正法眼蔵随聞記 第三
正法眼蔵随聞記 第三
侍者 懐奘 編
六十二
示して云く、
学道の人、身心を放下して、一向に、仏法に入るべし。
古人、云く、「百尺、竿頭、如何、進、歩?」と。
然あれば、百尺の竿頭にのぼりて、足をはなたば、死ぬべし、と思いて、つよく取りつく心の、あるなり。
其れを一歩を進めよ、と云うは、よも、あしからじ、と思い切りて、身命を放下するように、度世の業より、はじめて、一身の活計に到るまで、思い、すつべきなり。
其れを捨てざらんほどは、いかに、頭燃を払うて、学道するようなりとも、道を得ることは、かなうべからざるなり。
ただ、思い切りて、身心、ともに、放下すべきなり。
六十三
ある時、さる比丘尼、問うて云く、
世間の女房なんどだにも、仏法とて勤学す。
比丘尼の身には、少々の、不可ありとも、何ぞ、仏法に、かなわざるべき? と覚ゆ。
いかん? と。
示して云く、
この義、然、あらず。
在家の女人は、其の身ながら、仏法を学して、得る事は、ありとも、出家の人、出家の心、なからんは、得べからず。
仏法の、人を択〈えら〉ぶには、あらず、人の、仏法に入らざればなり。
出家、在家の義、其の心、異なるべし。
在家人の、出家人の心あるは、出離すべし、出家人の、在家人の心あるは、二重の、ひがごと、なり。
用心、大に、異なるべきこと、なり。
作すことの難きには、あらず、能くすることの難きなり。
出離、得道の行は、人ごとに、心にかけたるには似たれども、能くする人、まれなればなり。
生死、事大なり。
無常、迅速なり。
心を緩くすること、なかれ。
世を捨てば、実に、世を捨つべきなり。
仮名は、いかにても、ありなんと、おぼゆるなり。
六十四
夜話に云く、
今時、世人を見る中に、果報も、よく、家をも起す人は、皆、心の正直に、人の為に、よき人なり。
故に、家をも保ち、子孫までも昌〈さか〉うるなり。
心に、曲節、ありて、人の為に悪しき人は、設〈たと〉い、一旦は、果報も、よく、家を保てる様なれども、終には、あしきなり。
設〈たと〉い、また、一期は、無事にして過す様なれども、子孫、必ず、衰微するなり。
また、人のために善きことをして、其の人に、よし、と思われ、喜びられんと思うてするは、あしきに比すれば、勝れたるに似たれども、猶お、是れは、自身を思うて、人のために真に、よきには、あらざるなり。
其の人には、知られざれども、人のために好き事をなし、乃至、未来までも、誰れが為と思わざれども、人の為に、よからん事をしおきなんどするを、誠の善人とは云うなり。
況や、衲僧は、是れに、こえたる心をもつべきなり。
衆生を思うこと、親、疎を分たず、平等に、済度の心を存し、世、出世間の利益、すべて、自利を思わず、人にも知られず、喜びられずとも、ただ、人の為に、よきことを心の中に作して、我れは、かくの如くの心もちたる、と人に知られざるなり。
此の故実は、まず、世を捨て、身を捨つべきなり。
我が身をだにも真実に捨てぬれば、人に、よく思われん、と謂〈おも〉う心は無きなり。
然あればとて、また、人は、なにとも思わば思え、とて、悪しきことを行じ、放逸ならんは、また、仏意に背くなり。
ただ、よき事を行じ、人の為に、善事をなして、代りを得ん、と思い、我が名を顕わさん、と思わずして、真実、無所得にして、利生の事をなす。
即ち、吾我を離るる、第一の用心なり。
此の心を存せん、と思わば、まず、無常を思うべし。
一期は、夢の如し。
光陰は、早く移る。
露の命は、消え易し。
時は、人を待たざる、ならい、なれば、只、しばらく、存じたるほど、聊〈いささ〉かのことにつけても、人の為に、よく、仏意に順わん、と思うべきなり。
六十五
夜話に云く、
学道の人は、最も貧なるべし。
世人を見るに、財、ある人は、まず、嗔恚、恥辱の二つの難、定めて、来るなり。
宝、あれば、人、是れを奪い取らん、と思う。
我は、取られじ、とする時、嗔恚、たちまちに、起る。
