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A‘s-DRIVE‼  作者: 五十嵐レンタロウ
case.1:葵拳探究
3/33

                      *


東京某所。

高層ビルが目立つ都心部でそれらの中で一際高く聳えるシンプルなビルディングが一つ。


その最上階、その廊下を天ヶ(アマガセ)(アオイ)は歩いていた。


朝と呼ぶには遅すぎる時間。出勤したその場から、上司にお呼び出しがかかった。


耳元で切りそろえ、真ん中で分けた淡いブラウンの髪にエッジの利いた顎のライン。

通った鼻梁の相当な美形なのだが、アーモンド型の鋭い双眸が、抜き身の刀のような硬質な剣呑さを作ってしまってる。


それを差し引いても、引き締まった体にビジネススーツを通した様は、どこに出しても恥ずかしくない名うての商社マンだ。


――もっとも、彼は商社に勤めている訳では無いが。


彼が勤めているのは、警備会社と人材派遣会社を掛け合わせたような微妙な会社だ。


ある木目調のシックなドアの前で足を止め、ノブに手を掛ける。

ソコには、【支部長室】と書かれたプレートが堂々と置かれていた。

中は広く、真っ正面の全面ガラス張りの窓をバックにその男はいた。


「やっと来たか」


髪を括ったサムソンスタイルにニヒルさが滲む鋭利な風貌。

その表情には快活さが目に見え、生き生きとした切れ長の双眸は、悪戯の為に知恵を絞る悪童の輝きを見せ付けていた。


今年で四十半ばを越えるらしいが、見かけはまだまだ二十代と言っても十分通じる。


嵯峨隼人(サガ ハヤト)


葵の上司であり、葵が働く会社ランスの日本支部支部長だ。


「いつもいつも、呼び出すのがいきなりですね、貴方は」


「そう言うな、仕事柄そうなるのは仕方ない……お前は仕事に寛容になるべきだ」


「仕事には寛容ですよ?如何なる状況でも任務は達成させます」


「そういう意味じゃ無いんだがなぁ……まぁいい、早速仕事の話に入るぞ」


手元のノートモバイルをスクロールして、液晶画面を葵に向ける。

其処には、朝一にアップされたニュース面が映し出されていた。


「A・ホイール暴走集団壊滅……またもペイルライダー現る? 何なんですかコレは?」


怪訝そうに眉根を歪める。


「わからんか? ニュースを見たらどうだ。ニュースを」


嵯峨は席を立ち、窓越しの絶景を眺める。


「真っ当なニュースは見ていますよ。コレ、娯楽用のオカルトニュースの記事じゃあないですか」


「だが……内容は実を得ている。警察以外の第三者によって壊滅させられたのは事実だ」


「それがそのペイルライダーとか言う?」


「そうだ」


ノートモバイルをスクロールすると、ペイルライダーの説明が書かれた記事が上がって来た。


ペイルライダー。


昨年から東京近辺で現れ始めた暴走族狩りのライダー。


黒いライダースーツに、黒く塗装したSHIFT型A・ホイール<ソードフィッシュ・カスタム>を駆り、巧みな操縦技術で、A・ホイールを不当に使う輩に裁きを下す黄泉より遣わされた死神。


「――ああ、思い出しましたよ。半年くらい前にあった、掘削用A・ホイールを使った現金輸送車襲撃事件。アレの衝撃犯が逃走中、何者かによって一網打尽されてソレが黒いSHIFT型A・ホイールに乗ったライダーによるものだと――」


