7 絶対こうなると思ったんだよ!
「結局愛想つかしてもらう作戦は失敗だった訳ね~」
「お金なんて有り余ってるんでしょう、ちっとも堪えた感じがなかったわリンゴ美味しかった」
「はいはいリンゴ美味しくって良かったねぇ~! それよりも、どうする訳ぇ? 金銭面とかを本当に気にしないんだったら、本格的にお断りしてくれる理由が性格の不一致とかいうのしかなくない?」
「そうよね。……いややっぱり、親御さんが本当に許すんですか? とかで攻められないかしら」
「それで本当に侯爵様方からお許しが出たら、本格的にアーヴェ逃げられなくなりそうだけど大丈夫?」
「全く大丈夫じゃない。言わなくてよかった」
はあ、とため息をつく。
すでにデートで着ていた服は脱いだ。あんな綺麗な服、どう洗ったらよいかも分からないしどうしようもない。
「そういえば今日は沢山お話したんでしょう? この前言ってた政略がどうのの理由は聞けたの?」
「……………………忘れてたっ!」
そうだ! 今日だったら魔法学校の学生とかも近くにいなくて聞き放題だったのに、完全に聞き損ねた。
「しまったあ……そこを潰せば一発でこの話は立ち消えるのに……ッ!」
「アーヴェって時々アホだよね~」
不覚……!
▲
週末を終え、新しい一週間が始まる。
魔法学校に登校した私が思った事は、
噂って、怖ぁい……。
であった。
「カレンダさん。ロックウェル令息とデートしたって本当ですの!?」
「エエ、マア、ハイ……」
「まあ……ロックウェル令息は本気で貴女と結婚を……?!」
「サア……」
ほぼ、昨日の、今日だぞ。なんで広まってる、デートしたことが。
テーアが話したのかと思って視線をやれば、「話してないよ」とばかりに首を横に振られた。まあ嘘ではないと思う、テーアだし。
となるとデートしてたのを誰かに見られたという事だろうか。
……いや寮の門前まで送られたから、あの時に見られてた? 一応、人影がないのを気にしながら入ったけど、遠目で窓の奥から見られてたら、いくらなんでも気が付かないもんな。
ともかく。噂を聞いた人々は、私から少しでも話を聞き出そうと、餌に群がる魚のようにやってきた。
「一体ロックウェル令息は貴女みたいな冴えないご令嬢のどこが良かったというの……?」
とか、デートについて問いただしに来た人は失礼だが否定できない事まで行ってくる始末。
しかも、移動する度に新しい人に囲まれてあれこれ聞き出そうとしてこられる。
何度も聞きに来てもらって申し訳ないが、一番最初の段階から私側の知識は何も増えていないんだよ。答えられる事も変わってないんだよ……!
そしてついに、恐れていた事が起こる事となった。
休憩時間の時の事。
「失礼。こちらにアーヴェ・カレンダ男爵令嬢はいらっしゃるかしら?」
教室の入口付近から、そんな声がした。
また問い詰められるのか……と視線を向けると、そこにいたのは私でも知っている上級生だった。
「ボルトロッティ伯爵令嬢……! は、はい、あちらにいらっしゃいます!」
教室入り口付近にいた男子学生はそう言って、私が座っている方角を手で示した。
周囲の視線が私に突き刺さる。
「やっばぁ……武器ロール令嬢じゃん。アーヴェ、どうする?」
と、テーアが小声に言ってきた。
ボルトロッティ伯爵令嬢。祖母が先代国王陛下の妹という、由緒ただしいお家柄のご令嬢。武器ロールというのは、どんな日でもロール状にきっちりと巻かれている髪型が武器みたく見えるからと、テーアが勝手に使っている呼び名である。
教室がざわめいていたからよかったが、本人が近くにいる場では口にしてはまずいあだ名だ。
ボルトロッティ伯爵令嬢の後ろに控えていた付き添いも兼ねていると思われてる男子学生が、私の下にやってくる。
「お嬢様がお呼びだ」
「……分かりました。テーア、少し行ってくるから」
「りょ~かい」
頑張れ、と口パクで言われる。頑張るも何もなあと思いながら、男女一人ずつを従えて歩くボルトロッティ伯爵令嬢の後ろをついていった。
辿り着いたのは人気のない、校舎の裏手である。立ったままの会話というので、こちらを対等な相手として見ていないし、好意的にも見ていないというのがよく伝わってきた。
「貴女。一体どのような搦め手を使って、ロックウェル令息を篭絡したのです」
うん、そういう話題ですよね想像ついてました。
「いえ、何もしておりません」
素直にそういったが、ボルトロッティ伯爵令嬢の後ろにいた女学生の方が噛みついてくる。
「嘘おっしゃい! お嬢様を差し置いて貴女みたいななんの取り柄もない男爵令嬢が偉大な帝国貴族に選ばれる筈がありません!」
「大方、体でしょう。汚らわしい手だ」
と、男子学生がいう。
あまりの侮辱に頭が沸騰しかけたが、すぐに冷える。どうせ怒りのまま話したところでこちらの都合の良い方に話が動く訳はないのだから。
私は、ボルトロッティ伯爵令嬢ではなく、男子学生を真っすぐに見つめた。
「お名前を知らない後ろの男子学生様。お尋ねしますが……先ほどのお言葉、本気で言ってます?」
「なんだと」
「体目当てならそれこそ、私を選ぶ理由はないでしょう。私の容姿、ちゃんと御覧になってますか? 視力に何か問題でもあるのでは?」
