カフカの法則その一
この小説を書くにあたって、私なりのカフカ解釈をもとに作ろうと思っているので、少しその説明のために時間をいただきたい。
まさか、この冒頭の文句を見ただけで、買った本をゴミ箱に入れる人もいないと思うのだ。これはゲームの前のルール説明みたいなものである。
さて、カフカとはドイツの小説家のカフカのことである。日本にそういう名前のミュージシャンがいたが、その人とは関係ないし、この小説は、村上春樹の『海辺のカフカ』とも関係がない。私は最近、目が弱くなっていて本を読めなくなっている。
もちろん、今回の小説のために、カフカの作品を読み直すということもできない。何よりも眼鏡が度に合ってないし、文字を追うのも大変だからだ。ある程度の年齢を過ぎると、人は新たな知識を導入できなくなる。
私もそういう年代に達したということである。これは、一つ目の法則と、関係なくはないとても重大なことである。つまり、
【カフカは生前、全く恵まれていなかった】
よく、カフカは朗読の天才とか言っている人もいるが、あんな奇妙な小説を朗読されて、聴衆は困ったことだろう。カフカは一人で、「ククククク」と笑っていたに違いあるまい。
いかに、ドイツ人が暗い性格でも、あの小説で爆笑を誘うのは無理である。カフカの朗読会は成功だった、みたいな話をチラホラ聞くのであるが、これは、ファンの贔屓目というやつであろう。
女の子にはモテていたのでは?という説もあるが、不幸な人というのを好きな女性はいるものである。特に、ドイツ人にはそういう女性が多そうである。
よく、有名ミュージシャンが売れなかった時に、支えてくれた彼女がいたみたいな話を聞くが、売れると、意外とそういう女性から身を引くのかもしれない。
そういうタイプの、母性本能がやけに強い女性というものは、結構、この世の中に多くいるものだ。カフカの外貌を見てほしい。いかにも、哀れを唆る、美少年ではないか。
カフカは、作品が全く理解されないことを逆に喜びを感じたのかしれない。愚かな大衆にわかってしまうようなレベルの作品じゃねえんだ、こちとら。みたいな気概はあったのかもしれない。
今となってはわからないが、とにかく、大まかに言って、生前は不幸だったことは簡単に、日記の文面からでも証明できるだろう。だが、存外、周りから見て不幸な人間というのは常にハイになっている場合が多い。そんな自分を確認できる余裕もないのだ。




