第七話 被害状況
魔物討伐の日。うざい王族たちに顔を合わせないだけ、ましだ。
朝は早く、まだ太陽も昇りかかっている途中だ。日本にいた頃ならあり得ない時間に起床をしている。
あー、深夜アニメとか溜まりまくるな。
さっさと、日本に戻りたいぜ。
朝食はとっくに済まし、眠い目をこすりながら城の門の前へやってきた。
城の外に出るのは初めてだ。
いったい、この街が、国がどんな状態なのか確かめる必要がある。
「ルグランさん」
てっきり俺が一番乗りだと思っていたが、それよりも早くに騎士総長さんがいた。
こちらに気づくと、ふふっと苦笑し、
「ああ、勇者様。この前は痛かったでござる」
胸の辺りをさする。ああ、そういや骨いったかもしれないダメージを与えたっけ。
怪我は大丈夫なようだ。
「怪我は問題ありませんか?」
社交辞令とばかりに訊ねると力強く頷かれる。
「傷はばっちり治してもらったから平気なのだ」
どうやら回復魔法、それもかなり高度なモノがあるようだ。
城の入り口に集まった俺たちは第二王女を待つだけ。
「王女は戦えるんですか?」
ふと気になった。あのおっとりした様子からではあまり戦ってる姿は想像できない。
「一応、オレたちが剣の稽古を結構つけていたのだが……」
王女なのに剣の稽古を受けていたのか。
まあ、彼女なりに何かしたかったのかもしれない。
とりあえずはさっさと来てほしい。胸の辺りにうずくまるこの感情を早く沈めたい。
謝って、それで昨日の一件は終わりだ。
第二王女はそれからすぐにやってきた。ドレスやキレイな服とは程遠い魔物の皮で作ったような防具に体を包み、腰にはレイピアのような細い剣をつけている。
普段見ているぼけーとした様子はなく、凛々しく髪をかきあげたりしている。
「すいません、遅れました」
それでも、やはり彼女は彼女なのだ。ぺこぺこと何度も頭を下げている。
王女のくせに自分よりも身分の低い相手にここまで丁寧に対応する。俺とルグランさんは顔を見合わせて困った風に笑う。
「それでは、行きましょうか」
王女相手なのでルグランさんは丁寧な口調だ。
どうやら、彼的には俺は普通の口調で話す相手と認識しているようだ。
それがどういう意味なのかは色々予想ができる。
この前の戦闘でいい相手――友達みたいなモノだと認識したか。
勇者=奴隷を知っているから、敬語を使う必要がないとか。
前者だったらいいんだが、後者だったら最悪斬る必要が出てくるかもしれない。
魔物討伐は約二日、三日の行程だ。
一日目は問題の村に行き、二日目、三日目で調査、討伐を進める感じだ。
この三日で、ルグランさんと第二王女を見極める。
第二王女については、ここで完璧に味方だと思ったらもう変な疑いはやめよう。
疑うのは疲れるし、考えを歪ませる危険もある。
「これで、出発ですか?」
俺がルグランさんに聞くと、
「ああ。今日はこれだけなのだ。少ないでござるが」
だそうだ。王女が魔物がいる危険地帯に行くにも関わらず、護衛は二人だけ。
一人はまだ実力も定かではないのにな。
王様たちは第二王女をかなりぞんざいに扱っている。
彼女にとっての居場所はないのかもしれない。
そもそも、昨日俺に悩みを相談したときに気づくべきだった。
王族に話すのははばかられるかもしれないが、それでも彼女は俺以外に話せる人がいなかったんだ。
「街の北側に村がある。ここが今回の目的地でござる」
ルグランさんは地図を渡してくれるがいまいち分からない。
地図で見るのは今回の村ではなく、帝国。
この国に襲撃してくる国はどうやら南西に位置しているらしい。
地図を折りたたみ、ポケットにしまってから歩き出した。
煉瓦作りの街は別に寂れた様子はなかった。
あまり活気だってもいなかった。
街の人たちはこちらを見て慌てて頭を下げる。この国では騎士や王女に頭を下げるのが定例になっているのか?
