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第一話 奴隷で勇者

「勇者よ。よく来てくれた」


 俺は頭を押さえながら、状況を確認する。ここはどこだ。

 広大な敷地に、俺は座り込んでいた。

 

 緑の芝生のような草の上にいた俺の元へ一人の王冠を被った男が近づいてくる。

 温和な笑みを浮かべた人が手を差し出してくれたので、俺も掴み返す。


 ここはどこなのだろう。

 普通に学校を帰っていただけなのだが、迷子になったとしてはどうにもおかしい。


「いきなりで驚いているかもしれないが、ここは『リニュース』という世界のデランドール国だ。お前はきっとこことは違う世界から来たはずだ」


 リニュースなんて聞いたことはない。

 違う世界というのが妙に耳に残る。


「ええと、たぶん」


 最初の勇者という発言。もしかして、俺ってこの世界に召喚された勇者とか?


「私はデオブ・フィルシ・デランドール。この国の王だ」


 王冠を揺らしながら、ぶくぶくと太りきった男は言った。


「私はフフン・フィルシ・デランドール。王の妻ですわ」


 なんだか笑い声に聞こえそうな名前のフフン。豪華なドレスにぴかぴかとまあ、蛍光灯のように宝石がじゃらじゃら。おなかがたぷんたぷんだから全然映えない。


「オレはバルカ・フィルシ・デランドールだ。王子だ」


 きっと親父のようになるだろう太り方をしているバルカ。

 

「メイン・フィルシ・デランドールよ。第一王女だから」


 おお、太っていない美少女だ。母親と同じ、金髪の髪が目立つ子だ。


「リークラルディ・フィルシ・デランドールです、よろしくお願いします」


 最後の子は他の人たちと比べ、まったく装飾のない白いドレスに身を包んでいた。

 桃色の髪と合わさったドレスは妖精のようで、他の家族とは違った印象を受けた。

 

 自己紹介も終わったところで、王様デオブが近寄ってくる。


「色々と世界が変わって驚いているかもしれないが、どうだろうか。我々に力を貸してくれないか?」


「力……?」


「ああ。今我々の国は他国からの圧力を受け、いつ滅びるか分からないのだ。このままでは大量の犠牲者が出てしまう」


 うわぁ、戦争とか普通にあるのか。

 それだけでもう嫌悪が生まれてしまうけど。


 なんていうか、勇者って響きはいいなとも思ってしまう。


「頼む、我々に力を貸してくれないか?」


 再度、言われる。


「だけど、俺って非力ですよ? 今まで一度も戦ったりなんてしなかったし」


「大丈夫だ。そのために勇者召喚で呼ばれる物には力が与えられる。君の腕に輪がついていないか?」


 言われて確認すると、あった。

 俺は普段こんなモノはつけないが、右手首辺りに金色の腕輪がついている。


「それに契約をすると、勇者召喚は終わるのだ。それにより君は大きな力を手にできる」


「大きな、力」


 自分の身の丈に合わない物は身につけるな。そんなことを思い出す。


 正直、どうなのだろう。

 俺が力をもらって彼らの手助けになるとは思えない。


「あの、やっぱり無理ですよ。だから、ほかの勇者を召喚してください。俺は帰りたいです」


 思ったことを喋ると、王の顔が強張る。

 あれ? もしかしてこのまま殺されてしまうのだろうか。険しい王の顔からは肌を切り裂くような雰囲気が伝わる。


 だが、俺の勘違いだったようで王様は俺の手をつかんでくる。暑苦しく太ってる王様。

 手汗が凄い。


「頼む、お願いだ! 次の戦い……一度だけで、一度だけ契約をしてくれないか? そうすれば必ず帰そう」


 と懇願されても、俺は気が進まない。

 さっきの話から、戦争に参加しなくてはならないのだろう。


 だったら、断りたい。そんな恐ろしい物に巻き込まれたくない。


 だが、帰る方法を知っているのはこの男だけかもしれない。

 友人関係がない異世界では他に頼る人はいない。


 どうする?

