虚無の野原
「さながら虚無の冒険だな」
屈強な男の口からこんな言葉が漏れたのであった。男がどうしてそんな言葉を発したのかわからない。ただ、男が薄暗い湿地帯を数日歩いていることは確かであった。
遠くの方では雷雨が空を渦巻き状に彩っている。ここらは一年中、瘴気の漂う湿地帯であった。魔王が城を築き、魔物を配置するにはうってつけの場所だったのである。
豪雨か雷雨か俄雨か、その無限の繰り返しであった。人々はここを髑髏平原と呼んでいた。見晴らしはとても良い。しかし、それは殺風景な地獄のような景色が見渡せるというだけである。
北には、白骨の並んでいるような山脈が続いている。その奥地は、黄泉平坂を連想させるものであった。西は、か黒い海が遠くに毒々しく波打っている。黒い積乱雲がこちらを睨みつけているようだ。東は毒々しい森林が目を遮る。そんなところをまるで、追い立てられるかのように、南へ、南へと進んでいた。
では、南はどうなっているかというと、これも多くの岩石に塞がれていてわからない。たまに、毒沼などが現れる。信じられないほど大きな気泡が弾けると、毒液が飛び散るのであった。風は、亡者の泣き声のように、ひっきりなしに男の鼓膜を叩いた。
「虚無」
とは本当に言ったものである。それはゼロではなくて、無限に何かが蠢いている。ということであり、そして、無限に男とは無関係ということだ。不毛の闇ということである。
男は憎々しげに、辺りの景色を一瞥するが、後は、できるだけ目の前に集中するようにした。気が滅入るようなものが目に入るからである。勿論、この屈強な男を倒せる生物はこの毒々しい湿地帯には一匹もいない。むしろ、男が通りがかりに捕食するのみである。
この男は、料理というものをしなかった。生で何でも食べたのだ。彼の村の風習がそうだった。先祖代々、胃が鍛えられているのである。というよりも料理という風習そのものがなかった。
ついさっきも飛び込んできた蝙蝠に石を投げて、落下したところを捕食した。ムシャムシャと、皮でも肉でも骨でも頬張るのである。血が飛び散ろうが、何だろうが気にしない。
小骨を吐き出すと、男は黙って旅を続けるのであった。その先には、小さく南の方に建物がちらついている。何層にも塗り固められた雨雲の向こうに目的地はあった。男は何も考えずにただ無言で歩くのみであった。




