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第九話 自由への準備

 やはり間違ってはいなかった。

 この国の勇者召喚について、実態を知る人間は王族だけだった。


「ガゥ!?」


 迫ってきたウルフを蹴り飛ばし、遠くか巨大な岩を投げつけてくるオークを風魔法で岩ごと吹き飛ばす。

 多種多様の魔物たち。元々ここに住んでいたウルフに後からやってきたオーク、オーガ、ゴブリン。


 すべての魔物共通の狙いは人間を殺すこと。モンスターにとって人間は美味い食料なのだ。

 敵をさばきながらも、俺は大規模魔法の準備は怠らない。


「全員、俺の近くに来い!」


 準備が整い、二人を呼ぶ。

 慌てて駆け寄り、周囲を風でなぎ払ってから。


「焼き払え、大地を、むかつく王族を! マジ、死ねあいつら!」


 最初はかっこよく詠唱していたが、途中からただの愚痴に。

 元々俺に詠唱なんていらないので、全部意味ないのだが。


 一応王族であるリディはなんとも言えない顔だ。

 もう、彼女も立派な反逆者だ。気にするな。


 周りすべてを火の波で巻き込み、モンスターを焼き飲むこんでいく。

 触れた魔物は骨さえも残さず焼け焦げる。


 本当に、王族よりもこの魔物たちのほうが何倍もマシだ。

 それでも殺さないといけないのは、世界に文句を言いたくなる。


「勇者の力を、オレは侮っていたのでござる。本気だせばちょっとくらい傷をつけられると思っていた自分が恥ずかしいのだ」


 ルグランさんは前回の闘技場での戦いのときに、勇者である俺を殺す気だったらしい。

 昨日はそれでひたすら謝られた。この世界に土下座はあるのか知らないが、それに近い謝罪を何度もしたのだ。


 掘削機か何かに職業変更でもしたのかと何度も頭を地面にどんどんやるのだから、うるさいことこの上ない。

 彼的には相手のことをよく知りもしないで、計画に邪魔になりそうだからという理由だけで行動したのを悔いているようだ。


「後は、村近くの洞窟だけか。少し試したいことがあるから、突っ走らないでくれ」

 

