第四話 決戦
今日の最後の訓練は、騎士総長との戦闘だ。
場所は近くの闘技場。普段ここは金持ちたちの賭博場だ。
騎士などが戦ったり、時には犯罪者をここで戦わせたりして楽しんでいるらしい。
今日の営業は早めに切り上げられており、すでに客はいない。
俺と騎士総長の戦いを見届けるのは、王族とかなり位の高い貴族たちのようだ。
「初めは魔物と戦ってもらう」
「は?」
闘技場の入り口で王子の言い放った言葉は、騎士総長としか戦う予定のなかった俺には寝耳に水だ。
「貴様の能力は大きく分けると三つ。魔法、剣術、変身。だから、三つをぶつけることにした。僕が提案したのだ、褒めるといい」
ぶるんと、勢いよく震える腹の肉をミンチにしてやろうか。奴の脂肪を恨みまくった俺は、余計なことをしやがってと額に手を当てる。
「……ありがとうございます。そうなると魔法総隊長とも戦うということですか?」
「ああ、理解が早いヤツだ」
ブヒャヒャッと笑う王子。ざ、残念な笑い方だ。
「魔物との戦闘は変身能力のみだ。一度魔法が使えるのか実験した後は、力だけでごり押ししろ」
命令、ではないようだ。中に入ってからまた指示がくるかもしれないが。
「分かりました」
軽く返事をして、それから闘技場内に踏み込む。
一瞬、薄い膜のようなものを越える。どうやら、戦闘の余波が観客に飛ばないように防御壁のようなものが張られているらしい。
結界、なのか。この街にもあるのだろうか。後で、第二王女あたりから聞きだしてみるか。
「相手はオークだ。大して強くはないからさっさと殺せよ」
大して強くないというのなら、あいつも倒せるのだろうか
闘技場は円形でこれといって目立つモノはない。周囲の壁は白色で足場は野球のグラウンドのようなモノだ。
しっかりと踏み込めて、滑りにくい。
戦闘において足場が敵に回ることはないようだ。
もう一つに入り口が勢いよく開けられる。中かr出てきたのは体躯3mほどの巨大な魔物――オークだ。
体全体がムキムキで、特に凄いのが腕と足の筋肉。殴る蹴るだけでも、城を破壊できるような大きさだ。
オークの陰に隠れるように人がいる。相手側の入り口には王子と同じくらいの年の男の子がいる。
オークに命令を飛ばしているのか大声をあげているのだけは聞こえる。
あの子のペットか何かか?
よくみると、ぶっといオークの首にも輪がついている。俺のと形状が似ているので、どうやら魔物も操れるらしい。
だが、俺のとは色々と違う部分が多い。やはり俺を縛り付ける腕輪は普通のモノではない。
そして、右手には斧だ。なぜ、ヤツは武器を持っている。これから殴り合いの戦いをするんじゃないのか?
「『変身しろ』」
あの姿はあまり好きじゃないが、まだ戦闘に慣れていないのにあんなのと生身でやりあいたくない。内部にある、『ブナーイ』を解放する。待ちわびていたかのように俺の体は一瞬で化け物になる。
やっぱり服はしっかりと身につけられている。
オークは両手で斧の棒部分をしっかりと持ち、構える。緑に近い体皮。筋肉質な体から繰り出される技はどれも危険そうだ。
どちらも準備は万全だ。
「それでは、これより勇者対オークの試合を始めます! 始めっ!」
観客席の一部が闘技場内部側にでっぱり、そこに司会の人間が立っている。
鎧に身を包んでいるので、騎士のようだ。
「ブオォォ!」
バカのように直進してくるオーク。
「『魔法を使え!』」
こちらのデブ王子は曖昧な命令を飛ばしやがる。
曖昧……?
