25 何故か、確信を得たらしい?
カレンダ男爵領の例の土地。
正式名称すら特にない、『子供らの遊び場(ぐらいにしか使えないの意味)』と呼ばれている土地だ。
それは、カレンダ男爵家と、その隣のテスタ男爵家の領地にまたがっている、ほぼ死んでいる土地だ。
分かりやすく図にするのなら、大体こんなイメージだ。
まず、カレンダ男爵領とテスタ男爵領が横に並んでいる縦長の土地で。
その下半分にはそれぞれ男爵領の中心地である町や、村々、畑、森、川などがある。なので、横に移動すれば、割と簡単に隣の領地の中心の町に行く事が出来るようになっている。
一方で、上半分に広がっているのが、『子供らの遊び場』こと例の土地である。
未開拓の森でもなく、殆どの部分が地面が露出している、土地。
本当に死んでいる土地ではないのだが(少ないが、木が生えたりもしてはいる)、畑にするには土壌を変える為のかなり大幅な工事が必要で、放牧場所にするには草が生えていない場所なのである。
せめて森ぐらい木が生えていたら良かったのに、川が流れている箇所はあるが、多少の木は生えていても、森と言えるほど自然豊かでもない。
別に、過去にカレンダ男爵家が森を伐採した記録もない。
昔っからはらっぽというか、大地が見えている何もない土地だった。
――なんなら使えない土地だから自分の領地にしたくなかったが、誰も取らなくて、仕方なしにテスタ男爵領と半分ずつ引き取ったという記録がある。
こうなると使いどころは精々家を建てる事ぐらい。
ただ、ここに家を建てると領地の中心から遠くなり、利便性が悪くなってしまう為、あの土地に家を建てている人もそう多くない。
そっちの土地から領地の中心地に行こうとすると、森を超えたり、丘を越えたりしなくてはいけないので、中々面倒なのだ。
そんな所にわざわざ住みたい人は、多くない。
もしかしたらの話だけれど、人口が増えれば遠くてもそのあたりに住む人も出てきたかもしれない。
けれどカレンダ男爵家は田舎なので、率先して人がやってきて住み着く事はない。
つまり実質的に、今いる領民が結婚して子供を増やす以外では、人口は早々増えない訳で……。
結局のところ、使いどころのない土地は、手入れらしい手入れも殆どされないまま、土地が手つかずのまま放置されている――という訳である。
(まさかあんな土地を見たいと言われるとは……)
フレドリック様の希望は正直なところ予想外だった。しかし拒絶するような、変なお願いでもない。
その土地を見たいのであれば、一旦家に帰り、魔力自動車で移動した方が早い。
そんな訳で私たちは牛にのってまた家に帰り、そこから魔力自動車に乗り換えて、土地を目指す事になった。
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出発前は私とテーアが、運転手の方に行き方を説明した。
「この辺りまで、舗装はされてないですが道が続いてまして。そこを直進してもらうと橋が見えるので、橋を渡ってもらって……」
「はいはぁ~い。アーヴェ、土地を見るなら丘の上のがいーんじゃない?」
「あー……確かにそうかも。でも魔力自動車でいける?」
「ロックウェル令息たちが気になさらなければぁ~、橋行かないでそのまま真っすぐ行って貰って、ギリギリの所で降りて歩くといけるし~」
「歩くのは、僕もアイスハートも構わないが」
「ええ。問題ありませんわ」
「……ならそう致しましょう。お願いできますか? 橋を渡らないでそのまま直進していただいて……」
と説明をあれやこれやして。
無事、丘に比較的近い場所まで魔力自動車にて移動をし、その後は徒歩で歩いていく。
目的地は丘のてっぺん。つまり、上り坂だ。
舗装など勿論されていない地面の上を、場所に似合わない服装で上がっていく。
「目に見えて、植物が減っているんだな……」
「ここまであきらかに減っていくのは、いささか異様ですね。地域性というには、距離が近すぎるようにも感じますし」
フレドリック様とアイスハート子爵令嬢の話を半分ぐらい聞き流しながら、私とテーアは先導していく。
私たちにとっては慣れた道だけれど、フレドリック様とアイスハート子爵令嬢にとってはどうだろうか? 口では問題ないと言いつつ、気にはなるのではないか。フレドリック様は体が強い訳ではないし、アイスハート子爵令嬢はなんといっても女性である。都の方で暮らしている都会派の貴族令嬢も、私たちが思っていたほどに動かない訳ではない。むしろダンスだとか、ずっと立ちっぱなしの社交界だとか、違う意味での体力が求められた利する。だがしかし、こういう大自然相手の運動というのは、綺麗な床の上のダンスとはまた勝手が違う。少なくとも、私の体感は、そうだ。