 村近くには鉱山があったらしい。今ではもうほとんど掘りつくしてしまったので、使われていないがその辺りも魔物の根城にされているのだ。


「昨日の計画についての魔法であるか?」


「まあ、そんなところだ」


 さっそく移動を開始する。

 途中残党が襲ってくるが、魔法で作った剣で切り捨てたり、魔法で焼いたりする。


 あまりにも弱い。先週までロクに戦いを経験していなかったとは思えないほどに、俺の体は動く。

 勇者の力は本当に恐ろしい。


 遠くに洞窟が見え、中からは異様な気配を感じる。モンスターがいる場合に感じる気配だ。

 視力を強化し、遠くから中を確認する。


 洞窟には使われていた形跡が残っているが、モンスターに酷く荒らされており長く放置されているのが分かる。

 俺は早速魔法を作り出し、放つ。


「どうだ?」


 生み出したのは、さっきみたゴブリンやオークなどの魔物だ。

 ただの幻影だ。


「これは、確かに本物のようでござるな? さわり心地は、あ、ないのだ」


「だから、今は幻影だって言ってるだろ?」


 意外と頭が残念なルグランさんに苦笑しながら、俺はその幻影を実体化させる。


「お、おお! もふもふなのだ。ウルフの毛皮はもっとべっとりと油みたいでござる。」


 ウルフをさわり、毛皮の質を確認している。なるほどな、実験再開。

 毛皮から油をだらだら出す奇妙な生き物になってしまう。


「今の俺にはこれが限界だな」


 魔法はイメージだ。ウルフのモデルは犬なので、どうしても犬に近くなってしまう。

 それでも、頑張って作ったので一応ウルフに見える。


「ここまで出来ておれば十分なのだ。後は我々がうまく演じるでござる」


「頼むぜ。さっそくこれで、戦闘を行ってみるぞ」


 俺は生み出した、ウルフとゴブリンだけを洞窟にけしかける。

 近くまで行くと中からモンスターが現れる。モンスターは人間が近くに来ると大抵襲い掛かってくる。


 視力で確認しているのだと思っていたが、魔力の可能性が出てきた。

 俺が作り出した二体のモンスターの姿に出てきたゴブリンは困っているようだ。


 知能の低い魔物だが、さすがに仲間の姿は分かるらしい。

 俺は自分が作り出した、ウルフとゴブリンを操り敵に襲い掛けさせる。


 不意打ちだったのでゴブリンはあっさりと死に、俺も二体の魔物を消した。


 十分だ。後は実践で相当な数の魔物を作り出す必要があるな。


「これで、作戦の一つは大丈夫みたいだな。リディ、昨日作った魔力爆弾は持ってるか?」


「は、はい! これを相手にぶつければいいんですよね?」


 取り出したのは小さな石のようなモノ。これは俺が作ったお手製の爆弾だ。


「魔力をこめて、弱い封印を壊せばすぐに破壊できる」


 本番も魔力を込めるだけで使えるようにしておく。

 これは念のためだ。


 リディは魔力を魔力爆弾にこめる。すると光を放ち、リディが近くに放り投げる。

 激しい爆発音と共に砂埃が舞い上がる。


 砂埃が治まるとそこには直径3m、深さ50cm程度の穴が開いていた。

 俺がそのぐらいの威力になるように設定したのだ。


 この原理はまず、魔力で固めた爆弾を作り軽く封印術を二重でかける。

 一つ目の封印を壊すと、静かにしていた魔力の爆弾が二つ目の封印を壊そうと暴れだす。


 封印を壊す数秒後に爆発という手はずだ。

 手榴弾の魔法バージョンみたいなモノだ。


「大丈夫そうだな」


 俺以外の人間でも扱えるようにしたが、問題ないようだ。


「魔力の消費も多くはないです。これなら30個くらいなら余裕で爆破できると思います」


「期待してるよ」


 次にルグランさんに全力で遠くへ投げてもらう。

 彼は属性魔法の才能はほとんどないが、その代わりに身体強化が神がかっている。


 まだ魔法に慣れていない俺を追い詰めるほどのレベルだ。今ならあっさりと撃退できるほどに俺も成長したつもりだ。


「どぉぉりゃぁぁぁーー!」


 別に俺が投げればいいのだが、彼なりの意地があるようだ。

 全力で放たれた魔力爆弾は放物線を描いてどこかに落ちた。


 俺はそれを確認してから周囲の魔力を探知する。

 だいたいこれで、どこに何があるのか分かる。


 他人の魔力などは正確にはわからないが、自分の魔力ならある程度離れていても分かる。

 ああ、あった。距離はかなり離れており、拾いに行くとしたら骨が折れる。


 俺は封印を解除する。どれだけ離れてもこのくらい造作もない。

 森が静かなおかげで、どこかで爆発した音がしたのが分かった。


「これも大丈夫か」


「そうですね」


