girl and girl
このゾンビワールドにおいて、人の存在は何よりも貴重だ。故に人と会うことは稀であり、会ったらとりあえず声を掛けるのが、鹿子の心得である――――
【ZWの心得その9】
人に会ったらご挨拶!
人は助け合うべきだからね!声を掛けて協力し合おう!
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このゾンビワールドの象徴といえば、道路に点在するバリケードだ。鉄筋がむき出しになったコンクリの壁は、ひび割れから草が伸び、赤茶けた錆が雨の筋跡を残している。かつての防衛線は、今や自然に呑まれた骸でしかなかった。
廃車となったタクシーには、車内からはみ出るように草が生い茂っていた。もはや移動手段ではなく、自然に飲まれたオブジェと化している。
鹿子は立ち止まり、雑草に覆われたタクシーに親指を向ける。
「ヘイ!タクシー。……廃業か。不景気だし仕方ないか」
独り言を好む彼女にとって、ゾンビに聞かれる心配などとうに風化していた。
【ZWの心得その5】
とりあえず楽しめ!
「この服迷うなぁ」
「お客様こちらの服は超新鮮なシルクを扱った、人間工学的な服でございます」
「まぁお高いんじゃない?」
「お客様…ここだけの話…なんと今ならセールで100%オフですわよ!」
「な!!なんですってぇぇぇぇ!!!!…破産しない?」
これが鹿子流、“廃墟ファッションショー”だ。観客も販売員もいない、声だけが響く空間で。
「しかし動きやすさが大事なので、こちらにしますか」
鹿子は汚れたTシャツを脱ぎ捨て、新しいTシャツを着る
【ZWの心得その14】
オシャレは機能性重視!
シンプルなTシャツを着こなし満足げに体をひねらせる
「うん!我ながら完…璧…だ……?」
突然、外から鈍い悲鳴のような音が、遠くから這い寄ってくる。まるで錆びた鉄と石がねじれ合うような、不気味なキャタピラの旋律
廃墟となったアパレルショップから飛び出した鹿子は音の居所を探る。草に覆われ苔むしたバリケードの隙間。そこから流れ込む風は生ぬるく、湿った鉄の匂いを運んできた。その向こうで、キャタピラが石を砕くような音が聞こえる
鹿子はひんやりと冷たいコンクリに頬を近づけ、ひしゃげた隙間から向こうを覗いた。湿った空気がわずかに流れ込み、草の匂いと鉄の匂いが混じって鼻をつく。
「ん?…あれ?まじか初めて見た」
数メートル先、同じくバリケードの隙間を覗く細い背中があった。
一見すれば少女。だがその真剣な眼差しと、静かに揺れるボブカットの黒髪には、子どもらしさよりも訓練された兵士のような緊張感が漂っていた。
「別部隊か…ここにまで来てたとは…」
少女は何か独り言を呟いている。鹿子はもちろん近づいて声を掛けるのである
【ZWの心得その9】
人に会ったらご挨拶!
「ねぇちょっといい?ごめんね。私はゾンビじゃないよ」
「“知ってる”。じゃなきゃ物音から咄嗟に撃ち殺してる。私に近寄らない方がいいぞ」
「そんな寂しいこと言わないでくだちいな。ねぇねぇ、てかあれなーに?初めて見たんだけど」
見慣れた廃墟の風景に、異物が混ざっていた。キャタピラの音と共に進む軍事車両、そしてその脇を並歩する、軍服を纏ったゾンビたち。
「……あれ、ほんとに見間違いじゃないよね」
鹿子は思わず息を呑んだ。まるで悪夢が、規律を持って歩いているようだった。
「口が虫っぽい。口が四方に分かれてる…あれ賢いゾンビの特徴だけど、あそこまで人間のようなゾンビは初めてだ…まるで軍隊みたい」
不思議そうな鹿子に、少女が口を開く
「おそらくR型0試作体を元に作った兵士だろう。簡単な命令に従う事が出来るが、根は従来の感染者型に近い」
「ほほう、君はもしや重要人物ですな」
「重要人物…?」
少女は初めてこちらに顔を向ける
「ほら、映画とかでいうめっちゃ事情に詳しい人間よ。おそらく私の見立てでは、君はバイオハザードを引き起こした会社の元職員、そしてあれは会社が操ってる兵士たち、そしてあなたの目的はこの世界をゾンビワールドに変えた会社への復讐とみたッ!」
