②
爆音のような唸る排気音の群れがカーブ地帯を走る。
高速で走る<ソードフィッシュ>はサスをきしませて、急なコーナーに突っ込む。
ホイールのグリップから漏れた勢いが耳障りなゴムの擦れる音を鳴らす。
重心を傾けて、姿勢を維持しながらコーナリング。
右腕部の手首から生やしたサブ・ホイールを路面に付け、横転を防ぎながら勢いと共にコーナーを曲がる。
「♪~、やるぅ」
ペイルライダーの軽やかなウェイト・シフトに思わず和洞田は口笛を鳴らす。
だが……。
「こっちも負けてねぇぜ!」
先陣に立ってペイルライダーを追う和洞田の<ビビッド・ドンキー>も、勢いよくドリフトしながらカーブ方向に足をつっかえてコーナリング。
他の男達も同様にコーナーを曲がった。
<ビビッド・ドンキー>の旨は頑丈さとパワーだけじゃない。
短足気味な足と低い重心による安定感、それが生み出す安定した加速だ。
車体の重さ故に<ソードフィッシュ>よりはスピードは遅いが、重心が低い位置にある分、地面との一体感が高い。
カーブの多いコースでは、その性能が十分引き出される。
和洞田も、他の男達もソレを熟知していた。
しかも、前日からこの峠を調べ上げ、ルートやコーナリングのタイミングをしっかり頭に叩き込んでいる。
走る事に対する徹底さ。
それが、和洞田達の強みだった。
ビビッド・ドンキーの一体が仕掛けた。
カーブのタイミングを見計らって突っ込み、背後からビビッド・ドンキーの太いアームが袈裟懸けに襲い掛かる。
ソードフィッシュは腰を折り、身を屈めてソレをやり過ごし、サブ・ホイールで姿勢を取りながらフットペダルを操作して蹴りを入れる。
「グフッ……!」
足のホイールは的確にボディを避け、男の顔面に叩き込まれる。
加減したとは言え、プロボクサーのストレート並の一撃は、男の顔面にタイヤ跡をしっかり残して失神させた。
しばらくして、ビビッド・ドンキーの自動操縦装置が起動し、車体を路肩に寄せる。
「テメェ!」
仲間を打ちのめされ、激昂したもう一体が突撃。
助走を付け、低い位置から飛び上がるように打ち込まれる。
A・ホイール版のカエルパンチだ。
だが、ソードフィッシュは身を左足を軸足に身を回転させて鉄骨が突っ込ませたような拳を避け、飛び上がったビビッド・ドンキーの懐に潜り込む。
「なっ!?」
マニピュレータを操作し、右腕を振り子のようにスイングさせてビビッド・ドンキーのリアに振り上げるアッパーカット。
打ち上げられた鋼の鉄槌の衝撃はビビッド・ドンキーの補助装置の許容を超え、大きく仰け反らせる。
そのままビビッド・ドンキーの車体は仰向けに倒れ込み、バックで路面を擦り、火花を散らしながら停止する。
ソードフィッシュは回転するように身を前に戻し、アクセルを回して駆け抜けた。
「早々と二台か……オレの舎弟をあしらった腕は確かみてぇだ」
『オイ!どうすんだ!』
暖色系に光るコンソールに仲間からの通信が入る。
「狼狽えんじゃねぇ!カーブ地帯じゃオレ等の土俵だ!終わるまでに距離を詰めて、最後のコーナーで一気に叩くぞ!」
『『『オオッ!』』』
ビビッド・ドンキーがガスを吐き出し、加速。
うねるコーナーを手際良く制覇しながら確実にソードフィッシュとの距離を詰めていく。
(それにしても……)
アイツは何なんだ?
