第三話 ケマケマの行進
大いなる獣へと成長したケマケマはついに戦場へと駆り出されます。
学者らがかけつけるや、獣のいる幕内よりとびだした人影があった。これに近づこうとするのを、女のするどい声が制止した。
「ふれてはなりません!」
集まってきた者たちの目の前で、とびだしてきたエサ係の男は絶叫し、顔をおおいのたうちまわった挙句に動かなくなると、女はふりかえって、
「この者は死液をあびたのです。おそらく食事中は正面に立ってはならぬ決まりをやぶったのでしょう。主人に忠実なるケマケマは、しかし一度怒らせると口内よりおそろしい毒を噴射させます。これにかかった者はもちろん、近づいた者の命さえもうばう力があり、戦においては強力な武器となるのです」
聞いた老学者は顔をしかめたが、報告をうけた王はしかし満足げな笑みをうかべた。あわれな世話係のむくろには二日の間近づくことはゆるされなかった。
女の言葉どおり、それから十日がすぎたころには獣の頭は天井にまで達し、また数日がたつと天幕ははずされ、雲へと顔をつかんばかりの巨体がシャダル国にあらわされた。
獣は四肢をひざおり、あごと腹とを着地させ、まぶたをふせてジッとしている。
王がたずねると、女はそばに置いた銅鑼を指さし、
「ひとつ叩くと立ちあがり、ふたつで前進、みっつ叩いて歩みを止めます。かたい皮膚はハガネをはじき、背負うた甲羅は火薬の爆撃すらものともしません。――偉大なる王よ、神典には記されています。ケマケマをしたがえるもの、いずれ世界の覇者なるさだめなり、と」
銅鑼が打ち鳴らされるや、人の背丈ほどもあるまぶたが見開かれ、大きな黒い鏡のような瞳に王の姿がうつった。
突風のような鼻息をひとつふき、神殿の石柱のごとき脚をのばした立ち姿に、王と臣下一同は深い感動とおそれとを声にしてもらす。この影に陽をさえぎられた一帯はまるで夜のようになり、遠くで見た城下の者たちからは悲鳴さえあがった。
しかし行進が開始され、巨獣のあとへつらなる勇ましい兵士たちの列をみると、人々の恐怖のどよめきはやがて国中をおおいつくす歓声へとかわっていった。
進路をしめす旗ふり役と、馬車にのせられた銅鑼の音にみちびかれ、やがて獣はヴァタの大地とよばれる戦場へと足をふみいれる。乾季の黄色い風がふきぬけるなか、ハガネのひびきが三度鳴らされ、獣は動きをとめた。
大平原をはさんだ向こうに陣をかまえている敵国スラヴァーヤの軍隊も、このただならぬ事態にはげしく動揺している。
勝利を確信した王の号令により、高らかに銅鑼が打ち鳴らされ、巨体はふたたび前進する。たけだけしい声がシャダルの兵士たちからわきたつ。
しかし獣が平原の中央にさしかかったとき、まるで波がひいていくようにこれらの声はやんだ。
豪華な馬車の玉座にいた王も思わず立ちあがり、目をむきだして前方を見つめた。
敵陣の奥より、自軍と同じ巨獣が姿をあらわしたのだ。
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