 ここで、彼の話に乗り契約を結んだとしよう。それで、ちゃんと帰してもらえればいいのだが信用に値するのか。

 分からない。


 情報が少なすぎる。こういう契約って、もっと相手のことをしっかり知っていないと俺にとって不利な契約を結ばれる危険性がある。


 どうする……。

 だが、もしも断ったとしよう。


 ちらと俺の両目に飛び込んでくる鎧に身をつつんだ男たち。槍や剣を装備している。


 王の周りにいるのは騎士か。騎士から逃げ切れるとは思えない。下手したら言われもない罪を押し付けられ、犯罪者として指名手配にされる危険もなくはない。


「あの、まだ、考えられません。少し時間をくれませんか?」


 時間を稼ごうと思った。だが、王は申し訳なさそうに首を振る。


「……すまない。時間はないんだ」


「どういうことですか?」


「他国が攻め入るまで時間があまりない。我々の予想では、一ヶ月後。君が力に慣れるまで早くても二週間近くはかかるだろう」


 確かに。もしも、俺が契約するのなら早いに越したことはない。

 二週間ですむのならいいが、それ以上かかった場合俺が召喚された意味はなくなる。


 一ヶ月はこの国の予想だ。もしかしたらもっと遅いかもしれないし、下手したら明日にも攻めてくるかもしれない。

 俺にとって、ここで契約を結ぶのは一度の戦争を除けばいい条件かもしれない。


 どれだけの力が手に入るのかは分からないが、戦争のピンチを救うために召喚されたのだ。

 戦況をひっくり返すような、大きな力のはず。


 これから先のことを考えれば、契約して一度の戦争だ。もしも約束が守られなければ、無視してどこかに逃げてしまえばいい。


 逃げ出す頃には俺もこの世界のことや力もだいぶ理解しているはずだし。

 もしかしたら、一度戦争を切り抜ければ相手側も恐怖して二度と攻めてこない可能性もある。


 ……慎重を要するが、これは結んだほうがいいかもしれない。


「分かりました、契約します」


 返事をした瞬間に腕輪が光、体が熱くなる。焼け付くような痛みが全身を襲い、まともに立っていることもできず倒れる。


 芝生がやさしく俺の体を受け止めるが、痛みはまだ続く。

 数秒痛みに耐えると、だんだんと弱くなっていく。


 やがて、熱も引き、


「ようこそ、わが国へ奴隷の勇者よ」


 デブな王様の下卑た笑みが俺を貫く。

 苦しみながら顔をあげる。意味が分からない。


「どういう、ことだ?」


 息も切れ切れに搾り出しながら、痛みが残る体で立ち上がる。


「その腕輪は奴隷契約の証だ。くく、随分と間抜けだな?」


 奴隷? 俺はだまされたのか?

 頭の中で火が生まれ、一気に燃え上がる。


「どういうことだよ!」

 

 怒りに任せて男に掴みかかろうとすると、


「『跪け』」


 ぼそりと言い放っただけの言葉で、俺の体は不自然に傾き、地面に衝突する。

 なんだ!? 目に見えない重力のようなモノが背中を襲い、地面に体を縫い付ける。


 必死に抗おうと腕を動かすが、駄目だ。動かない。

 顔だけが横に向き、草の間から僅かに景色が見える。


 王子、王妃はそれぞれ愉悦に笑っている。第二王女は、え? と目を丸くしている。

 今、頼れるのはあいつだけか……。


「たすけて、くれ」


 声を出すが、ちゃんと喋れない。彼女に声は届かない。

 必死に手を伸ばすがやはり、動きを封じられている。


「何か言ったか? まあ、奴隷の言葉なんざどうでもいい。おい、こいつを連れて行け。『暴れるなよ』」


 最後に俺へと命令を飛ばしたのだろう。

 『跪け』の効果はなくなったが代わりに暴れられなくなる。


 簡単に騎士に引っ張り上げられる。

 両腕を背中に回され、まるで囚人か何かのように騎士から押さえつけられる。


「どこに、連れてく気だっ」


 顔についた土を吐きつけるようにして、言うと、


「実験体でもあるんだ、お前は。これからお前の体にある毒を仕込ませる。うまくいけば、今よりも強くなれるぞ」


 毒だと?

 ふざけるな体を揺するが、押さえつける騎士に歯が立たない。


「勇者よ、命令する。『動くな』」


 そう命令され、俺の体は石になったように動かなくなる。

 なんなんだよ、くそっ!





 連れてこられたのは、よく分からない道具があちこちに散見している場所。

 無理やりイスにくくりつけられ、腕や体を鎖が縛る。


 冷たい金属が体に押し付けられ、全身に痛みが及ぶ。


「離せよ! 意味がわからねぇよっ!」


「命令する。『黙れ』」


 王子バルカが一言飛ばすだけで、俺の口は封をされたようにもごもごと動かせるだけ。

 まさか、あの命令は王の家族全員が使えるのか?


「それじゃあ、例の物を飲ませろ」


 王様が言うと、白衣に似たモノを着た男がやってくる。

 手にはビンにつめられた水と遜色ない飲み物。


 これに何があるのかは分からないが、飲むと危険な気がする。

 男が俺に飲ませようとするが、固く口を閉ざす。


「勇者に命令する。『飲め』」


 王様が命令すれば、それだけで俺の口は自動的に開いてしまう。

 嫌だ、やめろ! 首を左右に振るが、男の手が近づいてきて。それよりも前に汗が口に入る。


 すると、どうだろうか。口は自由に動くようになったので、慌てて閉じる。


「なんだ、こいつ。命令を弾き返したのか? 『それを、飲め!』」


 王様は一瞬焦り、だが、でっかい顔を醜く歪め唾や汗を撒き散らしながらわめく。

 俺の体は、俺のモノじゃないかのように王様の言葉だけで勝手に開き、今度は奇跡は起こらない。


 男に謎の液体を口に無理やり入れられ、拒むこともできない。

 勝手に喉が嚥下していき、ビンにあった飲み物を終えてしまう。


 瞬間、体が熱くなる。さっきの契約とは違った、体が変化するような激しい痛み。

 骨格自体を捻じ曲げてしまうような。

 