或は、是れを論じて、問答対決に及び、ついには、闘諍合戦をいたす。
かくの如くの、あいだに、嗔恚も起り、恥辱も来るなり。
貧にして貪らざる時は、先ず、此の難を免れて、安楽、自在なり。
証拠、眼前なり。
教文を待つべからず。
爾〈しか〉のみならず、古聖、先賢、是れを謗り、諸、天、仏祖、皆、是れを恥かしむ。
然あるに、愚痴なる人は、財宝を貯え、そこばくの嗔恚をいだくこと、恥辱の中の恥辱なり。
貧しうして道を思うは、先賢、古聖の仰ぐ所、諸仏、諸祖の喜ぶ所なり。
近来、仏法の衰微しゆくこと、眼前に、あり。
予、始めて、建仁寺に入りし時、見しと、後、七、八年、過ぎて、見しと、次第に、かわりゆくことは、寺の寮々に塗籠をおき、各々、器物を持し、美服を好み、財物を貯え、放逸の言語を好み、問訊、礼拝、等の衰微することを以て思うに、余所も推察せらるるなり。
仏法者は、衣盂の外に、財宝、等を一切、持つべからず。
なにを置かんが為に、塗籠をしつらうべきぞ。
人に、かくすほどの物をば、もつべからざるなり。
盗賊、等を怖るる故にこそ、かくし置かんと思え、捨て持たざれば、還って、やすきなり。
人をば、殺すとも、人には、殺されじ、と思う時こそ、身も苦しく、用心も、せらるれ、人は、我を殺すとも、我は報を加えじ、と思い定めつれば、用心も、せられず、盗賊も愁えられざるなり。
時として、安楽ならず、と云うこと、なし。
六十六
一日、示して云く、
宋土の海門禅師、天童の長老たりし時、会下に元首座と云う僧、ありき。
この人は、得法、悟道の人にて、行持、長老にも超えたり。
ある時、夜方、丈に参じて、焼香、礼拝して云く、
「請すらくは、某甲に、後堂首座を許せ」と。
時に、禅師、流涕して云く、
我れ、小僧たりし時より、未だ、かくの如きの事を聞かず。
汝、坐禅僧として首座、長老を所望すること、大いなる錯なり。
なんじ、既に、悟道せること、我れにも越えたり。
然あるに、首座を望むこと、是れ、昇進の為か?
許すことは、前堂をも、乃至、長老をも、許すべし。
その心操、卑劣なり。
誠に、是れを以て、余の未悟の僧は、推察せられたり。
仏法の衰微せること、是れを以て、知りぬべし、と云いて、流涕、悲泣す。
是れに、愧じて、辞す、といえども、猶お、終に、首座に請ず。
其の後、元首座、この詞を記録して、自らを愧じしめて、師の美言を顕わす。
今、是れを案ずるに、昇進を望み、物の、かしらとなり、長老とならんと思うことをば、古人、是れを慙じしむ。
ただ、道を悟らん、とのみ思いて、余事、あるべからず。
六十七
ある夜、示して云く、
唐の太宗、即位の後、故殿に栖み給えり。
破損せる故に、湿気、あがり、風、霧、冷かにして、玉体、おかされつべし。
臣下、等、造作すべき由を奏しければ、帝の言く、
時、農節なり。
民、定めて、愁、あるべし。
秋を待ちて、造るべし。
湿気に侵さるるは、地に、うけられず、風雨に侵さるるは、天に、合わざるなり。
天地に背かば、身、あるべからず、民を煩さずんば、自ら、天地に合うべし。
天地に合わば、身を侵すべからず、と云いて、終に、新宮を作らず、故殿に栖み給えり。
俗すら、猶お、かくの如く、民を思うこと、自身に超えたり。
況や、仏子は、如来の家風を受けて、一切、衆生を一子の如くに憐むべし。
我に属する侍者、所従なれば、とて、呵嘖し、煩わすべからず。
いかに、況や、同学等侶、耆年宿老、等をば、恭敬すること、如来の如く、すべし、と戒文、分明なり。
然あれば、今の学人も、人には色にいでて知られずとも、心の内に上下、親疎を分たず、人の為に、よからん、と思うべきなり。
大小の事につけて、人を煩わして、人の心を破ること、あるべからざるなり。
如来、在世に、外道、多く、如来を謗り悪〈にく〉みき。
仏弟子、問うて云く、
如来は、もとより、柔和を本とし、慈悲を心とす、一切、衆生、ひとしく、恭敬すべし、何が故にか、かくの如く、随わざる衆生あるや?
