眠れない夜は
本文にあまり関係のない掌編です。
「レファレンス──生更」
──青年は戸惑いの色を濃緑の瞳に浮かべながらも優しく微笑んだ──
槍を持たない場面から呼び出された彼は、丸腰なのをいぶかしむように小首を傾げて寝間着姿の美代を見下ろした。
「美代さん、どうしました?」
「眠れないの」
ふてくされたような呟きに一つまばたきをして、生更は表情を綻ばせた。
「ではまず寝台に入ってください。僕が灯りを消し……美代さんこれどうやって消すんですか」
「壁の……その小さい四角いのを押す」
現代文明に馴染みのない彼が手間取りながら蛍光灯を消すと美代の部屋は夜闇に沈んだ。枕元の時計を見るとぼんやりと黄緑に発光する針は午前一時を指していた。明日の授業寝るかも、美代は溜め息をつく。
「座っていいですか?」
黙って首肯すると、それが見えているのか足元でベッドが沈みこみぎしりと音を立てた。布団が少し引っ張られる。彼が座ったようだ。
「目を閉じて」
柔らかなテノールの声に、美代は素直に目を閉じる。
「目を閉じて横になっているだけで体は休まります」
「何か話して。歌でもいいから」
生更の声を聞いていたら眠れる気がする、そう続けると夜気が揺れた。苦笑したのか、それとも。
ぎし、とまたベッドが揺れる。少し位置を頭の方へずらしたらしい。
「僕は友人ほど歌は上手くありませんが、許してくださいね」
生更の声はいつもより少しだけ低い。少しだけ、響きが甘い。
大きな温かい手がゆっくりと頭を撫でていく。体温はこの世界の人間と同じなのだ。
ややあって聞こえてきた旋律は日本の民謡に似ていた。言葉はわからない。きっと彼ら独自の言葉なのだろう。
声と手の温みに緩んだ意識がゆるゆると夜に溶けていく。
「おやすみなさい」
最後にかすかに優しい声が聞こえた。