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プリズム

作者: ひろ

「お前さ、もう止めてくんない?」


 

 言われた言葉に、心臓が凍る。


「ずっと俺のこと見てるよね? 疲れるんだけど」


 今日の授業が終わって、いつもなら賑やかなはずの教室に奇妙な静寂が流れる。

 少し顔を赤くした彼の声は四角い箱の中でよく響いた。





 事態が飲み込めなくてただただ目の前の人を見ることしか出来ない。

 その内、彼の傍に居る男子達がニヤニヤ笑って私に注目していることに気付いて血の気が引いた。

 更には女子の囁き声も聞こえてきて頭の中がパニックになる。



「ご、めんなさい……」


「……そうじゃなくてさぁ。まあ、いいや」



 謝罪は肯定と同じだと気付いたのは、言葉が滑り落ちたのと同時で。

 心の中には早く終わらせたい一心しかなくて

絞り出すように言ったその言葉も不服な声を返される。

 机の下で握っている手首の指先は、氷のように冷たい。



 彼が席に着いたのを合図に周りの止まっていた時間が動き出すけど、私はもうどこも動かせなくて。

 心配して声をかけてくれる友達の声も自分の思考に掻き消されて聞こえなかった。






 違う。

 私が見ていたのは

 あなたじゃない。



 言えなかった言葉を噛み締めると、悔しさか、悲しさか、よく分からない感情でカタカタと体が震えた。


 私の様子に周りから、男子を責める声、同情する声、色んなものが混じって届けられる。

 小さくなって小さくなってとにかく消えてしまいたいような気持ちになった。




 あの人が今日、欠席してますように。

 どこかに用事が有って、今この瞬間教室に居ませんように。



 そんな都合のいいこと有るはずないのにそれだけを願って、私は泣くのを堪えていた。









 私の学校は少し変わってて、机の配置がコの字型だ。

 白板が見にくいって人も居るけど、廊下側の席になった時は教室から見える青空が一望出来て

私は結構好きだったりする。

 もうひとつ、不純な理由も有るんだけど。



 授業中にも関わらずつい見とれていると、肩をトントンと叩かれた。

 いつも通りのことなので私が片手に消しゴムを持って振り返れば

ごめんなさいのポーズで笑っている人が居る。


 松本和樹まつもとかずき君。

 大きな目と日に焼けた肌、茶色の強い髪の、格好いいというより可愛いという言葉がしっくりくる彼が居た。


 表向きは、仕方ないなという顔をしつつも肩を叩かれる度に嬉しくて笑う。松本君がこれからもずっと消しゴムを忘れてくれれば良いのに。



 私がこの机の形を好きな理由の2つ目も、彼に関係している。


 視界に広がっている窓は外が暗くなってくると鏡のように反射して、廊下側の人の顔が見えるのだ。

 振り返ると不自然だけど、これなら気付かれずに彼を見ていられた。

 授業中に眠そうな目を擦る所も、少し離れた席の友達と変顔対決してる所も、ふとした拍子に遠くを見ている大人びた表情も。



 この気持ちを伝えられなくても良くて。

 彼が見られて、たまに関われる。それだけで本当に十分だった。



 



