第二話 王の決断
王の目の前で世にも奇怪な生き物が生まれます。
女はそれが「戦を終わらせる者」だというのですが……。
「どういうことか?」
王は会話をつづける気になり、女の美しい緑の瞳へ目をすえた。
「ケマケマはこの世でもっとも大きく、早く成長する生き物でございます。そしてやがては巨万の敵をもひと息で吹き散らす力をも秘めているのです。これを育て、しもべとすることこそ、わが王へ勝利の栄光をもたらすすべと心えております」
王が老いた学者のほうをみた。すると学者は「おそれながら」とかしこまり、古い神話について語った。
まだ人の姿もつくられていないほど遠い昔、天上の神々の戦においてある勇猛なる神によってつかわれた獣がいたこと。そしてその名前に、姿形、性質は女が語ったものと同じであることを。
聞き終えて王は目を閉じる。
そしてしばらく考えたのち決断をくだした。
長い戦に勝つ方法を王に求められ、国中の学者が頭をなやませていたころ、この老いた学者のもとへふらりと女がやってきたのだった。学者は女のもっている神秘についてのぼう大な知識に圧倒され、なかでもケマケマなる幻獣の存在には大きく心をゆさぶられた。
また、燃えるような深い緑の瞳には、なぜか逆らいがたいものを感じ、いわれるままにこの王宮へと女を通したのだった。
王の命令により、学者と女はこの奇怪な生き物の世話をまかされた。しかしその指示はほとんどすべて女からによるもので、その言葉どおりまず町の一画がつぶされた。獣の住居にする天幕をつくるためだという。
「これほどの屋根が必要だろうか?」
学者はひげをこすりながら、出来上がったはるか高い頭上の幕を見あげる。つづいて目の前の、うず高くつまれたイモやトウモロコシや皮をはいだニワトリの山へ、むちゅうになって頭をつっこんでうごめいている獣を見た。
「これでもまだ足りぬほどです。いずれはこの屋根をも越し、王宮のいただきにならび、ついには雲へと頭をつきます。ここはそれまで獣を敵の目から隠すための覆いにすぎません」
「指のまたに水かきがあるが? これは本来は水にすむものではないのか?」
「ケマケマは原初の生き物であるため、まだ世界が海であったころの名残をのこしています。陸で育て、陸のものを食しているうち、これらの特徴は自然と消えていきます」
卵から出てよりまだ三日ほどしかたっていないが、しきつめられたシダの葉の上でエサを食む姿は、すでに子牛ほどの大きさに成長していた。
王は、女の話をすべて信じていたわけではなかった。獣にまつわる神話を聞いたとき、ならばこれを神の力にあやかるための一種の儀式にしようと考え、育てることにしたのだ。
しかし熱気のこもる生臭い天幕をおとずれたとき、半月とたたぬうちに象ほどもの大きさに成長したその姿を目にし、思わず息をのんだ。そうして、そのおどろきが笑いに変わると、さらに半月後にはこの天幕をもつきやぶり、戦場へ出ては敵をアリのようにつぶし、自軍の兵士たちが勝利のおたけびをあげる……そのような光景がうかんできた。
王は獣の顔を見あげた。魚の溶けくずれたような醜い面、そのところどころから赤毛が生えてのび、食べている羊の肉をかむたびにそれらがゆれている。寝ているとき以外この生き物はたえず食事をつづけるのだ。
ある夜中、闇をさくようなおそろしい叫び声がひびいた。
お読みいただきありがとうございます。
多分あと2話で終わります。