少々試してみるか。
片手をむけ、魔法を発動。低位魔法のちっちゃな火を放つ魔法だ。
とても攻撃用途には向かない、どちらかというと焚き火とかで重宝しそうな魔法だ。
使えた。状況に全くそぐわないにもかかわらず、腕輪は今の魔法を許可してくれた。
「ちっ、何をしている! 『さっさとオークを殺せ!』」
次の命令が飛ぶ。
実験はもう終わりだ。あんまりふざけると俺に被害が出る。
オークと代わらない身長から生み出される蹴り。
風を斬りさき、空間さえも捻じ曲げるような蹴りをオークの横っ腹にぶちこむ。
突撃にカウンターがぶつかり。大きく態勢を崩した。
隙は見逃さない。相手に恨みはないが、このぐらいの命を奪うのには慣れる必要がある。
大きくジャンプし、全体重でオークの腹を押しつぶすように踏む。
骨がいくつも折れる音を足は伝えてくる。
気持ち悪くなりそうだが、必死に堪える。
何度かそこで暴れると、オークはやがてぴくりとも動かなくなり……。
「勝者、勇者!」
審判が慌てるように俺の方に手をあげる。
一回戦突破だな。次は、魔法使いか、騎士か。
オークには心の中で謝っておく。あんたの命よりも、そこにいる王族たちの命のほうがずっと軽いのにな。
それでもオークを殺さなければいけないなんてな。
気分は最高に下がっている。
「ふん、あのバカな魔物め。僕たち人間に牙を向けるからこうなるんだよ。バーカ!」
バカは、誰だよ。テメェよりも、オークのほうがずっと利口だろうさ。
抑えるんだ。下手に怒って、相手が警戒したら……俺の自由が遠のく。
オークの死体は魔法使いが風で運び出したようで、すでになくなっている。
骨のかけらや血なども清掃されていて、もうそろそろ始められそうだ。
王子もそれを理解したのか、俺に下卑た笑みを浮かべる。
「次は魔法使いだ。あんな、ババア。高位魔法でさっさと倒しちまえ」
「これは、殺してはいけないのですよね?」
必死に、言葉を選ぶ。油断すると暴言を吐きそうだ。
「ああ、つまらんことにね。僕は人が死ぬ姿だ大好きなのに、全く最悪だよ」
……テメェを殺してやろうか。ブヒャヒャと何か気持ちの悪いことでも妄想しているのだろう。見たくはないが、脳ミソは抉りだしてやりたい。
何も言わずに、背中を向けて闘技場の中央に進む。
相手はさっき教えてくれた魔法総長だ。
「さっき教えたことをちゃんと活用してくれるのを祈りますよ」
「そっちも怪我しないようにしてくださいね」
「ふふふ、分かりました」
相手はさっきとは違い、知能がある。油断も手加減も遊びもできない。
相変わらず大人な魅力に溢れている。
「それでは、始めてください」
審判の開始と同時におばちゃん総隊長はこちらに先に赤く丸い石がつけられた長い棒――ロッドを向ける。
赤い色の石……たぶん火の魔石だ。すると、魔法総長は火の魔法を使うのが分かる。
ロッドなどのサポートは敵に得意魔法がばれる危険があるな。
予想通り、ロッドから発生した火の渦が飲み込もうと飛んでくる。
慌てて水の壁を作り、距離を置く。
バカ王子の命令が飛んでこない。やりたいようにやっていいのだろうか。
回避した先の地面から火柱が浮き上がる。ぎりぎり、急停止して止まれた。じりじりと肌を焼く熱が高温度なのだと教えてくれる。
強い。長年戦っているからか、対人戦になれすぎだ。
相手の命を考えず攻撃するのなら、勝てる。大規模な魔法を放てばそれで完了だからだ。
だが、相手を殺したくはない。魔法総長が俺を奴隷の勇者と知って、召喚されるのを黙ってみていたのか。
さすがにすべてを殺すほど恨みはない。俺が何よりも憎んでいるのは王族だからだ。
「『魔法で攻撃しろ!』」
憎むデブ王子がこのタイミングで命令してきやがった。まだ、態勢も整っていないのにどうしろと。それでも命令には逆らえず、風の矢を何十本も撃ちまくる。
不安定な態勢ではあったが、一度撃つと相手が不意打ちをくらったようなように防御に回った。
風の矢一個の威力はたいしたことない。
だが、休むことなく放たれる無数の風の矢。勇者の膨大な魔力を有効活用した、単純な連続攻撃。
弾幕と化した風の矢を火の壁で守って踏ん張っている。
その隙に、二つ目の魔法を発動させる。バケツをひっくり返したような水が空に出現。
滝のような力を持って叩きつける。
相手は正面にしか防御をまわせていなかったのであっさりと奇襲できた。
火が地面を焼くような臭いもなくなり、風の矢を止める。
「い、いだだだっ!」
魔法総長は大の字で地面に埋め込まれていた。
そこまでの威力だとは思わなかった。これはこれで危険な魔法だ。
「勝者、勇者!」
騎士のいでたちの男が俺の方へ手をあげる。
試合は終わったので、闘技場の整備があるので、戻りたくはないけど王子の方に戻る。
「次の戦いは貴様の自由に戦え。ただし、変身はなしだ」
「わかりました」
変身はあまり使いたくないので、この忠告は無駄だ。
魔法使いとの戦いで、かなり動けるのは分かった。全力がどれほどなのかは分からないし、もしかしたら身体強化の魔法などもあるかもしれない。
次の戦いで、色々試してみよう。
整備が終わったようなので、闘技場に進む。
審判がさっき対戦した魔法使いに変わっている。
そして目の前には、さっきまで審判をしていた騎士がいた。
「丸腰相手に気は引けるのだが……いい戦いにするでござる」
男は腰に刺さった剣を抜く。それなりに若い姿をした男だ。
野性味あふれるイケメンで、体はかなりごつい。
魔法使い同様、短期決戦を狙ってくるはずだ。
力差がある相手に長期戦はきつい。
つまり、合図とともに突撃してくるはずだ。
すぐに魔法を放てるように用意し――
「始めッ!」
敵の動きを見る前に正面を氷の魔法で攻撃する。ダメージよりも、距離をひらくための壁だ。
「ふんっ!」
作り出した氷の壁を気合の声とともに、剣を振り下ろして破壊。
化け物かよっ!