しかしここが一番まともな歩道で、これ以上の歩きやすい道なんてない。あるのは獣道ばかりだ。内心でどう思われていたとしても、我慢していただくしか道はない。
「着きましたぁ~!」
テーアがそう声を上げる。
言葉の通り、私たち四人は目的地である丘の上に到着した。そこからは、フレドリック様が見たいと言っていた、土地がほぼ一望出来る。流石に全ては見えないが、この土地がどんな土地か、という見た目を見るだけならば、十分だ。
「懐かし~。なんだかこれを見ると、帰って来たぁって感じよねぇ~」
「本当にね」
特に目立つものがある訳ではないのだけれど、やはり、幼いころから見慣れた風景。郷愁って奴を感じる。
そんな会話を少し二人でした所で、私は気が付いた。土地を見渡したいと言い出した、フレドリック様の反応が、全然ない事にだ。
フレドリック様は一人、丘の上に進み出ていた。そして、食い入るように、この土地を見つめていた。
特に見るべきものもない方角をジッと見つめている姿に、心配の感情が湧き出てくる。
「フレドリック様? どうしました?」
私はフレドリック様に近づきながらそう尋ねる。フレドリック様限界ギリギリという位に目を見開いて、ひたすらに景色を凝視していた。その瞳は、うっすらと潤んでいるようにすら見える。困惑して私は、アイスハート子爵令嬢の方を見る。
アイスハート子爵令嬢も理由とかが分からないようで、首を傾げられた。
テーアは勿論、何か分かっている訳もない。
どうしたらいいのかと困っていると、突如、フレドリック様は私の両手を握った。
「はぇっ!?」
「やはり、やはりそうなんだ。……ああ、アーヴェ嬢。君が、僕の……!」
熱のこもった声に、蒸気している頬。布越しなのに分かる、熱くなっている手。
「ふ、フレドリック様! 落ち着いてください。深呼吸をっ!」
「失礼いたしますわ」
何が起きているか分からないものの、興奮したフレドリック様の体温が上がっている事に慌てる私と、冷静にフレドリック様の首回りに氷の塊を魔法で出現させる、アイスハート子爵令嬢。
そして、私たちの動きに全く付いて行けず、顔に「なに? どういうこと?」という文字が浮かんでいる、テーア。
テーアの疑問は私とて同じだ。一体何があったのか。そんな風に思う私の手を握ったまま、フレドリック様は、目を潤ませながら叫ぶように言った。
「ここだ。あの時、私が見た場所は、ここなんだ!」
「…………? ……あっ!」
一瞬、なんの話か分からなかった。少し考えてから、理解する。
フレドリック様が言った、あの時見た場所。――つまりそれは、神の娘から見せられた、未来予知に近い光景の事だ。
確かフレドリック様が語った内容は、どこかの丘の上? から、土地を見渡している年のいった女性に声をかけ、二人で並んでその土地を見ている……ような内容だったか。その時のフレドリック様自身も年老いていたから、その結婚相手と結婚する事によって、フレドリック様は長生き出来るのではないか。そう、彼や彼の家族は考えている――という話だった筈。
「え、ここなのですか?」
「ああ。間違いない。ここだ。ここなんだ!」
フレドリック様は力強く言う。しかしその言葉が真実だと保障出来るものは、何もない。
何せ神の娘が垣間見せた光景は、本人しか見ていないのだ。だから、フレドリック様が見た光景が、この場所だという証拠は、誰にも出せない。
唯一あるのが、フレドリック様ご自身の証言だけ。
「……ここが? こんな、何もない所が?」
この土地が、私がフレドリック様に選ばれた切っ掛けの光景の土地だというのか。
なんともしっくりこないのだが、フレドリック様は何度も頷き、「間違いない。ここだ!」と言い張る。彼の意見を否定したい訳ではないのだけれど、こう、あまりに特別さのない場所過ぎて、素直に祝福する事も出来ない。
予知の事を知らないテーアは「何々? 何の話?」と不思議そうな顔をしている。
「なんでもないの。ちょっと、こっちの話だからテーアは気にしないで」
「ふうん?」
テーアはそれ以上は聞いてこなかった。助かる。
なんだか、おめでとうござます! とは言えないでいる私と、感動して大喜びし、何故かその場で神の娘たちに向かって感謝の祝詞のようなものを唱えだしてしまったフレドリック様。
なんとも、混沌としている。
(……いや待てよ。二人でこの土地を見てたって事は、チィニーにいるって事だ。……ここで暮らしているのかな? それともたまたま、里帰りしていた?)