仏の言く、
吾れ、昔、衆を領せし時、多く、呵嘖、羯磨を以て、弟子をいましめき、是れに依て、今、かくの如し、と律の中に見えたり。
然あれば、即ち、設〈たと〉い、住持、長老として、衆を領したりとも、弟子の非をただし、いさめん時、呵嘖の詞を用いるべからず。
ただ、柔和の詞を以て、誡め、勧むとも、随うべくんば、随うべきなり。
況や、学人、親族、兄弟、等の為に、あらき言ばを以て、人を悪く呵嘖することは、一向に、やむべきなり。
能々〈よくよく〉、意を用うべし。
六十八
また、示して云く、
衲子の用心は、仏祖の行履を守るべし。
第一には、先ず、財宝を貪るべからず。
其の故は、如来の慈悲、深重なること、喩〈たとえ〉を以ても、量り難し。
然あるに、彼の所為、行履、皆、是れ、衆生の為なり。
一微塵、計〈ばか〉りも、衆生の為に利益ならざるべき事を行わせ給わず。
其の故は、仏は、是れ、輪王太子にて、ましませば、即位し給いて、一天をも御意にまかさせたまい、宝を以て弟子を憐み、所領を以て弟子をはごくみ給うべきに、何故に、位を捨てて、自ら、乞食を行じ給うや?
是れ、決定、末世の衆生の為にも、弟子の行道のためにも、利益となる因縁あるべき故に、財宝を貯えず、乞食を行じおき給えり。
爾〈しかり〉しより、このかた、天竺、漢土の祖師の、「よき」と人にも知られしは、みな、貧窮、乞食なさしめ給うなり。
況や、我が門の祖師、皆、財宝を貯うべからず、とのみ勧むるなり。
教家にも、此の宗を讃するには、先ず、貧をほめ、伝来の書録にも、貧を記して、ほむるなり。
いまだ、財宝に富み、豊かにして、仏法を行ずる、とは聞かず。
皆、よき仏法者と云うは、或は、布衲衣、常乞食なり。
禅門をよき宗と云い、禅僧を他に異なりとする、初の興りは、むかし、教院、律院、等に雑居せし時にも、身を捨てて、貧人なるを以てなり。
宗門の家風、先ず、此のことを存知すべし。
聖教の文理を待つべきにあらず。
我身も、田園、等を持ちたる時も、ありき。
また、財宝を領せし時も、ありき。
彼の時の身心と、此のころ、貧うして衣盂に、とぼしき時とを比するに、当時の心、すぐれたり、と覚ゆる、是れ、現、証なり。
六十九
また、云く、
古人の云く、
「不、似、其人、莫、語、其風」と。
云う心は、其の人の徳を学ばず、知らずして、其の人の、失、あるを見て、其の人は、よけれども、其の事は悪しさよ、悪しき事をよき人も、するかな、と思うべからずとなり。
ただ、其の人の徳を取りて、失を取ることなかれ。
「君子は徳を取りて失を取らず」と云うは、この心なり。
七十
一日、示して云く、
人は、必ず、陰徳を修すべし。
陰徳を修すれば、必ず、冥加、顕益、あるなり。
設〈たと〉い、泥木塑像の麁悪なりとも、仏像をば、敬うべし。
黄巻、赤軸の荒品なりとも、経教をば、帰敬すべし。
破戒、無慚の僧侶なりとも、僧体をば、仰信すべし。
内心に信心を以て敬礼すれば、必ず、顕福を蒙るなり。
破戒、無慙の僧、疎相の仏、麁品の経なればとて、不信、無礼なれば、必ず、罰を蒙るなり。
然あるべき、如来の遺法にて、人天の福分となりたる仏像、経巻、僧侶なり。
故に、帰敬すれば、必ず、益あり。
不信なれば、罪を受くるなり。
いかに、希有に、浅猿〈あさまし〉くとも、三宝の境界をば、帰敬すべきなり。
「禅僧は、善を修せず、功徳を用いず」と云いて、悪行を好むは、究めたる、ひが事なり。
