talk to night
このゾンビワールドじゃ、食料はすぐになくなる。
……というか、“食べて減る”より“腐って消える”のが正しい。
まず生鮮食品が腐る。
次に、加工食品。
それから、保存食すら腐りはじめる。
数万年かけて築いた“食の文明”は、ゾンビと一緒に腐り落ちていった
故に、このゾンビワールドで必要なタンパク質を摂取するには狩りが最適である。幸いにもゾンビウイルスは人間以外には効果が無い。なので動物を食べても問題は無いのである。科学的な根拠はちなみに無い
【ZWの心得その7】
狩りを楽しもう!
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鹿子と結乃は、郊外の森にいた。
鹿子はリス用の罠を仕掛け、焚き火の準備をする。
そして、捕らえたばかりのリスの首を折る。
「おいまて、それを食うのか?」
「うん食べるよ!貴重なタンパク質だからね!一緒に食べよっ」
「悪いけど、私はこっちを食べるわ」
結乃はカバンから缶詰を取り出す。
が――
「それ、鉛入りだけど大丈夫?」
「……は?」
結乃が缶詰をよく見ると、缶詰に穴が空いていた。先程の銃撃戦で運悪く缶詰に当たってしまったのだ。
「おい、嘘だろ!!」
結乃が慌ててバッグを見ると、他の缶詰も穴が空いたり、事故の衝撃でペシャンコになっていた。
ダメになった缶詰を呆然と見つめる結乃に、鹿子は結乃の肩に手を添えて、もう一方の手に持った首折れリスの死骸を見せながら優しく微笑む
「リス…食べようね」
フクロウの鳴き声が響き、焚き火がパチパチと音を立てる。夜の森に、微かな灯りが揺れていた。焼けた香ばしいリスの串を結乃に渡す。
「そういえば、夜はゾンビが寝ること知ってる?まぁ正確には寝るってより、機能を停止したかのようにその場に立ち尽くす感じ?」
「あぁ、知ってるよ。それが?」
「これ結構、罠なのよね。ゾンビワールド初心者にとってね。だってそうでしょ?夜ゾンビが眠るなら、生存者は夜活動すればいいじゃんって。でもね、夜なんて文明の利器無しには真っ暗で何も見えないし、ゾンビ達も眠るってだけで何か音や光を感知したら動き出す。これで多くの生存者が亡くなったわけ」
「つまり何が言いたい?」
「私はこう思うの。このゾンビワールドのルールを逆手にとって、夜いっぱい寝ればいいんじゃないかってね。そうすれば昼間は沢山動けるでしょ?、この不安定な世界を少しでも自分の“ホーム”にしたかっただけなの」
鹿子は焚き火の火を見つめながら続ける
「だから私はルールを作ったの。“ZWの心得”ってやつ。バカみたいだけど、ルールがあると不思議と落ち着く。たとえそれが、自分勝手なルールでもね」
結乃はじっと鹿子を見つめた。火の光に照らされたその横顔は、どこか寂しげで、でも芯のある強さを感じさせた。
「つまり、“マイルール”を作って、混乱の中に秩序を持ち込もうとしてるわけか。ゾンビランドのように」
「そうそう。あれ参考にしたんだ。バレた?」
「……まぁね」
リスの頭を躊躇無く齧る鹿子、結乃は焚き火でオレンジ色に映える焼けたリスを片手に見つめる
「まぁ眠るってより、外部的な刺激が無ければ、エネルギーを温存するために無駄な動きを極力減らそうとするって感じ。奴らだって無限に動けるわけではない。そうやって何年も生きてるゾンビがいる」
「おや、ゾンビが生きてると?」
「あぁ教えてやるよ。そもそもみんなゾンビっていうが、あれは死人ではない。正確にはウイルスによって変化した強化人間といってもいい。だが奴らのほとんどは自我は無い。言ってしまえば脳は最低限な機能を残して死んだと思えばいい」
「最低限な機能?食べるとか?」
「あぁ食べる。その通りだ。それによって感染は沢山広がる。上手く出来てるよな」
「つまりゾンビが人間のみを襲うというのは意図的に作られたもの?」
「そうだ。ちなみに足の早いゾンビがいるだろ?口が四つ股に開くように…、お前の言う虫のような口をしたゾンビだ。あれはウイルスに少しだけ適合した強化人間と思えばいい。だから他の奴らより、ある程度賢く、そして足が早い」
リスの骨が口から取り出される。
焚き火が揺れ、風がそっと枝葉を撫でる音が森に溶けていく。ほんのりとした熱が、手のひらと骨を照らしていた。鹿子は骨を見つめながら、そのまま地面を掘り始めた
「ほほぅ、つまり君の言うことが正しいなら。昼間に見た、あの兵士ゾンビ達は、さらにウイルスに適合した人間ってこと?」
「あぁ、まぁそんなところだ」
「うーんまってね、もしもだよ?ウイルスが100パーセント適合したらどうなるの?」
「…」
一瞬の静寂、焚き火の音が酷く目立つほどに、結乃は口を一瞬噤んだかと思いきや、こちらへの目線を右に逸らす
「……それは……分からない」
「ふーん…そう」
鹿子は察することだけは一人前である。間違いなく結乃は何かを隠しているが、鹿子は無闇に聞かないことにした
ある程度の食事を済ませ、空となった串が置かれると、結乃はこちらに真っ直ぐ見つめ、真剣な表情で話し始める
「本題を話させて欲しい。私と協力をして欲しいんだ」
焚き火の火がパチッと音を立てる
「うんいいよ!」
「まず初めに…ん?え?」
「ん?」
「いや、話も聞かずにOKを貰えるとは思わなかった」
「まぁ私も暇だし?それに人と一緒にいる方が楽しいからね。だから協力出来ることは何でもするよ!」
結乃は出会って数時間の鹿子に疑問を持っていた。確かに弓の技術も運動神経も凄い。だが決定的に足りない物がある。それは他人への信用に対しての疑念である
「それもお前の言う心得なのか…?」
「うん!私の心得!」
【ZWの心得その10】
人間同士は助け合おう!
