第9話 武器
まずは朝の支度をしてからですね、と侍女を呼ぶ夫人。普段は一人でしていることも多いから、正直苦手だ。私の味方なんて王宮内にはほとんどいませんでしたし。背中を向けた瞬間に刺されそうな気がして。
「失礼します」
控えめなノックをして、ガラガラとワゴンを押して入室してきた彼女は、数少ない味方でしたけれど。
「ありがとうございます、ニナ」
カラーコンタクトやウィッグの管理をしてくれていたり、傷の手当てをしてくれたり。革命の日の前日に体調を崩してあの場にいなかったことが、まだ救いだった。
「ミオとランはどうしましたか?」
「それが……揉めております。レイ様の朝食にサワークリームを入れるかどうかで、料理人のゼフと」
どちらでも良いのですけれど。
聞けば、ゼフは煮込み料理に添えようとしたらしい。それを、クリームは熱で分離して味の質が落ちるから、付け合わせの野菜に添えるべきだと侍女二人が主張しているらしい。食べてしまえば同じだと思うのは、私だけなんでしょうか。
「昔から変なこだわりがありますからね、ゼフは」
「……確かに、もらうお菓子はいつも不思議な味や見た目のものばかりでしたが」
半年ほど前から、娘を救ってくれた礼だと言って週に一回ほど渡されるのだけれど。正直、なんのことだかあまりわかっていない。今さら人違いでは、とも言えないままで。
彼も私の処刑偽装を知っているのは意外でしたけど。あまり揉めていては、他の使用人にも勘づかれるのでは。溜め息を吐いた夫人と目が合う。
「ニナ。サワークリームは別皿に分けるよう伝えなさい。それとミオには、ドレスを持ってくるように。ランには、二階の学習室でモニターの接続を準備するように。いいですね」
「承知しました」
「それと、レイ様」
「……、はい」
一拍遅れた返事。その理由をわかっているかのように、彼女はゆっくりとこちらを振り返る。
「いま靴底に隠したものを出しなさい」
「…………」
美しい笑み。瞳の温度は、あの義弟とよく似た冷たさを宿している。揃いも揃って、背中に目でも付いているんでしょうか。
観念して、靴の底の隙間へ手を滑り込ませる。取り出されたラペルナイフを見て、言い訳は、と言われたので。
「……袖に隠すと、バレるなと思ったので」
「必要以上に暗器を持つな、と。あれほど申し上げたはずですが?」
「ないと、どうしても不安で」
「おしゃぶりを捨てられない赤ん坊ですか」
おぎゃあと泣かないだけあの頃より成長したんじゃないでしょうか、私。この一年、かなり精神的には磨り減って何も感じなくなったので、圧には屈しませ……、……いややっぱり無理かもしれない。
「レイ様。目に見える武器はあなたが一番使い慣れているものかもしれませんが、同時に人を傷付けることにもなるのですよ。何より、証拠に残る」
他国に見つかれば、物的証拠として揚げ足を取られ不利になる、でしたよね。忘れはしませんけど。ただ、この王宮内だって私を守る護衛さえお飾りだったのなら、それは話が変わってくるでしょう。後ろ楯だってない。あるのは元王との口約束だけ。実際、身に付けていなければあの立場を一ヶ月も守っていられなかった。
そんな中でどう身を守るのか、と怒りにも似た感情が沸き上がる。上げた私の視線を受けた夫人は、それを焚き付けるように笑みを深くする。
相手の感情を呑み込み、利用し、場を支配する。
じわじわと。確実に、首を絞められていくこの閉塞感。
「だから、別の武器を使うのです。それも、残らない方法で」
寒気がするほどに、あの男にそっくりだった。