 でも、ガラス越しだしバレないと安心して見ていたのが悪かったのだと思う。


 まさか私の真向かいの男の子が勘違いして声をかけてくるなんて思わなかったし、しかも聞いてみるとクラス中が私の好きな人はその彼だと思っていたらしい。

『クラス中』その単語にめまいがした。





「……愛ちゃん大丈夫? 大久保照れてるだけだから気にしちゃダメだよ」


 違うのに、周囲の的外れな慰めの言葉が痛い。

 あ、もうダメかも。泣く。

 涙腺の限界を感じて、目元を手で隠して立ち上がった。




 その瞬間、ガンッと机を蹴る音がした。




「おい、大久保」


 聞き慣れた声が耳を打つ。

 ほぼ反射的に顔を上げたのは、その声が記憶に有るものよりも荒々しかったからだ。


「お前反省しろ、マジで」


 顔を上げて確かめてみてもその人は松本君で、机を背もたれに友達と話していた大久保君を見ていた。ただ、こちらから見える横顔があまりにも冷たくて目を疑ってしまう。


 大久保君どころじゃない、クラス全体が固まっていた。

 誰が見ても、学祭で女装とかしちゃう底抜けに明るい彼が本気で怒っているのが分かった。



 ふと目が合って、彼がこちらに歩き出す。

少しビクッと反応したら、彼の眉が下がったのが見えた。


「篠崎さん」


 私を呼ぶ声がいつもと同じ調子に戻っていて、知らず詰めていた息をはく。


「良かったらこれから俺に付き合ってよ」


 目の縁を乗り越えそうになっていた涙はとっくに引っ込んでいて、鮮明な視界の中で彼の目の中に不安そうな色を見付けた。

 それだけで私の体はすんなり動くのだから、単純だと思う。


「……ん」


 小さく返事をして歩き出した彼を追いかける。

 ざわざわと騒ぎ出した教室を背に感じて、少しだけ気持ちが沈んだ。



「ごめんこんなことして。ますます篠崎さん居心地悪くなるよな。……ホントごめん」


 廊下に出ると一歩先を歩いている彼が、こちらを見ずに声をかけてくる。


「ううん、……ありがとう」


 ずっと涙を押し殺していたからなのか、もれたのはお世辞にも綺麗とは言えない掠れた声。

 何でこうお礼さえ上手く言えないのか。


 今更ながら涙が出てくる。


 悔しいのか

 悲しいのか

 ほっとしたのか

 嬉しかったのか


 何だかよく分からないけどどこに隠し持っていたのか分からないくらい

丸い雫が目から次々出てきた。



「……篠崎さんってさ、凄い温かい目で人のこと見るよな」


 人の少ないルートを通っているらしく未だに数人としかすれ違っていない。

 私を隠すようにさりげなく死角になる位置を歩きながら言われた言葉に驚いて、前を行く背中を見る。


 彼が大きく息を吸うのが見えた。



「あいつは疲れるとか言ってたけど、あいつを見てる篠崎さんすげー可愛かったよ」


 少しぶっきらぼうに言われて、足が止まらなかったのはほとんど奇跡だ。


 何を言われているのか分かっても

何が起こっているのか分からなかった。





「……俺悔しくて、あいつ見てるときに、いつも消しゴム借りてた」



 階段に差し掛かってすぐに響いた声。

 今度こそ足が止まって、彼が階段を上がるのを見る。


 今のは、どういう意味だろう。

 止めて欲しいのに期待がどんどん膨らんでいく。

 私の恋はまだ終わって無いんじゃないかと思ってしまう。

 


 「……松本、君」


 聞こえるか聞こえないかの小さな声で彼を呼ぶ。

 私のなけなしの勇気だった。



 今更誤解を解いたって、遅いかもしれないけど、でも。







 もし、彼がこちらを振り向いてくれたら



 言ってみようか







 ふと思い付いたことに、涙が止まった。

 心臓が耳元にきたみたいに煩い。





 肩越しでもガラス越しでもなく

今は彼の顔が見たかった。



―fin―

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― 新着の感想 ―
[一言] またまたいいな~と思ったらひろさんでした(*´ω`*) コの字なんて道徳の時間くらいしかなかったから、着眼点が新鮮でした。 初々しい主人公に昔を思い出しました。 こっそり見ていられるだけで…
[一言] 私が小学生の頃、まさに教室の席の配置がコの字型だったので、授業中や休み時間に校庭を見ていたなぁと懐かしくなりました(クラスにではなく、2学年下に好きな人がいたもので) 2人が付き合い始め…
[一言] これは可及的速やかに告白・成就の後、誤解を解くべく  ク ラ ス 中 の面前で 「 勘 違 い させてごめんなさいっ!!!」 と誠心誠意の謝罪をカップル初の共同作業にすべき案件w
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