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the beginning of hell

親しい人が死ぬ、知り合い人が死ぬ、肉親が死ぬ。

ゾンビワールドでは、それが“日常”だ。


けれど考えてほしい


元の世界だって“死”はいつだって、平等で、偶発で、理不尽で、不規則だった。ゾンビがいようといまいと、それは変わらない。人に与えられた、唯一の“絶対”だ。


【ZWの心得その2】

失った命は振り返らず!


――たくさんの命を失った。

それでも、悲しまない。振り返らない。

前だけを見る。


それが私の“ゾンビワールド”の始まりだ



――――――――――――――――――――――――――


「よいしょっ!ほらさっさー!チチンプイプイぷーい!アヒル光線発射!」

「ドドドドドーン!首、伸びすぎ!バカだけどキュート!全校生徒が悶絶ー!!」

鹿子はアヒル型のおもちゃを両手に持ち、子ども向けのCMを完全再現していた

「……いや知らんわ」

 

廃墟となったスーパーのモールの玩具コーナーで見つけた謎のアヒルの形をしたおもちゃにテンションを上げる鹿子は、この玩具の魅力をとにかく結乃に伝えたかったのである。


【ZWの心得その5】

とりあえず楽しめ!


「このCM知らないのですか!チチンプイプイぷーい!ぷい!あの革命的なCMを!!」

「私はあんまりテレビを観なかったからな」

「当時めちゃくちゃネットで話題になって、小学生たちの社会現象にもなったのに?」

「滅んじまえ、そんな世の中」


鹿子が興奮する、このアヒル型の玩具はガッチョウシリーズとも呼ばれ、ぬいぐるみやボードゲームなど様々な商品展開がされており、当時の子供たちに人気を博していたのである

 

「でもみて、このアヒル10メートル首が伸びるの」

「すげぇな!なんて所に力入れてるんだ!」


ここまでの経緯を説明すると、鹿子と結乃は道路の大通りを歩いていると、シャッターの閉まっている大きめのスーパーマーケットのモールを見つけていた。出入口は複数あり、調べてみたが幸いにも一つシャッターの鍵は掛かってなかったらしく、容易に入ることが出来た。中のモールにはかつて人が避難していたであろう面影があった。三階建ての突き抜けの天井があり、エスカレーターや階段はバリケードがあって人間は登れるが、ゾンビは登ってこれないようになっている

 

「この〝ガッチョウ〟シリーズは当時の子供たちに大人気だったんだから!見てよこの愛くるしい顔!」

鹿子達はモールを歩きながら、どこか不細工な面のアヒルの玩具を結乃に見せ付ける

「まだ言ってるのか、そのガチョウシリーズ…?。私には良さが分からない」

鹿子のテンションについて行けない結乃であった


1階の広場に出た瞬間、重たい沈黙が辺りを包む。そこには異質な“存在感”があった。


「これは…軍事車両?」

「まるで遺物だな」


圧倒的な重厚感、車輪ではなくキャタピラが付いており、大量のゾンビが居ても踏み潰せるほどの大きさがあった


「どう?動かせそう?」

結乃は上の出入口から車体に入って、エンジンなどを確認した

「多分、動かすことは可能だ。私なら運転できると思う。でも問題がある」


「燃料とか?」

「いや、燃料は何とかなると思う。このモールの屋上駐車場を覚えているか?地上から屋上駐車場に行くための車道橋はバリケードで封鎖されてゾンビは入って来れないようになっていただろ?もしかしたら屋上に放置されてる車に燃料が残ってる可能性があるから、そこから取りに行けるかもしれない」

「ん?じゃあ問題って?」

 

