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A‘s-DRIVE‼  作者: 五十嵐レンタロウ
case.0:幽馬見参
1/33

アクティブ・ホイール……直立歩行、ないし両腕に当たる機関を保有する車両全般。


SHIFT……それらへの変形機構。もしくはそれを持つアクティブ・ホイール。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




夜の間に間に月が浮かぶ。

しん、と冷たい空気を震わす、哮る馬に似たエンジンの爆音が静寂を切り裂く。


緑がちらほら見える、うねるカーブの多い峠の車道を、激しいスピードで真ん丸いフロントライトの光が走る。


グリップを回し、鉄の嘶きのような消音器を通した排気音と共に加速。滑るように黒い車道を駆ける。


自分の体で風を貫く疾走感。

今の自分は、名も無いただの獣。


見えない獲物を狩りに行くように、大気を掻き分け突き進む。

乗り手はその爽快さに心震えた。

言い知れぬ興奮に、瑞々しい唇を舐める。


銀色の排気集合管(マフラー)から排気ガスが吹き出す。


空気抵抗を減らしたシャープなボディ。

ライダーの前面を覆うV字型のフロントグラス。

リアで揺れるマント状の装甲。

闇に紛れるような漆黒と、部位を縁取る銀色のコントラストは闇の中の水晶のような静謐さを魅せる。

大地と一体化したように勢い良く回る車輪は二つ。

エンジンの激しい排気音(エキゾースト)を突き付けながらも、幽鬼のような印象を携えるそれをオートバイだと思う者はいる。


だが、そのシルエットが、そう呼ぶ事を躊躇わせた。


軽自動車並に大きな車体に、乗り手の左右を守るように前方部から生えた、女性の腰程に太い“腕”。

峠を走る漆黒の鉄馬には、オートバイの面影を残しながらも、そこら彼処に人体のパーツめいた部分が目に触った。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



――(アクティブ)・ホイール


2030年代初頭からプラクティス社が開発した、次世代型の車両。

夢の直立歩行を可能にし、それまでの従来の車両でなしえなかった三次元的な動きと高い旋回能力を二本の足が実現させた。優れた運動性能を発揮し、様々な局面に置いての走行が可能。走る環境を選ばない車両として世に名を知らしめた。


やがて、アクティブホイールはモータースポーツを開くまでに昇華し、A・ホイールは爆発的に知名度を上げ、普及を遂げた。

今では工事、警備、運搬、そして戦術……。


瞬く間にA・ホイールの存在は民間に浸透し、バイクと車に続く第三の車両としての地位を手にした。


そして、2049年――


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



走る、走る。


レバーを捻るたびに、エンジンが化学合成燃料を焚いて唸る。


漆黒のA・ホイール――その筋に詳しい者が見れば、その車種がカドハラ社製のSHIFT型A・ホイール<ソードフィッシュ・カスタム>だと分かる。

クラスは650cc。走行性能に優れながらも、その癖の強さからライダー泣かせと呼ばれ、常に乗り手を選んで来た。

だが、今の乗り手には、じゃじゃ馬に振り回されるような様子は無く、時速120キロ近くのスピードを軽いハンドルワークでいなしている。

カスタムとの名に付くように、車体を軽くして、関節部にある多重関節と電磁筋肉(アクチュエイター)を組み合わせた<スネイク・パック>のフレキシブルカバーを少し削り、より柔軟な関節を得るなどの改良を個人で施している。


