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第六話 悩み


 第二王女と険悪な空気になってから二日が経った。

 あれから、第二王女は俺に会いに来ない。てっきり、嫌って王様にでも俺のことを報告したかもしれないが、特に俺に不利なことは起きていない。


 泳がせているのか、報告されていないのかだろう。たぶん、報告されていない。

 王族は全員心の狭い人間なのは、接していて分かる。


 自分の言うことを聞かない相手は、殺そうとする。現に、メイドの一人が食べ物をこぼしただけで牢に入れられたのを見た。

 騎士が放った魔法が、第一王女の好きな庭を汚しただけで殺されていた。


 相当に狭量な人間たちだ。

 第二王女があの中で異質なのは間違いない。 


 もしかしたら、信用してもいいのかもしれない。

 だが、下手に信じて裏切られるのは嫌だ。


 そうなるとどうしても一歩前に踏み出せないのだ。


 最近の訓練は、俺の大規模魔法の練習だ。

 戦争に勝つためには、一対一の実力も大切だが、何よりも多対一のほうが優先される。


 大規模な一撃で敵軍を葬れば勝利はたやすいからだ。

 そのため、城の訓練場などには大きな穴があちこちに開いていたりと戦争の後のように酷い有様だ。


 そんな俺は王子に命じられるままに、王様の元へ連れられていた。

 ここは謁見の間なのだろうか。右側にはローブを着た魔法使いのような人たちが並び、左には鎧を着た人たちが多くいた。


「明日から貴様にある依頼を受けてもらう」


 絢爛豪華なイスに座った王様は足を組み、自慢のぽっこりお腹を揺らしながら言った。

 威厳は、ないな。豚が座って話しているようだ。


 俺はにこりと微笑みながら、膝をついて頭を下げる。


「分かりました、それで、どういったモノでしょうか?」


「近くの村に大量の魔物が出現するようになった。あんな寂れた村なんてどうでもいいが、貴様の腕試しにはちょうどいいと思ってな」


 村がどうでもいいとか、王としてクソだな。

 時折、城の外から街を見るがあまり活気がないのも理由が分かる。


 この王が酷い政治をしているのだろう。遠くないうちに反乱が起こるぞ。


「はい、分かりました」


 俺は表向きは従順にする。

 そこそこの信頼を獲得したからか、昨日は部屋にいるときも特に動きを制限されなかった。


 チャンスではあったが、まだまだ情報不足だったので行動には出なかったが。


「明日はリークラルディとルグランをつける。魔物の殲滅が済み次第城に戻ってこい」


 第二王女と……ルグラン?

 俺が疑問に思っていると、周りにいた騎士の中で一番王様に近い男が一歩前に出る。


 あれは、前に戦った騎士総長だ。


「ルグラン・カーグラスだ。よろしく頼むのだ」


 そういう名前だったのか。

 これで話は終わりなのか、謁見の間を追い出されるようにして自室に戻された。


 全く、人使いが荒すぎる。


 今日は訓練が早く切り上げられた。さっきの依頼にとられた時間とあわせてもいつもより早い。

 ゆっくり休めるなとベッドに横たわる。


「あ、あの。入っていいですか……?」


 ヤツか。昨日は来なかったヤツが来てしまったか。

 第二王女。明日の依頼の話でもしに来たのか? 俺からすれば貴重な情報源なので、入室は断らない。


「ああ」


 さすが王女だ。ゆっくりと歩いていると凄いさまになっている。

 思わず見とれるほどだったが、彼女の表情が沈んでいるのが気になる。


 とぼとぼとやってきて、いつもどおり俺の横に座る。

 だが、いつもの子犬のようにはしゃぐことはない。


 何度かため息をつき、俺を不快にさせるために来たのかと考えていると。


「あの、誰にも言わないでくれませんか?」


「何がだよ」


 脈絡のない一言。

 彼女は不安そうに水に溶け込みそうな瞳を揺らす。


「……相談、したいことがあるんです」


 さて、どうしようか。

 今まで悩み相談なんてされたことがない。そんな俺が彼女に適切なアドバイスができるのか。


 だが、同時に何か有力な情報が手に入る可能性もある。

 第一、彼女は他のヤツらとは違う……かもしれない。わざわざ、嫌われるような行動を起こして敵を増やすのも面倒だ。


「分かったよ。だけど、答えには期待しないでくれよ」


「……はい」


 彼女は一つ大きな深呼吸をする。

 

「騎士総長ルグランさんっていますよね? 彼から、昨日話をされたんです」


 色恋、ではないだろう。薄氷の上を歩くような慎重さで彼女は言葉を呟いていく。


「――この国の女王にならないかって」


「女王……?」


 この国の王位継承権がどうなっているのか知らない。たとえ女性優先だとしても、目の前にいる第二王女には姉がいるのだから、それはないだろう。

 

 後は、他国の王子に嫁いで、そして王子が死んで一時的に女王に……いや、ありえないか。

 ありえないのだ。そんなこと。


 例えば、王族が第二王女を残して死なない限り。

 つまり、反乱……か。


 騎士総長は結構な優男というか、まっすぐなヤツだと思っていたが腹の中真っ黒だったのか。真っ黒は言いすぎか。国のことを思っているだけの可能性もある。


 これは、利用できるかもな。


「ルグランさんは、父さんたちを殺すつもりなんです」


 やはり、そうなのか。


「確かにな。この国がどうなっているのか知らないが、俺への態度を見れば殺されても文句のないヤツらだ」


 そう言うと、第二王女は顔を曇らせて下に向けてしまう。何も言わない――沈黙。それが、俺には肯定しているのだと感じた。


 もしかしたら、彼女も分かっているんじゃないのか?


