第4話 処刑台
処刑台と断罪の認識のすり合わせを「エンタメですよあんなの」とバッサリ切り捨てた彼とは、話が合わないと思うんですよ。こっちは命かけてるんですけど。
「台本もあるんですよね」
「分厚すぎませんか、これ」
「うちレイのセリフ25ページ」
投げ捨てていいですか。
現実は、冊子の端を握りしめるに留まりましたが。25ページも話させたら、そりゃあエンタメにもなる。誰が死の間際にそんなベラベラと。
まぁ見てくださいよ、と促されたので、仕方なくページを捲る。そして、一度閉じる。
「脚本家呼んでもらってもいいですか?」
「何する気ですか? その力強い拳で」
「お話し合いを」
「穏やかではいられない感じですね」
ちなみに脚本・演出・監督、全部俺ですと自白した犯人。予想通りすぎる。握る拳を彼の心臓めがけて振りましたが、威力が弱すぎて防御すらされませんでした。それどころか、引こうとした手首を掴まれて。
「いやですか? 俺と愛し合っていたことを叫ぶのは」
「嫌ですね」
「即答しなくても」
愛し合っていた、までならまだ。王弟を唆したことの信憑性を高める範囲内ですけど。
誰ですか。この生々しいベッドシーンと王の尊厳破壊ポエムを詰め込んだのは。
叫んだ7割がピーーという規制音で埋まる。これはひどい。そりゃ処刑台上らせたくなるなっていう。
「でももう時間ないんですよね」
そんなこと知りませんよ、なんていう反抗も流され。行きましょう、とぐいぐい押された背中。いつもと違う静けさに包まれた王宮を歩くことが、とても怖かった。
「処刑室……」
「表に出せない処刑や拷問もあるので」
着いたのは、王宮の地下にある処刑室。湿っぽい石造りの一室は暗く、ぼんやりと照らす程度の灯りを頼りに見る視界では足元が不安なままだ。
地下のこんなところにあったのか。見回す間に、中央にある古い処刑台を前にして笑う王弟。そして、知らない人があと3人。彼ら当たり前のように並んで立ってますけど。目にした瞬間、想定外で息が止まった。
いや、なんか。おかしいよなとは思っていて。
見せしめのはずが民衆はいないし。古びたギロチンの周りに置かれた、最新鋭技術たちが異様な存在感を放っているし。
「編集と撮影の精鋭チーム。これで臨場感たっぷりの映像ができますよ」
「偽装に対する熱量おかしくないですか?」
「バレたら俺のクビも飛ぶんで。仕方ないですよね」
これでいくらでも真実ねじ曲げられるので頑張りましょうね、と生首をこちらに見せてくるネジの飛んだ自称演出家。状況の異質さに、追い付かない頭のまま頷いた。
「わたしは、あー……ヨルさまのことが好きで好きでたまらなく好きで頭がおかしくなりそうです、」
「レイ。全然好きそうに見えません」
「やっぱり無理ありますよ、これ」
「できなきゃ偽生首じゃなくて本物使うことになりますよ」
処刑でいいですって言おうとしましたけど。痛いですよ、意外と切れ味悪いですからねアレと。パイナップルを用いた実験を見せられ。派手に砕け散ったわりに、刃が半分ほどしか通ってなかった現実を叩き付けられ。
「次、やってみます?」
「……いいえ」
あの死に方はさすがに躊躇う。でも読んでるだけで頭がおかしくなりそうなんですよ、この台本。
「そもそもどうしてこんな動機にしたんですか」
「愛が強ければ強いほどいいかなって」
「正しい愛を学び直した方が良いのでは」
「……正しい愛って、なんですか?」
わかりませんよ、そんなの。
耐え続け、夫の言いなりになることでしか夫婦関係を維持できなかった私には。でも物語にはよくあるじゃないですか。互いを尊重しあって、相手の喜ぶ顔を見たいと思えるような、そんな優しい思いやり。それが、愛なんじゃないかって。夢見ていた時期もあったけれど。
「レイは、知らないかもしれませんが」
「……?」
台本に落としていた視線をこちらに向けて、手を引かれた。そのまま彼の胸元に当てられて。厚めの服を着ているからか、拍動までは分からない。それでも、押し込められた感情の一端をこぼすように。
「とても……苦しいんですよ。愛って」
わずかに強く握られた手。
それに呼応するように、心の奥が小さく痛んだ。なにか、かけるべき言葉を探して。視線をさまよわせている間に、パッと解放された手。続きをしましょうかねと笑顔を作る彼を、それ以上追及することはできそうになかった。
と、いうか。できなかった。
「でも、仕方がないので」
「えっ?」
彼は後ろに控えていた側近の青年に、武器を出すよう指示を出す。受け取り、スラリと抜かれた刃。
そのまま笑顔で近付いてくるので、本能で引いていく足。圧。圧。圧。増して迫りくる。
いつもより軽いはずの麻布でできた服が、重く感じた。もつれた一歩と、迫る一歩。背中に当たる、冷たい石の感触。
瞬く間に、追い詰められた壁際で
「!! ……っ、あ」
つ、と左頬から垂れた、生ぬるい液体。
汗なのか、血なのか。痛みを感じるよりも先に、首を掴まれたことよる圧迫が呼吸を不自然にする。その音が、昨日の、あの人の。死ぬ直前の呼吸と、重なる。
なぜ、なぜといつものように相手を怒らせた理由を探して。何が悪かったのかと、自分の行いを責め続ける思考に傾いていることに気付いて。
「ど、うして」
私ばかり。
殴られた腹も、切られた腕も。価値がないと刷り込む言葉も。踏みにじられた尊厳も。耐えて、飲み込んだのにどうして。王を殺した贖罪からくる感情とは別に、死してなお私を苦しめる過去。
首を掴んだまま処刑台へと投げられたことで、あの方から受けた捌け口としての役目が、フラッシュバックする。
呼び起こされる感情の渦から、抜け出す術を見つけられない。
「わたしが、わるいんですか」
やるせなさが。無価値であることを突き付けられる、自分への深い失望が。誰にもぶつけられないなら、あの方の言うように、やはり私は死んだ方がいいんじゃないか。
でも夫さえ死ななければ、こんな気持ちになることもなかった。考えることを放棄していられた。
だから。
私の地獄を壊したあなたも、一緒に死ぬべきじゃないですか。
「ヨル様。お願いが、あるんです」
血の味が広がる唇。それを緩めて、しゃがんで目線を合わせてきた男を誘うように笑いかける。かつての王が、唯一私の願いを聞いてくれた方法。わずかに見開いた目を細め、血を舐めとるように舌を這わせた彼は、薄く笑う。
「教えて、レイ」
抱き締めるように、首に回された腕。
でもその前に、と囁かれた甘美な響きとは裏腹に、首に押し当てられた剣。パラリと、触れた髪が落ちる。その刃が、私の命を絶つ前に。
「あなたが抱えた罪を、全部教えて」




