂ったように笑っていた女があったことを。あのシャダルの王へ卵をさし出した燃える緑の瞳の女だ。
また一方スラヴァーヤにいた者が語るには、死の病の蔓延する町を、黒衣の女が高らかに笑いながら歩いていたともいう。病床の王が断末魔に叫んでいたのはこの者の名――いずこよりか現われ、王国にあの獣ケマケマをもたらした女の名である。
両者の話による姿はまったく同じ、だが同じ人間が二人いるはずもない。
二国の戦にまきこまれ蹂躙された小国に双子の王女がいた……あるいはこれらの復讐だったのではないか、と唱える者がいる。
また、聖なる大地を戦の血で汚し続けたことに、憤激した神が使わされたのだと、まことしやかに語る者もいる。
いずれにせよ、二つの大国は、長き時間と風にまかせているうちに不毛の大地となり、ここへ人々が根を張ることもなくなった。
踏み砕かれた瓦礫も、人の消えた町も、やがて砂漠の砂へと散っていったのであった。
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