「なるほど、なんで服屋で騒いでるバカが今日まで生き残ってるのか分かった…ホラー映画のバカキャラは不死身だったと聞く」
鹿子は頭を抱えながら、乾いた笑いをこぼした。思わぬところで独り芝居を目撃されていたと知り、照れくささと諦めが混じった表情を浮かべる。
「ありゃ、服屋の独り言見られてたのかぁ」
「だからさっき“知ってる”って言っただろう?じゃなきゃ撃ち殺してるって」
「で、どう?今の推理、5割くらい当たってたでしょ?」
「見事に全部外れてるよ」
「ありゃ私もまだまだですな。失敬失敬」
「まず私は会社の元職員じゃない。あの兵士たちを動かしてるのも、組織じゃなくて――二人の人間。
……それともう一つ。私は、復讐なんて感情で動いてるほど、単純な人間じゃないさ」
こんなバカにも常識はある。少女の言葉に、鹿子はそれ以上踏み込むのをやめた。ただ、どこか胸の奥がざらつくのを感じながら―――
突然、少女が咄嗟に伏せた。反射的に鹿子も同じ動作をする。ただし理由は違う。深い意図などなく、単に「真似しただけ」だ。
「突然顔を伏せてどうしたの?」
「サーマルスコープカメラだ」
「熱感知?」
「さらに性能をあげたやつだ。コンクリ越しならともかく、隙間から顔を出しただけでバレる危険は高いだろうな」
「バレたらどうなる?」
「…耳栓しとけ」
サーマルスコープを付けたゾンビはこちら側をじっと見たかと思うと、金属音にも近い奇声をあげはじめる。それに共鳴するように他のゾンビ兵士も叫び始める。
「「キィィイィィィイイイィェェエェェェェェェエェ!!!!」」
バリケードの向こう側で、鉄板を踏み砕くような足音が響き始める。
「バレたか…」
「バレたね」
「どうする?」
「どうするったって……」
二人の間に、重苦しい“間”が生まれる。
鹿子は唐突に踵を返し、全力でダッシュした。
「考えるより先に足が動くって、こういうことだよね!」
【ZWの心得その1】
逃げれる時は逃げろ!
足には自信がある。鹿子はとにかく全速力で疾走する。すると、後ろから車の音が聞こえてくる。軽トラックであった。
軽トラには少女が乗っていた。少女は窓を開けこちらに話しかける
「乗っていくか?」
鹿子は走りながらも答える
「ごめん!悪いけどわたし足には自信があるの!ゾンビ相手には車よりも足の方が確実に逃げれるし!」
「後ろ見てもそんな事言えるか?」
「後ろ?」
振り返るとバイクに乗ってくるゾンビ集団の群れがあった。もしこれが映画なら、これからカーチェイスが始まると宣言してるようなものである。あまりの光景に鹿子は呆然と立ち止まってしまう。
「乗りまーす!」
鹿子はすぐさま助っ席に乗る。少女はアクセルを思い切り踏み込み、軽トラを急発進させる
「え!この軽トラ左ハンドルなの!?」
「今そこ気にする!?」
「危ない!!」
目の前の障害物に驚く鹿子であったが、少女は慣れているのか、次々と目の前の障害物を避けていく
「すごい!あんたいくつよ!」
しかし、この日本では珍しい左ハンドルタイプの軽トラであっても、所詮は軽トラ。爆走するバイク相手に勝てるはずもなく、徐々に距離を詰められていく。ついに一台のバイクが軽トラを並走し、バイク乗りのゾンビはこちらに発砲をしてくる。
銃弾がガラスを砕いた瞬間、少女は顔色ひとつ変えず銃を抜いたゾンビに向かって発砲する。ゾンビはバイクの制御を失い瓦礫の山に突っ込んでいった。だが、それでも後ろからは何十体ものゾンビ達がバイクで追いかけてくるのがミラー越しから分かる
「おいあんた!応戦は出来るか!?」
「ごめん!君みたいに銃とか持ってなくて!」
「本当に良く生き残ってきたな!おい!あんた!運転はしたことあるか?」
「え、あ、ある。あ…でも」
「じゃあ代われ!」
