第八話 進む関係
ルグランさんは驚き、すぐに第二王女に顔を向ける。 第二王女がびくんと体を強張らせる。「なんで言っちゃうんですか」と俺のほうを恨みがましく見てくる。
やはり、黙ってるように言われたらしい。
責めるべきタイミングなのだろうけど、彼はそれをしなかった。
「……オレをどうするつもりでござるか」
第二王女を恨むこともせずに、まっすぐに決意した目を向けてくる。さすが、騎士隊長だ。伝わる意志の力がとてつもなく重い。
俺は相手をびびらせるために悪い顔を作っていたが、それは俺の性格が悪いだけだ。
ルグランさんを傷つけるようなことをするつもりはない。
ふうと息を吐き出して、柔らかい表情を作る。
「全面的に応援させてもらうよ。だから、俺の指示通りに動いてくれ」
俺の返事があまりにも予想外だったのか、目をきょとんと開いて固まる。
下手に追究されると話が横道に逸れるので、さっさと伝える。
「この腕輪。あんたらがどう思っているのかは知らないが、これはつけた人間を操る奴隷の腕輪と同じ効果だ。腕輪をつけている限り俺は王族たちの飼い犬になっちまう。俺の意思とは無関係にな」
「……まさか、そんなことまでしていたとは」
ルグランさんは強い怒りを放つ。こんなところで殺気立つなよ。
だけど、素直に嬉しかった。やっぱり、全員がおかしいわけじゃないんだ。
「そんなことって言うと、魔物の実験については知っているのか?」
「ああ。だけど、人に使用しているのはこの前のお前とオークの戦いで初めて知ったでござる」
なるほどな。うまく、情報が伝わらないようにしていたのだろう。
「そうか。細かい話は後に回すぞ。この腕輪をどうにかしないといけないのは分かるな? これについては、あいつらを殺してどうにかするつもりだ」
「殺す、といっても無理なのだ。オレは親衛隊の隊長でもあるが、ほとんどの騎士は今の国に満足している。親衛隊の数人が王族の部屋に配置されていて、寝込みを襲うのもできない」
厳しそうだな。だが、それよりも気になったことがあった。
「騎士が満足しているのか? なら、なんであんたは」
「この国は、騎士以上の身分の者は豊かなのだ。だから、騎士に反対意見はほとんどないのでござる。だけど、これ以上、民が苦しむ姿をオレは見たくないのでござる……」
騎士に裏切られれば、王族でもひとたまりもない。騎士全員が暴動を起こせばあっさり王族たちは負けるだろう。
反乱を起こさないために、王族は騎士たちに金という餌を与え手ごまにした。
意外と考えている。やはり、ただのデブどもではないようだ。
それでも、街の人の中には反乱を考えるモノもいるだろう。それでも、破綻せずに政治が回っているのは街人にも何かしているのかもしれない。
正直、そっちに興味はないので聞きはしない。
「殺す手段については、後であんたたちの計画と照らし合わせる。あんたが使える駒はどのくらいだ?」
「親衛隊に数人。魔法総長とその配下数人。あとは他の部隊の騎士が合計で300人ほどでござる」
「騎士は全部で何人くらいいるんだ?」
「王都に常にいる人数は1500人ほどでござる」
300人を除くと四分の一か。普通に戦えば勝てないだろうな。戦力差についてはどうでもいい。参考程度に聞いただけだ。
俺が暴れればこのくらいの数、ひっくり返る。
だが、ルグランさんの話はこれだけではなかった。
「そして、帝国ともひそかに話を進めているのだ」
「帝国……? よくもまあ、味方にできたな」
確か、今俺がいるデブ王が治める国が東の大国。
帝国は西の大国で、仲があまりよくはないはずだ。
東と西の間には小国がいくつかあり、俺はまず、帝国領にある獣人国を攻め落とすために鍛えられている。
「この国の現状を話したのだ。帝国の王は民に愛されているのを知っていたでござる。まあ、信頼されるまでは相当時間がかかったでござる」
なるほどな。最悪帝国の軍と民衆を煽れば、数的な戦力も簡単に覆せるようだ。
勇者さえいなければ、この反乱は色々と苦戦はするかもしれないが成功していただろうな。
そうなると、王族は運がいいようだな。このタイミングで勇者を召喚したのだから。
「俺は腕輪さえ壊せればそれでいい。後のことはあんたらに任せる」
一度話を終わらせる。
このまま、作戦会議を始めるには一人足りないのだ。
部屋の隅で、うずくまるピンクの髪の第二王女。
キレイな顔は憂鬱に染まり、これからの話し合いに参加したくなさそうである。
「後は、お前だけだ」
俺が言うと、第二王女は顔を横に向ける。