少し痛いが、自分に風の魔法をぶつけて無理やり加速。
逃げるのに成功する。だが、一息つく暇もない。
騎士総長は両足を踏ん張ったかと思ったら、地をけりつける。
衝撃で地面がめくりあがるほどの速度で迫る剣をなんとか回避するが、彼の体に弾かれる。
ボールのように飛ばされ、近くの壁に激突――止まる。
いつつつ。意外と大きな怪我をしていないのは肉体が強化されているからだ。
あの力と速さをどうにかしないと、駄目っぽいな。
さっきから実験している魔法も大分慣れてきた。次はたぶん、大丈夫だ。
「これで、終わりだっ!」
騎士総長が再び超スピードで俺に迫り、彼の持つ威圧が体へのしかかる。
総長の剣に合わせて両手を構える。
練習していた魔法は、武器の作製。といっても、魔力を固体化させるだけだ。
ようは氷の魔法の延長と考えていい。イメージするのは燃えるような刀身の剣。
どんどん近づく刃に不思議と恐怖は感じない。
出来るはずだ。今の俺なら。
体の奥底から湧き上がる自信はただのハッタリではない。
両手に凝縮した魔力が集まり――
「なに……?」
総長が驚きに包まれるのが分かる。
剣が生まれる。燃えるように赤い刀身。ほどよく熱い柄は剣が暴れたいのを証明するようだ。
氷の中に火があるような幻想的な剣はしっかりと騎士総長の剣を受け止める。
「なぜなのだ……!」
真に驚いているのは剣ではないはずだ。あのスピードで突撃したにもかかわらず、総長の一撃を受けた俺の体は一ミリも動いていない。
身体強化魔法だ。
魔法で距離を開いて、時間を稼いだのはこの二つの魔法の練習をするためだった。
ぶっつけ本番でこれほどの魔法が使えた。練習すればさらに強力に俺を補佐してくれるだろう。
「好き勝手やってくれたな。こっから先は、俺の好きにさせてもらうぞ」
相手は王族じゃない。口調も気にすることはない。
強化された体で、剣を逸らしさらに敵の背後に回る。
振り返るよりもさきに回し蹴りを放つ。
総長は驚く顔を残して、派手に吹き飛ぶ。壁に激突し、砂埃がまう。
生きているだろうが重症だろう。何本か折れた音が伝わってきた。
……まだまだ、加減ができないな。
これは強いが制御するにはさらに練習を積む必要がある。
砂埃が治まると、そこには剣を杖代わりにして立つ総隊長がいた。
額からは血が流れ、踏ん張る両足はぷるぷると震えている。明らかに満身創痍なのが分かる。
「オレの……負けでござる」
ぷつりと緊張が切れたように総長は倒れる。
ただ、それだけを言うために彼は立ち上がったのだ。
すごい気迫だな。
「勝者、勇者様!」
審判が合図を飛ばすと同時に、待機していた治療部隊が中に入ってくる。
怪我をしていない俺は邪魔になるだけなので、さっさと戻る。
色々疲れた。さっさと部屋に戻って休みたい。
そんな俺を邪魔するように王子が近づいてくる。
「ブヒャヒャ! さすが僕の物だ! よくやった、今日の夕飯は多めにしておいてやるぞ!」
お前のような豚にはなりたくない。内心バカにしながら、「ありがとうございます」と頭を下げる。
ご機嫌だな。そんなに相手が苦しんでるのが好きなのか。
どうにも理解したくない野郎だな。
運動不足の王子は「足が痛い」と言ってメイドに部屋まで運ばれていった。
腹の肉を落とせよ、メタボリック。
誰も見ていない通路の中、親指を下に向けた。