3 待望の測定でハッピー! ……え? 婚約? なんで!?
次の日。
魔力測定、当日。
流石にこの日は、色恋に浮かれた学生たちも、属性の事で頭がいっぱいになるようだ。そこかしこから聞こえてくる会話の内容は、属性に関するものばかりだった。
「俺火属性じゃなかったらどうしよう~! 親父になんて言われるか」
「お前の家、代々火属性ばっかりだものな」
「私は可愛らしい水属性が良いわ」
「かわいらしさなら光の方が上でなくって?」
「闇だけはやだな~、なんか怖がられそうじゃん?」
「分かる。それでいくと、土もちょっとダサいよな」
「風風風風風風風風風風風風風風風風風風風風」
「頼む光であってくれ頼む光頼む頼む頼む頼む」
四方八方、学生たちは自分の希望の属性について、喋っている。
テーアも、今日ばかりは――私がいつも乗らないからかもしれないが――留学生たちの話題ではなく、属性の話を振ってきた。
「あたし、土がいいな~」
「あら、テーアはもっと派手な魔法が使いたいと言うかと思ってたけど」
「派手なのも憧れるけどぉ、アーヴェが言うように、汚れないで汚れ仕事が出来るって最高じゃん? それに、あの残念土地をどうにか出来たら我が家もマシになるのになぁ~とかは、あたしも思う訳」
「それはそう」
幼馴染であるテーアのテスタ男爵家は、私の家のお隣さん。
そして、カレンダ家とテスタ家は共通して、あの、畑にもならないし放牧に使える草もほぼ生えていない、使いどころのない土地を持っている。その土地は、二つの男爵領の領地にまたがるように広がっている訳だ。
緩くて大雑把な田舎で暮らしている私たちだって、悩みはいくらでもある。そしてあの存在はしているが活用できていない――強いて言えば、端の一部に家を建てている場所があるぐらいにしか使えていない――土地がせめて何かに使えるようになれば、テスタ男爵領もカレンダ男爵領も、もう少し豊かになれると思うのだ。
何の属性にせよ、魔法学校にわざわざ入学した私たちは、卒業後、学んだ力を領民に還元する事が求められる。
貴族とは昔からそういうもので、平民より魔法を使える者が多い分、現場で率先して力を使う事が求められる。
むしろ、魔法を使えて領地に還元するからこそ、貴族という特権階級がそのまま許容されているのだ。
だからこそ、自分の領地に合った魔法を覚えたいと思うのは当然の事だ。雨が少ない地域の人間であれば、火属性などよりも、水属性の適正を持って水魔法を使えるようになりたいと思うだろう。
魔力測定を行う為に、一年生たち(と、昨年受けれなかった少数の在学生)は学校の大ホールに集まっていた。入学式の場としても活用されたその奥に、属性測定器があるらしい。しかしその姿は、入学式の時から今に至るまで、最奥の扉の向こう側に隠されたまま。
万が一がないように、測定器は使う時以外、封印して守られている為だ。
ざわついていた学生の声は、学校長の登場により沈黙へと変わる。学校長は複数人の先生たちと共に封印の魔法を解いた。
そして、扉が開かれる。
「おお~」
と、私も含めた、学生たちの声が上がる。
扉の向こうには、とても大きな機械があった。中心に大きな球体があり、その周りにいくつもの輪がついている。
床から見て、建物の二階にまで普通に到達するぐらいの高さがある。なるほど、あれほど大きいのなら大ホールぐらいに天井の高さがあるところにしか、保管出来ない。
教師陣の魔法でズズズ……と進み出てきた測定器。
指定の場所まで進んでくると、その測定器の周りに八人の魔法使いたちが立った。魔石もセットされていく。そして、学校長の音頭に従い、魔力を注ぎ込み始めた。
周りには、高そうな魔力をため込んだ魔蓄石がいくつもいくつもおかれている。立派な大きさだ。あの魔蓄石一つで、平民なら一家族が一年は暮らせる事だろう。