「なんだ、知ってるじゃないか」


あの時期で、一番話題になった事件だ。よく覚えている。

だが、それだけだ。葵自身はさして興味は無かった。


取り立ててA・ホイールに興味があるワケでもなく、事件として関わっていたワケでも無いので、人づてやニュースで聞いた以上の事は知らない。

何より葵は四輪派だ。


「……嵯峨さん?」


窓にべったりと張り付く嵯峨を見て疑問に思った。

嵯峨の正面を覗き込むと、嵯峨はどこぞから取り出した双眼鏡を覗き込んでる。


「……」


葵は嵯峨の手から双眼鏡を取り上げた。


「あ、おい、待て――」


葵は嵯峨の見ていた場所を双眼鏡で覗き込む。


――レンズ越しに見えた物は、向かいのビルの窓から覗ける女性会社員の着替えだ。


キャピキャピと若い女達が無防備な肌色を晒していた。


「……」


葵は横目から嵯峨を睨む。


「ま、まぁ、ヒーローごっこに興じる位ならどうでもいい。だが、問題は“ペイルライダー”の名に価値(ブランド)がついて来た事だ」


苦し紛れのように嵯峨が話を無理やり進める。

再度モバイルの画面を覗き込み、更にスクロールすると、ペイルライダーの華々しい活躍ぶりを示すページの一覧が上がって来た。


「ペイルライダーが立てた様々な武功は、他の暴走集団を活発にさせ、皆ペイルライダーを倒して、名を上げようとしている。今では隣県からもそういった輩が集まって来ている」


「戦国時代みたいですね」


「正にその通りだ。隣県からの暴走集団が東京に来たことでご当地の暴走集団との喧嘩が後を絶たん。中にも暴走行為、外にも喧嘩、それらの対応に負われる警察はてんてこ舞いと言うわけだ。全く、警察機関を困らせるとは大した活躍ぶりだな、国家の犬以外の者が正義を行おうとする者の定めと言うやつだ」


嵯峨は少しシニカルな笑みを浮かべる。


「笑い事じゃ無いですよ」


「近寄れば悲劇、遠くからは喜劇……この世のある事象全て、見方を変えれば笑い事だ」


それはこの男の所信だった。


嵯峨隼人と言う男が戦いにまみれた人生で見いだした一種の悟りに似たモノなのか、それとも嵯峨の見ている世界が広すぎるのか、または元から歪んだ性格がなせる業なのか。


嵯峨は常にこのスタンスで生きている。


「とまぁ、今は警察の心の狭さを語るべきシチュエーションでは無いな。何度も言うが、問題はペイルライダーだ」


「我々が、それを調査して捕縛しろと?」


「そうだ」


待ってましたと言わんばかりのシニカルの染みた笑みを、嵯峨は浮かべた。


「警察も本来なら自分達の手でペイルライダーを捕まえたい心情だろうが、生憎ペイルライダーの存在を正式に確認した訳では無いので捜査に人員は割けんし、また、被害の届け出が出てないから逮捕も出来ん。まぁ、傷害罪はあるだろうが……それも正当防衛で通ってしまう。ソレ以前に、ペイルライダーと言う存在はこれだけの武功を上げながらも未だ都市伝説の中の住人でしかないんだよ」


