Wake up③
ランス訓練施設内第三A・イェーガー用格納庫。
命からがらで逃げ込んだ〈ブリューナク〉の輸送用キャリアーの中で、けたたましくタイピング音を鳴らすのはチェルシーだった。
その横で自身の無力感に顔を埋めるのは聖だった。
「……っ」
それを尻目にして、キーボードの上で踊るチェルシーの指の動きが早くなる。
本来なら半日かかる作業を数十分で終わらせようとしているのだ。
彼女をそこまで駆り立てるのは緊急事態だからと言う理由だけではない。
自分が見捨てた人、見捨てさせた人。
それで傷つけてしまった者たちに対して、自分が出来ること……それは無力と言った聖を全力で戦えるようにしてあげることだ。そんな使命感がチェルシーを突き動かす。
「生意気言っただけの仕事はしてあげるわ……だから――」
――バンッ!
キャリアーの壁を叩く音に、聖がビクつき、チェルシーの指が止まる。
しばしの間が空いた後、チェルシーが傍らにあった整備用の特大レンチに手をかける。
「うわっ……とと」
予想以上の重さに身がよろけるが、両手で柄をつかんでブリューナク搬出用ゲートに付属したドアに向かって、剣道のように覚束無い正眼を構える。
「チェ、チェルシーちゃん……」
「アンタは隠れてて」
レンチを構えたまま、ドアの真横に立つ。
ドアノブが動くのと同時にレンチを振りかぶる。
「ズェアアァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」
ドアが開くと同時にレンチを振り下ろし、侵入者の前髪をかすると同時に聞き覚えがある悲鳴が響く。
「――駿河さん?」
聖の声でチェルシーは改めてドアの外を見る。
そこには、必死にドアの縁を掴んで体勢を支える駿河だった。
「パシリっ!?」
「駿河ッス!駿河麻紀っ! つか、心配で来たのにこの洗礼は酷いッスよ~~」
涙目でタラップを上がる麻紀。
「ちょうどいいわ、ブリューナクを起動させるから手伝って」
「じ、自分がッスか!?」
「今はどんな手でも欲しいの」
「――天ヶ瀬さんは? 途中で会いませんでしたか?」
聖が麻紀に聞く。
「天ヶ瀬さんって……一緒じゃないんスか?」
「途中で、私たちを此処に行かせるために、敵を足止めして……」
「……」
聖の言葉を聞いて、辛い面持ちを見せる。
「だ、大丈夫ッス! 天ヶ瀬さんは聖ちゃんに勝った人ッスよ、そう簡単にやられる訳が無いッス! その瞬間に立ち会った私が証人ッス!」
「駿河さん……」
聖に笑みを向ける麻紀だが、聖は今一つ表情が晴れない。
「ちょっと! 早く!」
「は、はいッス! その前に、ちょっと――」
チェルシーに叱責されて、麻紀がそそくさと向かう。
「……」
聖はまた顔を下に向ける。
頭の中にあるのは葵と、他の皆の安否ばかりだ。
アルフレッドを失った自分を元気付け、此処まで導いてくれた人。
そんな人らが、自分の為に……自分に期待して。
「私に、みんなに期待されるだけの価値があるのかな……」
「あるッス、ゼッタイ!!」
ふと、麻紀の声で顔を上げる。
「駿河さん……?」
「コレッス」
麻紀が手元に持つメモリディスクを見せる。
「これは?」
「アルフレッドの設定データッス」
「アルフレッドの……!?」
特定のA・ホイールのOSは学習装置が内蔵されている。一定距離を走行する度に更新され、ライダーにとっての最適設定として保存される。
「アルフレッドの蓄積経験、チューニング設定、その他諸々……大破したアルフレッドから何とかサルベージしたデータを女性用にいじくったものッス!! これさえあれば聖ちゃんは全力で走れるッス!!」
手にしたディスクのケースをぐいと突き出す。
「ホントは、聖ちゃんを元気付けようって思って無事だった部分を掘り起こしたんスけど、ナイス私」
「そんなんあるなら早くよこして」
「ハイッス……」
催促するチェルシーにとぼとぼとディスクを渡す。
「聖ちゃんは、みんなが期待するものを持ってるッス」
「でも、ワタシには出来ない事が多すぎます」
「それを私達がやるんス!!」
麻紀が聖の両頬を掴んで顔を引き揚げさせる。
「聖ちゃんが出来ないことが多いのは当たり前ッス、だってみんな同じなんスから……私だって、機械いじくる以外に能ないッス。A・ホイールに乗ってくれる人がいなくちゃ、何もできないのと変わんない。私にも乗ってくれる聖ちゃんが必要なんス。だから、聖ちゃんの出来ないことは私にさせてください。だから、聖さんは私の出来ないことをしてください。それが“私達”ッス」
「駿河さん……」
「麻紀で良いッス」
サムズアップといっしょに二カッと笑う麻紀。この場では、その朗らかな笑顔に安心感を覚えた。
「えっと……麻紀、さん?」
頬を赤らめながら、上目使いと恥じらいと共に呟く。
ライダースーツを飛び出さんばかりに張りつめた双丘が詰まった胸元が二の腕に挟まり、もじもじと動く際に、ふわふわと変形した。
「~~~~~、やっぱりかぁいいッス聖ちゃん!!」
「ひゃうっ!?」
感極まって、広げた両手を聖に巻きつけるように抱き着く。
「――主任」
タラップを上がる金属音と共に抑揚のない田辺の声が響く。
足音に一度は警戒心で振り向いた三人だが、その顔を見て、チェルシーが安堵の笑みを浮かべた。
「田辺!」
顔をよく見る為、チェルシーが身を乗り出す。
「主任、ご無事でしたんですね」
「私は無事よ」
「……ブリューナクは?」
「今、起ち上げてる所。後は設定データを入れて微調整するだけ。田辺も手伝って」
「解りました。それじゃ――」
田辺はスーツの懐を弄り、何かを取り出す。
「――この子達を楽にする事から始めましょう」
――その手に握る黒光りする拳銃の銃口を、聖達に向けた。




