18 条件をかかげよ!
目を覚ますと私はふっかふかの雲の上にいた。
高級ベッドに横たわっていたのだ。
「???」
訳が分からず混乱する私の視界に、誰かが入ってくる。
「カレンダ様! お目覚めになられましたかっ」
見覚えのある顔だ。
(水を出してた、メイドの方……)
「人を呼んでまいります!」
その宣言から少しして、ロックウェル令息と、アイスハート子爵令嬢と、医師らしき方が現れた。医師が私の手を取ったりして何かを確認しているのを横目に、私はロックウェル令息の顔色を見た。
もう、赤くはない。
「ねつ、さがられた、んで、すね……」
「ああ。貴女のお陰だ」
「よ、か、た」
体が異様にだるい。指先ですら動かせない。でも、熱っぽい感じとも様子が違った。なんだろう、これは……と思っていると、医師の方がロックウェル令息に語り掛けた。
「……魔力が枯渇している以外は問題ありませんね」
「こ…………つ……」
年配だろう医師の視線が、こちらに向く。
「魔力欠乏症。――体内には、通常保持すべき魔力量があります。それを下回った後も限界まで魔法を使い続けますと、体内での魔力の生成が追いつかなくなり、体は魔力の生成以外の動きを最低値程度にしか出来ないほどに、制限をかけます。それにより、体が動かなくなる現象です。授業で聞き覚えはありますでしょうか?」
「あり……ま……す……」
家でも「使い過ぎると次の日使い物にならなくなるよ!」とは昔から言われていた。理論として知ったのは、魔法学校に入学した後だが。授業でも、何度も言われていた。
実体験したのは、今日が初めて。
「数日安静に過ごせば、問題はありませんよ」
数日……。いや、それだと。
「が、っこ……」
「その状態で出席は無理がありますね。勉学に意欲的なのは素晴らしい事でございますが、今は体を休めていただかなくては」
そんなあ……。一度だって、授業は休みたくないのに!
……とはいえ、指先も動かせない今の状況が、今日一日寝て回復するとも思えなかった。
こういう場合、補習の授業とかはしてもらえるのだろうか……?
そんな事を思っていると、アイスハート子爵令嬢が医師の横側に移動してきて、私の片手をすくいあげた。
「私の属性は氷ですから、魔力を送れば多少は回復が早くなるのではと愚考いたしますが……実施してもよろしいでしょうか?」
「……まずは、カレンダ様がお許しになるか、というのが大事な点です。確かに血液と違い、魔力は属性さえ揃っていれば体が拒絶反応を示す事は少ないですが、可能性はゼロではありません」
「では、ほんの少しだけ注いでみましょう。それで不都合があるようでしたら、すぐに魔力を送るのをやめますわ。……魔力を送る事が出来れば、回復がやや早まりますと思いますが、どういたしましょう? カレンダ様」
「お、ね、……し、……す……」
「分かりました。送りますわね」
そっと、アイスハート子爵令嬢は私の片手を包むように持った。それから、じんわり……ほんとうにじんわりと、何かが手に流れ込んでくるのを感じる。空っぽに干上がった川に、ほんの少しの量の水が流れ込む。そんなイメージが脳裏によぎった。初めての感覚で驚きはあるが、不快感はない。
「……大丈夫なようですね。カレンダ様。ほんの少しでも違和感、不快感を感じた時は、反応を下さいませ」
医師の方の言葉に頷く。
ほんの少しの会話なのに、目を開くのもなんだかおっくうになった。それでもなんとか瞼を押し上げていると、ロックウェル令息が私に向かってそっと手を伸ばし――けれどすぐにひっこめる姿が見えた。
ロックウェル令息は片手を自分の胸の前で握り込みながら、こう言った。
「アーヴェ嬢。改めて、貴女に感謝を。……貴女が魔法を使って冷やしてくれなかったら、僕は命を落としていたかもしれない」
「……ぇ?」
とても穏やかではない単語が出てきて、私は目を丸くした。
命を落とす、なんてそんな、大げさな。
そう思ったのだけれど、どうやら、大げさではないらしい。少なくとも、医師の方もアイスハート子爵令嬢も、否定するような言葉は吐かなかった。
「今回の事は、僕の失態だ。集中を欠き、魔力操作を怠り、魔力が暴走する事を防ぐ努力も足りなかった。……僕の不注意で貴女を巻き込んだ挙句、貴女にだけ、苦労を押し付けてしまった」