結乃は車両のキャタピラを指指す

「見てみろ。キャタピラに鉄製の鎖が巻きついてる。これを外すには、チェーンカッターが必要だが、問題はこのモールにチェーンカッターがあるかどうかだな」


モールの殆どが、かつての飲食店か服飾屋であった、

「ホームセンターならともかく、モールにあるかどうかだよねぇ」

「まぁ、仮にそれら全てが解決したとしても、エンジンは見た目だけなら問題ない話で、本当に動かせるかは分からないからな。この車両は諦めよう」

「残念…でもなんでこんな所に軍用車両が?しかもキャタピラ付きのデカイやつ」

「さぁな、元々軍が一時的に置いていた物か、はたまた誰かが拾った物か、それは今となっては誰も知らないことだ」


結乃は軍用車両から降りる。キャタピラのチェーンをどうにか出来ないかと考えてるのかマジマジと見つめる鹿子を見て、昨日の夜の出来事を思い出すのであった



――――――――――――――――――――――


 

「私をとある研究所まで護衛して欲しい」

結乃の申し出に鹿子は驚く。護衛を任されるとは思っていなかったからだ

 

「護衛?研究所?」

「その研究所…いや今は要塞と化しているな。私はその研究所で、私はある物をどうしても欲しい」

「ある物?」

 

結乃の目が一際大きく輝くのが、焚き火の微かな灯りでも分かる。それが、結乃にとって人生で最も欲しいものであると鹿子は直感した

 

「もしもだ、一生ゾンビからの恐怖と無縁の生活が送れたらどうだ!?」

鹿子にとって、これが初めて結乃のテンションが上がる瞬間であった

 

「無縁?このゾンビワールドで?」 

「あぁ、とある〝薬品〟がある。それを体に打てば、ゾンビは人間を“獲物”だと認識しなくなるんだ」

一見すると突拍子の無い話のように思えるが、ゾンビ映画では前例もある話だ。ゾンビに仲間だと思わせて、窮地を脱したり、人類が救われるというパターンは鹿子にも理解していた

「まさか、そんな薬が…映画の話かと思ってた。まぁゾンビも映画みたいな話だから有り得なくはないのか…」


「私はゾンビから一生追われる人生は嫌なんだ。でもその薬さえあれば、そんな心配も無くなる…」結乃は地面を向き、これまでの人生を思い返すかのよう話し出す。先程までのテンションと裏腹に哀愁が漂っている

 

「私からの交換条件は、大量の武器。そして食料と備蓄だ。他にも様々な物がそこにある。悪い話ではないはずだ」

「うん!いいよ!!じゃあ明日から向かおうか!」

「相変わらず軽いな…君は…」

「私は難しいことは考えるのが好きじゃないからね。それにここに居たって暇だし」

「全く…君ってやつは。……でも、助かる。」


鹿子は手を差し出す

「じゃあお互い、これからよろしくね」

結乃は一瞬戸惑う。その姿はまるで何かを隠してるようにも思えた。が結乃は鹿子の手を握る

「あぁ、よろしくだ」


鹿子は笑顔で結乃の手を握りしめブンブンと上下に降る

そのとき、結乃はただ黙って苦笑いを浮かべていた。でもその目は、どこか遠くを見ていた気がする。


鹿子は別に気にしてない。誰にだって、隠し事のひとつやふたつはある。

……ちなみに鹿子は中学生の時に、こっそりBL本を書いていた。今でもその原稿は実家に眠っており、余裕があれば家ごと燃やしてやりたいと密かに思っている。

 もちろん、これを誰かに打ち明けるつもりはない。たとえ死んで言わん


ゾンビになっても絶対に言わん


いやそれよりも、鹿子はふと疑問に思った。

――なぜ、交換条件が薬そのものではなく、武器や備蓄なのか?

その“ある物”は本当に、自分にも打てる薬なのか?


