第7話 告白
『 わたしの、罪は。
国民を騙して、守れなくて。
それでもなお、生きてしまっていることです。
謝罪すべきことは、いくつもありますが。
そもそも私には、国母としての資格がなかった。
存在が繁栄をもたらす神の末裔、だなんて。もし本当にそうなら、私の祖国は滅んでいない。日々国の神々に向かって祈りを捧げる儀式。それを母国の象徴としての王族が、担っていたというだけ。
王は、知っていました。
その上で、言われたんです。
「騙し通せ。できなきゃお前の父親が死ぬだけだ」
と。
私は、何も知らない国民より、唯一残った家族を選んでしまったから。だから、祀り上げられ、祈りを捧げる公務の中で、いつも考えていました。この嘘がいつバレるのか。こんな意味のないことをいつまで続けるのか。……いつか、背中から刺されないかと。
それが怖くて、必死に国民に寄り添うことを演じました。話を聞き、受け止め、優しく言葉をかける。
でもそれが信頼に変わった瞬間。
苦しかった。
偽りでしかない私を、見る目が。あたたかなものであればあるほど、責められていくようだった。
裏で汚いことも、たくさんしました。街や国の政治に横槍を入れ、国の宝物庫をあさり、金と女と地位を差し向けて、選民議員を利用し。そして、王の名を騙って勝手な判断をしました。
そんなことをして守った立場なんか。
何もかも、父と自分のためでしかなかった。
それに、……私は、裏切りました。愛してなんかいません。一緒に死ねばいい。
だから、私は罰を受けるべき人間です。
あの方に殴られ、蹴られ、罵られても。尊厳が死のうが、傷が消えなかろうが、捌け口にされようが。耐えて、見過ごして、時が経つのをただ待つことしかできなかった。そんな私に、価値なんかあるはずもない。
王を止められなかった責任は、私にあります。
俺が死んだらお前も死ねと、言われていました。でも、言われなくてもきっとそうしていたでしょう。心残りが、ないとは言えませんが。
それでも、死んだアサヒ様を追うことだけが。裏切り続けてきた国民に、唯一希望を与えられる。
これ以上の地獄を歩く強さは、私にはありません。
弱く、無責任な私は
すべて、死んで終わりにしたいのです。 』
「ふふっ」
液晶に映る彼女が、唯一強い意思をもって訴える告白。
あの時触れていた、生々しい熱と湿り気。
懐柔するよりも喚起させた方が手っ取り早かった。ふざけた台本も俺への憎悪も脅迫も。全部、彼女の本音を引きずり出すのに利用できたらと。
割り切って、いたはずなのに。
口元に当てる、香りすら残っていない指先。終わってから自分も心を削られていたのか、しばらく震えが止まらなかった。でも、これでやっと土台が整った。
「──本日15時に公開されたこちらの映像には、同情的な声が多く寄せられています。現在、国内の17都市からレイ元王妃の処刑を取り止める嘆願書が提出されており、これで全体の6割以上から反対の声が相次いでいます」
日和見してた連中も、ここまでくればもう迷わない。バカな、と俺に説明を求めるように詰め寄ってきた宰相。処刑室の温度、あなたのところだけ南国の太陽が居座ってるみたいですね。
「で、なんでしたっけ本題。王宮新聞の記者、行方知れずなんですって?」
「やはり、お前がッ」
「仕組まれかけた悪女を正当な評価に戻しただけですよ」
ねぇ。
同意を求めると、また険しく眉間に皺が強く刻まれた。そんなに睨まれても。あの写真一つで出し抜いたって満足するからじゃないですか。だから俺の部下が差し止めたことにも気付かない。
「確かにあれは、発行されたはずだ。それに映像では、あの王妃の処刑が流れていた」
「あぁ、アレ。嘘ですよ」
「は……?」
だから、嘘。
心当たりあるでしょう?
