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8 運命とは??

 ラガーラ帝国の皇子殿下、御本人。

 キラキラした集団の中心でひと際キラキラしていた人なので、殆ど遠目にしか見た事のない私だって、見間違わない。


 特徴的な透明感のある青い髪は、彼が最も向いている属性である風を思わせる爽やかさがあった。

 顔の造形は美術品のように美しくもある。美しすぎて、女装していても気が付かないのでは? と思うぐらいだ。


 その姿が、私の視界に――ボルトロッティ伯爵令嬢たちの背後からやってくるのが見えたので、私は慌てて皇子殿下に対して失礼がないように、深く深く頭を下げたのだ。

 膝まで付いたのは、この場で私が一番立場が低かったので、万が一にもボルトロッティ伯爵令嬢たちより浅い礼にならない為だ。あとで変に文句を言われたくはない。


 ボルトロッティ伯爵令嬢もその後ろの男女も、突然現れた皇子殿下の姿に、仰天していた。声が聞こえてくるまで、迫っていた人の気配には全く気が付いていなかったようだ。


 慌てて付き添いの男女は頭を低くし、ボルトロッティ伯爵令嬢もカーテーシーをする。


 頭を下げたまま、首をひねって少しボルトロッティ伯爵令嬢の様子をうかがったが、顔色はうかがえなかった。変わりに、制服のスカートの裾を持つ手は震えていた。


「い、偉大なるラガーラ帝国の……」

「ボルトロッティ伯爵令嬢。是非とも余の疑問に答えて欲しい」

「は……?」

「『チィニーでは話をするのに、野外で、不平等な状態を作るのが一般的なのか』」

「い、いえ。まさか。そのような事はございませんわ」

「だが、今、お主はそうしていたではないか。一対一どころか、己のみ、男手を引き連れて、下級生の女学生に話しているように見えたが」

「これは、ほんの少し、立ち話をしていただけでありまして……」

「立ち話。ほう。このような場所でか」


 ボルトロッティ伯爵令嬢の手が、先ほどより大きく震え始めた。指先が、白くなっていく。


 ……皇子殿下の声色には、こう、相手を責めるような色はない。本当に、単純に「次の授業算術だね~」とテーアと私が意味もなくしているような会話と同じような、軽い口調だ。

 それが、余計に怖い。


 私は絶対頭を上げて存在を主張したりしないでおこう……と思いながら必死に息を殺す。


「まあ、良い。…………ボルトロッティ伯爵令嬢。余をはじめ、帝国からチィニーを訪れたものたちは、生涯のパートナーを探す為に来ている」

「……も、勿論存じ上げて、おります。ですので、ふ、相応しい、者が、横に立つべきで」


 正直、私はボルトロッティ伯爵令嬢に対して(それ言う? 言っちゃう? 言うんだ! すごい!)と思ってすらいた。

 が、間髪入れずに皇子殿下が放った言葉に思考が固まってしまった。


「探しているのは、余をはじめとした、ラガーラの者たちだ」


 念を押すように言われた言葉は、……つまり、チィニー貴族(おまえたち)は選ばれる側なのだから、ラガーラ貴族(じぶんたち)の判断に茶々を入れるなと、そういう事だろうか。


 これは、かなり、屈辱的な発言だ。


 帝国とチィニーの国力差など比較するまでもないものだ。それでも国際上は一応、独立した国家として同じ立場にある。チィニーが帝国の属国や自治領だったならこの扱いも甘んじて受け入れるべきだろうが、建前上は、一度も帝国に呑まれていない独立国家だ。こうも見下しているととれる発言は、本来許すべきではない。


 ……まあ、だからといってチィニー側が強気に出れる訳もない。

 私だって、口は挟めない。……もし自分がもっと高い地位の貴族だったとしても文句ひとつ言えないだろう。だから、その言葉に怯えを見せたボルトロッティ伯爵令嬢を責める事など、出来る筈もない。


 皇子殿下の言葉にうまい返事も出来ず、ボルトロッティ伯爵令嬢は酷く怯えた声で、


「……ぁ、あ……わ、わたくしは……」


 と数度繰り返したが、結局最後には何も言えなくなった。


 主人なのだろう彼女がその状態なので、後ろに控えていた男女――特に、存在を上げられた男子学生の方――も何も言えず、顔色が悪い状態で俯くばかり。


 彼女たちの本音は『ロックウェル侯爵令息が婚活している事を良い事に、身分不相応にも帝国貴族に近づいた女に、くぎを刺しに来た』……というものだろう。


 しかし今まさに、婚活の当事者であり、代表とも言える皇子殿下から直々に、「余計な手出し」と切り捨てられてしまった。この場で、自分たちの考えに基づく理由を語れる人は多くはない。


