2 魔力測定を早くしたいっ!
入学式から、明日で一か月。
入学式の日の留学生の宣言以降、魔法学校は色恋に浮かれた学生たちの巣になってしまった。先生方の何人かすら、ちらちらと、留学生たちに意識を向ける始末。
一応授業は普通に行われているが、「魔法を学ぶ」という主目的が、「婚活」という降ってわいた副次的な目的に負けているとしか思えない空気が流れている。
聞きたくなくても聞こえてくるのは「誰誰が誰誰と会っていた」なんて話ばかり。
なんなら、後ろ暗い所なく留学生たちに自分を売り込む為に、元から結んでいた婚約を解消したり白紙にする事が行われた。手続きがすんでフリーになった学生は「ようやく自分を売り込める!」とばかりに留学生にアピールしに走っていた。
◆
「そろそろ時間よ」
と、未だ廊下できゃいきゃい騒ぐテーアの腕をつかんで、次の教室まで移動してきたのだが、席についてもテーアのおしゃべりは止まらない。もともとおしゃべりな性質の子だった幼馴染は、入学式後、完全にこの『婚活』騒ぎに興味を示し、一体どこで拾ってきたのやら、という情報をあれやこれやと語ってくるようになった。
「ねえねえアーヴェ! そういえば聞いた? パウジーニ伯爵令嬢が、留学生のマクラウド伯爵令息にこの前お茶会に誘われたのですって! しかも二回目よ! マクラウド伯爵令息が、二回も同じご令嬢とお茶を飲んだのは、今回が初めてなのよ!」
テーアが興奮しながらそう語ってくるせいで、こうして、知りたくもないのに私は留学生に関する知識を増やしてしまう。
どうせ数日後にはまた別の名前が出てくるに決まっている。下手すりゃこのマクラウド伯爵令息とパウジーニ伯爵令嬢の話題は、午後までも持たないだろう。
面倒になって、最近では「へえ」と相槌を打ちつつ、テキトーに聞き流していた。
そんな雑な態度を、テーアは咎めてくる。
「もうアーヴェ! もっと盛り上がってよ!! つまんないじゃん!」
ぷんぷん、と効果音がつきそうな様子で怒るテーアに、私はため息をつく。
昔から、新しいもの、他所の恋バナ、色々な噂が好きで飛びつく娘だったけれど、魔法学校に入学したら、噂話なんかより勉強が重要で、静かになると思っていた。
ところが、現在の魔法学校は勉強なんかより、男も女も新入生も最高学年の学生も、皆『婚活』に夢中である。
それもこれも、あのお騒がせな帝国の皇子殿下御一行が、こんな小国に留学してきたせいだ。
それがなければ、チィニーの中でも古い歴史を持つチェルニクス魔法学校は、もっとこう、荘厳というかちゃんとした雰囲気の場所だったはずだ。
いまやその雰囲気は微塵もなく、ふわふわした表と、水面下でピリピリした争いが起きる場となっているのだが。
「アーヴェ、まだ不満なの? 留学生の御方たちは、別に授業は真面目に受けてるじゃん。まあうちの国の人たちは騒いでるけどぉ~、でも頑張るのも当然じゃん? もし選ばれたら、家にとってもとぉ~~っても良い事じゃん」
「そりゃ、そうよ。それは……そうだけど、さあ」
貴族にとって、婚姻が重要なのは理解している。
中には良い相手と結婚できるかどうかが自分のその後の人生に直結するため、死活問題という者もいるだろう。
だがしかし、私のように婚活よりも魔法の勉強が出来るかどうかの方が、重要な学生だっているのである。そんな気持ちを、こう、踏みつぶされているようで、モヤモヤしてしまうのだ。
それをうまく言葉にできなくて、私は話題を変えるようにしてテーアに話しかけた。
「テーア。留学生の御方たちではしゃぐのは良いとして……あんたはしっかりと勉強はしているのでしょうね? 私、色恋話に浮かれてしていなかった、なんて理由で宿題を見せたりはしないわよ」
ギロッとテーアを睨めば、テーアは、
「も~そんな怒らないでよ! ちゃんとやってますう~」
とぶーたれた。
まあ、嘘ではないだろう。
発言がテキトーな所のあるテーアだが、これで要領が良い。なんなら、腹の立つ事に、私より要領が良い。
頼まれたお仕事を「え~全然終わらない~」と周りの同年代と愚痴を言い合っているのに、最後には自分の分だけはキッカリ終わらせるタイプの女だ。そして愚痴仲間から「自分のはちゃんと終わってるじゃん!」と指をさされるタイプ。
まあ、テーアの細かい話なんて、どうでもよい。留学生たちの話題が終わったなら、それで私は満足なのだ。
「それよりテーア。明日は魔力測定の日よ。準備はしてあるんでしょうね」
「したした。アーヴェがうるさいから~。結果が出たら実家に連絡とる為の手紙でしょ? それから、即座に属性別のゼミに入れるようにの、入部志願書でしょ?」
「大事なものを忘れてるわよ。国に提出する用の、魔力測定通知書のコピーを欲する為の申請書! あれを貰って国に提出しないと、何かあった時に自分の属性を証明できなくなるでしょ! 魔力測定の為に下手したら再入学とかになったら最悪なんだから!」
「あ~忘れてた忘れてた。それもちゃんと用意したってぇ~。アーヴェ、細かいなあ」
「あのね。テーア。私たちが大金はたいてこんな家から遠い学校に来た理由を何だと思ってる訳? 魔力測定する為よ!?」
強く訴えながら、私は机をたたいた。
そこそこの音がしたが、周りの殆どは留学生にきゃいきゃいしていて、こちらを見向きもしないのでオールオッケーである。
どうして私が魔力測定を心待ちにしているのか。少し長くなるけれど、語っていこう。
◆
――この世界には魔力という目に見えない力があり、人々はそれを用いて魔法を使う事が出来る。
それは太古の昔から、ごく当然の存在として、私たちの傍にあった。
しかし、魔法は、すべての人が平等に使える訳ではない。魔力という、個々人が持つ力が多いかどうかの影響があるというのは、大昔から知られていた。しかしその先……どうしてか、人によって特定の魔法が習得出来たり出来なかったりするという謎は、長らく解き明かされなかった。
なぜ、人によって、その差が生まれるのか?
