カフカの法則その四
それは、【友人が大ヒットさせてしまう】ことだろう。今までの彼の苦労は何だったのだろうと、驚異的な売れ行きとロングセラーを叩き上げてしまう。
仕舞いには、あの有名な村上春樹までいっちょ噛みして真似してくる始末である。しかしそれにしても、題名にカフカを入れちゃうのは思い切ったことするなと感心する。私は読んでないので感想は書けないが。
確か、外国人の書いた本に「カフカの親父」という本がある。これも凄い発想である。カフカの短編の中に出てきて、いつもカフカの足を引っ張っているあの偏屈な親父である。
カフカのことを誰よりも歪んで理解している男である。親子の関係というものはそういうものだ。息子の触れてはいけない黒い部分を誰よりも知っているのが男親である。これは逆の関係にはならない。子供はいつも男親には無関心なのである。
カフカの父親は、毒親というよりも、一周回って、素晴らしい父親だろう。カフカの限界を知り尽くしているからだ。彼は、「子供は親を越えることはできない」と絶対に思っている。むしろ、その念慮自体が彼の本質なのだ。
話を友人のところに戻すと、この友人という奴、長く付き合えば付き合うほど、相手のことを深く勘違いするのだ。だが、だから付き合えるとも言える。もし、その友人が長い年月をかけて、その人の本質をついた場合、相手に即座に殺されるかもしれないし、相手がビルから落ちて死んでしまうかもしれない。本質とはそういうものである。
ブロートは、この世の中の親友と同じように、長い年月をかけて、カフカのことを勘違いし続けた。よって、裏返しが裏返しになり、作品は大ヒットしたのである。この二重の裏返しが奇跡を起こしたのだ。私もあまりにややこしいので、書いていて自分で何を言っているのかわからないが、事実はそういうことだろう。
だが、カフカは書いている間に幸せを感じることができたので、それも良しと思っていることだろう。そもそも彼にとって、浮世の盛衰なんてことはどうでも良いことである。書くこと即、涅槃だったのだ。
彼は、書いている間、天上天下唯我独尊と思い続けて、勘違いし続けたのである。そして、それがとんでもない深甚なるゴールに繋がって行ったのであった。それは、次の第五の法則で明らかになるだろう。