鹿子にハンドルを握らせた少女は勢いよくドアを開けバイクで追いかけてくるゾンビに対し、懐から取り出したダブルバレルショットガンとハンドガンの鉛をぶち込む。少女は扉から荷台に移りながら、バイクから荷台に飛び乗ろうとするゾンビ達に、ショットガンの散弾を浴びせ、ゾンビたちは次々に倒れていく
「少しは落ち着いたが、まだ後ろからもやってきてる。このまま運転を続けてくれ!」
しかし、鹿子は手に汗握りハンドルを震わせながら答える
「ごめん!無理!わたし免許持ったことない!!!」
「…え?」
鹿子達が乗った軽トラは思い切りクラッシュして、電柱にぶつかってしまう。その衝撃で少女は無傷ではあったが軽い目眩を起こす。鹿子も何とか運良く無事である
「え、ない!マジで!?嘘!!」
少女が持っていたダブルバレルショットガンとハンドガンが、電柱にぶつかった衝撃でどこかに飛んでしまったのだ。しかも、向こうからは何十体ものバイク乗りのゾンビ達がやってくる
少女はちらりとゾンビの群れを見やり、わずかに息を吸い込む。
「……残り少ないが、仕方ないか」
そう呟くと、カバンから一本の青い薬品入り注射器を取り出した。少女がソレを打とうとしたとき、鹿子が駆け寄る
「ごめん!まーじでごめん!怪我はない?」
鹿子の純粋なまでにこちらを心配する様子に、少女は戸惑いを見せる
「だ、大丈夫……、てか早く逃げた方が」
鹿子は少女の頭をさすり、笑顔で答える
「大丈夫だよ!お姉ちゃんに任せてね!」
鹿子はそう言って立ち上がると、背中に付けていたコンパクトアーチェリーを取り出す。折りたたまれたアーチェリーを大きくした鹿子は、矢筒から矢を数本取り出し、バイク乗りのゾンビに焦点を合わせる
ようやく意識がはっきりとし、鹿子が何をするか理解した少女は慌てて叫ぶ
「まて!無茶だ!!弓矢なんかで、この状況は脱しない!逃げろよ!!」
その声を聞いても鹿子は顔色一つ変えない。いやむしろ微笑んでるようにも思える。鹿子は短く息を吸い、自分に言い聞かせるように、静かに呟いた
「ゾンビワールドへようこそ」
シュパッッッ!!!!
弦が唸り、空気を裂いた。
矢は一直線に飛び、ゾンビの頭蓋を貫通した。
「ガッ」
呻き声すらあげきれず、ゾンビはバイクごと建物に激突する。
「え?」
その光景が偶然か必然か、判断が付かない少女を尻目に、鹿子は矢を次々取り出すと、次々と、着々と矢が肉を裂き、骨を砕く鈍い音とともに、ゾンビたちは次々にバランスを崩し、乗っていたバイクごと瓦礫に激突していく
先程までと違い、明らかにオーラそのものが変わった鹿子を見て、少女は納得する
「なるほど、なんで服屋で騒いでるバカが今日まで生き残ってるのか分かった…
――――超強いからか…」
全てのゾンビ達の頭が射られたのか、途端に静かになり砂埃が舞う。少女は取り出した注射器をしまうのであった。
「立てる?」
鹿子は少女に手を差し伸べた
「ありがと…ございます」
間髪入れずに鹿子は質問をする
「そういえば君の名前は?」
少女は一瞬口を噤む。初対面の相手に、このゾンビワールドにおいて名前を言う必要はない。だが少女は真っ直ぐ鹿子を見つめて答える
「私の名前は結乃。あんたの名前は?」
「結乃ちゃん!よろしくね、私の名前は鹿子だよ」
「よろしく?…まぁよろしく。命を助けて貰った後で図々しいことは分かっているんだけど、 一つ聞いてもいい?」
「え?なーに?」
「なんで免許を持ってないのに、運転の経験があるって言ったんだ?」
「え、まぁー実はね…」
「ん?どういうことだ?」
「ほら!あのゲーセンのマリオカート…」
「…え」
「…」
「…」
「…あちゃ」
その目に宿るのは、感謝でも尊敬でもない。“認識を改めた”人間を見る目だった。その視線はまるで「なんで私はこの人に命を救われたんだろう」そんな視線を向けられ、鹿子は小さく反省した。
(……次からは、言葉を選ぼう。少なくとも、命の恩人っぽく)
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