四月三日
四月三日、誠司が想像もしていないような、濃密で、儚い、高校二年目が本格的に始まった。
「うぃーっす誠司ぃ。飯食おうぜ」
「お前これで何回目だ。飯は一人で食べさせろ」
「んな冷たいこと言うなよぉ」
昼休みのおかげで空いた席を使い、誠司の目の前へと座る太一。それと同時に、誠司が席を立った。その眼光はいつも以上に鋭いものが宿っていた。
「俺は購買でパンを買わなきゃならん」
「毎日の戦、ご苦労なこった。お前は戦国武将かよ」
「行ってくる」
「いざ出陣、ってか」
誠司が校舎一階の、下駄箱付近に設置されている小規模の購買部へ赴くと、既に多くの生徒達がパンや弁当を求めて争っていた。
その光景はまさに戦国時代の絵巻を彷彿とさせた。誠司は戦場へと武者の如く、飛び込んで行く。強引に他人の持っていた大きなパンを横取りした。この状況下ではもはや誰に取られようと、自己責任であった。
「いくらだ?」
「はい、百二十円ね」
「ちょうどある。受け取れ」
「ありがとねー」
素早く戦を済ませた誠司は、ひとまず戦場から抜け出てきた。争う生徒たちの外側にとある生徒を見つけた────大月さくらだ。
何を戸惑っているんだ大月の奴は。早く取らないとなくなるぞ。
さくらは困ったような表情で両手を胸の前で合わせている。空くのを待っているようだった。誠司は首を傾げながら、結局、教室へと戻って行く。
「お、今日の戦利品はでかいパン1つか!」
「大したことはない。ところで太一」
「ん?」
「このクラスの大月さくらという女を知ってるか?」
太一は興味津々に、顎に手を当てた。誠司の様子を伺いつつ、制服の内ポケットから安っぽい手帳を取り出し、ペラペラとめくっていく。そして、あるページでその指が止まった。ページをめくるのと同様に、今度はペラペラと口を動かしていく。
「大月さくら。結構ランクが高いべっぴんさん。身長は百六十センチほどで、スタイルはそこそこ。ああ、身長は俺より二十センチ下か。ダークブラウンのロングヘアは恐らく地毛。制服に乱れはなく、素行もよろしい。謎の手帳を所持しており、いまだその中身を知る者はいない。胸が小さいことだけは、残念だなぁ……」
「勘違いするな。そんなことが聞きたいわけじゃない」
じっとりとした視線に耐えかねた太一は、もう一枚手帳のページをめくり、先程とは裏腹に声のトーンをだいぶ落とした。それこそ周りに聞こえないよう、気を遣っていることがわかる。
「なんだか、人と話すことが苦手みたいなんだわ。それで去年はチャラい女子から目をつけられて、小さな嫌がらせを受けてたらしい。美人なのと嫌がらせのせいで、校内じゃわりと有名だぜ?」
「人と話すのが苦手、か」
突然太一は体を乗り出した。パンをくわえている誠司は、思わず目を見開きながら後ずさった。
「まさか誠司、まさか、恋か!」
「アホか。たださっき購買で見かけてな。ほんの少し気になっただけだ」
「ほほーん?」
「食ったらさっさと出て行け害悪め」
その後は何事もなく時間が進み、放課後になった。誠司はアルバイトを休み、学校帰りに戸井駅の近くにある墓地まで足を運んだ。その隅に、小さな墓石があった。秋元家、と書かれた墓石の前に立ち、静かに手を合わせ、瞼をそっと閉じた。
あれからもう四年。長いようで短い月日が経った。兄ちゃんは、今を必死に生きてるからな、安心してくれ。
墓石を数分間見つめた誠司は、墓地から立ち去った。辺りはまだ明るい。家に帰ってもやることはないため、戸井駅に隣接しているテナントビルを見て回ることにした。
平日なためか、人はまばらだ。誠司は小腹を満たすため、地下の食品売り場へと足を運んだ。地元の小学生達が見学に来ているようで、やけに騒がしい。そんな折、妙に見覚えのある後ろ姿を見つけた。
「大月……?」
「秋元、君?」
思わず放ってしまった一言が本人に聞こえたのか、キョトンとした表情でさくらは振り返った。
いつの間にか名前を覚えられていたことが気になりつつも、この状況に誠司はひどく混乱していた。
どうしたらいいんだ。なぜ呼んでしまった、なぜ聞こえてしまった、なぜ振り向いてしまった。声をかけたという状況から、逃げるわけにもいかないか……?
混乱した誠司に構わず近づいて来たさくらは、優しく微笑みかけてきた。