乗り手も、黒い荒馬と一体化したように、影を映し出したように黒。


細いシルエットに、全身が黒い。首回りを保護したライダースーツに覆われ、余計な模様やエンブレムは一つも無く、その上に乗っかる頭を囲むヘルメットも滑らかな光沢の黒。

頭頂部からブーツの爪先まで、ただでさえ黒い装束を更に濃いインクで染めたような印象だった。

その様はまるで、霊界から魂を刈り取る為に馳せ参じた死神のようだ。


唸る、唸る。


ほぼ直角なコーナーを減速させずに、タイヤを擦らせながら曲がる。

鉄馬の咆哮が、夜を切り裂いた。



                       *


峠の外れ。


数台ある自販機の電灯が放つ光で、うっすらと周囲の様子が窺える。


「ひょっほ、マジで!?」

「お前、そんなブス相手に勃つのかよ」

「だからよ、言ってやったんだよ」


喧騒を塗りたくるように男達の卑猥な声が支配する。


男達の着る、要所要所を保護したA・ホイール用のライダースーツには、全員が思い思いの派手で攻撃的を装飾をしている。

そして、彼らの傍らには、鉄の猿とでも形容すべき物が乱雑に居座る。


四輪バギーの横に肩が存在し、地に拳が付くほど長く金属質の装甲に覆われた太い腕が目立つ車体。


ハヤマ社製<ビビッド・ドンキー>。

油圧併用型の関節部が生み出すパワーと頑強な車体が売りで、市販で広く出回っている。

だが、それ故に暴走行為に使われたりなどと言う事が度々ある。

この男達が、その典型とも言えよう。


――唸り声が一つ。


男達はそれに気付き、視線を集める。


「――やっと来やがった」


リーダー格の男が低く呟いた。

視線を集めた道路の先、影一つ。

蛍光灯の光が当たる寸分前で、影はタイヤを擦らせ、車体を横に向けて止まる。


「……オイ、和洞田(オホラダ)。ホントにアレが“ペイルライダー”ってのか?」


ペイルライダー。


東京近辺の峠に現れる都市伝説。

神出鬼没に現れて、暴走族等のA・ホイールを不当に扱う者達を狩る幽霊ライダーとして、ライダー達を震え上がらせる存在。


「らしいな……だけどよ、アレの何処が死神だってよ」


和洞田と呼ばれたリーダー格の男は吐き捨てた。

彼は、オカルトや都市伝説は否定派の男だった。

だから、目の前のライダーを、少し上級者向けのA・ホイールが扱えるのを良いことに調子に乗っている正義の味方気取り程度にしか考えていなかった。


「よく来てくれたなぁ、オイ」


凄みを利かせて、“ペイルライダー”に言い放つ。


「唐突に聞くがよ、テメェこの前、銃×死(ガンデス)ってチーム潰したろ」


知っている。

つい先日、自分を倒して名を上げようして襲って来たA・ホイールを十体以上連れていた埼玉のチームだ。

どこぞの山脈と川が合併したみたいな名前だったので、よく覚えている。強さはどうだったかは忘れたが。


ソレと、名前に銃と付いていたので警戒していたが、誰も銃を所持していなかった。

それなのに何故銃×死と名乗っていたのか疑問だった。


と、考えている内に和洞田が話を進める。


「彼処にはな、オレの弟分の後輩がいたんだよ」


理由の説明としては、それだけで十分だった。

つまり、自分の知り合いが痛い目に遭わされたのでお礼参りに来た、と。


全然理由になっていないが、それを彼らに説いても聞きやしない。こういった手合いにはよくそんな理由で絡まれている。


「オレ個人としてはあんな自動車体安定装置(オートバランサー)も切れねぇ癖して喧嘩ふっかけるバカの事はどうだっていいんだよ。その上オレに泣きついて来やがって……だが、間接的にオレが嘗められんのは気に食わねー。それに、テメェの事は前々から気に入らなかったんだよ。正義の味方気取りのバカが調子くれてデカい顔してふんぞり返ってんのがよ」


別にふんぞり返っているつもりは無いのだが。


と、言っても聞かなさそうなので“ペイルライダー”は心中だけで呟いた。

それに正義の味方なんて、浮ついた気持ちで戦っているつもりも無い。

自分は“訓練”の為に走っていて、自らの意図の無い戦いにもかかわらず戦ってしまうのはその為なのだ。


……いや、それも十分浮ついているんだろう。心中で反省する。


先程から、自分はその場とは関係無いことばかり考えている気がする。

自分の悪癖だと、“ペイルライダー”は察した。


「何、余裕ぶっこいてんだ!!早くしろ!!」


と、和洞田の怒号で気づかされた。


和洞田達は全員、既に<ビビッド・ドンキー>に搭乗していた。

待っていてくれたのか。

全員、それなりに律儀者なようだ。いきなり奇襲してきた弟分達とは大きく違う。


……今夜はそれなりに楽しめるようだ。


そう、考えながら、その返答のように、グリップを曲げる。

くぐもった排気音とタービンの高速回転音と共のにそれは始まった。

軽くウィリーした状態になった車体の後輪と、それと車体とを繋ぐ一際長いスイングアームが二本に割け、油圧式シリンダーによって“立ち上がる”。


ソレと同時にスイングアームが伸び、脛の部分から豹の後ろ脚のような爪先が降りて地を踏みしめ、ホイールを少し寝かせて膝を曲げたそれは完全な二足歩行の足となる。

完全に直立した車体に胴が迫り上がり、リア・ホイールをしまい込む変わりに収納していた繊維強化プラスチックの装甲が姿を表す。


ライダーは覆っていた鋼鉄の腕が降りて、収納していた関節部を伸ばす。

最後にシートの後ろに畳んであった装甲がシートを覆うように被さりV字のフロントガラスと直結する。

楕円形の胸部は、突き進む矢尻のように見える。


小刻みで発せられる、電子的なモジュール音と共に作り出されソレは、全長三メートル以上の“人型”だった



――五指のある太い豪腕。

――巨大なホイールの踵と猫足のような爪先で立つ、長い二足歩行の為の足。

――頭の無い、オートバイの前方部と成り代わったかのような胸部。

――胸部と繋がるように、背を装甲で覆われたペイルライダー。



バラバラになった鋼鉄の人体にオートバイのパーツを紛れ込ませて、組み立て直したようなシルエット。


人間の腰から上にバイクのボディを乗せ、脇に肩と腕を縫い付け、両足の後ろ半分――踵から脹ら脛を一つのホイールに変えたような、少し歪な人型。

フロントガラスからペイルライダーがシートに跨っている姿が覗けた。

盛り上がった胸部のフロントライトが、一つの眼のように月下で光る。

洗練された、スマートなフォルムはより、“人”の部分を人体に近い形をしていた。


フロントライトの上のブレードアンテナが遅れて起き上がり、頂点の所を過ぎて微妙な角度で止まる。まるでユニコーンの一本角のようだった。


――騎士の名馬。


姿が、直立する歪な人型であっても。

毛皮が、黒い装甲でも。

響く脈動が、旋回するタービン音でも。


己が決めた主を背に乗せ、最果てまで付き添う事を決意した名馬の貫禄がソードフィッシュには存在した。


「へぇ、意外とすんなり立ちやがったじゃねーか……じゃあ、こっちもいくぜ!」


男達も、乱雑な金属音と共に、まちまちに変形を始め立ち上がる。


少し短足のどっしりとした骨太なボディが八つ。

後部に幅広のホイールに正三角形のような足に、全長と同等の長さの、肩が前に出た太いアーム。

シートの周りをロールバーが囲んでいる。

むき出しの鋼鉄のようなメタリックな装甲、二つのライトが胸に付いた顔のように見せた。

面積の広いタイヤが走り出した。


「……」


それに答えるように、重心を傾け、スロットルをひねってペイルライダーも夜の峠を走り出す。 

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