それは…………、私だけ苦労、というのはおかしいのではないだろうか。命の危機であるほどにあの時体が熱くなっていたのなら、一番つらかったのはロックウェル令息自身の筈だ。
私は別に、魔力は枯渇しているけれど、死にかけている訳でもないのだし。それに……アッ、待って。ダメ。なんだか急に限界が来た。
目を閉じる。
遠くでロックウェル令息たちの声が聞こえる。
私はなんとか、「おち、ます……」とだけ伝えて、また意識を失った。
▲
起き上がって普通に会話が出来るまで回復したのは、二日後だった。医師曰く、この短期間で回復できたのはアイスハート子爵令嬢が魔力を可能な範囲で移してくれたおかげ、らしい。恐らく自力で回復を待っていたら、追加で三日はかかっただろうという事だった。
当然、アイスハート子爵令嬢には感謝し倒した。感謝を伝える以外に、私がお礼をあらわせる方法はなかった。アイスハート子爵令嬢は「たいした事ではありませんでしたわ」と鷹揚に受け止めてくださった。
「魔法を使うのは、あと数日様子見をしてください。それ以外の授業には出ていただいても問題ないでしょう」
医師にそう言ってもらったので、私は無事に寮にも帰れる事になった。授業もたいした量を休む必要がなくなったので、ホッとした。
――とはいえ。寮に帰る前に、しなくてはならない話がある。
私は看病をしてくださっていたメイドの方に、ロックウェル令息をお呼びしてくれるようにお願いした。
ロックウェル令息は叱られた子犬のように縮こまっていた。背も体格も私より大きいのに、どうにも小さく縮こまっている子犬にしか見えない。不思議なものである。
「お時間をわざわざいただき、ありがとうございます」
「当然の事だ。……それで、その、話があるという事だったが……」
ロックウェル令息の目線が、下の方をうろうろと動いている。私と目が合わない。ひどく怯えている様子だ。
「はい。私たちの恋人関係についてですが」
「っ」
びくりと、ロックウェル令息が肩を震わせた。
「一旦、現状維持という事にしていただけますでしょうか」
「……? 現状、維持?」
張り詰めた空気が緩むような、そんな感覚があった。私は頷いた。
「はい。……そうですね。何から話せば良いか、難しいのですが……以前、談話室でお話をさせていただいた後に、私もいくつか心境の変化というものがありまして」
「……」
「大変我儘で申し訳ありませんが……恋人関係については、婚約を結ぶかどうかの結論が出るまで継続していただいて……そちらの条件のすり合わせが上手くいけば、正式に婚約を結び、すり合わせが上手くいかない時は、恋人関係も終了する。……そのような形にさせて欲しいのです」
――「そうですわね。それでもどうしても、あの方と一生を共に過ごすのが嫌であれば、貴女の方から、条件を付ければ宜しいですわ。あの方が受け入れられそうにもない条件などを、ね」
――「そんな事も出来ないのであれば、自分の思いなど最初から殺して、ロックウェル様とご結婚成されるがよろしいですわ」
飛行船パーティーでのアイスハート子爵令嬢の言葉を思い出しながら、私は、出来る限り怯えも出さずにそう伝えた。
実際にはほんの少しも対等ではない立場だが、こうして話し合う上では、対等であるかのように振舞おうと思ったのだ。
ロックウェル令息は何度も目を瞬いていて、返事がない。暫くまったが、動きもない。
「……やはり、難しいでしょうか」
頑張って堂々と振舞おうとしたけれど、反応がないと、ついつい不安が顔を出してしまう。尻すぼみになりながらそう尋ねると、我に返った様子のロックウェル令息が首を横に振った。
「いや! それで構わないっ! そうだな。今思えば、僕は、貴女と婚約を結んだあとの話については、何もしたことがなかった。ずっと、貴女に好かれる事ばかり、考えていて」
(そういう事を考えていたんだ)
と思いながら、私は彼が言った事の一部に同意を示した。
「はい。私も、最初からロックウェル令息にフッていただく心積もりでしたので、そういうお話をした事がなかったと気が付いたのです。……反省いたしました」
「そうか……フッていただく?」
「すみませんお忘れください」
ごほんと咳払いを一つ。そして、ロックウェル令息に私はこう宣言した。
