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少年とコーヒーのおじさん【2000文字】

作者: 有梨束
掲載日:2026/01/03

お小遣いをもらった日は、自販機に行く。

父さんは、朝インスタントのコーヒーを飲んでいる。

美味しいのか訊いたら、なんとなく美味いだけだ、と言った。

子どもの飲むものでもないしな、とも言った。

だから僕はコーヒーがどんなものなのか気になった。

一口ちょうだいと言えばよかったけど、どうせなら自分だけのコーヒーが飲んでみたかった。

考えた末に、自販機なら誰にも頼まずに飲めると気づいた。


1回目はひよって、微糖ってやつにした。

ドキドキした。

飲んだことあるコーヒー牛乳よりは、なんかコーヒーっぽかった。

次は絶対『無糖』を買うぞと思って、すぐそばのゴミ箱に缶を捨てて帰った。

2回目は、無糖のボタンを押した。

真っ黒の缶がカッコよかった。

一口飲んで、ウゲッとなった。

舌先が強張って、眉間に皺が寄る。

舌の奥の方が、トゲトゲするっていうか、ザラザラするっていうか。

結局近くの公園の手洗い場でごめんなさいしながら流した。

誰かに見られて怒られるんじゃないかとヒヤヒヤしながら、そそくさと帰った。

でも、僕はコーヒーを諦められなかった。

父さんは毎日、母さんも時々飲むのに、僕だけ飲めないのはなんか悔しい。

今日は、3回目のチャレンジだった。


目の前には自販機が立ちはだかっている。

この前は一番安い130円のにした。

もしかして、値段が上がれば美味しくなったりする…?

僕のお小遣いは、9歳だから900円だ。

130円も正直高い。

ここに来て悩んでしまう。

やっぱりコーヒーは諦めて、コンビニでコーラでも買って帰ろうかな。

…いやいや、でも。

コーヒから出ている魅力を無視できない。

むむむ…。

僕はこれで最後にしようと、一番高い190円のコーヒーに決めた。

普通の缶じゃなくて、蓋付きのやつ。

ガコン。

おそるおそる手にして、ゆっくり一口飲む。

…美味しくない。

この前のよりは、まだいい。

でも美味しくない。

「やっぱりダメだったかあ…」

ガクッと肩を落とした。

「僕、コーヒーが好きなのかい?」

振り向くと、白髪混じりでやけに濃い眉毛のおじさんがいた。

「え、いや…」

「私はそこの喫茶店のマスターなんだ。コーヒーが好きなら、飲んでいくかい?」

そう言ったおじさんは、自販機の数メートル先にある一軒家みたいなお店を指差した。

ちょうどこの自販機のそばにあるゴミ捨て場に、ゴミを捨てに来ていたみたい。

「缶コーヒーは、美味しくなかったです」

「ははは、随分舌の肥えたお客さんだ。じゃあとっておきのコーヒーをお出しするよ」

『とっておきのコーヒー』という響きに惹かれた。

「僕でも飲めますか?」

「ああ、小学生にも飲みやすいものを提供するよ」

「飲みます」

今日2回目のコーヒーにチャレンジすることにした。


お店の中はカウンターがあって、その中にはずらりとコーヒー豆が置いてあった。

コーヒー豆を見るのは初めてだ。

インスタントの粉か、もう液体になったやつしか見たことなかった。

「コーヒーってこんなに種類があるんだ…」

「産地と焙煎と挽き方と淹れ方まであるから、無限にあるかもね」

おじさんが何を言っているかはわかんなかったけど、コーヒーとは無限らしい。

「どんなコーヒーが好きなんだい?」

「わかんない、です。まだそんなに飲んだことがないから」

「そうか。じゃあ、あっさり飲みやすいのにしよう」

そんなものがあるのか。

僕が頷くと、おじさんは嬉しそうに笑った。

おじさんは魔法みたいに手際よく、コーヒーの準備をしていった。

豆を計り、それをガリガリしていく。

その時点で、少しだけ今までのコーヒーと違う匂いがした。

これは、好きかも。

それから、お湯を注げる道具にセットして、数回に分けてお湯を入れた。

ポタポタと、茶色の液体が落ちていく。

「はい、どうぞ」

おじさんはカップに淹れたコーヒーを僕の前に差し出した。

ふわっと香ってきた匂いが、優しかった。

緊張しながらカップを手に取ると、果物みたいな香りがした。

これは絶対今までのコーヒーじゃない。

「苦かったら牛乳もあるからね」

おじさんの優しい声が届いて、僕は一口飲んだ。

「…おいしい、かも」

「よかった、君のお眼鏡に適ったね」

「他のと違う…」

「ははは、随分褒めてくれるね」

「ここのコーヒーは全部美味しいんですか?」

「どうかな。人の好みによるからね」

そうなのか。

「全部飲んでみたいです」

「じゃあ大きくなったらおいで。そしたらカフェインも大丈夫だろうからね」

「大きくっていつですか」

「高校生くらいかな」

「そしたら全部飲んでもいいですか?」

「ああ、とっておきを用意しておくよ」

おじさんは、しっかり僕の目を見て頷いた。


「─ってことがあったんですよ」

僕は喫茶店の常連さんに、ここでバイトをすることになった経緯を話していた。

「高校生になった途端、雇ってくださいと言いにきたからびっくりしたけどね」

「ここのコーヒーをいつでも飲みたかったんです」

白髪に相変わらず濃い眉毛のマスターは、可笑しそうに笑った。




毎日投稿3日目。お読みくださりありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
温かさが沁み入るような、お話しでした。  ありがとうございました〜♪
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