 これで大体の実験は終了した。残りは、奴隷の腕輪だ。


「今の俺はお前の奴隷みたいなものなんだろ?」


「は、はい。今は」


 奴隷という言葉に引っかかったのか、困ったように答える。


「なら、お前が父親を殺せって言う命令はできるのか?」


「私の腕輪は最下位のモノです。順序は、父、母、兄、姉、私ですから父を殺すには父に命令させるしかありません」


「逆に父に命令できれば、お前を含めて全員殺すことができるのか?」


「はい。ただ、腕輪の力に『装備者を殺すことはできない』という効果があります」


「つまり、俺も殺されないのか?」


「モトハルが死にたくないと思っていれば、腕輪が体を操って危機から避難させようとします」


 なるほどな。好き勝手に自害もできないのか。心の底から死にたいと願う日は来ないだろう。


「確かに凄い力だな。だけど、この腕輪はあまり利口じゃない。今までも曖昧な命令をされた場合は、俺が適当に行動してもそれを命令として認識している時があった」


 例えば、飲め! とだけ命令されたとき。あの時はなぜ命令が切れたのか分からなかったが、俺は唾を飲んだ。それで命令が完了した。


 さらに、魔法を使え! と言われたときも俺は適当な魔法を撃てた。


 はっきり言うと、王族の気持ちまでは汲み取らない。王子が隕石が落ちるような魔法を放ってくれると心で思っていても、それを口にしない限り、俺はその命令を受けない。


 それほど、有益なモノじゃないんだ。この腕輪は。

 俺は魔法で剣を生み出し、王女に切りかかる。


「きゃぁぁ!? な、何するんですか!」


 体にぶつかると思われた剣は止まり、残ったのは間抜けに両手で顔を守ったリディだけ。」


 だが、刃は途中で止まる。俺の体が勝手に止まるのだ。

 たぶん、これは何も命令を受けていない俺に与えられた命令なのだろう。殺すなという。


 だから、初めから命令を受けていればどうなるか。

 この腕輪は殺すなという命令を言わないだろう。装備者の望みを裏切ってしまうのだから。


「もしも、刺さったらどうするんですかっ!」


「……三枚におろそうか?」


「私は魚じゃないですっ」


 リディが風船のように頬を膨らます。

 からかうのはやめだな。


「お前の好きなように殺せって命令してくれないか?」


 予想でしかないことを試すのだ。ここで実験しておかないと、本番でできませんでしたなんて笑えない。


「ええと、分かりました。『モトハルの好きなように殺せ』」


 命令をするのが嫌な様子だったが、ちゃんと命令が与えられた。


「ルグランさん。ナイフ持ってませんか?」


「うむ、あるのだ」


 そう言って、腰の鎧の隙間辺りから取り出す。鞘に収まったそれを取り出す。

 次にリディの手を掴み、手の平を俺に見えるようにする。


「悪い。女の子の肌を傷つけるようで悪いんだけど。ナイフで手を少し斬るぞ」


 すべすべのつるつるのお肌を傷つけるのは忍びないがやるしかない。


「は、はい。痛いけど我慢します」


 俺がゆっくりとナイフを近づける。今度は体は止まらない。

 そのまま、刺さった。刺さってしまった。今度は彼女の肌を傷つけてしまった。

 

 小さな血の玉ができて、リディはちょっとだけ顔を顰める。

 慌ててナイフを離し、治癒魔法をかける。


「痛くないか?」


「はい、モトハルの魔法は凄いですから既に治りましたよ」


 グーパーをして無事なのを強調する。ふう、胸を撫で下ろす。

 これで、実験はすべて終わりだ。後は王から、私たちを殺せという命令を引き出せばいい。


 王族を殺す手段は整った。


「実験は終了だな」 


「そうですね。これで、後は本番までにどれだけ魔力爆弾を設置できるかですね」


 ああ。それが一番重要だ。俺も大量に生産する必要があるしな。


「ただ、設置するにしても。敵の目をかいくぐる必要があるでござる。あまり多くは設置できないのだ」


「だから、建物の柱とかに設置するんだよ。できれば、破壊してちょっと経ってから崩壊するようにな」


 まあ、そんなの俺にもわからない。リディなら多少は分かるかもしれないが、基本的に脳筋なルグランさんはちんぷんかんだと首を捻っている。


「でも、そんなの設計士じゃないと分かりませんよ。私たちにそんな知識はないのですから」


 リディもこれについては全く知識はなかったようだ。どっちにしろ瑣末な問題だ。


「だから、そこら辺はできればでいいんだよ。事件の前に、勇者召喚と魔物実験に関係ない人は避難させる。避難しなくちゃいけない状況を作ればいい」


「なるほどでござる。そのための魔力爆弾なのでござるか?」

 

