5 求む、愛想をつかされる方法!
朝の婚約の申し入れから、婚約前提のお付き合いに変化した提案。
その場を収めるには頷くしかなく頷いたのだが、その後に私の名前はあっという間に広がった。おかげで、今まで話したこともない令嬢たちが私にこぞって話しかけてくる。
内容はほぼ決まっている。
「どうしてロックウェル令息に選ばれたのですか!?」
という内容だ。
そんなの、私が知りたいが? と言い返したいが、大半が私より上の家の令嬢ばかり。そんな雑な対応は出来ない。
なので、曖昧に、
「さあ……分かりませんわ。ですがこれまで、一度も話したことはありませんでしたの。タイミングからして、何か、属性が理由ではないかと思っておりますが……」
と、濁す。
嘘はついてないし、なんなら自分で出来る推測の結果も話しているから、真摯な回答になっていると思う。
私の属性が氷、ロックウェル令息の属性が土と分かった後は、「本当にそれですの?」と疑ってくる令嬢もいるが、何度も繰り返し「私も正式な理由は知りませんの」と言い貫く事で、なんとかその場を乗り切っている。
「だぁ~~! いい迷惑! 疲れる! 私に聞くな、ロックウェル令息に聞きに行けっ!!!」
「荒れてるねえ」
学校が終わり、寮の自室に帰ってきた私に、テーアはそうのんきな声を出してきた。
ド田舎男爵出身の私たちは、学校の寮に入っているのだが、テーアと私は同室だから、帰ってくる場所も同じなのだ。
のんきなテーアを、私は睨む。
「自分だけさっさと人込みから逃げ出した薄情者……」
「ええ~、だってあたしはアーヴェとロックウェル令息の恋路について何も知らないもん」
「恋路言うな!」
突っ込みながら、私は部屋の棚に並んでいる教科書に指を走らせる。その中から、一冊の教科書を取り出す。
「何見るの? 予習?」
「違うよ。『ラガーラ帝国史』! いままでは対して本気で見てなかったけど、ロックウェル令息と関わらざるを得ない以上、敵の情報は必須でしょ」
「敵って……アーヴェ……」
呆れたようなテーアの声を無視して、何度か見ている教科書を開く。
――ラガーラ帝国。
世界地図のど真ん中にあり、世界最大国家だ。
この国がここまで大きくなった理由の一つに、「魔法研究の最先端国家」というものがある。
『メギストス式魔力判定法』を確立したメギストスをはじめとして、魔法理論の多くは帝国で生まれ、浸透し、帝国が国土を広げると共に、世界中に広まっていった。
帝国はおおよそ五百年ほど前から二百年前までの三百年間、国土を広げ続けて行っていた。
その間にもし帝国とチィニーが戦争にでもなっていたら、一瞬でチィニーは歴史からも世界地図の上からも消え去っていた。
それぐらい、チィニーには力がない。
だが、チィニーは、大陸の端の端にある。行くだけですら、ただただ時間がかかる。
そのうえ、率先して取りたくなるような資源もない。帝国からすれば目にも入らないほど、ちっぽけな国だった。
それらの理由でチィニーに帝国の手が伸びる事はなく、現在でも歴史が続いている。我が国の独立が守られたのは価値が低く、運が良かっただけだ。
そして今から二百年ほど前に、帝国は国土拡大よりも内政に力を入れる事にした。長い戦争は帝国を弱らせたと思われたが、そんな事はなかった。
発展していた軍事技術の、転用。それらにより、あっという間に帝国はもとより強かったのに、更なる強国となる事になった。
魔法、工業、化学。後色々。
さまざまな分野で帝国の研究は他国の二歩三歩先を行き、帝国はどんどんと発展していった。
こうして世界の中心は帝国となり、今に、至る。
この辺りは基本的な知識。もっと専門的な何かがあればと思いページをめくるも、望むようなものはなかった。つまり、ロックウェル令息――侯爵家にまつわるような何かの情報、という事だ。
「ロックウェル家、名前もちらとも出て来ん!」
私は教科書を放り投げた。初めて見た時は「急遽追加でこんな分厚い教科書を学ばせる事にするなんて……」と思ったが、今は逆に、薄すぎると感じた。もっと色々な情報が載ってる本であってほしかった。教科書なんだから!
もっと専門的な教科書なら出てきたのだろうか。歴史も長い侯爵家らしい、という大雑把な情報しか、今の私の手元にはない。これは困る!