 長い沈黙の跡、皇子殿下は口を開かれた。


「去って良いぞ」


 皇子殿下がそう言ったことで、ボルトロッティ伯爵令嬢は足早に立ち去っていった。後ろの二人は「お嬢様っ!」と追いかけていく。


 待って。私を置いていかないで。ここに私を連れ出したんだから、責任もって私の事も連れて行って欲しい。


 そう思ったが、この場に残ったのは私と、帝国の皇子殿下のみ。

 私から声を掛けられる筈もなく、早く私に対しても立ち去る許可をくれないかと、必死に祈る。しかしその祈りはかなえられなかった。


「ロックウェルの運命よ、いつまでも地面に膝をついてはならぬ」


 私の目の前に、手が差し出されていた。それが何か、私は一瞬、理解したくなかった。


(え、これって皇子殿下の手? 私今、皇子殿下に手を貸されてる状態?)


 正直その手を借りたくはなかったが、差し出された手を拒否するのもそれはそれで怖い。

 ロックウェル令息からは愛想をつかされたいという目的の方が重要なので、軽い無礼もするつもりはあった。だがこちらは、相手が悪すぎる。気を損ねた瞬間、この場で殺される可能性もある。


「あ、ありがとう存じます……」


 膝は汚れているが、手は汚れていない。だからセーフ、と言い聞かせながら、皇子殿下の手を借りて立ち上がった。私の姿を一度見た後、皇子殿下は呆れたようにこう語った。


「ボルトロッティ嬢には困ったものだ。我々に己の有能さを売り込む事は上手いのに、視野が狭いのか、切り替えが下手なのか。……とはいえ、余にあそこまで告げられて、二度もお主に手を出す事はあるまい」

「ありがとう存じます」


 ……まあ、ああして何度も呼び出されるのは、正直ごめんこうむりたい。いちいち休み時間を消費したくもない。

 そういう意味では、皇子殿下の行動はありがたいものであった。


 今こうやって、二人きりで話す空間をつくられた事に関しては困っているけれどね!


「……だがしかし、余、そして帝国の者たちが誰かを選ぶ度に同じことが起こっては、手間だな。ふむ、いま一度、宣言を出すべきか」


 なんの宣言なのでしょうか。怖い。関わりたくない。


 そんな事を思っていた所に、残念な事に聞きなれてしまった声が飛んできた。


「――アーヴェ嬢! と、殿下……?!」

「おおロックウェル。一足遅かったな。もう少し早くに来れば、(ぬし)の運命の救い主となれたのだがな。すでにその役目は余がすませてしまった」


 皇子殿下とロックウェル令息は親しいようで、そんな風に軽い雰囲気で会話をしている。だが私はロックウェル令息よりも、その後ろから走ってきていたテーアの姿に気が付いて声を出してしまった。


「テーア……?」

「アーヴェ! 無事~?! 無事ね?!」


 良かった! とテーアは皇子殿下の御前だというのに、勢いよく私に飛びついてきた。


「心配したんだから! さっきボルトロッティ伯爵令嬢がなんかそそくさと泣きながら走ってたけど、何があったのぉ?!」

「話すと長いというかなんというか……てか少し声抑えてっ」


 横の男性二人に会話に入られたくないと、テーアを連れてこそこそと経緯を説明する。ふんふんと説明を聞いたテーアは「ならあたし、走ってロックウェル様を呼びに行かなくても良かったわね」と言った。

 どうやらロックウェル令息がここに来たのは、私の事を心配したテーアが呼びに行ったかららしい。


「やり方はともかく……心配してくれたのはありがとう、テーア」

「全然良いのよ。幼馴染じゃん? それにしても、ボルトロッティ伯爵令嬢がロックウェル令息を狙ってたってのは、本気だったんだねえ」

「狙ってた? そうなの?」

「うん。ほら、ボルトロッティ伯爵家って代々土属性の家だから。土属性で他に著名な家の子女って、今魔法学校にはいないからね~」

「ああ……」


 ――帝国貴族の結婚に、属性が考えられていない訳がない。


 そう考えた彼女は、ロックウェル令息と同じ土属性で、今の魔法学校で一番身分の高い自分が選ばれると思っていた。

 ところが、実際は土属性でもなければ、家も有名でないド田舎男爵令嬢の私だった、という訳か。そりゃ、プライドも踏みにじられて、さぞ気分が悪い事だろう。


「己の敗因を冷静に調べる事すらしなかった、ボルトロッティ伯爵令嬢に非があるな」


 こそこそ喋っていた私とテーアの会話に、皇子殿下が割り込む。テーアはそこで初めて皇子殿下に気が付いたらしく(私しか目に入ってなかったらしい。おばか)、慌てて挨拶をしていた。そういえば私も挨拶はしていないと、慌てて並んでへたくそなカーテーシーを披露する。