親子や兄弟でも、同じ魔法が同じように使えるようになるとは限らないのは、なぜなのか?
その謎を解き明かしたのが、ラガーラ帝国の偉大なる魔法使いメギストス。
彼は人間が持つ魔力には、量だけでなく、性質に違いがある事を気が付いた。そしてそれらの違いを、属性というカテゴリーに当てはめて、種類分けをしたのだ。
火の魔法が上手になりやすい魔力は、火属性。
水の魔法が上手になりやすい魔力は、水属性、みたいな、分かりやすい名づけと共に属性を定めたのだ。
今の時代では、『メギストス式魔力判別法』と呼ばれている。
これは本当に、画期的な発明だった。
それまでは水属性の人が火属性の魔法を必死に習得しようとして、うまくいかず、何十年も無駄にしてしまうという事が多くあった。
けれどメギストス式に基づく『魔力測定』という考えが広まる事で、人々は自分の属性に合った魔法を中心に学ぶ事が出来るようになった。比較して、短い時間でよりよい魔法習得が出来るようになれるのだ。
だがしかし、この属性を見分けるのはとても難しい。メギストスやその弟子が、魔力を測定して属性を明らかにする装置――属性測定器を作ったものの、数が少なく、とんでもなく高価なのだ。
この世の中に多く存在している属性測定器の多くが、簡単にいうと精度の低い模倣品だ。
だからこそ、性能が認められている属性測定器は、どこの国でも貴重で、大事にされている。
そんな帝国産の属性測定器を国内で唯一所有しているのが、チェルニクス魔法学校だ。
なぜ我が国に帝国さんの属性測定器があるのかというと、まあその昔、メギストスの弟子の一人が困っていた所を助けたお礼で貰ったとかなんとか……魔法学校に入学せずとも国民の多くが知っている逸話があるのだが、今は関係ないので省略しよう。
チェルニクス魔法学校では、一年に一度、この属性測定器を稼働させる。つまり、その日に魔力測定が出来る訳だ。
何故一年に一度しか起動しないのかと言うと、測定器の起動には、莫大な魔力を注ぐ必要があるのだ。
一度起動したら低コストで運用出来る――とかであれば、つけっぱなしにも出来たが、そんな都合の良い話はない。起動ほどでないにしろ、稼働し続けるのにも、かなりの魔力が必要だ。
魔力は、人間が直接注ぐか、魔力が貯められている魔蓄石を使うかの二択だ。
常に注ぎ続ける魔力の持ち主を集めるのも、必要分の魔蓄石を集めるのも、とてつもないお金がかかる。
チィニーのような小国に、頻繁に属性測定器を稼働させ続ける財力を持つ組織はない。
結果、一年に一度だけ起動させてその時に手際よく測定を行っていく、現在のスタイルに落ち着いているのだ。
一年に一回なら、魔蓄石の補充も、人員を雇うのも、そこまで大きい負担ではない。
ちなみに、この属性の測定は、チェルニクス魔法学校の学生――新一年生や昨年度に体調を崩していた上級生――に限るのだ。
一年に一回しか出来ないのだから、この日に希望者全てを検査すれば良いのでは? という意見も、定期的に国内で出てくる。だが、それらは全く現実的ではないとされていた。
それは、測定器を使い始めた最初の頃の騒ぎが原因だ。
昔々は『チェルニクス魔法学校の学生しか受けれない』という縛りもなく、お金さえ払えば測定を受けれたそうだ。けれど同じ日に大量の人間がやってくる事で、大小さまざまな小競り合いが起きた。
ぶつかった、という言い争いからの暴行騒ぎ。
他人からお金を盗んで検査を受ける人間。
頻発する迷子や行方不明。
検査結果に納得がいかず、もう一度させろと騒ぐ人間。
荷物を壊されたという騒ぐ人。
幼子は検査出来ないという決まりがあるのに――ちなみに、魔力が安定しきっていない為に間違った結果が出やすいからだ――それに従わず検査を受けさせようとする親。
……いくらお金をもらっても、対処したくないと思う気持ちは、現在を生きる私でも理解出来る。
これらの問題を受けて、最終的に、『測定器を持つ魔法学校の学生のみが測定できる』という制限がかけられる事になった。
学生であれば入学式の時に身分の確認がすんでいるし、学生に限る為、当日、余計な付き添いの人間で人が増えてごった返す事もない。
……当日だけ入れ替わったりしていたらどうしようもないじゃないかという話もあるが、そういう細かな問題にまで目くじらを立てるより、「皆守るだろう」という前提で話を組んだ方がルールは定めやすい。
