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「あっひゃ~、ボンドカーッス!!ボンドカー!!」
「ボンドカーじゃない、V8。見た目だけで中身は電気自動車」
葵のアストンマーティン・V8ヴァンテージEを見て私服に着替えた麻紀は車内に乗り込みながら、コノリーレザーの座席でキャッキャとはしゃぐ。
服装は若者らしく、デニムのホットパンツにフワリと波打つチュニックと言う組み合わせ。
「それにあれはサルーンだろ」
「まぁそれは置いといて、コレ、マシンガンとか、カッターとか付いてますか?」
「一応コレ、車検に入れてるんだが……」
鍵を回して、OSを起動。風合いのあるウッド製のパネルにある液晶画面に映像が映る。
「とは言っても、OSはつんでるがな。まぁ今時、ナビの付いてない方が珍しいか」
アクセルを踏み込んで、ランスの駐車場から出る。
「ああ、でも幸せッス。ボンドカーの助手席でドライブ、しかも美形の天ヶ瀬さんの運転なんて、もう我が人生最大の幸運ッス!」
「だからV8だって……それで人生最大の幸運とは、かなりの災難だな」
「へ?何でッスか?」
「そりゃ、人生のすべての幸運を今全部使ってしまったんだ。この後の人生、不幸しか残ってない……不憫な子だ」
「なんて事言うんですか!私の幸運はまだ残ってます!私、ラッキーガールッス!」
シートベルトを引っ張りながら、身を乗り出して麻紀は猛抗議をする。
「あ、後で写メ一緒に撮らせてください。今度、大学の友達に自慢するッス」
「大学? お前まだ大学生なのか?」
「ハイッス。工学科の四年ッス。ランスにはバイトで働いてるッス」
財布から学生証を取り出し、証明する。
一瞬、この任務で役に立つのか、葵は心配したが、嵯峨が無意味な人選などしない。
そう考え、運転に戻った。
「工学科か……」
「最近増えてるんですよ。工学科に進む女の子。最近はA・ホイールの発展で、OS積んだマシンも増えたから、力は無くてもプログラミングを仕事に出来るし。まぁ私は整備一筋のガテン系ッスけどね」
力瘤を見せるように、麻紀は腕を上げて見せる。
A・ホイールの存在は、女性達にも影響している事を葵は目の当たりにした。
「それにウチ、実家がA・ホイールのショップなんですよ。卒業したらランスに就職するつもりッスけど、そこで腕磨いたら店を継ぎたいって思ってるッス」
「ほう……意外に逞しいんだな。親御さんも、孝行者の娘を持って幸せだな」
「いやぁ、そんな事無いッスよ。ただ好きでやってるだけだし」
隠し事のしないタイプだな、と葵は思いながら、わかりやすいように照れる麻紀を眺める。
「……工作員には向かんタイプだな」
「へ?」
「何でもない、気にするな」
「ところで、今回何の仕事なんですか?」
「聞いてないのか?」
「ハイ、ただ支部長に呼び出されて、付いてけって言われただけッス」
「あの人らしいやり方だ……」
呆れかえるように、溜め息を吐く。
「A・ホイールに詳しいなら、ペイルライダーって知ってるだろ。あれの調査だ」
「ペイルライダーってあの幽霊ライダーの?」
「そんな噂まであるのか」
「神出鬼没って言うらしいッスから。それで、ランスって都市伝説の解明なんかも仕事にしてるんですか? 科学調査班みたいな」
「一応、物理学に詳しいエージェントもウチの部門に所属しているが……別にそう言うわけじゃ無い。警察からの依頼で、ペイルライダー目当ての暴走集団が増えてるから、警察も参ってしまい、ランスにお呼びがかかったというワケだ」
「あー、最近増えてるッスよね。ウチの近くなんか、夜中だってのにブォンブォンブォンブォン――もう、うるさくってうるさくって。もう睡眠不足ッス。肌も最近荒れて来て、お化粧の乗りも悪いッス」
うーっ、と不機嫌そうに麻紀は手のひらで頬をこする。
「私まだピチピチの二十一ッスよ? 酷くないッスか? もう女の敵ッスよ。この前も、友達が事故に会いそうになったって」
「事故か……そりゃ深刻になってるな」
葵も最近、届いたニュースに、事故の記事を良く目にする。
まだ5月だと言うのに、例年より事故件数がダントツに多く、このまま行けば、近年で最大の数字になるそうだ。
「思った以上に由々しき問題になってるな」
「その由々しき問題を解決して、正義と平和と女性の安全と安眠、そしてピチピチのお肌を護るために、ランスのボンドカーは今日も走るッス」
「V8だ。それに、お前の肌を護るためじゃない」
「ブーブー……で、平和への第一歩としてまずは何処へ行くんですか?」
そう聞くと、葵は備え付けのバックボードから資料を一枚取り出し、麻紀に見せる。
麻紀が覗き込むと、ソコには顔写真が一枚付いた、誰かの個人情報らしきものが書かれているのが分かる。
「……誰ッスか?」
「和洞田啓二。一番最近の、ペイルライダーの直接的な被害者だ」
*
市街地に立つ真っ白な外装の大病院。
だが、内装は活力に満ちた、オレンジなどの明るいの壁紙が目立っていた。
葵は、車に麻紀を残して和洞田の病室に向かう。
麻紀は、途中のコンビニで買ったスナック菓子やペットボトルのスポーツドリンクを持って、「行ってらっしゃーい」と大きく手を降っていた。
――余り食べカスを車内に撒き散らさないで欲しいと思いながら、受付に教えられた病室で足を止める。
和洞田は病室の、一番窓際のベッドにいた。
「……誰だよ」
葵がベッドの周りのカーテンをくぐった瞬間、ベッドから起きた和洞田は射殺さんばかりの眼光で葵を睨んだ。
足にギブスがはめられている事以外、健康に見える。
葵はヤレヤレと言わんばかりに名刺を懐から出し、和洞田に渡す。
「ランス調査部の、天ヶ瀬葵です」
一般的に、特殊工作部の存在は秘匿されている。
特殊工作部は、あくまでも裏方なのだ。
だから、書類上では、特殊工作部の人間は調査部所属となっている。
「あん? ランスって警備会社だろ? それが調査なんて、そんな探偵みたいな事もすんのかよ」
「必要とあれば」
和洞田は訝しさを見せ付けるように、あからさまに眉根を寄せる。
「……んでそのランスが、何でまた」
「ペイルライダーについて、お伺いしたい事が」
「……あ?」
和洞田は、葵を睨む眼光を鋭くする。
「お前、何か? 俺にあの俺等を嘗めくさりやがった胸糞わりぃ野郎の事を話させようってのか?」
「端的に言えばそうなります」
「ふざっけんじゃねぇっ!!」
和洞田の拳は、ベッドを覆うような備え付けの机を思い切り叩いた。
「俺は、ペイルライダーに仲間諸共病院送りに去れたんだっ!!誰が好き好んであんな奴の話するってんだよ!!」
怒号が病室中に響く。
「落ち着いてください。我々はペイルライダーの捕縛の為に動いているのです」
「……あん?」
葵の言葉を聞いて、和洞田は警戒を解き始めた。