③
「……」
「……」
市街を走るV8の車内に重い空気が立ち込める。
密閉された空間で満ち満ちる重圧が、葵を圧迫する。
内心音を上げたかった葵に対して、脇の助手席に無言で座る聖だけが平然としている。
いや、平然とは違う。
自分の事が精一杯で気にする余裕が無いのだろう。
どこを見ているか分からない、本当に前を見ているか分からない虚ろんだ瞳は透き通っており、白い肌と相俟って精緻な意匠の日本人形のようだ。
逆に美しいとも取れるが、逆に人としての何かが欠けてしまったようにも思わせた。
――後遺症……。
あのソードフィッシュ――彼女はアルフレッドと言っていた機体には、聖と言う存在にそこまでの意味が存在したのか。
父から受け継いだと聞いたが、それだけでは無い。
長く騎乗し、随意までライダーに合わせカスタムされた機体はライダーに取って身体の一部になると言う。
それが、聖にとって精神的な部分まで食い込んでいた。
精神の重要な一部を引き抜かれた聖は、その心がぐらぐらと揺れて、今にも崩壊しそうになっている。
だが崩れて無いなら何とかなる物だ。
ここまで、魂が抜けたようにはならない。
本当にここまでの状態になったのは葵が聖に新型機のテストライダーを依頼してからだ。
その言葉がどういう形で精神を崩す一押しとなったのか。
こういう時、A・ホイールと戦う側の人間は辛い。
「あの……」
「あ、ああ、どうかしたかい?」
重い沈黙を破って、聖が口を開く。
そちらから話してくれるなら、此方もやりやすい。
「いや、悪かったね。いきなり新型機のテストライダーを依頼してしまって。こういう事はもっと事前に言うべきだと思うんだけど、嵯峨さんがああいう性格だから」
「いえ……こちらこそ、この前は――」
「別にいいさ。全部嵯峨さんの謀略なんだから」
「……」
また黙ってしまった。
また車内に重圧が充満した。
押しが強すぎたか。
やはり妹達を宥めるようには行かんか。
何よりタイプが違う。年が近いのは両方とも押しまくりのインファイターだから。
「ジャケット……」
「へ?」
「先日はジャケットを貸してくださって、ありがとうございます」
「ああ……流石に、あのライダースーツのままで帰すのは気がひけたから」
今更だが、あのA・ホイール用ライダースーツは身体に密着して体つきがモロに出る。
「……」
「……」
また黙ってしまった。
中学生のカップルでも、もっと会話はあるんじゃないか?
拉致が開かないと思い、相手の懐に一気に近づくように――。
「――あのソードフィッシュ……アルフレッドって名前なんだね」
「……っ!!」
更に俯く聖。
――しまった。一番つついちゃいけない所だったか。
「ゴ、ゴメン!悪気は無かったんだ!その、なんと言うか……」
瞬間、聖が一気に葵の胸に飛び込むように詰め寄る。
抱きつかせるかのように密着。
――フワリの葵の胸板と挟まれ潰れる豊満な双丘。
マシュマロの柔らかい感触が、フワリと広がる。
そして、聖は至近距離で葵を見上げた。
「……私、やっぱりテストライダーの件、降りますっ!!」
「うぉおっ!?」
聖の言葉よりも胸板に広がる感触に、葵は狭い車内で飛び退く。
ハンドルを思い切り切ってしまう。
V8の車体は大きく横に流れる。
――ブブーーー……。
「「 へ? 」」
シンクロするように前に向く。
車道を逆走するV8の前には、対向車の大型トレーラーが全てを踏み潰さんとばかりに向かって――――。
「「 ギャアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァッ!!!!!!? 」」