それぐらい価値があるものを使わないと使えないほどに、測定器は稼働にかかる労力が大きい、という事が目で見て分かる。
ついに測定器が動き出す。
キュオン、なんて音が聞こえた後、中心の大きな球体に光がともり、周囲の輪が、ゆっくりと回りだした。
どの状態が完全に稼働した姿なのか分からず、ジッと見つめ続ける。
少しして、その輪の動きが安定したかな? という時に、学校長が測定器の前に立ち、両腕を大きく左右ひ広げた。
「――これより、魔力測定を開始する!」
ワアッ、と喜びの声が上がる。
それをごほんごほんと咳払いで収めてから、学校長はちらちらと横を見つつ、学生たちに手順を説明し始めた。
「おひとりおひとり、名を読み上げます。名を呼ばれた学生は前に進み出て、そちらの石板に手をかざし、自分の魔力を注ぎ込んでください」
言われてから気が付いた。大きな球体に気を取られていたが、視線を下げると、確かに石板があった。どうやら機械と繋がる形で、石板が立っている。
「その後、属性の測定が終わりますと、石板に属性が浮かんできます。そちらを教師が記録しますので、その記録が、あなた方の属性を公的に認める書類になります。無くさないように」
はーい、なんて声が響く。
だが、一部は話を聞きながらも、視線だけは学校長のように、横横に向いていた。
見たい訳ではない私の視界の隅にも、彼らはいた。
誰かといえば、かの留学生御一行である。
大ホールの壁際、優雅に用意された椅子に座して、まるで子供の発表会を見に来た親の如く、私たちを見ている。
(『婚活』が、一行に進んでいない様子だったのは、測定を待ってたのかな? まあ確かに、上級生より都合がよい学生が後から現れたら、面倒そうだもんな)
知りたくなくてもテーアのお陰で色々聞いたせいで知っている。
これまで、婚活を掲げている割に、留学生たちは積極的に動いていなかった。異性からのアピールに乗る事はあっても、明確に誰かを選ぶような挙動はしていなかった。
だから、昨日テーアが盛り上がっていたように、二回目のお茶会に呼ばれただけで盛り上がったりしていたのだ。
でもよくよく考えれば、今日まで曖昧な態度をとってきたのは、当たり前だ。
学生の中に「○○属性じゃなかったら」と不安がる学生がいたように、特定の属性に拘る家はある。そういうのは歴史も長く、爵位も高い家に多い傾向だ。
うちのような、属性に拘っておらず、検査を必要とすら考えていない田舎貴族ではありえない事であるが、高位貴族の中には、属性が理由として後から婚約を白紙にする事もあるのだという。
魔力や魔法について、チィニーよりも何もかも進んでいる帝国では、属性へのこだわりはこの国以上だと聞く。
同属性同士で子をなすと、同じ属性の子供が生まれやすいらしい事もあり、自分の属性、結婚相手の属性は重要なのだ。
私たちの近くにいた学生たちの声が聞こえた。
「私、土属性でも良いわ。土属性だったら、ロックウェル様にアピールできるもの! ボルトロッティ伯爵令嬢という強敵はいらっしゃるけれど、チャンスがあるかもしれないし」
「風属性だったら最高ね。ジョスリン皇子殿下は風属性でしたでしょう?」
「風でしたら、マクラウド伯爵令息も風でしてよ!」
目がどうにもぎらついている。皆、よく記憶してるなぁ……と私は思ってしまった。
(まあ貴族の政略結婚なんて、自分の利点を売り込んでナンボ、相手の利点をしっかり調べてナンボではあるけどね)
それが恥ずかしい事だとは思わない。私みたいなド田舎貴族令嬢には関係のない話だ。
私の目的は、魔法を出来る限り最高の状態で習得して、実家に帰ってからは領地を発展させる事だ。都に出てきて、発展している土地を見て、以前からぼんやりとあった思いは強くなっていた。
自分ひとりで都ほどに実家を発展させる事なんてできないと分かっている。けれど、少しでもよりよくする事は出来るはずだ。
(留学生の御方々の事はどうでもいいわ!)