身分の違いを見せ付けるために、こんなことをさせているのかもしれない。
その間も、俺は二人の様子を絶え間なく見る。
ルグランさんは時々困ったように顔を歪め、第二王女もほとんど同じだ。
第二王女は初めて城の外に出られたのだろうが、顔に嬉しさはない。もちろん俺もこんな中歩いてもつまらない。
どうやら、ルグランさんがこの国を変えたいのは嘘ではないのかもしれない。
だったら、利用させてもらおう。
他にどんな真意があるにしても、今の王族が治めるよりかはマシになるはずだ。
それに、腕輪さえどうにか出来れば、この国が、世界がどうなろうと俺の知ったこっちゃない。
せっかくの街なのに、何一つとして楽しいモノは見つからず、北門を抜けてしまった。
王都の癖にこれかよ。寂れている、わけではないのだが活気はなかった。
見張りがいるか警戒して、魔力を周囲に薄く伸ばしていた。大気にもお魔力はあるので、決して敵にばれることはない。
誰もいない。俺たちを見張る人間がいないのは、俺が信頼されたからだろうか。
もしくは、王族からすれば俺たち三人を信頼しているからかも。
家族である第二王女が裏切るわけがない。
ルグランさんも今まで王族の期待を裏切ることはなかったのだろう。
だから、俺の監視役としてこの二人で十分だと考えている。
人を見る目がないのは確かだな。ルグランさんは嘘か本当かは分からないが反乱を企てているらしいし。
どちらにしろ、内緒話をするには好都合でもある。
余裕が出来たら切り出そう。
「……ここからは魔物も出るから気をつけるのだ」
ルグランさんは大分元気がなくなっている。
そんな様子で大丈夫なのかよと思いもしたが、実力は申し分ないのも知っている。
道中歩いているとゴブリンが近寄ってきたり、スライムが近寄ってきたりするが、全部ボコボコにするだけだ。
第二王女も自衛はできるので、そこまで気にする必要もなかった。
そんな調子で村へと続く道のようなモノを半日ほど歩くと。
ようやく到着した。自分の体力がかなり上昇しているのを実感できた。疲労はなく、まだまだ歩ける。
第二王女はくたくたで、村につくなり座り込んでしまった。だらしない。
そんな俺たちの元に村長だろうか。杖をつき、腰を折り曲げて歩いてきた老人が近寄り、深く頭を下げる。
「ああ! 騎士様! ここまで来ていただきありがとうございます!」
ルグランさんは困ったように頬をかき、
「別にそこまで丁寧にしなくてもいいでござる。オレはそういうの苦手なのだ」
村長はえ? と細められていた目を見開き、首を捻る。
ルグランさんと見詰め合って、それで何か悟ったのか。
「では、こちらです。今日はお疲れだと思うので、宿でお休みください」
「分かったのだ。魔物についての情報は宿に持ってきてくれでござる」
「分かりました」
村長のゆっくりとした歩き。後を追うとこの街の宿についた。村人とは一人も出会わない。
宿に入ると、商人のような人が慌てて立ち上がりこちらに頭を下げてくる。
この国ではどこの人もこうなのだろうか。
神じゃないんだからそんなに敬礼されても困るだけだ。
部屋は三人分用意されていたが、今はルグランさんに与えられた部屋に集まっていた。
俺とルグランさんはイスへ、第二王女は空いていたベッドに女座りをする。
色々な情報を聞き、それを纏める。
用はこの近くにモンスターが移動してきた。
そして、この村の周りを拠点にしてしまい、村人はモンスターに怯えて結界の外に出られなくなってしまった。
おまけにこの村の結界は王都と違ってかなりレベルの低いモノで、魔物が入り込んでくることもある。
それらにより被害も多数。
そのタイミングで俺たちが来たのだ。
魔物討伐については、敵をおびき寄せ俺の大規模魔法で仕留めるというので話がまとまった。
魔物の討伐について話に区切りがついたのを見計らい、俺は水を口に含む。
水がうまい。ここら辺は空気もおいしいから、休息場所としてはちょうどいいな。
「ルグランさん。あんた、反乱を企ててるんだってな」
にやっと笑ってやる。
家の中まで伝わるほどに、ひときわ強い風が吹いた。