金銭的問題も、一回きりの「測定費」だけでなく、入学試験の為の受験費、入学金、そして測定日までの入学後一か月間の授業料も回収出来るので、人数は減るがそう悪くない仕組みらしい。
この決まりが制定されていこう、属性測定に関わる問題は随分と減ったと歴史が証明している。少なくとも向こう数十年は、今の仕組みが維持されるだろうと思われる。
――余談だが。
中には入学し、属性測定が終わってすぐ退学する者もいる。
属性の測定は入学して一か月経った頃に行われるのが通例。なので測定だけが目的の学生は、受験費、入学金と一か月分の学費だけ払い、『測定すませて即退学』というのが一番低い金額で属性を調べる事が出来る定番のコースなのである。
国も、金銭をしっかりと払うのであれば、このやり方を咎めないようだ。黙認している、というやつだ。
そんな正式な方法じゃない形ででも魔力を測定したいという人間は、多いのだ。
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「アーヴェって昔っから属性測定したがってたよねえ~」
「あったり前でしょ。属性に合わない魔法習得に無駄な時間をかけるより、属性をハッキリさせて、その魔法を集中的に学んだ方が良いに決まってるじゃない。属性別のゼミは、人気が高い所はすぐ枠が埋まるんだから、自分の属性が分かってすぐ提出しないとでしょ! 失敗して、後で後悔するなんて絶対に出来ないからね!」
私の実家の家族は、「属性? まあ分からなくてもその内得意な魔法の系統も分かるしいいよ」という考えの人々だった。
借金してでも属性を知りたいという人間がいるというのに、田舎だからか、まんべんなく初級魔法を勉強して、一番しっくりした属性を極めれば良いよね? と考えているのだ。
そんな家族の中で、魔法学校に通って属性を測定し、さらに専門的な魔法を極めたいと望んだのは、私が初めてだった。
「魔法学校に通わなくたって魔法は使えるでしょ!」
と、両親は私に渋い顔をした。
私は親に頼んだ。頼みに頼み込んだ。
令嬢にとっては最重要である、持参金分のお金を全てつぎ込んでも良いから! と必死に何度も何度も頼んだ。
それでも頷いてくれなかった両親が最後に首を縦に振ったのは、隣の領地の領主で、家族ぐるみで関係のあったテーアの両親の後押しのお陰だ。
テーアのところのおじさんとおばさんは魔法学校に通いたい私の気持ちに賛同してくれた上、うちの両親に、
「テーアも入学する予定なのよ。テーア一人だと不安だから、アーヴェちゃんも入学してくれると安心だわ」
と声をかけてくれたのである。
これが強い一押しになった。
私は親が用意する持参金分の金銭を学費に使う事を条件に、入学の許しを得た。
そうして私は、チェルニクス魔法学校に入学できたのだ。
正直、テーアの所のおじさんとおばさんからの後押しがなければ、入学は難しかっただろう。なので私にとって二人は救世主なのである。いくらでも拝める。
――そして、明日はついに、属性測定日。
入学から一か月は、座学が七割、残りの三割は本当に基礎の基礎な魔力捜査の授業ばかりだったが、測定日以降は専門属性ごとに分かれて、より専門的な魔法の習得が始まる。
「明日が楽しみねえ。私、何属性かな? 火だったら冬とかに大活躍だし、水とか土だったら、農業その他にも大活躍でしょ。あ、光もか。曇ってる日にも光を作物にあげれたら畑の作物の成長も早いし。風も色々有効活用出来て良いわよね。もし力とか、身体能力強化が出来る属性だったら、牛一頭分の活躍を私が出来るって事だから、新しく購入する牛を暫く減らせるからとっても素敵! 牛は可愛いけどやっぱりご飯代が高いもんね。草だったらそれこそ飼料代を減らせるかも……?! というか土だったらあれよね、あの使えない土地をなんか良い感じに変えられたら最高じゃない!?」
「やだ~~! アーヴェの早口未来妄想トーク~!」
ケラケラと笑いつつも、テーアも「あたしだったら~」と妄想を語る。
この属性! という希望はない。
どんな属性でも、何でも良い。
それを生かす使い方をして、領地を豊かにしてみせる。絶対にだ……!
――そんな風に燃えていた私を、遠くから見ている視線があるなんて、この時は気づきもしなかった。