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第二話 墓暴き

 

「はあぁぁ…………」


 俺は溜息を吐きながら、真夜中の森の中を歩く。満月が照らす、静かな夜である。


 ローブを纏いながら、俺が夜の森を歩く理由は一つだ。俺の弟に関係している。弟が生まれたのは3年前だ。しかし俺は弟の産声を聞くことも、顔を見ることもなかった。そして弟の誕生を待ちわびていた俺に来た知らせは、弟の死産である。


「嗚呼……忌々しい」


 俺は苦々しく呟く。今から思い出しても、弟が死産したという知らせは忌々しい記憶だ。俺が待ちわびた弟が死産したなど、悪夢としかいえない。三年前、弟の誕生の知らせを心待ちにしていた俺に凶報がもたらされた。

 そのショックで俺は、一週間程寝込んだ。ニートになるには弟の存在は必要不可欠である。5歳の時に弟の誕生を願い、その5年に弟が誕生する筈だった。それを失ったのだ。俺の心労は計り知れない。倒れて当然である。

 本当は一週間程では癒えない傷だ。ショックのあまり、軽く一年間は寝込む自信があった。しかし、そのままショックに打ちひしがれている訳にはいかなかったのだ。第一王子として寝込むことは許されなかった。我が子を失った両親のフォローと、周囲からの俺への期待に応えなければならなかったのだ。


 我が子を失ったショックから、両親に何かあっては困る。万が一、両親に何かあって俺が王位を継ぐことになるのは絶対に回避しなければならない。国王なんて絶対になりたくないのだ。

 更に、第二王子として誕生する筈だった弟が生まれなかった。そのことにより大臣や高官たちは、より俺を唯一の王位継承者として扱うようになったのだ。俺は王位など露程も興味はない。如何でも良いことだ。だが、彼等のことを無碍にすることも出来ないのも事実である。

 面倒なことに一部の者は、弟を失い落ち込む俺に自身の子を紹介した。寂しがる俺を口実に養子として、実子を王室に入れようと画策をしたのだ。それには対しては『俺の弟はただ一人だけだ』と放ち、以後はそのような不快な発言はない。

 弟を王位に就かせるまで我慢をするしかないのだ。そんな苦行の生活を3年程、続けていた。


 その間にも、俺は弟を探している。


 死産の報告はされたが、弟は確実に存在しているのだ。何故ならば、この世界を乙女ゲームの世界であると気付いた理由と同じである。グランフェルツという国名であり家名だ。後輩はヴィンセント・グランフェルツという人物が居ると言っていた。王家の家系図を見せてもらったが、その名前なかったのだ。


 そこから考えられることは、二つある。


 一つ目は、乙女ゲームが始まる前の時代である可能性。後々に王家にその名前を持つ者が生まれ、その時代が乙女ゲームの舞台となるという考察である。もう一つは、俺の弟がそのヴィンセント・グランフェルツという人物である可能性だ。この可能性は非常に高い。何故ならば、両親に弟の名前を訊ねたところヴィンセントであると語っていた。


 以上のことから、俺の弟こそ後輩から聞いていたヴィンセント・グランフェルツである。


「此処か……」


 森を抜けると、広い空間に出た。そこには墓石が立ち並ぶ。此処は王家の墓である。俺が王家の墓地を訪れたのは、弟の墓を暴く為だ。


 俺は弟が死んだとは思っていない。

 弟は確実に生きている。


 それは後輩のある言葉からも証明されているのだ。『ラスボスのヴィンセント・グランフェルツ』そう、後輩は言っていた。乙女ゲームのラスボスが赤子で亡くなる訳がない。ラスボスとしてヒロインたちの前に立ちふさがる筈である。そのことからも、弟が確実に存命していることに確信をしているのだ。


 ならば何故、墓地に居るかといえば犯人の痕跡を手に入れる為である。


 両親を騙し、俺に凶報を告げた『偽りの弟』が弟の墓には収められている筈だ。それを手に入れ、弟を俺の手元に置く為である。


 因みに、俺が此処に来ている間は魔法で分身を作りそれを身代わりにしている。両親や臣下たちは、俺の動向に過敏だ。唯一の王位継承者となれば、過保護になるのも致し方がないことかもしれない。しかしそれも今日で終わりだ。弟は俺が必ず連れて帰る。

 その為にも、俺の不在を知られるのは不味い。更にいえば、俺が弟の墓を暴きに来たと知られれば、弟の居場所を変えられる可能性があるのだ。何せ、弟と『偽りの弟』を入れ替えた犯人は、王室に仕えている者の中に居る。そうでなければ、生まれたばかりの弟を『偽りの弟』と交換出来るタイミングはない。


「これか……」


 真新しい墓石の前で足を止めた。そこには『ヴィンセント・グランフェルツ』とだけ彫られている。


「不愉快だな」


 俺は魔法で空気中の水分を集めると、墓石を跡形もなく砕いた。弟は俺がニート生活を謳歌するのに、必要不可欠であり大切な存在である。そんな弟の名前を記した墓標など、況しては墓など不要だ。


「…………」


 次に先程の要領で水を操り、墓を掘り始めた。俺は水を操る魔法に長けている。複雑な工程や繊細な作業もイメージするだけで、自在に操ることが出来るのだ。


「これか……」


 暫く掘ると、小さな棺桶が現れた。躊躇することなく、棺桶の蓋を開けた。


「このようなもので……」


 棺桶の中には土と骨が転がっていた。如何やら、土と動物の骨を組み合わせて『偽りの弟』を作り出したようだ。簡単な物で弟の死を偽り。弟を奪われ、癒えない傷を付けられた。その上、俺のニート生活が頓挫しかけたのだ。その腹立たしさが沸き立つ。

 魔力の高い両親も騙されたということは、魔法に長けた者の仕業だろう。俺は土と骨に触れる。三年の年月が経っているが、魔法を使用した魔力残滓は検出された。後はこの魔力残滓と該当する者を極刑に処すだけだ。


「謀りおって……」


 土と骨で作られた簡素な物に騙された。弟の凶報を告げられた時に、俺は弟を確認するべきだった。しかし、弟の誕生を待ちわびていた俺に凶報は衝撃が強すぎたのだ。完全に浮かれ、油断をしていたと言っていいだろう。そして今回は、俺の大失態だと言える。大切な存在である弟の誕生に備え、両親の健康や安全確保には努めていた。しかし出産直後を狙われるとは、予想していなかった。俺の完全なる油断が今回の件を引き起こしたのだ。何故忘れていたのだろう。奪われるのはいつも一瞬であるということに……。


「少々、平和ボケ過ぎたかもしれんな……」


 苛立ちから、俺の声が低くなる。すると俺の気持ちに呼応するかのように、雨が降り始めた。そしてそれは、次第に勢いを増し豪雨となり地面を激しく叩く。


「私から弟を奪い、ただで済むと思うなよ……」


 俺以外を濡らす雨の中、俺は唸り声を上げる。俺から弟を取り上げ、ニートになる計画を阻むとはいい度胸だ。


「待っておれ、ヴィンセント。兄である私が迎えに行く」


 奪われた弟は必ず取り戻す。


 俺の後ろで、複数の雷が落ちた。


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