先規、いまだ、悪行を好むことをきかず。
丹霞天然禅師は、木仏を焼く。
是れらこそ、悪事と見えたれども、一段の説法の施設なり。
彼の師の行状の記を見るに、坐するに必ず儀あり、立するに必ず礼あり、常に貴き賓客に向えるが如し。
暫時の坐にも必ず跏趺して叉手す。
常住物を守ること眼睛の如くす。
勤修するもの、あれば、必ず、これを賀す。
少善なれども、是れを重くす。
常途の行状、ことに勝れたり。
彼の記をとどめて今の世までも叢林の亀鑑とするなり。
爾〈しか〉のみならず、諸〈もろもろ〉の有道の師、先規、悟道の祖を見聞するに、皆、戒行を守り、威儀をととのえ、設〈たと〉い、少善といえども是れを重くす。
いまだ、悟道の師の、善根を忽諸〈ゆるがせ〉にすることを聴かず。
故に、学人、祖道に随わんと思わば、必ず、善根を軽しめざれ。
信仰を専らにすべし。
仏祖の行道は、必ず、衆善の聚まる所なり。
諸法、皆、仏法なり、と通達しつる上は、悪は、決定、悪にして、仏祖の道に遠ざかり、善は、決定、善にして、仏道の縁となる、と知るべし。
若し、かくの如くならば、なんぞ、三宝の境界を重くせざらんや?!
七十一
また、云く、
今、仏祖の道を行ぜん、と思わば、所期も無く、所求も無く、所得ものうして、無利に、先聖の道を行じ、祖々の行履を行ずべきなり。
所求を断じ、仏果を望むべからざればとて、修行を止め、本の悪行に住まらば、却りて、是れ、本の所求にとどまり、本の窠臼に堕するなり。
全く、一分の所期を存ぜずして、只、人天の福分とならん、とて、僧の威儀を守り、済度、利生の行履を思い、衆善をこのみ修して、本の悪をすてて、今の善にとどこおらずして、一期、行じもてゆかば、是れを古人も「打破、漆桶、底」と云うなり。
仏祖の行履と云うは、かくの如くなり。
七十二
一日、僧、来て、学道の用心を問う。
次でに、示して云く、
学道の人は、先ず、須く、貧なるべし。
財、おおければ、必ず、其の志を失う。
在家学道のもの、猶お、財宝にまとわり、居所をむさぼり、眷属に交われば、設〈たと〉い、其の志、ありといえども、障道の因縁、多し。
古来、俗人の参学する、多けれども、其の中に、「よし」と云うも、猶お、僧には及ばず。
僧は、三衣、一鉢の外は、財宝をもたず、居所を思わず、衣食を貪らざる間〈あい〉だ、一向に、学道すれば、分々に皆、得益、あるなり。
其のゆえは、貧なるが、道に親きなり。
龐公は、俗人なれども、僧に、おとらず、禅席に名をとどめたるは、かの人、参禅のはじめ、家の財宝を持ち出して海に沈めんとす。
人、是れを諌めて云く、「人にも与え、仏事にも用いらるべし」と。
時に、他に対して云く、
我、已に、冤〈あだ〉なり、と思いて、是れを捨つ。
冤〈あだ〉と、しりて、何ぞ、人に与うべき?
宝は身心を愁えしむる、あだ、なり、と云いて、ついに、海に入れ了りぬ。
然うじて後、活命の為には、笊をつくりて売りて過ぎけるなり。
俗なれども、かくの如く、財宝を捨ててこそ、善人とも云われけれ。
いかに、況や、僧は、一向に、すつべきなり。
七十三
僧の云く、
唐土の寺院には、定まりて、僧祇物あり、常住物、等ありて、置かれたれば、僧の為に行道の資縁となりて、其の煩い、なし。
此の国は、其の義、なければ、一向、捨棄せられては、中々、行道の違乱とや、ならん。
かくの如くの衣食、資縁を思いあてて、あらば、よしと覚ゆ。
いかん?
