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第3話 世紀の悪女



「どうぞ」


 王を殺した罪人に待機しておけと言うには、あまりに整えられた一室に案内された。


 私の部屋、昨日までシーツが破れかけの古いベッドがやっと入る個室だったんですけど。いいんですか、これ。いや、贅沢を体験させておいてポイとか。あり得なくもないかと思いつつ、昨夜は気を失うようにふかふかのベッドで寝てしまったから。


 クリアな頭で昨日の出来事を整理する。そして私の今日の予定を一つ立てる。アサヒ様、ごめんなさい。遅くなりましたけど、今逝きますねと。緩めていたコルセットの中に隠していた暗器で、自らを刺そうとして。



「レイ」



 軽いノックのあと、ガチャリと開かれた扉。


 私を呼ぶ声は、昨日までとは違う男のものだった。両開きの扉の片方だけを開けて私の様子を確認した彼は、朝の挨拶とともに綺麗な笑顔を浮かべてこちらに歩いてくる。



「いま、やたら物騒なものが見えたんですけど」



 バレている。なんでこう、タイミングが悪いんですかね。一応ごまかし作戦にかけてみましょうか。案外いけるかも。



「気のせいでは?」

「嘘ついたら俺、ずっとあなたのこと監視してますよ」

「……」

「隠してるのこれだけじゃないですよね?」



 無理だった。軍部トップに通用するわけがなかった。体全部暴きましょうか、と初めに回収された隠しナイフでドレスの表面を一枚裂かれたところで、戦意消失。死のうとは思っていたけど、この人はいたぶって殺す感じするじゃないですか。


 ……痛いのは、ちょっと嫌だ。


 諦めてコルセットやら髪飾りやらペンダントから取り出していると、あなた王妃ですよねと当たり前のことを聞かれて。



「元、王妃ですけれど」

「物騒ですね。まぁ、そんなあなたにお似合いなものを持ってきましたよ」



 あなたのせいで、という含みをさらりとかわされた。私より禁忌に首突っ込んでるあなたが言いますかね、それ。呆れつつも見ていると、ゴトリと机に置かれたもの。


 なんとなく、気にはなっていた。彼が背中に隠していたそれ。見て、その違和感に体が強ばる。


 髪のような素材が重なり、もっさりとした毛玉。触ってもいいよ、と笑顔で促す男に嫌な予感がしつつも、素材を手で掻き分けて……



「う、わッ!!!?」

「ははは」



 ……合った。目が。


 バクバクと心臓がはやく動いている。え、なんだこれ。笑ってる場合じゃない。見覚えが、というかよく見れば心当たりがありすぎるその配色と造形。怖い。怖すぎる。



「なんですか、この悪趣味なものは」

「ん? あなたの生首」

「……は?」



 そっ、と首に手を添えた。つながっているかを確認してしまったのは、仕方のないことだと思う。生首って。本人生きてますけど。デリカシーが致命的に欠けてる感じですか。なんでこんなものを。


 意図を問う私の視線に気付いたのか、私の、なまくび、に、手を置いて揺らすように撫でる彼。やめてください、目がぎょろんぎょろんこっち向いてるんで。よくできてますよねって、昨日の今日でなんでそんな完成度で。



「レイは昨日、王を殺しましたよね」

「あなたに、嵌められましたが」

「トドメを刺したのはレイですよ」



 変わらない事実を楽しそうに突き付けられるが、まだ完全に受け入れているわけではない。重いものが全体にのしかかり、自然と視線も下がっていく。その重しを一つずつ重ねていくように、彼は言葉をのせる。



「その現場でやったもう一つの悪事、わかります?」

「もう、ひとつ?」



 王を救えなかったこと。何もできなかったこと。こうして生き残ってしまったこと。思い当たることはいくつもあるけれど、どれも強い確証をもって言えない。


 ヒント、あげましょうか。


 そう言って艶やかに笑った彼が、こちらに手を伸ばす。引いて強ばらせた私の反応に気付いたのか、伸ばしかけた手を躊躇うように一度止める。そこから頬にゆっくりと当たる手のひら。下へと移動し、彼の親指がふに、と私の唇を押さえる。


 形をなぞるようにゆっくりと往復される感触。答えを強請るように、顔を近付けられて。



「ふふ。気付きました?」



 気付いた、というか。強制消去を連打していた記憶を掘り返された、と言った方が正しいような。この男への憎しみが、また一段と深くなる。ぼやけて遠くなっていく視界のピントを合わせる気力もなく。



「王殺しに、不貞行為……責務放棄……」

「積極的なレイが見れて嬉しかったですよ」

「地獄へ歩く人間観察ができて嬉しかった、の間違いですよね」

「おかげでこんな既成事実が」



 一度冷静になってしまった頭で浮かび上がる罪状は、どれも即死級に重い。ぺらり、と見せられたのは、王宮新聞。



「これ……」



 ふわ、と一度上がり、そこから急速に波が引いていくような感覚。それと同時に引き出されていく汗。


 誤魔化しようもない証拠写真。そして大きく印字された、その見出しが脳に突き刺さる。



「世紀の悪女、王妃レイ。よく撮れてますよね、この写真」



 王弟を唆し、王を裏切った極悪人。圧政を敷いていたかつての王族を粛清する動きの中で、処刑を求める声が国民の八割を越えると。映る写真は、おそらくこの男から鍵を奪い取っていた場面で。


 ……あの、状況で。


 わざわざこんな写真撮るか。王が殺されそうな時に。ここで起こる惨状を知っていた、と言われた方がまだ腑に落ちる。リークもないとは言いきれないけれど。


 そう、いえば。少し重い王室の扉は動かすと音が鳴る仕様だったけれど。王弟が入室した後に閉まる音は……しなかった、気がする。いや、これもまだ可能性の一つだ。それでも。


 王を殺す決定的な瞬間。


 それを、はじめから切り取ろうとしていたのなら。



「どこまで、仕組んでるんですか」

「俺がやったと思ってるんですか? 他にも候補いるでしょ」

「筆頭候補があなたなんですよ」

「人を疑うなら、もっと早くからした方が良かったんじゃないですか」



 今言われたところで、手遅れなことが多すぎる気もする。疑うというより、考えることすら放棄してましたし。久しぶりに使っているからか、側頭部がネジを巻かれているようにキリキリと痛い。



「この事実の裏側を知っているのは、俺とあなただけ。だから、信じてみません? 共犯者のこと」



 黒幕にしか見えない男が何か言ってます。何も信じられないとか、逆にすごい。



「そこで登場。はい。あなたの生首」



 いや、全く意味が分かりません。困惑を読み取ったのか、彼はきょとんとした後、首を傾げて。



「え? 処刑台でハッタリかますんですよ」

「……あなたの常識どうなってるんですか?」


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