私は自分を自分で示しながら、そういった。
私は胸のサイズもたいしてないし、腰もたいしてくびれてないし、尻も大きくない。
平均的やや下ぐらいの体形だ。
ボルトロッティ伯爵令嬢は私と真逆。胸も大きければくびれがあり、尻も多分大きいって感じのスカートのふくらみをしている。まああれは最近はやりのスタイルで、実際の尻の大きさは反映されていないかもしれないが、そこには触れないでおく。
顔だって、私の数倍美しい顔立ちだ。
髪だとか指だとか肌だとか、細かい所全てを並べ立てたって、ボルトロッティ伯爵令嬢に叶うはずもない。
「私とボルトロッティ伯爵令嬢の姿を比べて! 私の方が男性に受けると仰るのなら、それはいくらなんでもボルトロッティ伯爵令嬢への侮辱が過ぎると思いますが……!」
「なっ……! は……?! そ、そんな事言ってないだろうッ!! お、俺はお嬢様とお前を比べたのではないッ!」
分かってますよ。「体でしょう」の意味は体形や容姿で選ばれたって意味ではなく、娼婦の真似事をしたって意味でしょう。
でも、体、としか言われなかったら、容姿を刺しているようにも聞こえなくもないし。
「そうでしたか? 事前に私とボルトロッティ伯爵令嬢を比べるような発言をした方がいたので……てっきり、男子学生様もそういう意図でおっしゃったのかと思いました」
差し置いて、という言葉の正式な意味は知らないが、比較する気持ちが彼女の中になければ出てこない言葉だとは思う。
ちらりと女学生を見ながら言えば、女学生は顔を真っ赤にする。
「ああああ貴女とお嬢様を比べる訳がないじゃない!」
「そうでしたか」
と話を区切りつつ、彼らから新たな言葉が出てくる前に、畳みかけた。
「お二方。私とボルトロッティ伯爵令嬢を比べて、私の方が素晴らしいと思われるポイントなんてある訳がありませんから、そういう考えを欠片でも持つ事は、お二人の大事な主に対して無礼極まりない思考ではありませんか? そのような言葉を口に出してはならないと、卑しい身ながら、思いますわ」
「な、な、な!」
本物の「口から生まれた人間」と比べれば弱いが、私だって簡単に打たれ負けるほど弱い精神はしていないぞ。勿論、本物には負けますがね。
何より、今の目的は、矛先をずらして、相手の勢いを削ぐ事だ。ただでさえ三人と一人で不利なのだから、せめて横の二人には出来るだけ黙っていてほしい。
……幸い、ボルトロッティ伯爵令嬢の後ろにいる二人はそこまで口が回る性質だった訳ではないようで、口ごもった。
付き添いが黙ったので、私は直接彼らの主を見つめた。
「――ボルトロッティ伯爵令嬢。まず、私は、私の無実を主張いたします」
「無実……?」
「はい。よもや、ボルトロッティ伯爵令嬢ともあろう方が私に会いに来る前に、私について調べていないなんて事はないかと存じますが……。私はこの魔法学校に入学してからというものの、偉大なる帝国からの留学生とは、ただの一人もかかわった事はございません。令息どころか、ご令嬢ともです」
「……」
何も言い返してこない。こちらがボロを出すのを待っているのか、それとも単純に何を言い出したのか、最後まで聞く気持ちなのか……分からないな。ともかく、口を挟まれていないのならば、話し続けるしかない。
「国王陛下の御前でも誓う事が出来ますが、私とロックウェル令息とが会話をしたのは、魔力測定日の次の日が初めての事でございます」
「……つまり、噂になっている通り、貴女は自分がロックウェル令息に選ばれた理由については何一つ心あたりはないと仰るのね」
「はい」
「では、ロックウェル令息とデートをしたというのは、どう説明するのかしら」
「恐れ多くも、お誘いを受けた為でございます。正当な理由なく、目上の方からの誘いを断るような事など、どうしてできましょうか。それに、ロックウェル令息のお心は何一つ分かりませんが、共に過ごす時間があれば、ロックウェル令息のお目にかかった霧も晴れると愚考したのです」
まあ実際は、愛想をつかしてもらう作戦は失敗したのだが。
「よく回る口ね。誇りある貴族というより、薄汚い商人のよう」
「お褒めいただき光栄でございます」
おっと、お礼を言うのは悪手だったか。ボルトロッティ伯爵令嬢からの視線が厳しくなった。はてさてどうしたらこの場を切り抜けられるものか……と、思った時だった。
ボルトロッティ伯爵令嬢ら三人の背後から、すっと、一人の人影が現れた。
それが誰か理解した瞬間、私はここが外で、足元がむき出しの地面だと理解しながら、その場で両ひざを地面につけた。
「な、なにをして……」
流石のボルトロッティ伯爵令嬢も、予告ない私の動作に驚いたようだったが、それ以上の衝撃が彼女を襲う事となった。
「ふむ。チィニーでは話をするのに、野外で、不平等な状態を作るのが一般的なのだろうか」
「え……ジョ、ジョスリン殿下……!?」
ボルトロッティ伯爵令嬢が、彼女らしくないひっくり返るような声を上げた。
透明感のある青い髪の、凛々しい青年。
――人気のない所に突如現れたのは、ラガーラ帝国の留学生の中心的存在である、皇子殿下御本人だったのだから、衝撃的なのは間違いなかった。