それより、魔力測定が始まったのだ!
ひとりひとり、学生たちが前に進み出て、測定されていく。
測定が終わった学生たちは大ホールに残っていても邪魔なので、大ホールから追い出される。
ぶっちゃけると、石板に文字が浮かぶので、見ようと思えば他人の検査結果も丸見えである。中には結果を誰かに見られたくなくて石板に密着する学生もいるが、教師が確認のために学生をどかすので、結局見られてしまう。
「テスタ! テーア・テスタ男爵令嬢!」
「あ、呼ばれた。行ってくるね~」
「うん、しっかりね」
「はーい」
テーアが先に呼ばれて石板の前に行った。私は後ろから、テーアの属性って何だろう? と見つめていた。
テーアのお母さんであるおばさんは、風属性だった。親子は同じ属性が出やすいので、テーアも風属性かもしれない。
そんな事を思っていると、テーアの測定が終わったようだ。会話は聞こえないが、石板に書かれた属性は……水! へえ、水か。いいな。水やりが楽になるし、雨が降らなかった時に便利そうでいいなぁ、水属性。
テーアは教師から資料を貰った後、私に目配せしてきた。グッと親指を突き出した上で散々昨日持ってくるように伝えていた資料を見せたテーアは、るんるんと軽い足取りで大ホールを後にしていく。
その後数人の学生の測定を見送った後、ついに私の番になった。
「カレンダ! アーヴェ・カレンダ男爵令嬢!」
「はい!」
私は石板の前にそそくさと移動し、石板に手をかざす。
「魔力捜査は出来るわね? なんでもよいの。何か魔法をぶつける気持ちでもよいから、魔力を石板に向けてね」
横に立っていた説明役の教師の指示に従い、魔力を注ぐ。魔力操作は、そこそこうまい方ではないかと思っている。
注ぎながら、私の期待はどんどんと膨らんでいく。
(何属性かな。父さんが自称土属性、母さんは自称火属性。兄さんと姉さんもそれぞれ自称火と自称土だから、私も土? でもお祖母さんは水が得意だったらしいから、私も隔世遺伝って奴で、水属性って事もあるかも。水だったら、テーアと同じゼミに入れればあの子のことも見れるから、テーアのおばさんたちに頼まれたように、テーアの面倒も見れるし悪くないな)
そんな妄想が止まらないでいると、暫くして、石板に文字が浮かび上がった。
【氷】
「はーい、少しどいてね」
測定結果が出たと、教師にどかせられる。それから、測定を記録する係の教師は、手元の資料に更々と文字を書き込んでいった。
「はい、アーヴェ・カレンダさんは、【氷ときどき闇】ね」
「ときどき闇?」
「ええそうよ。この氷の文字の下を見てみて」
言われて視線を向ければ、氷という文字の下に、うす~~く、闇という文字も見える。
「属性は、きっぱりハッキリ一つじゃない事も多いのよ。習ったでしょう? だから一番強い属性が、はっきりでてきて、他の傾向は、薄く表記されるの。基本的には、一番強い属性を自分の属性と思って育てれば良いわ。……ん~、よく見たらほんのちょっとだけど、【風】もあるわね。……よし。はい。あなたの測定結果書よ」
そう言って渡された私の紙には、【氷ときどき闇 ※ちょこっと風】と記載されていた。
促されて、私はすぐに大ホールを出る。
廊下に出た私は、拳を握った。
「ッシャア!!!!」
これから私は、歩く氷室、って事……!?
どの属性だって使いどころであたりになるに決まっている。
だがしかし、氷は最高でしょ。想像するだけで便利すぎる……!