(敗因か……)


 ちらりと、ロックウェル令息の方を見る。

 正直、私が選ばれた理由すら、未だにハッキリしていない訳で。


 ……いやもうこの際、この場で聞いてしまおうか。もうこのドロドロの見た目を晒してるし。

 そう思ったらつい、口を開いてしまった。


「恐れながら、皇子殿下。御前で大変失礼ではござますが、ロックウェル令息に尋ねたい事がございまして――」

「良い。好きに聞くがよい」


 ……ロックウェル令息と一緒に皇子殿下から離れたかったのだが。まあ仕方ない。


「……では、ロックウェル令息。何故、私と結婚を前提に関わり合いになりたい、などとおっしゃられたのでしょうか。記憶違いでなければ一度、政略という言葉を使われていたと思いますが、その理由をまだ伺っておりません」

「なんだロックウェル。伝えていなかったのか?」


 皇子殿下が意外と言わんばかりの顔をした。ロックウェル令息は、その言葉に気まずそうな顔をした。


「……確かに、しっかりと貴女に伝えた事はなかったな。もしや、そのせいで貴女に迷惑をかけてしまっていたのだろうか」

「まあ」


 正確には貴女が私に婚姻を申し入れるみたいな事を言いだしたせいなので、理由が分からない事はそこまで重要ではないが……周囲もハッキリと納得出来る理由があれば、もう少し周囲の騒がしさも落ち着くとは、思う。


「本当に申し訳ない。僕が貴女に婚約を申し入れたのは、貴女が僕の『運命の相手』だと確信したからだ」


 聞いても意味が分からなかった。


 そのうえ、ロックウェル令息の言葉に、皇子殿下まで頷いてくる。


「うむ。ロックウェルがこれほど早く、『運命の相手』を見つけられたのはとても素晴らしい事だ」

「は、はあ……」


 何一つピンと来ず答えに困っていると、テーアが「恐れ入りますが、」と割り込んでくる。私以上の恐れ知らずだこいつ。


「運命の相手って、どういうものなのですか? どうやって分かったのでしょう。アーヴェとロックウェル令息はこれまで話したこともなかったと、アーヴェは言っておりましたが」

「ああ……テスタ嬢の疑問も当然だな。運命の相手は、その言葉の通り、己の人生上、結ばれるのにふさわしい相手という意味だ。僕たちラガーラの人間は、運命の相手を探してチィニーに留学してきたのだ」


 それは初めて耳にする情報だった。

 それでいて、あまりに幼い子供が夢を見ているような、内容でもあった。


「僕がアーヴェ嬢を運命と確信した理由についてだが……以前、アーヴェ嬢とテスタ嬢が話している場を見かけた事がある。その姿を見た時に、アーヴェ嬢が運命なのではないかと思ったのだ。その後、魔力測定の結果を目にし、確信したという経緯がある」


 あ、属性が理由ではあったんだ。それは、少し腑に落ちる理由だ。

 いや謎はまだ残っているが。むしろ深まった?


「属性、ですか? ロックウェル令息。もしや、どなたかの結果と誤認しておられませんか。私の属性は【氷ときどき闇 ※ちょこっと風】なのですが」

「間違っていないよ。アーヴェ嬢の属性は正しく認識している」

「えぇと……土、では、ないのですが」

「勿論知って――」


 ――その瞬間、時間の切り替わりを知らせる鐘がなった。


 ボルトロッティ伯爵令嬢が去った後もこの場でしゃべり過ぎてしまった。まずい。


 あ、と固まる私とテーアには、勿論、次の授業がある。しかも次の授業の先生、遅刻とか無断欠席とか、凄い嫌いな先生ではなかったか。終わった……。


「しまった。もうそのような時間か。アーヴェ嬢、テスタ嬢、次の教室はどこだろうか。僕が教師の方には、遅れてしまった原因について、説明しよう」

「余も参ろう」

「殿下は教室にお戻りください」

「何を言う。アーヴェ・カレンダ嬢を助けたのは、余ぞ?」

「はあ……分かりました。では、共にまいりましょう」


「や、やった! お二人からの言葉があれば、流石にあの先生でも許してくれるよね……!?」


 などとテーアは喜んでいるが、私からすると、この二人と共に教室になんぞ入った日にゃ、とてつもなく囲まれる未来しか見えない。

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無駄に引っ張るの怠すぎる。
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