示して云く、
然、あらず。
中々、唐土よりは、此の国の人は、無理に僧を供養し、非分に人に物を与うること、あるなり。
先ず、人は知らず、我れは、此の事を行じて道理を得たるなり。
一切、一物も持たず、思い、あてがうことも無うして、十余年、過ぎ了りぬ。
一分も、財を貯えん、と思うこそ、大事なれ。
僅〈わずか〉の命をいくるほどのことは、いかに、と思い、貯えざれども、天然として、あるなり。
人、皆な、生分、あり。
天地、是れを授く。
我れ、走り求めざれども、必ず、有るなり。
況や、仏子は、如来、遺嘱の福分、あり。「不求、自、得」なり。
ただ、一向に、すてて、道を行ぜば、天然、これ、あるべし。
是れ、現、証なり。
七十四
また、云く、
学道の人、多分、云う、「若し、其のことをなさば、世人、是れを謗せんか?」と。
此の条、太〈はなは〉だ、非なり。
世間の人、いかに、謗するとも、仏祖の行履、聖教の道理にてだにもあらば、依行すべし。
設〈たと〉い、世人、挙〈こぞ〉って、ほむるとも、聖教の道理ならず、祖師も行ぜざることならば、依行すべからず。
其れ故に、世人の親疎、我れをほめ、我れを誹〈そし〉れば、とて、彼の人の心に随いたりとも、我が命、終の時、悪業にも引かれ、悪道へ落ちなん時、彼の人、いかにも、救うべからず。
また、設〈たと〉い、諸人に謗せられ、悪〈にく〉まるるとも、仏祖の道に依行せば、真実に、我をたすけられんずれば、人の、謗すれば、とて、道を行ぜざる、べからず。
また、かくの如く、謗し、讃する人、必ずしも、仏祖の行を通達し証得せるにあらず。
なにとしてか、仏祖の道を世の善悪を以て判ずべき?
然あれば、世人の情には、順うべからず。
只、仏道に依行すべき道理ならば、一向に、依行すべきなり。
七十五
また、ある僧、云く、
某甲、老母、現在せり。
我れは、即ち、一子なり。
ひとえに、某甲が扶持に依りて、度世す。
恩愛も、ことに深し。
孝順の志も、深し。
是れに依りて、いささか、世に随い、人に随うて、他の恩力を以て、母の衣糧にあつ。
我れ、若し、遁世、籠居せば、母は、一日の活命も存じ難し。
是れに依りて、世間にありて、一向、仏道に入らざらんことも難事なり。
若し、猶おも、捨てて、道に入るべき道理あらば、其旨、いかなるべきぞ?
示して云く、
此こと、難事なり。
他人の、はからいに非ず。
ただ、自ら、よくよく、思惟して、誠に、仏道に志、有らば、いかなる支度、方便をも案じて、母儀の安堵、活命をも支度して、仏道に入らば、両方、倶に、よき事なり。
切に、思うことは、必ず、とぐるなり。
強き敵、深き色、重き宝なれども、切に、思う心、ふかければ、必ず、方便も出来る様、あるべし。
是れ、天地、善神の冥加も、ありて、必ず、成ずるなり。
曹溪の六祖は、新州の樵人にて、薪を売りて、母を養いき。
一日、市にて、客の、金剛経を誦するを聴きて、発心し、母を辞して、黄梅に参ぜし時、銀子、十両を得て、母儀の衣糧にあてたり、と見えたり。
是れも、切に、思いける故に、天の与えたりけるか、と覚ゆ。
能々〈よくよく〉、思惟すべし。
是れ、最もの道理なり。
母儀の一期を待ちて、其の後、障碍、なく、仏道に入らば、次第、本意の如くにして神妙なり。
しかあれども、また、知らず、老少、不定なれば、若し、老母は、久しく、とどまりて、我は、先に去ること出来らん時に、支度、相違せば、我れは仏道に入らざることをくやみ、老母は是れを許さざる罪に沈みて、両人、倶に、益、なくして、互に、罪を得ん時、いかん?
若し、今生を捨てて、仏道に入りたらば、老母は、設〈たと〉い、餓死すとも、一子を放〈ゆ〉るして道に入らしめたる功徳、豈に、得道の良縁に、あらざらんや?!
尤も、曠劫、多生にも、捨て難き恩愛なれども、今生、人身を受けて、仏教にあえる時、捨てたらば、真実、報恩者の道理なり。
なんぞ、仏意に、かなわざらんや?!
「一子、出家すれば、七世の父母、得道」と見えたり。
「何ぞ、一世の浮生の身を思いて、永劫、安楽の因を空しく過さんや?!」と云う道理も、あり。
是れらをよくよく、自ら、計うべし。