「……条件について、お話したいのですが……。双方の家が考える条件と、個人が配偶者に求める条件など、色々な条件があるかと思います。また、今唐突に持ちかけたお話ですから、この場で全ての条件を並べる事も出来ないと思います。なので他の条件などは、各々家と話したうえで、後日持ちよらせていただけたいと思いますが……お願いできますでしょうか?」
「うん。問題ない」
ちらりと、ロックウェル令息は、壁際に控えていた使用人――恰好的に、執事か何か? ――の方に視線をやった。執事はこくりと頷いた。大丈夫なようだ。
「では、まず、私個人からお願いしたい条件から、お話しさせていただきます」
執事の方がメモを構えている所を確認してから、私は話し始めた。事前に話していた訳ではないのに、準備が良い。
「まず最初にお伝えしたい事があります。――私は結婚した後も、チィニーの外に出たくないと考えています。……いえ、これだと少し誤解がありますね。……何も一生涯、死ぬまでチィニーで、というつもりはありませんが……少なくとも、領地に恩返しが出来るまでは、故郷の近くに住まい、領地の発展に尽力したいと考えております。この考えを許容いただけないのであれば、申し訳ありませんが、このお話はなかった事にしていただきたいのです」
もしかしたら既に調べて知っているかもしれないが、私は改めて、ロックウェル令息に話をした。実家から、チェルニクス魔法学校に入学するまでの経緯を。
家族は魔法は使えるが、専門的に学ぶ必要をあまり感じていない事。
当初はお金もないし、跡継ぎでもないのに通わせることは出来ないと反対されていた事。
それを説得し、何とか後押しももらえて、自分の持参金として用意する予定だったお金を全て学費につぎ込む事を条件に、入学の許しを貰った事。
そこまでして通いたかった根底には、故郷を思う気持ちがある事。
「私は故郷に尽くしたい。まだどうそれを実現するのかは決まっておりませんが……。……それをお許しいただけないのであれば、私個人の気持ちとしては、ロックウェル令息とは結婚したくありません」
「……分かった。結婚後の在り方については、流石に今、僕の身分で即答は難しい」
「問題ありません」
「他にはあるのだろうか?」
「そうですね……身分の差に関しては、元からある事を承知で婚約する事になりますから、あとからそれを理由にして、私を貶めるような発言はお控えいただきたく思います。無関係の立場の方はともかく、ロックウェル家の方々に言われると、恐らく、最初から分かっている事を今更言われても……と思ってしまいますから。……一方的な要求にするつもりはありません、一応……。……私の方も、婚約する事と相成りましたら、身分差を盾にして努力不足を正当化するような事はいたしませんので、どうか、事前にご理解いただきたいと思っております」
「分かった。条件として、家族に伝えよう。他には?」
「ああ、先ほどの話に付随しますが、見ての通り、私は帝国の立ち振る舞い――特に上流貴族の立ち振る舞いは存じ上げません。必要な知識について、事前に教師の手配などはお願いいたします。……可能であれば、我が家で雇う事が出来そうな範囲の教師にしていただけますと……」
「問題ない。金銭面含めて、父に伝えよう。他には?」
「そうですね……これは今回浮かんだ事なので、条件と言うより疑問でもあるのですが……。今回の出来事の通り、私の魔力量はたいしたものではありません。正直にいって、ロックウェル令息をお冷やしするという意味では、ほとんど力にならないと思います。本当に問題ないのでしょうか?」
「勿論だ」
「いえ、ロックウェル令息がどうのというよりも、侯爵家の皆さまは、私の情報について正しくご存じですか? 予言で見た運命の相手だから、私がとてつもなく才能ある魔法使いと思い込まれたりしておりませんか? 現在の私が未熟なのを差し引いても、ロックウェル令息に何かあった際、……この言い方はしたくありませんが、お命を確実に助ける事が出来る保障はありません。……今回の出来事を通して、理想と違ったと失望し、反対されるような事はないのでしょうか?」
「問題ない……と、思うが……、一応、それについても、確認を取ろう。他には?」
簡単に話が進むな。そう思いながら、一応、今私個人が思いついている最後の条件について、話す事にした。