「うううう……敵の情報が少しでも出てくればと思ったのにいぃ~」
「直接聞けば良いじゃない」
「そうは言うけど、そうは言うけどぉ~~!」
ベッドの上でゴロゴロ寝返りを打っていると、こんこん、という扉をノックする音。
「はぁ~い」
テーアが返事をすると、廊下から聞こえてきたのは寮母さんの声だった。
「カレンダさん? お手紙が届いていますよ」
私とテーアは顔を見合わせた。昨日家族に送った、属性の報告に対する返信だとしたら、早すぎる。
首を傾げながらドアを開ければ寮母さんは片手に荷物を抱えて、もう片方の手で私に手紙を差し出してきた。
「はい確かに渡したからね」
と、早々に寮母さんは立ち去っていった。その背中を見送りながら、私は見下ろした手紙の表……アーヴェ・カレンダ嬢へ、という文字を見つめた。
見覚えがない。
……だが悲しい事に、心当たりが、一件だけあった。
差出人の名前を見る。
フレドリック・ロックウェル。
そう、書かれていた。
「ヒイイッ!」
ドアを閉めて、私は悲鳴を上げた。不思議そうな顔をしているテーアに差出人の名前を見せると、彼女は目を輝かせた。
「えっ! 早速!? なんて書いてあるの? 早く開けて開けて。読んでみてよ!」
ぐいぐいぐいっと身を乗り出してくるテーアに言われるがまま、震える手で封を切った。
「なんて書いてあるの? なんて書いてあるの?」
わくわくした顔で覗き込んでくるテーアの顔を押しのけて手紙の封を開ける。
「うわっ、なんか香りついてる」
「やだぁ~! 高級って感じ~」
「なにこの紙……もはや手触りも触った事ないレベルで良い紙だ……!!」
「封筒もめっちゃすごくない? なんかキラキラして見えるんですけど」
「ごほん。……ともかく内容よね、えーと……」
(前略)よければアーヴェ嬢の都合の良い時に、デートというものをしないだろうか?
都合が良い日付を、返事で送ってもらえると助かる。(後略)
「……暫く空いてる日はありません、で良いか」
「こらこら! 嘘よくない」
「デートに行ける恰好もないしそれの為に準備するお金も勿体ないじゃん!」
「も~~! もっとキラキラした心は持てないの? なんで恋愛全部どうでもいいみたいなスタンスなの!」
「恋愛が全部どうでもいいなんて言ってないでしょう!? 私は、魔法を学びに来てるのに余計な事に煩わされたくないだけ」
「今日以前だったら『そういうのもありね』って言ってあげられたけど、今日からは、無! 理! なのよ。分かってる?!」
「クッ……」
テーアの言葉も一理……いや、正しい。
断れる状況ではなかったが、私も自分の意思で、『お付き合い』を受け入れた。
つまり、これから私は振られるまでの間、ロックウェル令息の彼女という事。周囲にもそういう目で見られるのだ。煩わしい事案に巻き込まれる確率百パーセント。逃げ場なし。
「テーアお願い。どうやったら私、ロックウェル令息に振られると思う……!?」
「どうやったら別れないですむ、じゃなくて、振られるの目指すあたりがアーヴェよね」
「テーアだって、いくら玉の輿ったって、侯爵家とは無理って思わない? 明日から超絶すましたご夫人目指して厳しい家庭教師が付きます、とか言われたら最悪でしょ!? 玉の輿は超絶裕福商人の奥さんになるとかが最高ねって話してたじゃない!」
「え~。あたしだったら、ロックウェル令息に『結婚してください』……なんて言われちゃったら、ちゃんと色々頑張っちゃうかも~!」
「恋愛脳め」
「恋愛不全者~?」
「不全まではいかないって。ちゃんと魔法学校卒業したら自分で持参金分は働いて貯めたりして、それからぼちぼち親に結婚相手探してもらうつもりだったし……」
「ま、そうね。アーヴェは初恋もちゃんとしてるし、不全は言い過ぎだったね。ごめんごめん」
「やめろ人の忘れたい思い出をよみがえらせるような発言をするな。……でも本当に恰好問題は頭が痛いじゃん……。汚すぎて家に悪い噂つくのはさすがに嫌だし……」
「目的は愛想をつかしてもらう事なんでしょ? なら制服のまま、特に準備もしないでいけば良いんじゃないの。それで、デートにかかる費用も全部払ってもらうとか」
「それだ!!」
婚約同士とかならばともかく、ただのお付き合いの段階でデートに関わる金銭を全て男に集る女……良い感じに嫌がられるのでは!?
私はそう考えて、今週末――ではなく、その前日。つまり、週のうち、授業がある日の最終日を指定した。
放課後ならば制服のまま移動しても目立たないし、次の日が休みなら、噂の広まり具合もゆっくりだろう。きっと。
返信を書き、それを寮の入口で配達希望物に紛れ込ます。住所は、届いた手紙に記載してあった。都の中でも特に高級な家が立ち並ぶ区画の住所だった。やはり私とは住む世界が違い過ぎる……。そう思いながら手紙を送ると、次の日には連絡が返ってきた。私の提案した日付で良いという事で、話が纏まったのだ。
属性が判明してから、たった二日で、人生初の異性とのデートとやらの日程が決まってしまったのだった。