目の前でスピードを維持しながら姿勢を低くしてコーナーを器用に曲がるソードフィッシュを見て、和洞田はそう思った。
元々、ソードフィッシュは走行性能に優れてはいるが本来はオフロードで力を発揮するA・ホイールだ。
衝撃吸収の為の車高の高さはオンロードで走るにはネックになる。
走る道を選ばない、を銘打つSHIFT型A・ホイールはオンロードの為の走行形態とオフロードの為の直立形態の二つの形態を使い分けて走る。
ビビッド・ドンキーが直立形態でオンロードを走れるのは車体の低さによる安定感があるからだ。
だけど、ソードフィッシュは違う。
それなのに目の前の黒いソードフィッシュは以前と前を譲らないでいる。
未だに、ビビッド・ドンキーの前を走っている事自体異常なのだ。
(明らかに素人の走り方じゃねぇ)
今までペイルライダーを、ただの正義の味方気取りと考えていたが、その認識を改めなきゃならない。
そう、和洞田は思った。
『オイ!次が最後のコーナーだぞ!』
「わかってる!」
だが、それもこれまで。ビビッド・ドンキーが優勢なのは変わらない。
ソードフィッシュとの距離は、今にも追い抜きそうな所まで縮まった。
だが、直ぐには手を出さない。
コーナーで確実に仕留める。
ソードフィッシュにとっての処刑場が、目と鼻の先まで迫った。
直角なコーナーにそのまま突っ込む。
「今だ!」
和洞田の一言で全員が加速。ソードフィッシュ目掛け突っ込んでいく。
「……」
“飛んだ”。
ソードフィッシュがコーナーに掛かった直前、しゃがみ込み、斜め後ろに思い切り飛んだ。
「なっ!?」
男の一人が叫んだ。
肩透かしを食らって、コーナーに衝突しそうな所を慌てて重心を移し、体勢を立て直す。
他のビビッド・ドンキーも前に出した腕からサブ・ホイールを出したり、足をつっかえたりと、各々のやり方でコーナリング。
その時――
「――嘘だろっ!?」
脇に広がる崖を、車体を上下させて駆け降りてくるソードフィッシュ。
着地した崖の粗い岩肌を削り、ホイールが蹴り上げた土煙を舞わせて降りてくる様は、義経の鵯越のようだ。
駆け降りた勢いをそのままに、先頭のビビッド・ドンキーにタックルを仕掛ける。
「がっ……」
真っ正面からの一撃は、脇にいたもう一体を巻き込み、脇のガードレールに叩き付ける。
「うわっ……!?」
鉄砲玉の勢いで向かってくるビビッド・ドンキーの足を膝を曲げて払い、後ろのもう一台を追突させて、共に倒す。
残り二台。
「このっ――ナメんじゃねぇっ!」
右腕を振りかぶり、ビビッド・ドンキーが一直線に突っ込んでくる。
「……」
正面から迫るビビッド・ドンキーに対し、ソードフィッシュは紙一重で右に跳ね飛ぶ。
空中で直立しながら、向かってくる男の顔面を、カウンターを仕掛けるのように太い腕で打ち込む(ラリアット)。
「ちくしょう――……」
男はハンドル手放し後ろに吹っ飛び、搭乗者を失ったビビッド・ドンキーは緊急停止する。
(マジかよ……)
目の前で起こった一瞬の惨状を見せられ、和洞田は先程の高揚から一気に青ざめた。
最後のコーナーを、ペイルライダーも狙っていたのを、和洞田は察した。
一斉に襲って来る瞬間を、ペイルライダーも狙っていたのだ。
全員が隙を作るこの瞬間を。
最後の一台。
向かって来る和洞田のビビッド・ドンキーに対し、ソードフィッシュは足を上げて回し蹴りの体勢。
死神が鎌を振り上げて待ち構えるように、ペイルライダーはフロントガラス越しでビビッド・ドンキーを見据える。
「コリャ、確かに死神だ……」
その呟きを最後に和洞田は真っ正面からの衝撃に気を失った。
*
死屍散々。
一網打尽。
一騎当千――。
並べ立てた言葉通り、ソードフィッシュを追い掛け回していたビビッド・ドンキー合計八体。
また倒してしまった。
噂に箔が付いてしまう。
自分はただ平和に走っていたいだけなのに。
ペイルライダーはそんな事を考えながらシートを覆う装甲を畳み込む。
シートの上に立ち上がる。
立ち上がった肢体は豹のように細くしなやかだ。
火照った体の熱気を解放するため、黒いヘルメットを外す。
――黒髪が靡く。
月下に照らされ、滑らかな白い肌が露わになる。
――女性。
長い黒髪を後頭部で結び、線が細く、白い肌で端正に造り込まれた日本人らしい美麗な顔立ち。それは、明らかに女性固有の美貌だった。
ペイルライダー――黒羽聖はただ悠然に暮れなずんだ。