空想上の敵相手に、国家の規範たる警察が腰を上げるワケにはいかない。


かつて警察のSAT(特殊急襲部隊)に所属していた葵だからこそわかる話だ。

だが、ペイルライダーによって踊らされる暴走集団は後を絶たない。


一時、暴走族の事を『ダサイ族』と命名してイメージを下げようとしたが。A・ホイールが世に出回ってから増加の一途を辿る。

A・ホイールと言う文明の成果は世の風聞なぞでは概念を変える事が出来ない程に魅力的な力と言う事なのだ。


「A・ホイールが世に受け入れられた世の中で、後手後手で無能な警察があるからこそ《ランス》と言う会社は、警察と言う国家機関の顧客を得られたのだ」





《ランス》





国際的な警備保障会社であり、大規模な特殊部隊を保有する一種の企業軍隊とも言える。


その営業は警備に止まらず多岐に渡り、現金輸送、護身術教室、保険業と安全をキーワードとし手広く事業を展開している。

今や、犯罪に置いては警察よりも事件解決率が高い。


だが、警察も面子があるために主立った公表はされていないのが事実。


その秘密は、警察では未だに配備されていないA・ホイールを逸早く実践配備した事にある。


A・ホイールとそれらの犯罪の対処に置いては警察よりもランスに優がある。

A・ホイール犯罪に対する警察の下請けで、ランスは莫大な利益を得ているのだ。


「人の不幸が飯の種とは、ペイルライダーより質が悪いじゃないですか」


「オイオイ、なんてミもフタも無い事を言うんだ」


嵯峨はヤレヤレと言わんばかりに手を大きく広げて肩を竦める。


「俺達の仕事はその不幸に救いの手を伸ばす事じゃないか。人に非難される事をしているつもりは無いぜ」


「あなたの言い分がそう思わせるんじゃないですか」


「すまんな。俺は海外暮らしが長いんだ。それに年を食ってから最近の日本語には疎くてね」


軽い溜め息を吐き、白々しく手を振った。


「それで、お前受けてくれるよな?」


「……幾つか、聞いても宜しいでしょうか」


「ほう?」


「何故、A・ホイールとも何の縁もない特殊工作部の私なのですか?」


天ヶ瀬葵が身を置く特殊工作部は《ランス》ではかなり変わった立ち位置の部門(セクション)である。


その分野に置いて抜きん出た能力を持つ専門家(エキスパート)や特殊技能保持者を寄せ集めた集団。


その実力故にチームでの行動よりも単独や少数精鋭での任務の方が成果を出せるとして、それを主としている。


だが、たとえ精鋭だったとしても、今回のようにA・ホイール相手での任務では少し役不足のように思えてしまう。


「私自身、A・ホイールに関してコレといった特殊な知識や技能に恵まれているワケではありません。私よりも適任の者が他にいると思いますが……」


「確かに、A・ホイールに関しては機動部の《サリッサ》や他の支部の特務ライダーに頼んだ方が良いだろうな」


《サリッサ》とは機動部の騎乗車両部隊、つまりAW(アクティブホイール)部隊の呼び名である。


「だが、《ランス》としても都市伝説相手に派手に人員は割けんし、他支部からライダーを呼ぶワケにはいかない。とりあえずは現物を見て調査して、出来れば捕縛してほしいと言う訳なんだ。俺だって無意味な無茶を言うつもりは無い。無理なら、《サリッサ》を導入するさ」


