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第5話 生存



 ──ゴトリ、と落ちるくすんだ栗色の頭部。


 弾けた血飛沫が、罪人の着ていた麻布にも飛び散る。


 世紀の悪女の処刑が執行されたのは、王弟が革命を起こし王を倒してから、3日後の昼過ぎであった。


 国営放送によって流されたという、あまりにも衝撃的な映像。


 大型ビジョンが設置されている国内各都市の中央広場では、広がったざわめきを飲み込むように、歓声が上がったという。


 ──穢れた王族に裁きを、英雄万歳。


 そんな言葉が繰り返される。圧政による民衆の鬱憤の捌け口として、この見せしめは大きく作用した。



「──という感じだそうですよ。見ます? 報告書」



 処刑執行から、雑に視聴後の大衆インタビューへと切り替わる放送。


 こんなものまで撮っていたのか。罪の自白を強要された後はこの部屋に押し込まれただけなので、正直なところ、処刑に対しての実感はあまりなかったけれど。


 なんとなく流れで見ていると、軽いノックと明るい声で入室する黒幕共犯者。そうだこれお土産、と投げ渡された血糊付きの髪の束。控えていた侍女が、困ったように笑いながら頭を下げていた。



「いや、渡されても困ります」

「さすがに頭は持って帰れなかったので」

「本体が欲しいという意味ではないんですよ」



 それより、返してもらいたいものがあるんです。


 あの生首だけでは万が一見破られるかもしれないからと、私がずっと身に付けていたものを人形にかけておくことにした。私の出身国で産出される宝石と精緻な銀細工でつくられたペンダントは、その存在だけで私を説明するようなものだから。


 手を差し出すと、肩をすくめる元義弟。ポケットからシャラリと鳴らして取り出されたのは、翡翠のはめ込まれた楕円形のロケットペンダント。受け取って確かめる中身は、たぶん、本物のはず。生首作らせた男だから完全に信用はできませんけど。



「その、写真の方は」

「弟です。この国に嫁ぐ前に、生き別れてしまいましたけど」

「へぇ……よく似ていますね」

「そう、でしょうか」

 


 己の身は己で守れと、護身術にしては過剰な戦闘力教育を押し付けてくるタイプの父とよく似た脳筋でしたけど。今の私じゃ見た目も性格もそこまで似てないですし。


 弟なら、こんなに手のひらの上をゴロゴロと転がされる前に脳天を突いてそうな気もするけれど。この処刑放送に至るまでの時間。信じられないくらい濃すぎた。



「これで三日しか経っていないなんて、嘘でしょう」

「レイがやる気なかったせいですよ」



 あの台本渡されてあると思いますか。それを知った上であの煽り方をするの、性格悪いとかとっくに通り越して別次元の何かだと思う。



「ふふ、何度見てもいいですよね、このレイの泣き顔。編集しながら絶対残そうって思ってたんです」

「うわ、」



 あなたならできると思ってました、とR指定確実なリプレイ映像を見ながら、楽しそうに話す悪女の下手人。当然のように椅子に座って鑑賞会を始めないでもらえますか。



「真剣まで取り出して本音を抉り出すのは、あまりにも悪趣味じゃないですか」

「でも、おかげで民衆は騙されたでしょう?」



 ほらよく見て、とテレビジョンへ誘導されたその先は、再びインタビューへと切り替わっている。


 この断罪に意味があったことを伝えようとする人。涙を流す人。混乱している人。高揚している人。


 焦点を当てる一人ひとりが違う感情を見せている。それなのに、この偽物の処刑に疑念をもつ人間はいない。誰もが、私を死んだものとして受け止めている。そのことが違和感だった。



「国民を騙すなんて、それこそ世紀の悪女ですね」



 すべて、仕組んでいたくせに。


 分からないことばかりが膨らむ。世間的にも公的にも殺しておいて、それでもまだ生かす理由はなんですか。


 私の存在価値はあの方がいたから保たれていたようなもの。それがない今、残されたのはこの身一つ。嫁ぐきっかけとなった国母としての恩恵も、結局は形ばかり。


 そうなれば、この執着を説明できる動機は。



「私に……なんの、恨みがあるんですか」



 ついていた頬杖をやめ、こちらに向き直る男。一見穏やかさは保っているが、真意を探るように目を向けられる。逸らしてはならないと、沈黙を引き伸ばすように見つめ返した。


 トン、と一つ。彼が人差し指で机を叩いたことで生まれた揺らぎが、この均衡を崩してしまう。読み切る前に、逸らされた瞳。今言えることは、と抑揚の少ない前置きがあって。



「あなたが、死ぬ理由を探しているのなら」



 一度うつむいて、溜め息まじりに吐き出された言葉。そこからまた私を捉え直す深い桔梗が、まるで解毒剤を飲まされた時のような。悲しみと、憐れみと、それ以上に熱い何かがかちあっている。


 それが強く焼き付いて。



「俺はあなたが生きる理由を与え続けますよ」



 ど、うして。


 いらないんだよ、そんなもの。


 分かったことが、何一つないのに。救いのない終身刑だけが確定する絶望。この男にはわかるはずもない。悪女を救った英雄? そんなものは自己満足だ。それを受け入れるくらいなら今この男の怒りを買ってでも惨たらしく殺された方が、ずっとずっといい。



「それじゃあ理由になってないんですよ。命は尊いものだとか、高潔な詭弁はいらない。共犯者だと言うなら、教えてはくれませんか。一つくらいは叶うかもしれませんよ」



 言いなりになる人形でも、慰みものの愛玩でも、衝動の捌け口でも。物でないなら、彼が唯一苦しいと言っていた愛でも。


 どれを選ぼうと、今さら人間的な扱いなど期待していない。無駄な嘆きより、この憎悪を食らわせたい。



「それとも、心がほしい?」

「……っ、」



 揺れる瞳と、わずかに握り締められた手。


 あぁ、なるほど。


 彼の中の綻びがようやく現れた。やはりよく似ていますね、兄弟は。望めばいくらでも与えましょうか。偽りでしかないそれで彩って。素敵な道連れにして差し上げます。先に逝ったあの方のもとへ。



「結局、あなたも同じなんですね。クズだと宣った王と変わらない血が流れて──ッ」


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