 なんだ……。

 俺は、自分の右手に感じた違和感に気づき、両目を見開く。


 まるで骨が暴れるように右腕から突き出し、そこに新たな黒い皮膚が生まれる。

 飛び出た骨を覆い、元の腕の何倍も太くなる。


「うわぁぁぁ!?」


 右腕だけじゃない。左腕を確認すれば、そこも、足も。体も、頭もすべてが変化している。

 人……じゃないッ。


「ふざけるなよ、てめぇら何がしたいんだよ!」


 声も低くなっている。俺を証明するようなモノはどこにも残っていない。

 服までなくなって、全裸だ。


「実験は成功だ……。それをさらに改良しろ」


 王様は白衣を着た男に命令を飛ばす。頭を下げながらどこかに消える。


「くく、醜い姿だな。おい、鏡を持ってこい」


 王子が騎士のようないでたちの男に指示をだす。


 俺はガラス越しに置かれた鏡を両目で確認する。あまり映りはよくないが、それでも俺を映した体ははっきりに見えている。


 全身が盛り上がり顔は醜く歪んでいる。牙が鋭く伸び、体は赤黒く輝いている。角のようなモノまで生えている。完全に、人ではない。


 これが……俺。

 激しい怒りが心の中で暴れ、全身がわななく。


「命令する。『鎖を引きちぎれ』」


 その場にいた王子が呟く。言われなくても、ぶっこわしてやるよっ!


 命令により、爆発瞬間の体が弾かれる。体が勝手に動き腕に巻きついた鎖を引きちぎる。

 自由になった俺は怒りをぶつけるためにまっすぐに突っ込む。


 ぶん殴ってやる。静まらない激動を拳に込める。


「『跪け』。僕を誰だと思っているんだ?」


 ガラスを割るよりも前に地面にたたき伏せられる。まただ。怒りをぶつけられないもやもやが心の中をかき乱す。


 力じゃどうにもならない、彼らの命令。

 はるかにあがったはずの筋力でも命令を弾き飛ばすことは出来ない。


 理不尽な出来事の連続に、さらなる怒りが湧き上がってくる。


「ふざっけんなよ! テメェら! 俺をさっさと元に戻せ!」


 声を荒らげるが、俺に接するつもりはない王族。

 横に向いた顔で王子の動向を窺う。

 

「醜い姿だ。おい、元に戻すにはどうすればいい?」


「彼自身が力を抑えられるはずです」


「だそうだ。さっさと、直せ。醜いんだよ」


 勝手に姿を変えておいて、なんていい草だ。

 人の神経を逆なでするのが得意なんだ。


 それでも俺は今の姿のままは嫌だ。

 体の内部で膨れ上がる謎の物体。


 たぶん、こいつが化け物になった原因なんだ。

 今もなお増幅しようと暴れる物体を無理やり押さえ込む。


 どんどん、小さくなっていき、ようやく体が人の姿に戻る。

 服は戻らず、体を撫でる風が冷たい。


「はぁ……はぁ、はぁ」


 肩で息をするほどに疲労してしまう。

 そんな俺をいらつかせるように拍手をしながら、王様がたぷんと腹を揺する。


「おめでとう。これですべての儀式が終了した。後は力を使いこなせるようになるだけだ」


 こいつら、俺を何だと思ってるんだよ。

 物、いやそれよりも扱いが悪い。家畜、奴隷だ。


「俺は、戦いたくなんかない。さっさと元に戻せよっ」


「『近寄るな』。下種な生き物が」


 まるで壁が出来たように王様の前で体が弾かれる。

 倒れこみ、しりもちをつく。


「バルカ。お前がこいつを使え」


 道具かよ……。

 王からの命令に王子バルカは嬉しそうに、にやっと頬の肉を寄せる。


「分かりましたお父様。僕が英雄になります」


 子供のように目を輝かせやがって。そんな暇があるなら、ダイエットしろよ。デブのヒーローなんて誰も見たくないんだよ。


「英雄……デブの鈍足そうな野郎に何が出来るんだよ」


 はっと笑い飛ばしてやる。


 力じゃ抵抗できない。だからって、黙って言いなりになってたまるか。不満をぶつけてやる。

 すると、王子は醜い顔をさらに酷く歪ませて俺の腹を蹴りつける。


「黙れ! 僕をバカにすると、殺すぞ!」


 ……殺すのかよ。バカはお前だ。


 反抗しようとすれば「『動くな』」と命令が飛ぶ。

 身体強化されているのか、王子の蹴りはまったく痛くないがうざい。


「存分に遊んでやる。いずれは他国を攻め落としてもらうからな。そして、僕は英雄として崇められるのさ。はーっはっはっは!」


 どうすればいいんだ。

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