聞かなかった。けれど、心の奥に、わずかな“引っかかり”が残った。あのときの結乃の目。…ほんの一瞬だけ、何かを迷っていたように見えたのは気のせいだろうかと鹿子は小骨を見つめ感じるのであった


――――――――――――――――――――――――――――――


鹿子と結乃は、モールの1階フロアで束の間の“ショッピングごっこ”を楽しんでいた。とはいえ、棚に残っているのは服飾雑貨や家庭用品ばかり。食料品はほとんど無く、このゾンビワールドでは無用の長物だらけだった


「知ってる?この世界で生き残ってる人間って、大きく二つに分かれるんだよね」

「二つに?」

「一つ目はゾンビや“死”を恐れている人。二つ目は、私みたいに前の世界より今の世界の方が肌に合ってる人間…」

「つまり私は前者ってことか」

「正解っ!だから――」


そんなふざけた会話ができるほど、このモールは静かだった。ゾンビの気配はどこにも無い。外からは入ってこられないし、中にも潜んでいる様子はない――そう思っていた、その時だった。


「鹿子、武器を持て」

「ゾンビかな…?」

「…いや…ゾンビより厄介だ」


売り場の棚から出てきたのは、足を引きずった大柄の成人男性であった 

「助けてくれ!お願いだ!仲間が死んで…」


【ZWの心得その11】

不自然に助けを求める人は注意!


結乃はすぐさまピストルを構える

「動くな!!」

「待ってくれ!俺はゾンビじゃない!」

「止まれ!でなけりゃ本当に足を引きずることになるぞ!」


男は動きを止める。こちらをじっと見つめ、先程の臭い演技顔から真顔に変わっていく

「懐に隠してるナイフを今すぐ床に捨てろ!鹿子、後ろは頼む」

二人が背中合わせになる

「後方に二人、間違いなく後ろから襲うつもりだったね」


男は足を引きずる演技を辞め、懐にあるナイフを床に置く。後ろから隠れていた二人組の男が姿を現した。

一人は低身長で痩せこけたモヒカン、もう一人はサングラスを掛け口髭を蓄えてる。三人は黒い革ジャンに無骨なジーンズ姿。並べばまるで、世紀末から抜け出してきたバイクギャングだ。


「すまない。あまり良い歓迎じゃなかったな」

口髭の男は手に何も持っていないアピールをしながら、笑顔でこちらに話しかける。だが、結乃はピストルを向け威嚇する


「ウチらが女だからって舐めてたか?え!?」

「まぁ待て。確かに俺たちは聖人じゃねぇ。間違った行動をしたと認める。だが分かってくれ。このゾンビワールドでは生きるのに必死だって事をさ。おいタイトー!やられたな!まさか少女に拳銃に脅されるとはな!」

「うるせーよガンダ。俺は反対だったんだ。少なくとも、こんな馬鹿な仕事はベジブルにやらせるべきだったぜ」

「う、うるせー!!ふざけんなテメェ!!」


口髭の男はガンダ、もう1人の体格が大きい男はタイトー、モヒカン男はベジブルという名前らしい。というよりも、ゾンビワールドになってから好きに名乗ってる偽名のようだ。戸籍も法律も無くなった現代で名前はどうでもいいのである


「兄貴マジで信じてんの!?あんなガキが銃持ってんだぜ!?絶対エアガンだろ!?俺には分かる、嗅覚が違うのよ!!」

モヒカン男は、結乃の持ってるピストルをマジマジと見つめる。どうやら、本物かどうか疑っているようだ。「動くなよベジブル死ぬぞ」


口ひげサングラスのガンダはどうやら、この三人組のリーダーのようだ。だがそんな彼の言うことすら聞かないモヒカン男は滾っていた

「いやもう無理だろ!目ぇ見てみ?ヤバイくらい可愛いじゃん?俺さ、限界ってもんが……超えてっから」


モヒカン男は片手にチェーンカッターを持っていた。こちらをイヤらしい目で見つめ、モヒカン男は躊躇無く近づいてきたため、結乃はすぐさま引き金を引く。モールに拳銃の音が響き渡る。結乃が撃った弾丸は、そのままモヒカン男の指先を吹き飛ばした


【ZWの心得その23】

不安ならまず撃っとけ!