「今のお話に付随しますが……。先日、運命についてはお聞きしました。そのうえで、お伝えしたい事がございます」
「なんだろうか」
「ロックウェル令息が、運命の相手が私だと確信しておられるのは、よく伝わってまいりました。けれど、ご自分でも仰っていましたが、根拠を出す事は難しいと」
「……うん」
「実際、私も、あのお話だけで自分が貴方の運命だとは、自信を持つ事は出来ません。また、もしかすれば、後日、本当の運命の相手が現れるのでは? という不安が、正直あります」
「そんな事はないっ! 僕の運命は貴女だ!」
「けれど、それを物理的に証明する事は出来ません。それは、間違いありませんよね?」
「…………うん」
萎れるように、ロックウェル令息が小さくなる。……責めたい訳ではないのだけれど、笑った顔が一致する相手なんて、他にもいるだろうと思う。たまたまロックウェル令息が良いと思った人が、属性でも都合がよかったから、私の事を運命の相手と思い込んでいる――という可能性も、なくはないのだ。
「ですから、万が一、本当の運命の方が後から見つかった後の私の処遇についても、保障をしていただきたいのです。私はそのような方が後から出てきたとしたら、静かに身を引きます。故に、私や家族に手出しはしないでいただきたいですし、その間までに私にかけたお金があったとしても、その返金などは求めないでいただきたいのです。……これに関しても、受け入れていただけないのであれば、婚約を結ぶことは難しいと考えております」
「…………父母には伝える。けれど、本当に貴女が運命で間違いない……」
それを否定している訳ではないのだ、本当に。
でも万が一のことを条件に盛り込まないと、私たちのような小さな家は、怖くて仕方ないのだ。
「……他には、何かあるだろうか……?」
「では、ロックウェル令息側のご希望をどうぞ」
「……え?」
きょとん、という顔で、ロックウェル令息が私を見る。
こういう、小さなところで、この方には幼さが出る。病気がちで、家の外に出る事もなく、あまり多くの人と関わっていなかったと思われる幼少期の影響だろうか。
それはさておき、唖然とした顔をしているロックウェル令息に、私は改めて伝えた。
「片方の希望だけを叶えて成り立つのは夫婦ではりませんでしょう? 今の時点でも、ロックウェル令息も、私に対して色々抱えているものがおありな筈です! それを私にお伝えください」
「え、いや、そんな事……」
「嘘です。私にたいして文句が一つもないなんて、ありえません!」
自分の事を両手で示しながらそう訴えると、ロックウェル令息は数秒、口をつぐんだ。きゅ、と唇に力が入っているのが分かった。
「……分かった。では、僕からの条件も伝えよう」
「お聞きいたします」
「まず。……その、そろそろ、名前で呼んでくれないだろうか」
は?
「アーヴェ嬢は、いつまでも、僕の事をロックウェル令息と呼ぶ。……僕は、親しい相手には、名前で自分を呼んで欲しいと思う。だから、貴女が嫌でなければ、ロックウェル令息でなく、せめてフレドリックと呼んで欲しい」
……。
言われてみれば、最初は「心を許したりしないぞ!」とかの気持ちもあって家名で呼び続けていた。けれどここまで話が進んだ今、家名呼びに拘る必要はほぼない。
「かしこまりました。では、これ以降、フレドリック様とお呼びいたします」
そう私が答えたら、もう、分かりやすいほどにロック……フレドリック様の顔が明るくなった。そこまでか。いや、個人の好悪の情で頑なに家名呼びを続けていた私が言えたことでもないか。
「他にはございますか?」
「そ、そうだな。ではこれは結婚後の関係についてになるのだが……」
「はい」
「僕はその……結婚相手とは、愛し、愛される関係になりたいと思っている」
そこから教えられたのは、ロックウェル侯爵夫妻の仲の良さである。
「僕の父と母は、本当に仲が良いんだ。勿論、愛人なんてものも抱えていないよ」
高位貴族は政略結婚が当たり前。
ついでに言えば、結婚は必要な相手として、個人の恋愛は結婚後、跡継ぎなどを作った後に愛人を抱えて行う……なんて事は、チィニーだけでなく、帝国でも当たり前に行われている事らしい。