「ああ、敵襲だと思わせるように適当に被害がでないような爆発音だけ大きい爆弾も作っておく。全員に幻覚を見せれば、それで相手はうまく騙されるだろう」


「爆弾は作ったら、第二王女が回収するというのでいいでござるか?」


 それが一番違和感がない。


「はい。私これでも見張りですから」


 彼女にとっては酷なことかもしれないが、最近は笑う機会が多い。

 たぶん、空元気なのだろう。いくら、口で変えてほしいと言ってもそれなりに色々な葛藤があるはずだ。


 それをどうにかするのは彼女自身だ。冷たいかもしれないが、俺には何もできない。

 彼女が強くなるしかないのだ。


「向こうに戻ったら、敵国の兵士が着る鎧を見せてくれ」


 鉱山に向かって歩きながら、適当に会話をする。


「それは、オレが案内するのだ。たぶん、実力が十分だと分かればすぐに獣人国に向かわされるでござるからそれを利用するのだ」


「だろうな」


 そうなるように、ルグランに提言してもらう予定だし。

 実験も完了したので、さっさと鉱山に入り魔物を殲滅する。


 鉱山の中は暗く、狭い。肉弾戦はやりにくかったが、大規模魔法で敵を焼け殺すのは楽だった。

 死体の放つ臭いは好きじゃないが、魔物を殺すことに大分慣れてしまった。


 このままどんどん、日本人から遠ざかってしまって。

 ちゃんと戻ったときに溶け込めるのかな。


 それに、次は人を殺す。魔物とは違うのだろう。

 一抹の不安はあるが、それを憎しみでかき消す。ヤツらは殺されても文句が言えるような人間じゃない。


 せめて、殺したときのやりきれない気持ちは大事に持っておこう。





 相変わらず楽しくない街中を通り、城に着いた。

 城に戻っても出迎えはない。予想通りだが。


 騎士総長は俺たち二人を残して、王に報告へ向かう。

 ここでボーっと突っ立っていても暇なので、リディのほうを向き恭しくお辞儀する。


「第二王女さま、長旅どうでしたか?」


「むぅ、リディって呼んでください」


 口をすぼめ、頬を膨らます。子供っぽい表情に苦笑する。


「誰が見ているか分かりませんから。それで、大丈夫ですか?」


 反乱をすることもあるが、実際長旅なんて初めてだろう。俺もだが。


「あ、はい。足痛くないですよ? これでも毎日、鍛えてますから」


 元気よく拳を振り上げる。

 腰に手をあて、あまり大きくない胸を張っている。


 子供だよ、あんたは。その無邪気さだけは、この先も持っててくれ。


「王女様! 勇者様! 王から来るよう命じられた。今すぐ来い!」


 彼もここでは総騎士隊長の役に戻っている。全員、いくつかの顔を持っている。

 人間ってのは怖い生き物だな。


 ルグランさんの案内により、依頼を聞いた部屋に俺は来ていた。

 偶然この城に居合わせていたのか、数人の貴族たちも周りに立っている。


「勇者モトハル。ただいま戻りました」


 一歩前にでて、敬礼する。王様俺の態度に顔の肉を寄せて笑う。目がつぶれそうだ。

 

「よくやった。この調子で、獣人国を攻めるときにも努力しろ」


 言葉の端々で口元をゆがめる。俺を嘲っているのが容易に分かった。

 事情を知っているのか、貴族や王族たちもくすくすと笑っている。


 騎士は常に真顔だ。なるほどな、王族は自分たちに近い貴族には話しているのか。

 そして、騎士は彼らからすれば家来。反乱されては困るから多くの給料をあげているが、内心では見くびっている。


 だから、重要な情報は与えない。自分たちが偉いのだと満足したいから。

 自分のことしか考えられないヤツが国を治めてんじゃねえよ。


「ルグラン。実力はどうだった」


 今すぐ飛び掛って、むかつく豚顔を何回も殴ってやりたいがそんなことはできない。


「はっ。申し分ありませんでした。多少魔法の使用に不安はありましたが三日程度訓練すれば修正できるでしょう」


 三日と聞いたときに王様は大声をあげて笑い出す。 


「三日か! 今回の勇者は随分と優秀だな! よし、三日が経ったら獣人国に攻め込め。幸いまだ戦いの気配も見せないアホ共だからな」


 合計で2週間もかかっていないのだから、王様が満足そうにしているのも分かる。

 そして、三日があればこちらの手配が整う。


 予めこうなるように、ルグランさんと打ち合わせしていたが予想以上にうまくいったので、頭を下げながら口元をゆがめる。


「ならば、さっさと調整するんだ勇者よ」


 相変わらず見下したような口調だが、奴隷と言われないだけマシか。

 周りに立っている貴族たちもくすくすと笑っている。どいつもデブばかり。貴族は太っていないと駄目だっていう法律でもあるのかね。


 とにかく、これで。

 一応のめどがたったな。


 後は、ばれないようにすればいい。リディは多少不安ではあるが、信じるだけだ。ルグランさんは今までもばれていないのだから、問題ない。

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