「こんな悲惨な世界だからこそ助け合いは大事だから!」
結乃は少し目を瞑り考え込む。結乃は悩んだ末、鹿子に自分の考えを言う
「鹿子…君に…頼み事をする身分で、こんな忠告はするべきじゃないだろうが…人間同士だからと言って助け合うのは間違ってる」
「どうして?」
結乃は武器を片手に持ち鹿子に見せる
「この武器は何のためにあると思う?」
「そりゃゾンビでしょ?」
「確かにゾンビも危険だ。だがそれよりも危険なのはゾンビよりも人なんだ。この銃も人に対して何度も使った」
結乃は銃の傷口を見つめる
「こんな悲惨な世界だからこそ、人は信用出来ない。なぜか教えてやろうか?みんな君と違って生きるのに必死で余裕が無いんだ。ただでさえ文明も終わってる。そのうえ外にはゾンビ(奴ら)がいる。本当なら自ら命を絶ってもおかしくはない。極限の精神状態になる。それだけじゃない。この世界で一番恐ろしいのは人間達がいる。場合によっては私たち女性は男たちにとって恰好の獲物だ。それに時には信用してた人に裏切られ…」
話の途中であったが、リスの骨が結乃の頭に当たる。突然のことで結乃は呆然とした
「Hey!Girl!真面目かっ!いい?結乃ちゃん。このゾンビワールドでは真面目は命取りだよ!いい加減くらいが丁度いいの!letsいい加減!NO真面目!それでいいのよ!」
結乃はムカつき、骨を投げ返して鹿子にぶつける
「いてぇぇぇぇ!!ちょっと!野球選手バリに投げないでよ!おでこ刺さってない?大丈夫?」
結乃は立ち上がって鹿子を叱る
「あ、あのねぇ!私はあんたを心配して…!」
だが鹿子は冷静に結乃見つめる
「結乃ちゃんが言いたいことは分かるよ」
「え?」
「あのねぇ、私だってゾンビ映画沢山見てきた身よ?人間が危険な事くらい、ゾンビワールドになる前から分かってるって」
「じゃあなんで…」
結乃の問いに、鹿子は焚き火越しにまっすぐ視線を返す。その目に迷いはなかった。
「私はあんたを信用してる。あんたは信用していいって私が直感してる!それだけ!」
結乃は思ってもいなかった発言に戸惑う
「あんた、それだけ?直感で私を信用するってこと?正気じゃない」
「おっと!論破させてもらうよ!正気じゃない人間がゾンビワールドでは生きられません~」
鹿子は目をつぶって結乃に舌を出してべぇと顔をした後、そのまま後ろに大の字で寝転がる。パチッと焚き火が音を立てる。冗談の余韻が消えた静けさの中で、鹿子の声が少しだけ低くなる。
「正直ね……ビミョーだったの。私、ずっと“いい加減な人間”だったからさ」
鹿子は空を見上げ、少し笑う。
「元の世界ってやっぱりきっちりしてるじゃん?ていうか…?きっちりしないとダメみたいな?時間もキッチリ、お金もキッチリ、予定もキッチリ、交友関係も家族関係も勉強も仕事も何もかもぜーんぶきっちり。」
「…」
「私はずーっと疲れてた。いい加減じゃいけない世の中に。だから周りの人はみんな、いい加減だねって私に言ってた。ダメだねって。でもみーんな死んだ。私よりずっとキッチリしてたのに。ちゃんとしてたのに。それだったらいい加減に生きなきゃ損じゃん?私は私らしく生きるって決めたの。どんなにズレてても、バカにされても、私は“私のゾンビワールド”を生きるって」
そう語る彼女の瞳は、星明かりよりもまっすぐだった。満点の星は、文明の喧騒が消えた今こそ、本来の輝きを取り戻している
結乃は先程言ったことに申し訳なくなっていた。全くその通りだと思ったからだ。同時にきっと鹿子も必死に生きてきた結果なんだろうと、それを理解するともう頼み事を出来る立場ではないと考えてしまった
「すまない…悪いことを言った。君の言葉、思ってた以上に響いた…協力の話は一旦忘れ…」
鹿子は勢いをつけて再び起き上がる
「じゃあ真面目な話は終わり!それじゃ…本題に入ろうか?」
「え?」
鹿子は結乃に問う
「結乃、私は一体何を協力すればいい?」
焚き火は静かに燃え続けていた。
この夜のことを、結乃はきっと忘れない
~welcome to ZombieWorld