「いてぇ!!!コイツ!!このアマ!!!撃ちやがったよ!兄貴!!撃ちやがったよ!!!」

「自業自得だバカが…」

モヒカン男は震える手で錠剤を取り出すと、噛み砕くように口へ放り込んだ。瞳孔が微かに開き、呼吸が不規則になる。常習者――明らかにそういう目だった。だが結乃は気にせず、銃をガンダに向け牽制した


「そっちの持ってる武器をこっちに渡せ」

しかし、ガンダも懐から拳銃を取り出す

「おっと、調子に乗るな。こっちも銃は持ってる。撃ちたいなら撃てよ、ただし相打ちは避けられねぇぜ」


だが結乃は怯まない

「もしそうなら、この隣の女は1秒以内に残りの二人を弓矢で射る。こう見えても弓矢の腕は正確だ。結果的に私達が勝つ」

「それはどうかな。俺なら矢で射られても数秒は動けるぜ」

「この女は正確に頭を狙う。数秒なんて時間は無い」


両者睨み合いが続く。膠着状態で、全員が動けない。このままどうするのかとお互いが探ってるなか、鹿子の叫びが突き刺すように沈黙を破った


「あぁ!ガッチョウのキーホルダーっ!」

鹿子はガンダが手に身につけていた、ガッチョウシリーズのキーホルダーを指さす

「えっ!?それ……ガッチョウ!?ねぇ、あなたガッチョウ好きでしょ!?ファンでしょ!?でしょ!?でしょ!?」


鹿子の空気の読まない発言に結乃も含め全員ドン引きし再度の沈黙。先に叫んだのはモヒカン男であった

「はぁ?ガチョウなんて今は知らねぇよ!殺すぞ!」

数秒の静寂が訪れる

「その通りだ、私も殺意が湧いた」

結乃も呆れ果てる

「えぇ!?」


ガンダはそのキーホルダーを掲げた。それは赤黒く汚れていた


「その通りだお嬢ちゃん。あいにく、これは好きだから付けてるんじゃねぇ。俺が人生で初めて狩ったゾンビが付けてたから記念に付けてるだけだ。ガッチョウシリーズなんて知らねぇぜ」


鹿子はその言葉を聞いて愕然とする 

「もうこの世界に、ガッチョウファンは居ないのか…」


逆に鹿子の発言が功を奏したのか、先程の緊張感が解される。ガンダは銃を上に上げる

「……やれやれ拍子抜けだ。殺り合うよりは下がった方がマシだろ。俺たちゃ退かせてもらうぜ」

「まて、その前に一つ聞きたい」

「なんだ?」

「多分、お前たちは私たちが、このモールに入ってくるのを見て一緒に入ってきたんだろ?…ならシャッターは閉めたのか?あれが開けっ放しならゾンビが入り込む」

「安心しろ。シャッターはキチンと閉めてあ…」


棚の影から、声と足音がぶつかるように飛び出した。

「助けてくれ!お願いだ!!」

声の主はボロボロの服に血の跡。明らかに、別の絶望から逃れてきた存在だった。


一人の男は怪我をしていて、その人の肩を抱えてる男性と、もう一人は女性である。驚きの余り、ガンダと結乃も咄嗟にそれぞれに銃を向ける

「なんだぜ!?まだアンタらの仲間がいたのか!?」

「いや違う!お前らじゃないのか!?」

「知るかよ!!」


3人組の一人が助けを求めていた

「お願いです!助けてください!ゾンビに襲われて逃げきて…!」

結乃はその3人組に質問をする

「おいお前ら、シャッターは閉めたんだろうな?」

「え?シャッター?」

「ここに入ってきた時に閉めたのかどうだ!!」

「あ…いや、そんな暇なくて…逃げるのに必死で!」


全員が言葉を失った。その沈黙の中、“ズズズッ”と、確かな足音が近づいてくる。


誰もが気づいていた。ただ一言…


〝地獄の始まり〟が来ると―――


「来るぞ!!!」


開け放たれたシャッターから、五十体を超えるゾンビたちが、濁流のように押し寄せてくる。薄暗い外光の中、アスファルトを踏み鳴らす音が、モールの奥まで響き渡り、歩くゾンビから走るゾンビまで、腐臭と湿った足音が空気ごと吹き込んできた。


かつては人で賑わったモールに今ふたたび“客”が溢れ出す――


~Welcome to ZombieWorld

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