しかし、ロックウェル侯爵夫妻は違う。夫婦で属性が違うので不思議だったが、どうやらお二人は、高位貴族で珍しい事に、恋愛結婚だったのだという。……最低でも五人子供を作っているのだから、それは、仲は良いだろうな。……なら尚更、二人も子を失った傷は深いだろう。
「僕は、結婚相手と、義務だけの関係になるのは……いやなんだ。ちゃんと、お互いの事を思い合いたい」
「成程……」
「だから、今は僕の事を好きになれなくても良い。けれど、結婚した後は、お互いに相手を思えるようになりたいんだ。……僕も好きになってもらえるよう努力をするから」
「…………分かりました」
私とて、いがみ合うような関係は嫌だ。お互いに相手を大事に思う、良好な関係になれるのならばなりたい。なので、ロックウェル令息、違う、フレドリック様がそれを望むのならば、否定する理由はない。
私が拒絶しなかったのが嬉しいのか、フレドリック様はまた続けてこう言った。
「あ、あと。そうだな。頻繁ではなくてよいから、一緒に旅に行きたい」
「旅ですか」
「ああ。家の中でずっと暮らしていたから……こうして、実家を離れて暮らしているのも、初めての事だ。外国への許可は簡単には降りないだろうけれど、せめて帝国内を、色々と見て回りたいんだ」
私を連れて行く必要はそこまでない気もするけれど……いや、私という歩く氷室はむしろ、フレドリック様には必須か。
「了解いたしました」
「……それぐらい、かな」
「もっと他にあるのでは?」
たったこれだけの筈がない。しかも、一つはその場で解決してしまったから、実質的に、今フレドリック様から出されている結婚の条件となっているのは、二つしかない。そんな馬鹿な。
そう思いながらやや身を乗り出して訴えたが、フレドリック様はへにょ、となんだか力の抜けた顔をするばかり。
「そうは言うけれど……、結婚後に必要な事は、アーヴェ嬢の方から言い出してくれているし……。僕からお願いする事は何もない」
そんな訳あるか!
視線をフレドリック様から、後ろのメモを取っていた執事らしき方に移す。執事の方は、真顔のまま、私にこう言った。
「……当家からの意向に関しては、侯爵様に確認の上、必ずカレンダ様にお伝えさせていただきます」
「よろしくお願いします……」
▲
その後は、準備を整えて、私はフレドリック様が現在暮らしている屋敷を後にした。
わかれるその時まで、フレドリック様は口元がふにゃふにゃしていて、花を飛ばしそうな雰囲気のまま、私を見送っていた。……あれが素……か……?
そんな事を思いながら寮の自室に戻ると、涙目のテーアに勢いよく抱き着かれた。
「ア~~~~~~ヴェ~~~~~~~~~~!!! 無事に戻ってきてよかったぁ~~~~~~~!!!」
「うわ声うるさ。あと力強い。痛いって」
テーアは私に抱き着いて両手両足をこちらに巻きつけながら「うるざい~~!」と私に文句を言いながら、おいおいと泣いた。……随分と心配をかけてしまった。そりゃ、別れ際に不穏な事言って去って、宣言通りに帰らなかったんだからこうはなる。幼馴染だからと、甘え過ぎたな。
一応、私が魔力枯渇で倒れた後、ロックウェル家の人が寮及び同室のテーアに、数日私を預かる事は連絡してくれていた。なので連絡なしに帰宅しなかった訳ではない。
寮を無断で離れる事になるので、寮の方にも不慮の事故で倒れた事や、その治療の為に帰れない事を伝えてくれたらしい。
一方で、同室かつ幼馴染であるテーアには、話せる範囲の詳細――フレドリック様が熱を出し、それを冷やそうとした結果、私が倒れた――も伝えてくださったらしい。
とはいえ、テーアからしたらそれが本当か調べるすべもない。不安を抱えたまま数日過ごす羽目になったのだろう。心配してくれた幼馴染を、私も腕を回して抱きしめた。
ずず、と鼻をすすりながら、テーアは言った。
「……言っとくけど、めっちゃ、噂になってんだからぁ!」
「エ」
「あたしは漏らしてないけど、寮から、広まったか、或いは誰かがアーヴェの動きを見張ってたのか。……分かんないけどぉ、アーヴェが帰ってきてない上に、ロックウェル様のお家に泊まったって事実、けっこ~広まってる……」
最悪!!
「覚悟しときなさいよぉ~、明日っから……」
「……明日、頑張るね」
そんな事を言いながら、その夜、私とテーアは一緒のベッドで寄り添って眠りについた。