「無茶を言うのが貴方の得意技でしょう。つい先日、たった一人で麻薬組織の売場一つ潰せと言ったのは誰ですか」


「それをやってのけといて何を言う……まぁ、そのぐらいやって見せてくれないと特殊工作部の人間は務まらんが。で、質問は幾つかと言ったが、他にあるんだろう?」


葵は面持ちを暗くして言う。


「何故、“貴方自身が行かれないのですか”?《ランス》中の全ライダーを逆立ちさせても、貴方以上のライダーはいないでしょう」


ふと、先程まで浮かべていた口元を釣り上げた笑みが消えた。


嵯峨隼人は、かつて特務ライダーとして、《ランス》で星の数程の伝説や武功を立てた人間だ。


A・ホイール、軍用機のA・イェーガーのみに限らず、陸海空に至るマシン全てを瞬時に乗りこなすとんでもないマルチドライバーなのだ。


だが。


「何言ってやがる。俺はもう隠居した身なんだぜ? 中年親父の体にまだ鞭打つっていうのか?」


嵯峨は口元に笑みを戻して言った。


素手でも最強な癖して何を言う。


と、葵は心中で呟いた。


特殊工作部でも、一対一で彼にかなう人間はいない。


「ですが――」


「くどい」


葵の言葉を止めるように、力強く言い放った。


「何度も言うが、俺は隠居したんだ。何時までも昔の世代に頼っているようじゃ、《ランス》のこれからは任せられないぜ」


「……」


真っ向からの正論に、葵は図らずも押し黙ってしまった。


確かに、任務の内容で、誰かに頼ろうとした考えがあったと思う。

如何なる任務でも成功は絶対条件。


警備会社とは、そう言ったものから得られるユーザーやクライアントからの絶対的な信頼によって支えられている。


《ランス》もその例に漏れない。


葵は、自分の惰弱な部分を恥じた。


「――と、言いはしたが……俺も近々、後継者を呼ぼうと思ってる」


「後継者?」


初耳だった。


「当たり前だろ。何時までも、日本支部の特務ライダーの席を空けては置けんだろう」


「誰なのですか? その後継者というのは。生半可な人間を自分の後釜に抜擢する貴方じゃ無いでしょう」


「今はまだ訓練中の身だ。トコトンまで俺が鍛え上げてるから、腕は信用しても良い」


「それはなんて不憫な……」


嵯峨の指導は無茶なくらい厳しい事で有名だ。

《サリッサ》の訓練でも、かなりの人数が逃げ出した。


嵯峨はまたも口元を釣り上げて笑う。


「まぁ、世間話は此処までにしよう。で、この任務――」


「受けます」


即答した。


「自分の弱い部分を、そのままにしたくはありません」


「――ストイックだな。お前も」


嵯峨は笑みを深め、デスクの引き出しからクリップでまとめた数枚の書類を葵に手渡した。


「技術部の整備課にいけ。そこの整備員をA・ホイールの専門家としてお前の補佐に当たらせる。話は通してあるから、いけば分かる筈だ」


「わかりました」


ファイルを受け取ると、葵は「失礼します」と礼儀に満ちた礼をして部屋を出ようとどあに手をかけた。


その時。





「キャッ――」





ポヨン、と心地よい感触が水月辺りで衝突した。


「おっと」


つい、相手が反動で倒れそうになって両手を肩で持って支える。

よく見てみると、それは高校生くらいの年端の少女だった。


長い黒髪を後頭部で結び、線が細く、白い肌で端正に造り込まれた日本人らしい美麗な顔立ち。

細い体つきだが、ふくよかな所はちゃんと豊満だったりする。


すぐ下を見て、さっき当たった柔らかい物の正体がわかった。


目を引くような派手さは無いが、純粋な美しさに満ちた、花のような慎み深い可憐さが表れたような美少女だった。

葵はその正体に少しのぼせてしまったが、すぐに頭を振って邪念を振り払う。


「えっと……大丈夫かい?」


葵は、少女への対応に少し悩み、無難なやんわりとした接し方を選んだ。


「あ、はい。大丈夫です……」


立てるのを確認して、葵は少女の肩を離す。


