第一話 つんでる
「はぁぁ……面倒くさい……」
豪華絢爛な内装の部屋、天蓋付きのベッドに仰向けに寝転ぶ。俺は感情を押さえることもなく、感想を口にした。子ども特有の明るい声に反して、紡がれた言葉は憂いを帯びている。それは致し方無い。俺の外見は5歳ぐらいの子どもであるが、中身は35歳のおっさんなのだ。
俺には前世の記憶がある。現代社会で社畜として働きに働いて、会社で残業中に寝落ちした。そして気が付けば、乙女ゲームの世界に生まれ変わっていたのだ。
その乙女ゲームについて、俺は詳しく知らない。只、後輩が熱く語っていたのを聞かされていただけだ。俺のファミリーネームを後輩から聞いたことがあり、それから此処が乙女ゲームの世界だと判断をすることが出来た。
異世界転生はアニメやゲーム・漫画の世界の話だと思っていたが、まさか自分が体験するとは予想外である。転生するならば、後輩の方が適任者だろう。
「何故、王子なのかなぁ……」
転生した世界での俺の立場は、グランフェルツ王国の第一王子である。名前をアレクサンダー・グランフェルツと言う。立派な名前に恥じぬ、容姿と魔力に運動神経を兼ね備えているハイスペック王子だ。
前世社畜の身としては王族に生まれ、日々の生活を約束されているのは嬉しい。だが俺は王位を継承する気も、要職や高官に就くつもりもないのだ。今世の目標はニートになることである。異世界転生をしたというのに最低の目標かもしれないが、前世で全力社畜をした俺にはやる気がない。
兎に角、のんびり過ごしたいのだ。争わず、波風を立てず、穏やかなに日々を自堕落に過ごしたい。それがこの世界に望むことだ。
「しかし、王位継承を如何にかしないと……」
俺がニート生活を過ごす為には、誰かに王位を継いでもらわなければならない。残念ながら王族の親族関係には、俺の代わりに王位を継承してくれそうな人物は居ない。俺という第一王子が居るのに、他から養子を迎え入れて王位を継承させるのは無理がある。だからといって、俺は悪いことをして王位継承権を剝奪されようとは思わない。穏便且つ平和的に王位を譲り、堂々とニート生活を過ごしたいのだ。
「居ないなら、つくり出せばいいか……」
最低最悪の考えだが、妙案が浮かんだ。俺の下に、弟か妹が誕生すればいいのである。この国では男女で王位継承権に差はない。生まれた順番で与えられている。ならば答えは簡単だ。弟か妹が無事に生まれ、ある程度成長したら俺は出来損ないの兄を演じる。弟か妹の方が優れていると周囲に思わせるのだ。国王とは民からの信頼が必須である。第一王子とはいえ出来損ないだと分ければ、弟か妹が王位を継承することは可能性だろう。そして成長した弟か妹に王位を継承し、俺は離宮でニート生活を満喫出来ればそれでいいのだ。
いくら出来損ないとはいえ、悪いことをしていない王族を市井に追い出すことはないだろう。離宮か領地に隔離され、ひっそりと暮らすことが出来るのだ。弟か妹を利用するというクズな考えだが、俺にはこの計画しかない。
「早速、父上と母上に話さないと!」
俺はベッドから元気に飛び起きると、部屋の扉を開けた。
〇
「アレク。もうすぐ、弟に会えますよ」
「はい、嬉しいです。母上」
麗らかな昼下がり。温室にて俺は、両親と和やかなお茶会を過ごす。穏やかな表情で母親が自身の腹を撫でた。彼女の腹は大きく膨らんでいる。もう直ぐ待望の弟が生まれるのだ。
此処まで本当に長かった。
5年前に弟か妹が欲しいと強請り、それから5年越しに漸く弟が生まれるのだ。俺は嬉しくて仕方がない。この5年間、弟か妹の誕生を切に願い、それだけを楽しみに日々の鍛錬や行事を熟してきた。現在の俺は10歳になったが、弟に王位を継承させるには全てを整えておく必要がある。これぐらい年が離れていた方が行動し易いだろう。
「アレクも、これからは兄として弟を守ってあげておくれ」
「はい、勿論です。父上」
父親からも弟について任せられる。つまり弟を次期国王として教育していいということだ。今の俺が受けてきた教育をそのまま、弟に教えればいい。誰にでも出来る簡単なことだ。そうすれば弟を将来の国王にするのは容易い。何て簡単で楽なことか。俺は笑顔で返事をした。
「元気に生まれておいで、私は会えるのを楽しみにしている」
俺は母親の前にしゃがむと、腹の中に居る弟へと話しかける。俺をニートとして生活させてくれる大切な存在だ。先ずは元気に生まれてきてくれることが大前提である。その後は俺が次期国王としての教育を施す。完璧な作戦である。弟と会えるのが楽しみでしかない。
「あら、この子もアレクに会えるのを楽しみにしているのね」
「そうみたいだ。楽しみだ」
母親が嬉しそうに腹に手を当てる。如何やら、弟が腹を蹴って返事をしたようだ。元気で何よりである。父親も優しく笑う。穏やかな時間である。
この時約束をした。確かに約束をしたのだ。
しかし……。
俺が弟の産声を聞くことはなかった。