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彼処に咲く桜のように  作者: 足立韋護
夜まさに明けなんとして益々暗し
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五月七日(二)

「あ? 何見てん────」


 誠司は、素早い動きで咲の肩まで伸びる茶髪を掴み上げた。髪の毛からはきつい香水の香りがした。咲は、頭が釣り上げれているせいか、苦しげな表情だ。それでも、誠司の腕を掴みながら、やや紅潮した顔を誠司へと向け、負けじとガンを飛ばす。


「て、めぇ……!」


「人が死ぬということが、どういうことだか、わかっているのか。生半可な覚悟で言っているなら、今すぐに訂正しろ」


「う、るせえ!」


 誠司の纏う空気が、より一層凍てついた。


「せ、誠司君、やめよう?」


「黙れ」


 さくらの説得を無視した誠司は、クラス中が見守る中、咲の髪の毛を強引に引っ張りながら、窓際の水の張った水槽の前まで連れて来る。その頭を両手で鷲掴みにした。


「い、痛……。動けな……」


 両手へ更に力が込められ、咲の首から上を、力強く薄汚れた水槽の中に沈めた。金魚達は見えないガラスへと突撃し。水面には気泡が激しく浮かび上がり、次々に弾けた。


「ちょ、ちょっとやめてよぉ!」


「咲を離せよ!」


 先程まで、教室の隅でニヤついていた藍田、青山が、焦りつつ誠司に掴みかかってくる。だが、非力な彼女らの力だけでは、この状態の誠司を止めることはできなかった。

 誠司は、一度咲に空気を吸わせるため、水槽から出してやる。


「げぼ、ごほぁっ! は、鼻に、口に……!」


 誠司は、混乱している咲の耳元で、ボソリと呟いた。


「もう一度だ」


「へぁっ……!?」


 咲の顔面は水中へと戻っていった。濁った水が少しばかり水槽の外へと飛び散る。咲が死なないように、しかし着実に恐怖を植え付けるように、その行為をし続けた。教室内には、もはや誰も彼を止める人間はいなかった。

 止めるなら何をされるかわからない。それに、不良生徒を庇う義理のある生徒は、少なくともこのクラスにはいなかった。関わり合いになりたくない。多くのクラスメイトが、そう判断したのだ。

 こういう自体のときにこそ必要な太一は、この日、学校を早退していた。




「────おい秋元! お前なにやってんだ!!」


 教室の出入り口には、焦った様子の担任の田場と、眼鏡をくいと上げる得意げな御影の姿があった。それを一瞥するのみで物ともせず、誠司は咲を水中に沈め続けた。




────帰りのホームルームの時間、教室の後ろのドアから、生徒指導担当教諭の松坂(まつざか)と誠司、そして、体操着姿ですっぴん顔の咲が教室へと入ってきた。二人ともどこか冴えない表情をしている。そのガタイの良い男に連れられた二人が、さくらには、妙に小さく見えた。

 いつも通りの様子で自らの席へと戻る誠司に、さくらは心配げな視線を送る。


「戻ってきたみたいだなぁ……ったく。松坂先生、あとで詳しい事情聞かせてください」


「はい田場先生。続きは職員室で」


「はいじゃあ、今日はこの辺で。起立礼さよならー」


 帰りの挨拶を適当に終わらせた田場は、教室から出て行き、松坂と肩を並べて歩いて行った。

 アルバイト、部活動、遊び、帰宅。さまざまな目的のために、教室からぱらぱらと生徒達が出て行く。そんな中に咲とその仲間達も入っていた。

 さくらはいそいそと席を立ち、荷物をまとめている誠司へとおもむろに近づいて行った。


「なんだ」


 さくらに顔も向けず、ボソリと呟いた。


 我ながら冷たい奴だと思う。俺を慮って来てくれているというのに。どうにも俺は、取り乱したことが恥ずかしいらしい。


「松坂先生に何か言われた?」

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