「す、すいません!不注意でした」


少女は立つと、思い切り頭をペコペコと下げ始める。


「あ、いや、此方も不注意だった、すまない……でも、君は――」


「あー、大丈夫だ。通してやって来れ」


背後から嵯峨が言う。


「嵯峨さん?」


「俺の知り合いの娘だ。俺が呼んだ」


「ハァ……」


葵は少女に道を空け、部屋に通す。


「どうぞ」


「あ、ありがとうございます」


「それじゃあ私はコレで」


そう言って、葵少女と入れ替わりに部屋を出て、ドアを閉める。


「……」


ドアを閉めた後、直ぐには動けなかった。


何故かあの少女の事が気になったからだ。


――あの子は一体……。


嵯峨は知り合いの娘だと言ってたが、それで会社の自室まで呼びつける理由は分からなかった。

日本支部の支部長室ともなれば、任務の詳細や社員の個人情報などの機密情報が溢れている。

そこに、部外者を入れる理由が、知り合いの娘と言う事でまかり通るのだろうか。





日本人的な麗しさを持つ少女を。





四十過ぎたオッサンが。





「……」


当然の疑問が下衆の勘繰りに変わったのを察し、頭を降って邪念を振り払う。


キビキビと足を進める。


だが、何故か残念な気持ちが葵の胸の中で残った理由は、天ヶ瀬葵には痛いほど分かった。



                        *



長く社員用エレベーターに乗ってを一階に降りる。

事務的な廊下を通り、葵は鉄製の扉を開ける。


開けた瞬間、オイルの匂いが鼻を突き抜けた。


技術部整備課。


天井の高い室内を満たすように重機の駆動音や鉄を嗜む音が響く。


ふと、葵の傍らで作業着の整備員達が無心で相手にしているのはランスで正式採用されているカドハラ社製の<マルゴットMk-II>。


《サリッサ・ワン》――軽機動騎乗車両部隊のSHIFT型A・ホイールだ。


600cc級で、ランス所属機のパーソナルカラーであるオレンジ色のカラーリング。

無駄を省いた三メートル以下の一回り小さいコンパクトな車体は、街中や屋内での運用に適している。

それに作りがシンプルである故に整備も簡単なので大量に保有するのに適している。


その上、エンジンは低燃費で、ガスタービンと水素電池の、環境を考慮したハイブリッドな作り。

OSもライダーの技量をダイレクトに映し出すタイプなのである意味扱い安い。

搭乗者保護の為のシールドを囲んだシートを、シートを晒すように完全にたたんである。


葵が歩を進める度に、機体事の細かにタイプの違う機体が目を流れる。


そして、少し進むと色違いの作業着を着た監督らしき人間が視界に当たった。


「失礼」


「ん?」


呼びかけると、直ぐ様振り向いた。


プロレスラーのようにがっしりとしたがたいの男だ。


葵は慇懃な礼をした。


「特殊工作部の天ヶ瀬です」


「ああ、嵯峨さんが言ってた……ちょっと待っててください」


すると、男は少し遠くでマルゴットを整備していた整備員を大声で呼びつける。


整備員はすぐさま工具を片付け、走ってやって来た。


「課長、何か用ッスか?」


「今朝言ったヤツだ……ああ、天ヶ瀬さん、コイツが仕事に付き添います」


整備員は、葵の方に向き直り、キャップを脱ぐ。

よく見たら女性だった。


細く、平均より背の高い体に短く切った明るい色の髪、少年のような幼い顔立ち。

元気マークの、溌剌とした印象の女性だった。


「君がそうかい?」


「ハイ、駿河麻紀(スルガ マキ)って言います」


麻紀は人好きのする、明るい笑顔を浮かべた。


「私は――」


「知ってるッス。天ヶ瀬葵さんですよね?」


「あ、ああ。そうだが」


すると、麻紀は、太陽が昇ったような眩しい程の満面の笑顔を作り出す。


「スゴイッス!!僥倖ッス!!まさかあの噂のエリートの天ヶ瀬さんと仕事が出来るなんて!!ラッキーッス!!もうドキドキッス!!何か幸運な自分がコワいってアターッ!?」