「私、城から外に出たことないんです。だから、街のこととかよく知らないんです」


「同じだな、俺と」


 何か言おうと思ったがいい言葉が浮かばない。

 両手を何度も組み直し、第二王女は顔を伏せたまま搾り出す。


「だから、何も知らないんです。街の人たちは高い税に苦しんでるなんて、知らなかった……」


「やっぱり、そうなのか」


「知ってたんですか?」


「何かしら街の人は苦労している、程度にはな」


 城の外から見える景色がなんとなくだが教えてくれていたからな。

 来てすぐの俺でも分かるのに、第二王女はそれさえも気づけなかった。


 それが情けないのか、がくりと肩を落としている。


「私、駄目ですね」


 何も言わない。事実だと思うからな。


「私、どうしたらいいんですか?」


 彼女の困ったような苦笑いに、俺は腹の虫を刺激されたように苛立ちを沸きあがらせる。

 どうしたら……。お前は、そんな大事なことまで他人に聞くのかよ。


「自分で考えろよ……」


 そんなの、俺が答えていい話じゃない。人の命が関わる、第二王女にとっては大事な家族の。

 俺の答えはもちろん殺す、だ。


「……分からないんです」


 第二王女はきゅっと手を重ねて、つらそうに目をつぶる。

 

「分からないんじゃなくて、考える気がないんだろ?」


 ついつい、語調が強くなってしまう。なんで、こいつは道具であり続けようとする。

 他人の指示に従う機械であり続けるんだ。


「私一人じゃ、何もできないんです!」


 だから、道具になるのか? 

 頭が痛くなる。なんで、道具を望むヤツが自由で、自由を望む俺が道具なのか。


 ぐつぐつと煮えていた俺の怒りがとうとうあふれ出す。こいつ、相手だと抑えられない。


「何も出来ないんじゃなくて、やる気がないんだろ!? 失敗が怖いから、他人の指示を待って……自分で行動しないから、俺の召喚も知らなかったんだろ!? 」


「違います!」


 第二王女は立ち上がり、まっすぐに睨んでくる。強く意思の篭った水色の瞳が俺を飲み込もうとしてくる。

 彼女の瞳に、圧倒されたとまではいかないが竦んだ。……そうか。


「だったら、あんたが決めろ。今の王たちを放っておけば、世界は滅ぶだろうな。はっきり言うが、俺の力はそれだけ大きい。対策をとる余裕さえ与えなければ、国を崩壊させるのだって難しくはない」


「分かってます、分かってるんです」


「自分で考えるしかないんだ。誰かに頼っていい問題じゃない。お前は、どう思ったんだ?」


 第二王女は、いやいやと首を振り後ろに後退する。

 真実を分かっていて、受け入れたくない。


「私は……私は……っ!」


 第二王女は瞳に大きな涙を溜める。分かっているんだ、やっぱり彼女は。

 何が正しくて、何が間違っているのか。


 だけど、その答えを口にするのが怖い。何も考えていないのではなかった。

 考えて、それでも他の道を探そうと必死にあがいて、俺の場所に来てくれた。


 なのに、俺は。

 さっさと謝ればいいのに、謝罪の言葉は出てこない。認めたくない自分が体を押さえつけるのだ。


「分かってるんです! 間違ってるって! だけど、その答えは……いやなんです」


 第二王女は立ち上がり、部屋を飛び出してしまう。

 彼女がいなくなると、肩の荷が下りたように一言が出る。


「……ごめん」


 届かないと分かっているが、彼女への非礼を詫びた。

 あいつは分かっていた。第二王女はバカな道具じゃない。必死に考えて、それで答えを見つけていた。

 

 バカは俺だった……。

 ベッドに横になって、額に手を当てながら天井を見上げる。


 第二王女は未だに道具なのかもしれない。だけど、それでもひたむきに人生の理不尽と向き合っている。

 道具や自由。そんな言葉にとらわれて、何も考えていなかったのは自分じゃないのか?


 この世界に呼ばれ、奴隷同然の扱いをされ憎しみだけが増幅して。

 怒りの捌け口として彼女にぶつけていたんじゃないのか?


 そう考え出したら、俺にも悪い部分があったと思う。

 だが、全く悪くないと囁く自分もいる。どっちが本当なのかは分からない。


 しばらくぼーとしていたが、食事が運ばれて仕方なく起き上がった。

 正直食欲はない。


 明日は戦いだというのに、食事はあまりとれなかった。

 俺の解放の鍵となる二人。第二王女とルグランだったか。ちょうどその二人と魔物退治に行くんだったな。


 ということは、ルグランの反乱の計画は王族にばれていないのか。

 泳がせるにしても……勇者と組ませるのはどうなんだろうか。


 相手にとって利点となるのか、不利となるのか。

 それは分からない。


 敵はすべて分かっているのか? 勇者を利用すれば、たとえ反乱が起きても簡単に止められると分かっているのか。


 そもそも、ルグランは俺が奴隷勇者だというのを知っているのだろうか。

 もしも、知らないのだとすれば作戦は絶対に失敗する。


 王族がどこまで頭の回る連中なのかは分からない。

 用心に越すことはない。


 ……何よりも大事なのは、第二王女への謝罪か。

 俺は彼女に酷な選択を押し付けてしまった。いや、逃げるのは出来ない。だけど、相談はできたはずだ。


 頭に手をつけて、深くため息をつく。

 第二王女の真意に気づけなかった、俺の落ち度だ。


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