どちらにせよ、それが現実化するのは、そこまで悪い話でもない気がしてきた。どれぐらいの頻度かは分からないが定期的に里帰りできているとしたら、他国の人間に嫁いだ事を考えると、とてつもなく恵まれている環境だ。
まあでも垣間見た未来の光景については、これ以上、私が口出しすべきものでもないだろう。状況が理解出来ている筈のアイスハート子爵令嬢も、余計な口は出さないでいる。あくまでその光景はフレドリック様に関わる未来でしかないから、彼女からすれば、全く関係ない人生の話なのだ。
(そういえば、アイスハート子爵令嬢は……どんな未来を垣間見て、ここまで来たのだろう)
そんな事を思っていると、目が合った。アイスハート子爵令嬢はニコリと微笑んだ。その微笑みから、彼女の考えている事は、全く読めなかった。
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とりあえず、目的は果たされた。このままずっと此処にいるとしても、やる事はない。
四人で、再び屋敷まで帰ってきた時には、なかなか良い時間だった訳だが、ここで問題が発生した。
部屋が、足りない。
本来はフレドリック様と私とテーアの三人だった。テーアは実家に帰るから、カレンダ男爵家に寝泊りするのは私とフレドリック様の二人だけだった訳だ。
そこに、急遽アイスハート子爵令嬢も追加で増えた。
カレンダ男爵家は対して部屋が多い訳ではない。そして現在、この屋敷には両親、兄夫婦、姉が暮らしている。
私は元々あった自室で寝る。
客間は二つだけ。そこにフレドリック様が寝る予定だった。もう一つは、付いてこられた使用人の方々が固まって寝泊りされる。ちなみに交代で、フレドリック様の護衛もされるとの事だ。カレンダ男爵家としては、フレドリック様の身の安全を保証できる防衛能力なんてないので、ありがたい話である。
それはさておき。
……見事に、アイスハート子爵令嬢の部屋がない。
どうしたものかと頭を抱えたが、そこで声を上げてくれたのが、テーアだった。
「テスタ家ならもう少し部屋の空きがあるから、いけますぅ~」
「まあ、よろしいのですか?」
「勿論、アイスハート子爵令嬢がよろしければぁ~」
「では、泊まらせていただきますわ」
そんな会話をしたテーアとアイスハート子爵令嬢に、フレドリック様は目を丸くしていた。
「……本気で言っているのか? アイスハート」
「ええ勿論ですわ。カレンダ男爵家ではお部屋がないといいますし、それでは仕方ないではありませんか」
「それはそうだが……」
やたら渋る。
どうしてフレドリック様がこんなにいい淀むのか。それは勿論、魔力の問題だろう。
(まあ、フレドリック様がまた魔力とか暴走したら大変だ……という考え方は、当然、するよなぁ。先ほども、崩しておられたし)
フレドリック様とアイスハート子爵令嬢は少し、会話をしていた。それから最終的には、そのまま、アイスハート子爵令嬢はテーア男爵家に寝泊りする事で、話がまとまったのだった。




