第61話 声の在処
一週間後。
共和国王都。
フィーナは、立ち直った。
――そう見える。
執務をこなし、
報告を受け、
微笑み、
民に手を振る。
訓練場にも顔を出す。
「そこ、踏み込みが浅いよ」
軽やかな声。
剣の動きは鈍っていない。
接続テスト。
20%。
良好。
波形安定。
技術士官が小さく頷く。
「問題ありません」
フィーナは笑う。
「よかった」
いつもの姫様。
明るく、
愛想も良く、
優しくて、強い。
でも。
時折。
ふとした瞬間。
「……ねえ」
ユユに。
第1部隊の隊員に。
「レイ見なかった?」
何気ない顔で。
「最近見ないよね」
「体調悪いのかな」
「もしかしてサボり?」
最初は、皆否定していた。
「……いえ」
「その……」
けれど。
何度も。
何度も。
同じことを聞くフィーナを見て。
痛々しくて。
やがて。
「……別区画で整備の手伝いを」
「今は外出中らしいです」
嘘をつくようになった。
フィーナは頷く。
「そっか」
安心したように。
その顔が、余計に胸を締め付ける。
⸻
夜。
フィーナはレイの部屋にいる。
自然に。
鍵はかかっていない。
誰も触れていない部屋。
机の位置も、
端末の置き方も、
あの日のまま。
ベッドに座る。
銀のネックレスを握る。
遺品。
ユユから受け取った。
血は拭き取られている。
それでも。
握れば、熱が蘇る気がする。
「レイ」
笑う。
「今日ね、20%いけたよ」
返事はない。
でも。
喋り続ける。
「ユユさ、また難しい顔しててさ」
「第1部隊もさ、なんか気遣ってくるの」
笑う。
笑って。
次の瞬間、涙が落ちる。
「……なんで隠れるの」
「早く出てきてよ」
「怒ってないよ?」
声が震える。
「怒ってないから」
しばらく泣く。
そして、急に笑う。
「ばか」
ベッドに倒れ込む。
レイの匂いが、もうほとんど消えている。
それでも。
顔を埋める。
疲れている。
目を閉じる。
その時。
聞こえた。
「フィーナ」
はっきりと。
あの声。
心臓が跳ねる。
「……レイ?」
体を起こす。
静かな部屋。
でも、確かに聞こえた。
もう一度。
「フィーナ」
近い。
倉庫の方。
足が勝手に動く。
廊下を走る。
夜のREV倉庫。
薄暗い灯り。
アルテミス。
修理中。
装甲の一部が外されている。
その白い機体の前で、立ち止まる。
はっきり聞こえる。
「フィーナ」
後席。
レイが座っていた場所。
吸い寄せられるように、コックピットへ上がる。
座る。
その席に。
冷たいはずなのに。
「……あったかい」
錯覚。
匂いがする。
レイの。
声が、近い。
「フィーナ」
振り向きそうになる。
でも、いない。
分かっている。
いない。
でも。
聞こえる。
残響。
戦場で、最後に言われた言葉。
何度も、何度も。
「俺は」
「フィーナを」
「愛してる」
耳鳴りのように。
脳の奥で反響する。
フィーナは微笑む。
涙が伝う。
「うん」
小さく頷く。
「私も、愛してる」
機体は沈黙している。
そこには何もない。
あるとすれば。
残響だけ。
それを、声だと信じる。
フィーナは目を閉じる。
後席に体を預ける。
静か。
うるさくない。
久しぶりに。
本当に、静かだ。
そのまま。
安らぐように。
眠りに落ちた。
白い機体の中で。
壊れた共有の残り香に包まれて。




