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性春時代  作者: あかいとまと
春休み
32/49

それから2年後

### それから2年後


「ハヤト、オレ、賞を取った!」


 ハヤトの部屋を訪ねるなり、矢継ぎばやしに言うカズに、ハヤトは、


「賞って、何の?」


「だから、マンガだって!」


 興奮冷めやらぬ様子で言うカズに、ハヤトは、


「本当に?」


 と、聞き直した。


「ホントなんだって! 今、出版社から電話が来ててさ、オレが受けたら賞を取ったって言うんだ! 今、母ちゃんが話してんだけど、どうなったかな?」


「いっぺん家に帰って確認して来たら?」


 そう言うハヤトに、


「そうだな! 確認してからまた来るよ!!」


 そう言って、カズがハヤトの部屋から出て行く。


 数十分後。


 ものすごくしょぼくれた顔をしてカズが再びハヤトの部屋にやって来た。


「で、どうだった?」


 聞いたハヤトに、泣きそうな顔をしてカズが言った。


「母ちゃんが出版社の人に断わりを入れたって⋯⋯賞金も賞もいらないから無かったことにしてくれって言ったって」


「えっ!? どういう事?」


「収入も安定しない様な仕事に息子を就かせる訳には行きませんって⋯⋯だから、諦めろって言われた」


 カズの言葉に、ハヤトは一瞬、言葉を失った。

 部屋の中は静まり返り、時計の針の音だけが響いていた。

 カズは、涙を堪えながらも、何かを訴えるようにハヤトを見つめていた。

 彼の瞳には、夢を失った少年の無力さと、それでも諦めきれない気持ちが混ざり合っていた。


「そんなこと、あるわけないだろ⋯⋯」


 ハヤトは、思わずそう呟いた。

 しかし、カズの顔を見れば、それが現実であることを否定することはできなかった。

 彼の人生が、ほんの数十分の間に、大きく傾いてしまったのだ。


「オレ、マンガが好きだった。描くことが好きだった。それだけで、頑張って来たんだ。でも、母ちゃんは⋯⋯オレの気持ちなんか、聞いてくれなかった」


 カズの声は震えていた。

 それでも、彼は必死に涙を堪えようとしていた。


 ハヤトは立ち上がり、窓辺に歩いていった。

 外には、いつもの街並みが広がっている。

 しかし、それを見ているハヤトの目には、どこか遠く感じるものがあった。

 カズの夢が断たれた今、彼の世界もまた、少しずつ変わっていくのかもしれない。


「カズ⋯⋯オレに、何かできることがあるか?」


 ハヤトは、背中を向けたままそう尋ねた。

 彼の声には、強い決意がこもっていた。


 カズは、ハヤトの背中を見つめながら、少しの間沈黙していた。

 彼の心には、怒りと悲しみ、そしてどこかでまだ燃え続ける希望が混ざり合っていた。

 やがて、彼は静かに口を開いた。


「オレ、諦めたくねーんだ。母ちゃんには断られたけど、それでも⋯⋯オレはマンガを描きたい。オレの人生なんだから、オレが決めてーんだ。ハヤト、オレを助けてくれねーか?」


 ハヤトは、窓の外を見たままだった。

 しかし、彼の表情には、カズの言葉に応える決意が浮かんでいた。

 彼はゆっくりと振り向き、カズの目を見つめた。


「オレも、お前の夢を諦めさせる気にはなれない。お前が描きたいって言うなら、オレが力になる。どうやってでも、出版社に話を通してみせる。お前の才能を、無駄にさせるわけにはいかない」


 カズの目には、再び光が戻った。

 彼は、少しの間、言葉を失っていたが、やがて小さく頷いた。


「ありがとう、ハヤト。オレ、もう一度頑張る。絶対に⋯⋯絶対に諦めねーから」


 翌日、ハヤトは早速出版社に電話をかけた。

 カズの作品が受賞したという連絡を受けていた編集者に直接話を通し、状況を説明した。

 最初は困惑していた編集者も、ハヤトの熱意に打たれ、再度カズの家族に連絡を取ることを約束してくれた。


 その日の夕方、カズの母からハヤトに電話がかかってきた。

 彼女の声には、怒りと不安が混ざっていた。


「ハヤトくん、あなたはウチのカズに何を吹き込んでいるの? マンガ家なんて、そんな不安定な仕事に就かせるわけにはいかないでしょう?」


 ハヤトは、冷静に、しかし強い意志を持って答えた。


「カズは、本当にマンガが好きなんです。そして、才能があります。それを無視していいはずがない。確かに、マンガ家という道は簡単ではないかもしれません。でも、カズにはそれを乗り越える力があります。どうか、彼の夢を応援してやってください」


 電話の向こうで、カズの母は沈黙した。

 そして、やがて静かにこう言った。


「⋯⋯あなたたちの気持ち、少しは理解しました。でも、まだ不安は消えません。もし、本当にカズがマンガ家としてやっていく覚悟があるなら、私たちにも納得できる理由を示してほしい」


 ハヤトは、その言葉に力を得た。

 彼は、カズと共に、家族に納得してもらえるような計画を立てることを決意した。


 それから数日間、カズとハヤトは、マンガ家としての将来について真剣に話し合った。

 彼らは、カズの作品をより多くの人に見てもらうための方法や、出版社との交渉の進め方、そしてカズの家族を納得させるための具体的なプランを練った。


 そしてある日、カズの家族を交えて、ハヤトも一緒に話し合いの場を設けた。

 カズは、自分の夢を語り、なぜマンガを描きたいのか、そしてそれを通じて何を成し遂げたいのかを、真剣な表情で語った。


「オレは、ただの趣味で描いていたわけじゃない。マンガを通して、誰かの心に届く作品を描きたい。オレの描いた物語が、誰かの人生を少しでも明るくできたら⋯⋯それ以上の幸せはない。母ちゃん、父さん、オレを信じてくれるか?」


 カズの言葉に、家族は深く考え込んだ。

 そして、やがて彼の母は、涙を浮かべながらこう言った。


「⋯⋯あなたたちの熱意に、私たちも負けてはいられないわね。でも、覚悟はしっかり持つことよ。私たちも、応援するから」


 カズは、その言葉に涙を流した。

 彼の夢は、ようやく家族の理解を得たのだ。


 それから、カズは本格的にマンガ家としての道を歩み始めた。

 出版社との契約を果たし、彼の作品は雑誌に掲載されることになった。

 ハヤトもまた、彼のサポートを惜しまなかった。

 物語の構成やキャラクターの掘り下げに協力し、時にはカズの描く世界にインスピレーションを与えた。


 カズの作品は、次第に多くの読者の心を掴んでいった。

 彼の描く物語には、希望と勇気、そして人間の温かさが溢れていた。

 読者からは、「あなたのマンガに救われました」という声が寄せられ、カズの努力は確実に実を結び始めていた。


 ある日、カズはハヤトにこう言った。


「オレ、マンガ家になれたのも、全部ハヤトのお蔭だよ。ありがとう。」


 ハヤトは、微笑みながら答えた。


「お前の努力と才能が、すべてを叶えたんだ。オレは、ただ少し手を貸しただけさ。これからも、お前の夢を応援するよ」


 カズは、再び頷いた。

 彼の瞳には、未来への希望が輝いていた。


 そして、二人の友情は、ますます深まっていくのだった。







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