あなたがしようとしていた国民の印象操作。
「大変だったんですよ、編集」
新聞も映像も。レイとあなたに見せるためだけの特別カットなんですから。差し替えた側近の柏木は、あの熱量でする必要ありました? ってボヤいてたけど。
ほら、効果あったよ。
「処刑シーンを無修正で流す、なんて。放映倫理委員会にクビを飛ばされるのは俺ですよ」
「ッ、電波の細工をした証拠は、あるはずだ。それさえ掴めばすぐにでも飛ばしてやる」
「あれば、の話ですけどね」
時の宰相も惑わされる目先の欲は、本当に恐ろしい。
止まらない男の脂汗、何かを言おうと散った唾。あの映像の彼女とはあまりにも対照的な、よごれ。
「あなたの手のひらで踊っていた兄上の気が知れません」
「英雄気取りが調子に乗りおって。結局お前だって、愚王と変わらんのだ」
「ええ、変わりませんね」
欲しいもののためならどんな手を使うことも厭わないところは。
だから。それに、箔をつけた。
「国民が欲しがるのは革命の英雄。鬱屈した現実を打破する、勧善懲悪ストーリー。そこに悲劇のヒロインを添えただけじゃないですか」
「あの女の能力は得体が知れん。それに……」
儂の計画を何度も踏み倒しおって、くらいのセリフが続くんでしょう?
横領。脱税。賄賂。引き上げ。裏切り。
好きにやってたそれらをレイがことごとく潰していったから。自分と父親のためだと言いながら、彼女のしてきたきたないことは、結果的に誰より国を豊かにしていた。国民だってそれを知っている。じゃなきゃあの映像一つで国の6割が動くなんて異常事態、起こらないでしょ。
「レイの功績と能力を切り捨てることはできませんよ」
逆にあなたの肥えた腹を切り捨てた方が良いんじゃありません?
個人的な恨みもあるんですよね。あなたに飛ばされた極北の要塞地方、寒かったなぁ。あ、でもレイに教えてあげたい美味しいポタージュもあるんだよ。喜んでくれたらいいけどな。
「しょせん、お前など担がれただけの傀儡に過ぎんのだ。英雄など代わりはいくらでも用意できる。だから安心して眠るといい」
何か喚いているかつての脅威も、今じゃ飛ぶハエと変わらない。宰相が引き連れてきた4人の護衛が、命令されてそれぞれ剣を引き抜く。でも気付いてないのかな? 彼らの表情と剣先。
「こないの?」
「よ、ヨル閣下あの……これは」
「何を躊躇っておる。早くやれ!!」
浮かぶ、浮かぶ。もう葛藤がありありと。
ただ、踏み出した一人が、元部下たちの奥底にこびりついた恐怖を麻痺させたらしい。硬いままの剣筋を見切るのは簡単だけど、このまま殺すのは夢見が悪い。急所は外してあげるから、この後たっぷり働くんだよ。
「さて。宰相殿」
残ったのは、地上階段へと続く扉へ後退りする男だけ。歩いて近付くだけで、汚い鳴き声を上げる。あまり長くは聞きたくない。
あぁ、そうだ。
「あなた、パイナップルはお好きですか?」
「ど、毒でも、食わすつもりか」
「ははっ、違いますよ」
食べるのはあなたじゃありません。
王だけじゃヘイトを集めるには少し荷が重いし。演者は必要ですよね。処刑されるはずだった彼女の代役が。
異物を焼き付けようとするような老爺の目。反抗の中に入り交じり、揺れる疑念。ぽたり、と垂れて衣服に濃い染みを作ったものの温度は、きっと俺の知る極北よりもまだ。
へたり込んだ彼の体を後ろへ倒すために、短剣を顔の前へ振ってやる。迫り来る刃が見える向きって、新鮮で楽しそうですね。痛いのが苦手なあの子には決して見せられないけれど。
南国果実の場違いな匂いが、この滑稽さを際立たせているようだった。
「さ、始めましょうか。本当のエンタメショーを」




