⑤
数時間前――
「……大丈夫だった?」
「……ハイ」
トレーラーと衝突する寸前、無理やりハンドルを切ってV8とトレーラーのバンパーが触れるスレスレの中を通って元の車道に戻る。
二人とも、一気に寿命を削られたように荒く息を吐き出す。
「……ごめんなさい」
「……まぁ、事故にならなかったから別にいいよ」
国際的警備会社社員、女子高生を引き連れ事故死!!と言う見出しのニュースがアップされずに済んだ事に心底胸を撫で下ろす。
こんな死に方、妹達が見たらどうなる事やら。
「えっと……なんでいきなりテストライダーを降りたいなんて……」
V8を車道に流し、話を本筋に戻す。
「それは……」
聖はつっかえた言葉を口の中で転がし、小さく決心をして紡ぎ出す。
「――私、怖いんです」
「怖いって、新型が?」
現行のA・ホイールに乗り慣れたライダーに取って、新システムを内蔵した新型A・ホイールと言うモノが異質に思えるのか。
だが、聖は首を横に振った。
「怖いのは……私が乗って、その新型のA・ホイールを壊してしまうんじゃないかって事なんです」
「え?」
「――アルフレッドの事を思い出すと、そう考えてしまうんです」
「あ――」
葵は思った。
聖は新型機もアルフレッドのようにしてしまうのが怖がっている。
あのアルフレッドの死に様の凄惨さは、葵の眼にも鮮明に写った。
「アレは君のせいじゃ無い。寧ろ――」
自分のせいだと言いたかったが、聖が遮った。
「天ヶ瀬さんは悪くありません。私が未熟だったから――あの時だって、もっといろんなやりようがあった筈なのに……」
「……」
――もっと、いろんなやりようがあった。
――もっと上手く、行動出来る筈だった。
かつて葵も、似たような言葉を口にした。
(まぁ、自分の場合はただ身の程知らずだっただけだが……)
「父はずっと家にいない人でした。だから、余り父の事は知らないんです。でも、ある事件を境に急に父の事が知りたくなったんです」
「ある事件?」
「私、小学校に入ってすぐの頃に誘拐された事があるんです。どんな理由かは分からないままなんですが、その時に私を助けてくれたのが父だったんです」
「……」
黒羽哲。
かつてランスに所属していたもう一人の特務ライダーで、嵯峨の相棒であった人物。
一年前に入社した葵には面識は無いが、伝説の人とも言える嵯峨にも引けも劣らぬ腕の持ち主だったと聞く。
そして――。
「でも、その後すぐに次の任務で殉職して――だから、父がどんな仕事をしていたのか知りたいんです。父に近付きたくて……でも、アルフレッドが壊されるのを見て、もう他の機体もアルフレッドのようにはしたく無いんです」
「……優しいんだね」
葵の言葉に聖は苦い表情を浮かべる。
「止めてください……私は優しくなんか――」
「十分優しいよ。少なくとも、相手のライダーを思えるくらいには」
「……!」
思わず、葵に振り向いた。
「君がペイルライダーだった頃、君は今までずっと襲って来たライダー達に大きな怪我を負わせた記録は無い。それにあの清水峠、君は噂が立った後、しばらくしてからあの峠を中心で走っている。それは、あの頑丈なガードレールでライダーが崖から落ちないように配慮してたんじゃないか?」
それだけじゃない。
襲われたく無いなら、他の峠に行けばいい。だが、あんな頑丈なガードレールのある峠はそうそう無い。実際にあの近くであのガードレールがあったのは清水峠だけだ。
だから、直ぐに対処出来るようにあの峠で走り続けた。
自分よりも相手を気遣って――。
「そういえば、あの時なんで撃たなかったんですか」
捕まえるまで、ペイルライダーが聖であった事は葵は知らなかった筈だ。
「ああ、あれか。性別はともかく、ペイルライダーが学生だと思っていたからな」
「それは……どうして?」
「曜日だよ」
「あ……」
「金曜日と土曜日の深夜――土日にそんな規則正しく休みがあるのは学生だけだ。ライダーに怪我を負わせるのも躊躇うくらいの善良な学生に、銃を向けるのは流石にな」
「それで自分が命懸けになってA・ホイール相手に素手で闘うなんて、人の事言えないじゃないですか」
「……そうだな」
聖がクスリと笑った。
(やっと笑ってくれたか……)
「ちょっと似てますね、私達」
「そうだな……吐いた言葉も」
「え?」
「――もっと、いろんなやりようがあった筈……私も、嵯峨さんの前で似たような言葉を言った事がある」
V8の進む車道に森林が見え始めた。
「君はアルフレッドに対して悲しく思う前に、自分に対して悔しく感じている筈だ」
かつての自分のように――。
「弱いままの自分が苛立たしい。アルフレッドをあんなにしてしまった自分の弱さが憎い――君は、今こそは自分の弱さに怯えているが、本質は自分の弱さをそのままにしておける質じゃ無い」
「……」
「――強くなりたいなら、ここに来い」
――あの人と同じように言えただろうか。
そんな考えが葵の頭によぎった。
「――私」
聖がシートを乗り上げ葵に急接近する。
葵と聖の顔の距離が数ミリ程になる。
聖にぷるぷるとした瑞々しい唇がすぐソコまで――。
「私、やっぱり新型に乗りますっ!!乗せてください!!」
「おわぁっ!!」
やはり飛び退く葵。
ハンドルを思い切り切ってしまう。
V8の車体は大きく横に流れる。
「「 へ? 」」
嫌な予感に、またもシンクロするように前に向く。
森林を抜け、青空が広がる崖にV8が向かって――。
「「ギャアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァッ‼!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!? 」」