氷なんて、欲しくても簡単に作れないもの筆頭だ。
水は雨が降れば解決出来るし、火も土も、たいていのものは人間の力でも解決出来たりする。けれど氷に関しては、そうもいかない。
水属性を極めた人には、水の温度まで操作出来る人もいて、結果として氷を作れる人もいるらしい。でもそれはとてつもなく極めた一部の人の話で、氷を作るのは簡単ではないのだ。
魔力を注ぐだけで水を冷やして氷を作る魔法道具も今は存在しているが、高価すぎて、田舎にはない。
カレンダ領では、冬に作った氷を、出来る限り寒い所に集めて、それを少しずつ使うのだ。その苦労が、将来的にはなくなるかもしれない。
最高! ハッピー! 超ワンダフルッ!!!
ついつい、最近はやりの帝国風に喜びをあらわにしながら、私は速足で事務局に向かう。
色々な資料の提出も、遠方への手紙の提出も、事務局で出来るからだ。
「あ、アーヴェきた~。どうだった~?」
すでに書類の提出を終えているらしいテーアに、私は結果の記載された紙を突き付けるようにしながら言った。
「氷ときどき闇 ※ちょこっと風!」
「氷マジ~~!? 超便利そうじゃん! え、今度からアーヴェに冷やしておいて欲しいものを渡したら冷やしてくれるって事でしょ? 歩く氷室じゃん!」
流石幼馴染。発想が同じ。
「速攻手紙と入部志願書と複製希望申請書出す、待ってて」
「おっけ~」
私は速攻で家への結果の手紙、氷属性のゼミへの入部志願書、それから今持っている魔力測定の結果の複製を希望する申請書を提出した。一番最後の紙に関しては、即座に複製が手渡され、受付をふさがないように追いやられた。
「よし、テーア。今日はどうせ授業もないし、学校抜け出して役所へ直行するわよ。そしてこの複製を提出しましょう!」
「は~い! さっき馬車呼んだから、そろそろ来ると思うよ~」
「手際よすぎる最高」
手を合わせる。
私たちは自分の属性を証明する紙のコピーを握ったまま、馬車に飛び乗った。
「そういえばテーアは? 一番強いのが水ってのは見えたんだけど、他は何かあった?」
「私は【水 ちょっと土】だったよ。ほら」
「てことは、汚れず土を耕すのが、本格的に出来るんじゃないの?」
「いけるかもね~。てかアーヴェ、ときどき闇って何が出来るんだろ?」
「さっぱり分かんない。まあ、そのあたりはおいおいで良いわよ」
そんな事を語り合いつつ、無事に国に書類を提出した。これで、自分がアーヴェ・カレンダ、テーア・テスタだと証明さえ出来れば、自分たちの属性がなんであるかをいつでも正式に証明できるという訳。
「っは~~、明日からの学校生活、とっても楽しみ!」
▼
「アーヴェ・カレンダ嬢。良ければ、僕と結婚を前提としたお付き合いをしていただけませんか」
「は?」
キャアアッ!!! とかいう、女学生の悲鳴がうるさい。耳が壊れるかと思った。いや多分壊れた。だから今目の前でなんか存じ上げない赤髪の男子学生が言った言葉も多分私の空耳だと思う。うん、多分空耳空耳――。
「ああ……申し訳ない。気持ちが先走って、名乗る事もせずに……。僕はラガーラ帝国、ロックウェル侯爵家の三男、フレドリック・ロックウェル。――どうか、僕と結婚を前提に婚約していただきたい、カレンダ嬢」
空耳じゃなあい!
反射で数歩下がれば、相手は数歩進んでくる。一定の間隔を全く崩さずくるその姿に、私の顔は盛大に引き攣っていたに違いない。
「お、おほほほ、し、失礼ですが、どなたかとお間違いでは? 私はチィニーのド田舎の男爵令嬢です。大ラガーラ帝国の侯爵家のご子息となんて、到底つり合いは取れませんので……!」
「チィニーに留学するにあたって、父母からは相手の身分は問わないと言われているんだ」
そっと、ロックウェル令息がその場で片膝をつく。絵本や演劇に出てくる王子のような挙動に、周囲のやたら大きな悲鳴は、まるで地鳴りのように校舎を揺らしていた。
「どうか、前向きに考えていただけないだろうか……?」
出来るかッ!!!!!!!!!!