かすかに見えた瞳は悲しげに揺れている。
場の空気は膠着する。家を揺らすほどに吹いていた風も、空気を読んだのか静かになる。
静かになった室内で、彼女の声だけがよく響く。
「もう、決意したんですね」
ベッドに座っている彼女は両膝へ手を乗っけて、そこに視線をぶつけていた。
初めから決意はしていた。実行の機会がなかなか来なかっただけで。
「ああ。俺は自由を手に入れる。このまま、ここで飼い殺される人生なんてまっぴらだからな」
第二王女は両膝の間に顔を入れる。
「モトハルさんは、強いです。強すぎです……」
第二王女は何か誤解している。俺は何も強くない。強くあろうとしているだけ。心は日本にいたころからずっとびくびくだ。
ゆっくりと首を振り否定する。
「俺は、強くないよ。少なくとも日本にいた頃の俺なんか、下手したらお前よりも甘い人間だったよ。だけど、強くならなくちゃならないんだよ。この世界では法や親は守ってくれない。俺が弱いままだと、利用されて終わる人生なんだ。だから、無理やりでも強くなるしかないんだ」
日本、なんていっても彼女には分からないだろう。
別に分かる必要はない。思いが伝わればそれで。
「後はあんただけだ。この作戦を成功させるか失敗させるかはあんたにかかっている」
プレッシャーをかけるつもりはない。
ただ、彼女の心一つでどちらにも傾くのだ。
「あんたが、この話を王たちに話せばそれで失敗。あんたの家族は守られる。ここで黙れば、家族は死に、民は救われる。どちらか好きなほうを選べ」
最後の決断は彼女に任せるしかない。
こればっかりは俺には決められない。答えをある程度誘導させることはできても、彼女が最後に決意するしかないのだ。
「……家族を殺す、という言葉さえなければあっさり決められたと思います。常識が私を縛るんです」
何度も手を組みなおす姿は、第二王女の不安定な感情を写すようだった。
迷うだろう。俺だって、こんな選択を突きつけられれば正気ではいられなかったはずだ。
それでも、教えるしかない。これは、俺にはどうしようもない問題だから。
「滅びた、ほうがいいのかもしれません。人を人と思えないようなこの国は」
「そう、かもな」
きっとそれは正しい。少なくとも俺は、彼女の意見に同意だ。
国が民のためにないのなら、それは国じゃない。
「ずっと見てみぬ振りをして、いたのかもしれません。この国の闇の部分に。だけど、それじゃ駄目なんですよね」
数秒の間。緊張した面持ちはやがて柔らかくなり、目を開ける。
決意が色濃く映えるその瞳に迷いはなかった。
右手についた腕輪を俺に向ける。
「『国を、変えてください。リークラルディ・フィルシ・デランドールの命令です。それに伴う犠牲は例え、私の家族だろうとかまいません』」
この命令に意味はない。彼女の腕輪の力は、他の王族にかきけされるのだから。
それでも、しっかりと胸に深く刻まれる。今まで浴びせられた屈辱的な命令ではない、心から従おうと思える。
「分かったよ、リディ。俺は勇者として、あんたの命に従う」
「え? え? リディってなんですか?」
「名前長い。省略」
「えーっと、あだ名ってことですか?」
「まあ、そんなところだな」
「……えへへ」
さっきまでの凛々しい顔つきはどこかに潜み。
リディは緩みきった笑みを浮かべて、頬を押さえている。
き、キモイ。というか、不気味。
「……お前、緊張しすぎで気が狂ったのか?」
「なんだか、距離が縮まったみたいで嬉しいです。なら、私はモトハルって言いますね」
さっきまで静観していたルグランさんが、
「そこは『あなた』って言うのがいいと思うでござるよー」
手でメガホンを作り、煽ってくる。あなたって……。異世界でも、そういう言い方をするのか。
や、やめろ! なんか、こっちまで恥ずかしくなるだろ。
悪い意味で素直すぎる、リディは困ったようにした後。
ポッと頬を染めて、口元をすぼめる。顔を僅かに傾けて、
「あ、あなた……」
「だーっ! や、やめろっ」
軽いパニックに陥っているリディに手を向ける。
待て、待つんだ。やめるんだと。
頬に熱が集まっていく。苦手なんだよ、そういう話は。
「お似合いでござるな~」
ルグランさんはしんみりと頷いている。
あんたが元凶なんだよ。
関係ないとばかりに距離を開けやがって。
「ちっ、さっさと、話するぞ! 関係ない話はこれで終わりだ!」
女性に免疫ないんだよ、俺。
俺たちは形だけの約束をし、そして、それから詳しい打ち合わせに入った。