しばらく話していたら、後ろの課長が麻紀の登頂に硬そうな拳骨を振り下ろした。


「馬鹿言ってねぇでさっさと仕事しろ仕事!」


「ううううう~~……」


登頂を抑え、涙なからに唸る。


隠密な仕事にはならないと、葵は悟った。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


午前五時半。


朝日が顔を出し始めると共に聖は二度寝する事無くベッドから飛び起きる。

バシャバシャと洗面台で顔を洗って眠気を追い払い、歯を磨く。


此処からが気合いの入れどころ。


使い古された作業着を着込み、部屋を出てマンションのガレージに向かう。

エレベーターを降り、すぐ右。叔母のフィアットの隣にカバーを被せた横長の物体。


聖はルンルン顔でカバーを外す。

カバーから晒された黒い巨体……ソードフィッシュ・カスタムが其処に鎮座していた。


「おはよう、アルフレッド!」


聖は自分の相棒に一声掛けると、工具箱を取り出し、整備に取り掛かる。


こういったモノはこまめな整備が性能維持には欠かせない。


「エンジン部は、っと……」


ソードフィッシュの下部――人型時の腰に当たる部分にある軽量型ガスタービンエンジン。RAW――レーシング・アクティブ・ホイールではポピュラーな部類に入る。

冷却水が不要である反面、耐熱性に優れた素材で製造する必要があり、素材の関係から整備に専門的知識を伴った特殊な技術を要する。


「圧縮機よし、燃焼器よし、タービンよし、減速装置と発電機は――」


聖は工具箱からスパナを取り出し、手馴れた手付きで整備をサクサク進める。


鼻歌混じりで進める姿は幸せそのものようだ。


エンジン部を終えて電子系統、特に配線関係を入念に。

コレは人間の神経に当たる部分。配線が一つでも切れていると腕一つ動かせない事もある。


更にタイヤ圧、フレーム、関節部……。


「おーしまい」


整備を一通り終え、工具を片付け始める。


この頃既に七時。


部屋に戻り、作業着を脱ぎ捨て熱いシャワーをザッと浴びる。

豊満なバストと細い体の周りを水滴が跳ね、汗とオイルを洗い流す。


艶やかな黒髪をタオルで拭き、学校の制服に着替えると、直ぐさま台所に立ち、朝食の準備。


叔母はギリギリまで起きないだろうから、行きながらでも食べれるピザトーストにした。


トーストのサクサク感ととろりと溶けたチーズのコントラストを楽しんだ後、掃除機を掛け、部屋やリビングの掃除をカンタンに。


ファンデーションとマスカラ、リップでナチュラルメイク。

化粧には大して興味は無かったのだが、高校生になったんならこの位はマナーの範疇だと叔母が勧めたのだ。


髪を櫛で梳いて、長い後ろ髪をうなじの所で一纏めに。いつも通りのヘアスタイル。


硝子(ショウコ)さーん!私もう学校行くから!朝ご飯は机にあるからちゃんとたべてねー!」


いつも通り、叔母の部屋にノックしてドア越しに声をかける。


すると「……うーい」と呻くような声がした。

夜勤明けの叔母を無理に起こそうとするほど自分は野暮なつもりは無い。


朝食と一緒に作ったお弁当を鞄に入れ革靴を履く。


「行ってきます!」


毎度続く嵐のような朝を切り抜け、玄関のドアを開けて聖は駆け出した。



                     *



マンションを出て数分。


聖はいつもの磁気マットの前に建つ横長の屋根とベンチだけの簡素な乗降所(ステーション)路面電車(ロードトレイン)を待っていた。


朝を切り抜け、ほっと一息つく。


本当はアルフレッドで登校したかったが、バイクや自転車での通学は禁止されてる。A・ホイールなんてもっての他だ。

最近は事故も多いから、更に学校の目が厳しくなっている。


(……その一端を担っちゃってるのが私なんだよね……)


聖は心中で溜め息を漏らした。


自分が何故ペイルライダーなんて呼ばれているのか全く謎だ。

最近は感覚を空けてランダムに行っているのだが、出会ってしまう時は出会ってしまう。


(しばらくはお休みかな……)


聖は再度溜め息を漏らした。


『――バカヤロォォッ!!』


「ひゃうっ!?」


バックのポケットにしまった携帯から罵声の着ボイスが鳴りだし、飛び跳ねるかのように背筋を伸ばす。青春ドラマの教師が非行に走った教え子を涙ながら叱る時の台詞だ。


「……コレ、心臓に悪いから変えよ――ハイ、もしもし」


ポケットから携帯を取り出た。


「あ、嵯峨さん――え、今すぐ?無理ですよ、今から学校……だから学校がってちょっと!?嵯峨さん?嵯峨さん!?――」


モダンなデザインの路面電車が磁気マットを伝わって来たところで、聖が青い顔をしたまま電話は切られた。


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